国を奪われた少女は、遠い海の向こうでエリート役人に捕まって溺愛される

春風由実

文字の大きさ
170 / 349
♦海にあるもの

7.知らぬが仏なり

しおりを挟む
「王子様は今日も偉そうだねぇ。仕方がないから頼まれてあげようか。私があんたみたいな客にも優しい女だってことを喜ぶんだね!」

 なんて軽口を叩いていつものように常連客を迎え入れたリリーは、もちろん王子様が本当にこの国の王子であるとは思っていなかった。
 タークォンでは庶民が王族の顔を知る機会を得ない。

 だから王宮で働くシーラたちがその男を『王子』と呼んでいたとしても。
 さらにその男が不可解なことには、法務省の長官をしているイルハの友人を名乗っていたとしても。

 リリーが不審に思ったこと、それは『イルハに友人がいたのか』その点だけだった。

 こんなに情報を与えられていても、リリーのなかで王子は王子にならない。
 シーラたちの言う王子という呼称も、何かを揶揄ってそう決まったのだろうと信じていた。

 それにこの通り、王子がリリーに何を言われてもへらへらと笑っているのだから。
 これ以上リリーに何を察せられようか。


 もしも真実を知ったとき、リリーが正気でいられるかどうか。
 それは定かではないが。

 今やこの店は、王子のお気に入りとなっている。

 いつもは王宮で豪華な昼食を用意されてきたシーラたちが、それを嫌になったわけでも、飽きたわけでもない。
 はじまりは会話の流れから「たまにはリリーのお店でごはんを食べたいな」とシーラが言ったときだった。

 このシーラの希望を叶えようと、イルハは昼食時にシーラを王宮の外へと連れ出そうとしたのだが。
 当たり前だという顔で、この王子は共にリリーの店までついてきた。

 そうしてすぐにこの店を気に入って、今では王子の方が率先して声を掛け、シーラたちをこの店へと連れて来る。

 シーラやテンは王宮の豪華な昼食も気に入っているし。
 王宮の厨房で働く者たちは、二人の食べっぷりの良さに感動して、腕を振るう機会を得たりと張り切っていることを耳にしていた手前、王子も毎日二人を連れ出すようなことはなかったが。

 本音では毎日通いたいと思うくらいに、王子はこの店を気に入っていた。
 すでに自分の店が王子御用達の店へと昇格していることをリリーは知らず、そして今後もきっと知らずに生きていくのだろう。

 その方がリリーとしては幸せであるに違いない。
 ただでさえ、今日は来なかった一人がリリーの心をよく乱してくれていたのだから。

 それもあって今日のリリーは機嫌が良かった。
 だから王子は「なんだ、今日は物足りねぇな」なんて心の中で呟いている。

 この王子、どんな刺激を求めてこの店に来ているのだろう。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

溺愛彼氏は消防士!?

すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。 「別れよう。」 その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。 飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。 「男ならキスの先をは期待させないとな。」 「俺とこの先・・・してみない?」 「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」 私の身は持つの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。 ※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」 それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。 挙げ句の果てに、 「用が済んだなら早く帰れっ!」 と追い返されてしまいました。 そして夜、屋敷に戻って来た夫は─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

貧乏貴族の俺が貴族学園随一の麗しき公爵令嬢と偽装婚約したら、なぜか溺愛してくるようになった。

ななよ廻る
恋愛
貴族のみに門戸を開かれた王国きっての学園は、貧乏貴族の俺にとって居心地のいい場所ではなかった。 令息令嬢の社交場。 顔と身分のいい結婚相手を見つけるための場所というのが暗黙の了解とされており、勉強をしに来た俺は肩身が狭い。 それでも通い続けているのは、端的に言えば金のためだ。 王国一の学園卒業という箔を付けて、よりよい仕事に就く。 家族を支えるため、強いては妹に望まない結婚をさせないため、俺には嫌でも学園に通う理由があった。 ただ、どれだけ強い決意があっても、時には1人になりたくなる。 静かな場所を求めて広大な学園の敷地を歩いていたら、薔薇の庭園に辿り着く。 そこで銀髪碧眼の美しい令嬢と出会い、予想もしなかった提案をされる。 「それなら、私と“偽装婚約”をしないかい?」 互いの利益のため偽装婚約を受け入れたが、彼女が学園唯一の公爵令嬢であるユーリアナ・アルローズと知ったのは後になってからだ。 しかも、ユーリアナは偽装婚約という関係を思いの外楽しみ始めて―― 「ふふ、君は私の旦那様なのだから、もっと甘えてもいいんだよ?」 偽装婚約、だよな……? ※この作品は『カクヨム』『小説家になろう』『アルファポリス』に掲載しております※ ※ななよ廻る文庫(個人電子書籍出版)にて第1巻発売中!※

処理中です...