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♠国にあるもの
4.出会いの日と重なるもの
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夜の闇を二人で纏っていると、イルハには初めて出会ったあの夜のことが思い出された。
祝福を与えてくれる頭上の星の煌めきの元では、塩気を帯びて僅かに湿った夏の空気に不快さはなく、夜風に乗って耳に届くは美しい声ばかり。
だが夜ごとあの日とは違うことも増えていた。
大きなバスケットを両手で抱え、隣を歩くシーラは、闇にも解けない淡い水色のワンピースを着て、髪も綺麗に結われ、どこからどう見てもタークォンの娘にしか見えない。
本当はその大きな荷物を奪いたいイルハに、シーラは自分が持つのだと言って聞かず、毎夜イルハはその手を持て余していた。
こういう部分も、シーラの質問に戸惑いながら答え続けたあの日とは違っている。
まだ触れる喜びは知らなかったあの頃。
もうずっと遠くに置いてきたようで、それでも毎晩思い出しては、記憶は上書きされて、より鮮明に身近なものとなっている。
「今日もテンが全部食べちゃうのかなぁ?」
イルハが何を考えているか知らないシーラは、抱えたバスケットに微笑みながら呟いた。
「あの子は本当によく食べますねぇ」
「リタがテンは成長期だからよく食べるんだって言っていたよ!」
「成長期ですか。それはまだのような……」
今日もレンスター邸に残したテンは、日中リタから食事に菓子にと、たらふく食べさせてもらっているはずだ。
それでもテンは、今夜もまた、王宮からの土産としてシーラが持ち帰ったケーキを夕食後には全部食べ尽くしてしまうであろう。
シーラもよく食べてはいるが、あの少年の食べっぷりは見慣れたところで、異常だと驚くもので。
逆に心配になってくるイルハである。
「テンがいるとね、船に食料を積むところから大変なの。あんなに港で缶詰を買ったことはなかったなぁ」
「新しい船にもキッチンはないのですよね?」
「うん。ないよ。だから缶詰の他にも、飽きないように干し肉とか、色々と買っておいたんだけれど。テンは放っておくとすぐに全部食べ終えちゃうからね」
その偏った食生活のせいで、陸にあるうちに沢山食べておかねばという考えを持つようになったから、あの少年は食べることに異常に執着しているのではないか。
とまた心配に思うイルハであった。
リタやオルヴェも最初のうちは心配して、子ども用の胃薬を買い込んでいたものだが。
それらすべては憂いとなって、少年は日々大して美味しそうな顔をせずに、用意された食べ物をすべてお腹に収めている。
その少年は帰宅すればまたシーラにべったりとくっついて離れなくなろうから。
イルハはせっかく二人きりのこのときを楽しもうと、話題を変えることにした。
「仕事はどうです?」
「仕事といえば、聞いて、イルハ!今日はヨルトに褒められたんだよ!よく働いているねって言われたの!」
ヨルトというのは王宮魔術師の一人で、王子とも親しい仲だ。
必然的にイルハとも親しい間柄……かどうかは怪しくも、お互いによく知った仲には違いない。
そうなると、イルハの眉間にも皺がよるというもので。
「……彼は普段、殿下の執務室を避けていたはずなのですがね」
呼んだってなかなか来ない男を思い出したイルハは一層眉間の皺を深くした。
「え?なぁに?」
囁いたイルハを不思議そうに見上げたシーラに、眉間の皺を即座に消したイルハは、ただ微笑みを返すのである。
それはここで話題になったヨルトが見たら、叫び声を上げて驚くほどの優しい笑みだった。
祝福を与えてくれる頭上の星の煌めきの元では、塩気を帯びて僅かに湿った夏の空気に不快さはなく、夜風に乗って耳に届くは美しい声ばかり。
だが夜ごとあの日とは違うことも増えていた。
大きなバスケットを両手で抱え、隣を歩くシーラは、闇にも解けない淡い水色のワンピースを着て、髪も綺麗に結われ、どこからどう見てもタークォンの娘にしか見えない。
本当はその大きな荷物を奪いたいイルハに、シーラは自分が持つのだと言って聞かず、毎夜イルハはその手を持て余していた。
こういう部分も、シーラの質問に戸惑いながら答え続けたあの日とは違っている。
まだ触れる喜びは知らなかったあの頃。
もうずっと遠くに置いてきたようで、それでも毎晩思い出しては、記憶は上書きされて、より鮮明に身近なものとなっている。
「今日もテンが全部食べちゃうのかなぁ?」
イルハが何を考えているか知らないシーラは、抱えたバスケットに微笑みながら呟いた。
「あの子は本当によく食べますねぇ」
「リタがテンは成長期だからよく食べるんだって言っていたよ!」
「成長期ですか。それはまだのような……」
今日もレンスター邸に残したテンは、日中リタから食事に菓子にと、たらふく食べさせてもらっているはずだ。
それでもテンは、今夜もまた、王宮からの土産としてシーラが持ち帰ったケーキを夕食後には全部食べ尽くしてしまうであろう。
シーラもよく食べてはいるが、あの少年の食べっぷりは見慣れたところで、異常だと驚くもので。
逆に心配になってくるイルハである。
「テンがいるとね、船に食料を積むところから大変なの。あんなに港で缶詰を買ったことはなかったなぁ」
「新しい船にもキッチンはないのですよね?」
「うん。ないよ。だから缶詰の他にも、飽きないように干し肉とか、色々と買っておいたんだけれど。テンは放っておくとすぐに全部食べ終えちゃうからね」
その偏った食生活のせいで、陸にあるうちに沢山食べておかねばという考えを持つようになったから、あの少年は食べることに異常に執着しているのではないか。
とまた心配に思うイルハであった。
リタやオルヴェも最初のうちは心配して、子ども用の胃薬を買い込んでいたものだが。
それらすべては憂いとなって、少年は日々大して美味しそうな顔をせずに、用意された食べ物をすべてお腹に収めている。
その少年は帰宅すればまたシーラにべったりとくっついて離れなくなろうから。
イルハはせっかく二人きりのこのときを楽しもうと、話題を変えることにした。
「仕事はどうです?」
「仕事といえば、聞いて、イルハ!今日はヨルトに褒められたんだよ!よく働いているねって言われたの!」
ヨルトというのは王宮魔術師の一人で、王子とも親しい仲だ。
必然的にイルハとも親しい間柄……かどうかは怪しくも、お互いによく知った仲には違いない。
そうなると、イルハの眉間にも皺がよるというもので。
「……彼は普段、殿下の執務室を避けていたはずなのですがね」
呼んだってなかなか来ない男を思い出したイルハは一層眉間の皺を深くした。
「え?なぁに?」
囁いたイルハを不思議そうに見上げたシーラに、眉間の皺を即座に消したイルハは、ただ微笑みを返すのである。
それはここで話題になったヨルトが見たら、叫び声を上げて驚くほどの優しい笑みだった。
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