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♦海にあるもの
43.少年の叫び
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湯浴みを終えた少年は、本人が認めずも勝手知ったる我が家のようになっているその邸のリビングに戻り、すぐに叫んだ。
「シーラから離れろ!」
リビングに備えられたソファーでシーラがぺたりと隣の男の胸に体を預けていたのだ。
これからの時間までこの男に奪われてしまっては、少年はたまったものではなかった。
今日あったことを話しながら、寝るまでのひととき、シーラの時間を独占する。それは少年の日課であり、外せない予定だったから。
「テンちゃん、シーラちゃんは眠っているのだよ。起こさないようにしてあげようね」
横から老齢の男に優しい声を掛けられたのは、シーラを抱える男と目が合ったのと同じときだ。
その勝ち誇ったような瞳の色に、たとえ少年にはそう見えていただけだったとしても、少年の湯浴み後の身体はカッと熱くなる。
だが少年はそこで自発的に気が付けた。
「シーラはどうしたの?」
老齢の男の妻が、床に膝を着いて、濡れた布巾でシーラの顔を拭っていたのだ。
少年の問いに答えたのは、隣にいた老いた夫の方である。
「楽しいお出掛けをしてきたから、疲れちゃったのかもしれないねぇ。シーラちゃんがゆっくり休めるようにベッドを整えて来ようと思うのだけれど、テンちゃんは私を手伝ってくれるかい?」
テンは知っている。すでにベッドメイキングなど終えられていることを。
この邸で使用人をしている老夫妻は、仕事に抜かりなく、テンの気に入らないことに主人とシーラが連れ立って出かけた後には、さっさと二人の部屋を整え終えた。
だから今さら手伝うことなんて、何もないのだ。
この老人は自分をこの部屋から追い出そうとしているだけ。
いつもそうだ。
この邸の者たちは、自分からシーラを遠ざけようとする。
「俺はシーラと……」
「テンちゃん、私からもお願いがあるわ。オルヴェと一緒にお湯を沸かしておいてくれないかしら?シーラちゃんにお薬を飲んで貰おうと思うのよ」
「薬……」
どこか悪いのだろうか。
少年は記憶を探る。
シーラはいつも船では元気いっぱいで……おかしなことが続くようになったのはここに来てからだ。
それはちょっとくらい怪我をしたときもあった。
それでもシーラは医者が嫌いだから、怪我をしたって放っておいたし、薬なんていつも飲まない。
なのにここでのシーラはどこかおかしい。
泣いていたけれど医者に怪我を診せていたし、怪我の治りが良くなるという薬も嫌々ながら飲んでいた。
人の言いなりにならない、その孤高な自由さは少年の心を射止めてきたものである。
それがないシーラなんて少年にはシーラではない。
タークォンなど早く出ようと、少年は何度も提案してきた。
それでもシーラは困った顔で笑うだけで、首を盾に振ってはくれないのだ。
いつもならすぐに海に出て、近くにはどんな国があるか、遠くにはどんな国があるかと教えてくれて、最後にはいつもどの国に行きたいかと聞いてくれていたのに。
タークォンなんて大嫌いだ。もう二度と来なくていい。
少年はきつく男を睨んだ。
並び座った状態で、シーラは横向くように男の胸に顔と体を預けている。
何もかもが気に入らないけれど、一番気に入らないものはあの男だ。
「こんなところにいるからだっ!こんなところにいるから、シーラに悪いことばかり起きるんだ!」
「シーラから離れろ!」
リビングに備えられたソファーでシーラがぺたりと隣の男の胸に体を預けていたのだ。
これからの時間までこの男に奪われてしまっては、少年はたまったものではなかった。
今日あったことを話しながら、寝るまでのひととき、シーラの時間を独占する。それは少年の日課であり、外せない予定だったから。
「テンちゃん、シーラちゃんは眠っているのだよ。起こさないようにしてあげようね」
横から老齢の男に優しい声を掛けられたのは、シーラを抱える男と目が合ったのと同じときだ。
その勝ち誇ったような瞳の色に、たとえ少年にはそう見えていただけだったとしても、少年の湯浴み後の身体はカッと熱くなる。
だが少年はそこで自発的に気が付けた。
「シーラはどうしたの?」
老齢の男の妻が、床に膝を着いて、濡れた布巾でシーラの顔を拭っていたのだ。
少年の問いに答えたのは、隣にいた老いた夫の方である。
「楽しいお出掛けをしてきたから、疲れちゃったのかもしれないねぇ。シーラちゃんがゆっくり休めるようにベッドを整えて来ようと思うのだけれど、テンちゃんは私を手伝ってくれるかい?」
テンは知っている。すでにベッドメイキングなど終えられていることを。
この邸で使用人をしている老夫妻は、仕事に抜かりなく、テンの気に入らないことに主人とシーラが連れ立って出かけた後には、さっさと二人の部屋を整え終えた。
だから今さら手伝うことなんて、何もないのだ。
この老人は自分をこの部屋から追い出そうとしているだけ。
いつもそうだ。
この邸の者たちは、自分からシーラを遠ざけようとする。
「俺はシーラと……」
「テンちゃん、私からもお願いがあるわ。オルヴェと一緒にお湯を沸かしておいてくれないかしら?シーラちゃんにお薬を飲んで貰おうと思うのよ」
「薬……」
どこか悪いのだろうか。
少年は記憶を探る。
シーラはいつも船では元気いっぱいで……おかしなことが続くようになったのはここに来てからだ。
それはちょっとくらい怪我をしたときもあった。
それでもシーラは医者が嫌いだから、怪我をしたって放っておいたし、薬なんていつも飲まない。
なのにここでのシーラはどこかおかしい。
泣いていたけれど医者に怪我を診せていたし、怪我の治りが良くなるという薬も嫌々ながら飲んでいた。
人の言いなりにならない、その孤高な自由さは少年の心を射止めてきたものである。
それがないシーラなんて少年にはシーラではない。
タークォンなど早く出ようと、少年は何度も提案してきた。
それでもシーラは困った顔で笑うだけで、首を盾に振ってはくれないのだ。
いつもならすぐに海に出て、近くにはどんな国があるか、遠くにはどんな国があるかと教えてくれて、最後にはいつもどの国に行きたいかと聞いてくれていたのに。
タークォンなんて大嫌いだ。もう二度と来なくていい。
少年はきつく男を睨んだ。
並び座った状態で、シーラは横向くように男の胸に顔と体を預けている。
何もかもが気に入らないけれど、一番気に入らないものはあの男だ。
「こんなところにいるからだっ!こんなところにいるから、シーラに悪いことばかり起きるんだ!」
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