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♦海にあるもの
37.貴婦人の優美な振舞い
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今やレンスター邸宅において、シーラの事案は何よりも優先される重大事項だ。
リタもオルヴェもこの件に関してはイルハの同志のようなものだった。
だからイルハも二人の好意をどんどん利用させてもらう。
思った通り、シーラは凄いと話に喰い付いてきた。
これでテンをこの店に連れて来る話は流れただろう。
イルハからすれば時間はたっぷりあるが、シーラの同意を得るまではないとも言えた。
だからあの少年には申し訳ないが、しばしシーラを独占させて貰うつもりだ。
めでたくシーラをこの国に留められるようになったあとには、テンと共に存分に楽しく過ごして貰いたいと、イルハも一応は思っている。今の時点では、一応は、としか言えないが。
「リタはパンケーキも作れるの?」
「今までに邸で見たことはありませんが、昔から食べたいと言えば作ってくれる人ですからね。私たちから詳しく説明すれば、それらしいものをすぐに作ってくれると思いますよ」
「リタって凄いんだねぇ。私には作り方も想像出来ないのに。わ、この紅茶も美味しいよ、イルハ。パンケーキにとても合うね。どこの茶葉かな?タークォンのもの?」
それは観劇の最中にそっと差し出された美しいハンカチのように。
言葉が挟まれたのは、会話を邪魔しない完璧なタイミングのときだった。
イルハがシーラに促されて、紅茶を改めて味わったせいである。
「これはタークォンのものではないわよ」
「キリムは飲んだだけで分かったの?」
「えぇ。王宮にあちこちから茶葉が献上されてくるものだから、色々味わっているうちに詳しくなってしまったのよ。もし気に入ったなら、茶葉を貰ってくださるかしら?」
「え!いいの?だけど……」
キリムはシーラにイルハの顔色を窺う時間を取らせない。
「実はね、あまりに沢山いただくものだから、消費に困っているの。皆さんに配っているのだけれど、それでも追いつかなくて。だからシーラが貰ってくださると助かるのよね」
「それなら有難く!ありがとう、キリム!」
「こちらこそ有難いわ。あとで用意して届けるわね。ところでシーラ、あなたってとても綺麗に食べるのね。実は先程からあなたの所作に見惚れていたのよ?」
王子がふっと笑みを零したのを、イルハが白い目で眺めていたが。
まだ懲りないのか、この男は。と臣下に心の中で罵られていることに気付いているからこそ、王子はイルハの方を見ないのである。
視線が不敬だと怒らないあたり、もはやこの男は王子を騙る不届き者ではなかろうか。
一方でシーラはキリムがどんな思惑で話し掛けているかなど気にもしていないのだろう。
首を傾げながら「そうかなぁ?」と懐疑的に返事をしたシーラは、自分の所作が美しい自覚もないようである。
「えぇ、素敵だわ。どこかの国の方に、美しい食べ方を教えていただいたのかしら?」
あっさり核心に触れるキリムに、イルハは不敬にも思わずこのタークォンでも一、二を争う高貴な婦人にまで、白い目を向けてしまうのだった。
それでも王子より難敵なこの貴婦人には、イルハの視線など通用しない。
布越しにイルハをちらと見たが、美しい微笑は乱れず、その後の視線はまっすぐにシーラだけに向かっていく。
だから会いたくなかった、とイルハは思う。
そしてキリムに急かされ会いに来たな、ということもイルハは知っていた。
リタもオルヴェもこの件に関してはイルハの同志のようなものだった。
だからイルハも二人の好意をどんどん利用させてもらう。
思った通り、シーラは凄いと話に喰い付いてきた。
これでテンをこの店に連れて来る話は流れただろう。
イルハからすれば時間はたっぷりあるが、シーラの同意を得るまではないとも言えた。
だからあの少年には申し訳ないが、しばしシーラを独占させて貰うつもりだ。
めでたくシーラをこの国に留められるようになったあとには、テンと共に存分に楽しく過ごして貰いたいと、イルハも一応は思っている。今の時点では、一応は、としか言えないが。
「リタはパンケーキも作れるの?」
「今までに邸で見たことはありませんが、昔から食べたいと言えば作ってくれる人ですからね。私たちから詳しく説明すれば、それらしいものをすぐに作ってくれると思いますよ」
「リタって凄いんだねぇ。私には作り方も想像出来ないのに。わ、この紅茶も美味しいよ、イルハ。パンケーキにとても合うね。どこの茶葉かな?タークォンのもの?」
それは観劇の最中にそっと差し出された美しいハンカチのように。
言葉が挟まれたのは、会話を邪魔しない完璧なタイミングのときだった。
イルハがシーラに促されて、紅茶を改めて味わったせいである。
「これはタークォンのものではないわよ」
「キリムは飲んだだけで分かったの?」
「えぇ。王宮にあちこちから茶葉が献上されてくるものだから、色々味わっているうちに詳しくなってしまったのよ。もし気に入ったなら、茶葉を貰ってくださるかしら?」
「え!いいの?だけど……」
キリムはシーラにイルハの顔色を窺う時間を取らせない。
「実はね、あまりに沢山いただくものだから、消費に困っているの。皆さんに配っているのだけれど、それでも追いつかなくて。だからシーラが貰ってくださると助かるのよね」
「それなら有難く!ありがとう、キリム!」
「こちらこそ有難いわ。あとで用意して届けるわね。ところでシーラ、あなたってとても綺麗に食べるのね。実は先程からあなたの所作に見惚れていたのよ?」
王子がふっと笑みを零したのを、イルハが白い目で眺めていたが。
まだ懲りないのか、この男は。と臣下に心の中で罵られていることに気付いているからこそ、王子はイルハの方を見ないのである。
視線が不敬だと怒らないあたり、もはやこの男は王子を騙る不届き者ではなかろうか。
一方でシーラはキリムがどんな思惑で話し掛けているかなど気にもしていないのだろう。
首を傾げながら「そうかなぁ?」と懐疑的に返事をしたシーラは、自分の所作が美しい自覚もないようである。
「えぇ、素敵だわ。どこかの国の方に、美しい食べ方を教えていただいたのかしら?」
あっさり核心に触れるキリムに、イルハは不敬にも思わずこのタークォンでも一、二を争う高貴な婦人にまで、白い目を向けてしまうのだった。
それでも王子より難敵なこの貴婦人には、イルハの視線など通用しない。
布越しにイルハをちらと見たが、美しい微笑は乱れず、その後の視線はまっすぐにシーラだけに向かっていく。
だから会いたくなかった、とイルハは思う。
そしてキリムに急かされ会いに来たな、ということもイルハは知っていた。
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