国を奪われた少女は、遠い海の向こうでエリート役人に捕まって溺愛される

春風由実

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♠国にあるもの

7.男の胸の内

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 少年からシーラを奪い去ることもイルハには簡単だった。
 用事を作ってしまえばいい。
 その出先でシーラを休ませれば。

 けれどもまだ幼いのだからとリタたちにまで諭されてしまっては。
 イルハも大人気のないことは出来ず。

 タークォンを観光するのだと言って出掛けようとする二人に、なんとか食い付き共に出掛け、結局イルハは大人気のないことをしているのだが。
 そのせいでテンの視線は痛いままだ。

 あの少年は大分リタたちに心を開いてきたようだが、その雇い主でもあるイルハにはまったく懐く気がないらしい。

 そっちがその気なら……などとイルハも子ども相手に戦う。
 少年をより早く寝かせようと尽力しているし、シーラとの二人の時間を出来るだけ長く続くように試みているのだ。

 結局どこまでも子ども相手に大人気のない男は、今もまた子ども相手に一人戦っている。

「イルハが昨日言っていた魔術師の話の続きも聞きたいし、それから──」
 
 イルハはあえて足を止めてみた。
 そうすれば、どうしたのだと疑問に思うシーラも同じく足を止めてくれる。

「落ち着いてください、シーラ。私は逃げませんからね。今夜何をするかは、夕食後に二人で相談しながら、ゆっくり決めましょう」

 えへへと恥ずかしそうに笑ったシーラは、不意に悲しいことを言った。

「慌てちゃった。イルハと一緒に居られるうちに、出来る限りのことをしておこうと思うとね」

 にこにこと笑顔で言われてしまったら。
 イルハには胸が痛んでいることを隠し、微笑み返すことしか出来ない。


 少しずつ、少しずつ。
 シーラの心を囲む分厚い氷を溶かしているところなのだ。

 王子などにこれを邪魔されてはたまったものではないと、イルハは憂える。
 だから、余計なことをするなと釘を刺しているつもりだが。

 あの自由を愛する王子は、イルハの願う通りに動きやしない。
 
 どうせ王子も配下を使い、シーラが何者かという調べはついているはずだ。
 そしてその内容にかん口令を敷いていることもイルハには分かっている。
 それについては有難いと思っていても、それはそれ、これはこれだ。

 そんな王子の元に、最も安全だからとシーラを置いているのもイルハなので。
 王子だけを責めることも出来ない。


 だからイルハは少々焦っていた。


「出来るだけ長く一緒にいることも、二人で考えていくことにしましょうね」

 イルハが落ち着いた声を作って言えば、シーラはただこくりと頷き、前を向いた。
 同意なく捕まえれば逃げていくだろう。だからまずは説得の時間を延ばす。

 そうして楽しませて、甘やかして、甘やかして、溶けるほど甘やかして、もう自分の側になければ生きられないように──


 仄暗いイルハの心を知らず、シーラは明るい夜空を見上げて笑った。


「タークォンの星はいつも綺麗だ」



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