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♦海にあるもの
7.知らぬが仏なり
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「王子様は今日も偉そうだねぇ。仕方がないから頼まれてあげようか。私があんたみたいな客にも優しい女だってことを喜ぶんだね!」
なんて軽口を叩いていつものように常連客を迎え入れたリリーは、もちろん王子様が本当にこの国の王子であるとは思っていなかった。
タークォンでは庶民が王族の顔を知る機会を得ない。
だから王宮で働くシーラたちがその男を『王子』と呼んでいたとしても。
さらにその男が不可解なことには、法務省の長官をしているイルハの友人を名乗っていたとしても。
リリーが不審に思ったこと、それは『イルハに友人がいたのか』その点だけだった。
こんなに情報を与えられていても、リリーのなかで王子は王子にならない。
シーラたちの言う王子という呼称も、何かを揶揄ってそう決まったのだろうと信じていた。
それにこの通り、王子がリリーに何を言われてもへらへらと笑っているのだから。
これ以上リリーに何を察せられようか。
もしも真実を知ったとき、リリーが正気でいられるかどうか。
それは定かではないが。
今やこの店は、王子のお気に入りとなっている。
いつもは王宮で豪華な昼食を用意されてきたシーラたちが、それを嫌になったわけでも、飽きたわけでもない。
はじまりは会話の流れから「たまにはリリーのお店でごはんを食べたいな」とシーラが言ったときだった。
このシーラの希望を叶えようと、イルハは昼食時にシーラを王宮の外へと連れ出そうとしたのだが。
当たり前だという顔で、この王子は共にリリーの店までついてきた。
そうしてすぐにこの店を気に入って、今では王子の方が率先して声を掛け、シーラたちをこの店へと連れて来る。
シーラやテンは王宮の豪華な昼食も気に入っているし。
王宮の厨房で働く者たちは、二人の食べっぷりの良さに感動して、腕を振るう機会を得たりと張り切っていることを耳にしていた手前、王子も毎日二人を連れ出すようなことはなかったが。
本音では毎日通いたいと思うくらいに、王子はこの店を気に入っていた。
すでに自分の店が王子御用達の店へと昇格していることをリリーは知らず、そして今後もきっと知らずに生きていくのだろう。
その方がリリーとしては幸せであるに違いない。
ただでさえ、今日は来なかった一人がリリーの心をよく乱してくれていたのだから。
それもあって今日のリリーは機嫌が良かった。
だから王子は「なんだ、今日は物足りねぇな」なんて心の中で呟いている。
この王子、どんな刺激を求めてこの店に来ているのだろう。
なんて軽口を叩いていつものように常連客を迎え入れたリリーは、もちろん王子様が本当にこの国の王子であるとは思っていなかった。
タークォンでは庶民が王族の顔を知る機会を得ない。
だから王宮で働くシーラたちがその男を『王子』と呼んでいたとしても。
さらにその男が不可解なことには、法務省の長官をしているイルハの友人を名乗っていたとしても。
リリーが不審に思ったこと、それは『イルハに友人がいたのか』その点だけだった。
こんなに情報を与えられていても、リリーのなかで王子は王子にならない。
シーラたちの言う王子という呼称も、何かを揶揄ってそう決まったのだろうと信じていた。
それにこの通り、王子がリリーに何を言われてもへらへらと笑っているのだから。
これ以上リリーに何を察せられようか。
もしも真実を知ったとき、リリーが正気でいられるかどうか。
それは定かではないが。
今やこの店は、王子のお気に入りとなっている。
いつもは王宮で豪華な昼食を用意されてきたシーラたちが、それを嫌になったわけでも、飽きたわけでもない。
はじまりは会話の流れから「たまにはリリーのお店でごはんを食べたいな」とシーラが言ったときだった。
このシーラの希望を叶えようと、イルハは昼食時にシーラを王宮の外へと連れ出そうとしたのだが。
当たり前だという顔で、この王子は共にリリーの店までついてきた。
そうしてすぐにこの店を気に入って、今では王子の方が率先して声を掛け、シーラたちをこの店へと連れて来る。
シーラやテンは王宮の豪華な昼食も気に入っているし。
王宮の厨房で働く者たちは、二人の食べっぷりの良さに感動して、腕を振るう機会を得たりと張り切っていることを耳にしていた手前、王子も毎日二人を連れ出すようなことはなかったが。
本音では毎日通いたいと思うくらいに、王子はこの店を気に入っていた。
すでに自分の店が王子御用達の店へと昇格していることをリリーは知らず、そして今後もきっと知らずに生きていくのだろう。
その方がリリーとしては幸せであるに違いない。
ただでさえ、今日は来なかった一人がリリーの心をよく乱してくれていたのだから。
それもあって今日のリリーは機嫌が良かった。
だから王子は「なんだ、今日は物足りねぇな」なんて心の中で呟いている。
この王子、どんな刺激を求めてこの店に来ているのだろう。
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