国を奪われた少女は、遠い海の向こうでエリート役人に捕まって溺愛される

春風由実

文字の大きさ
206 / 349
♦海にあるもの

43.少年の叫び

しおりを挟む
 湯浴みを終えた少年は、本人が認めずも勝手知ったる我が家のようになっているその邸のリビングに戻り、すぐに叫んだ。

「シーラから離れろ!」

 リビングに備えられたソファーでシーラがぺたりと隣の男の胸に体を預けていたのだ。

 これからの時間までこの男に奪われてしまっては、少年はたまったものではなかった。
 今日あったことを話しながら、寝るまでのひととき、シーラの時間を独占する。それは少年の日課であり、外せない予定だったから。

「テンちゃん、シーラちゃんは眠っているのだよ。起こさないようにしてあげようね」

 横から老齢の男に優しい声を掛けられたのは、シーラを抱える男と目が合ったのと同じときだ。
 その勝ち誇ったような瞳の色に、たとえ少年にはそう見えていただけだったとしても、少年の湯浴み後の身体はカッと熱くなる。
 だが少年はそこで自発的に気が付けた。

「シーラはどうしたの?」

 老齢の男の妻が、床に膝を着いて、濡れた布巾でシーラの顔を拭っていたのだ。
 少年の問いに答えたのは、隣にいた老いた夫の方である。

「楽しいお出掛けをしてきたから、疲れちゃったのかもしれないねぇ。シーラちゃんがゆっくり休めるようにベッドを整えて来ようと思うのだけれど、テンちゃんは私を手伝ってくれるかい?」

 テンは知っている。すでにベッドメイキングなど終えられていることを。
 この邸で使用人をしている老夫妻は、仕事に抜かりなく、テンの気に入らないことに主人とシーラが連れ立って出かけた後には、さっさと二人の部屋を整え終えた。

 だから今さら手伝うことなんて、何もないのだ。
 この老人は自分をこの部屋から追い出そうとしているだけ。

 いつもそうだ。
 この邸の者たちは、自分からシーラを遠ざけようとする。

「俺はシーラと……」

「テンちゃん、私からもお願いがあるわ。オルヴェと一緒にお湯を沸かしておいてくれないかしら?シーラちゃんにお薬を飲んで貰おうと思うのよ」

「薬……」

 どこか悪いのだろうか。

 少年は記憶を探る。
 シーラはいつも船では元気いっぱいで……おかしなことが続くようになったのはここに来てからだ。
 それはちょっとくらい怪我をしたときもあった。
 それでもシーラは医者が嫌いだから、怪我をしたって放っておいたし、薬なんていつも飲まない。
 
 なのにここでのシーラはどこかおかしい。
 泣いていたけれど医者に怪我を診せていたし、怪我の治りが良くなるという薬も嫌々ながら飲んでいた。

 人の言いなりにならない、その孤高な自由さは少年の心を射止めてきたものである。
 それがないシーラなんて少年にはシーラではない。

 タークォンなど早く出ようと、少年は何度も提案してきた。
 それでもシーラは困った顔で笑うだけで、首を盾に振ってはくれないのだ。
 いつもならすぐに海に出て、近くにはどんな国があるか、遠くにはどんな国があるかと教えてくれて、最後にはいつもどの国に行きたいかと聞いてくれていたのに。

 タークォンなんて大嫌いだ。もう二度と来なくていい。

 少年はきつく男を睨んだ。
 並び座った状態で、シーラは横向くように男の胸に顔と体を預けている。

 何もかもが気に入らないけれど、一番気に入らないものはあの男だ。

「こんなところにいるからだっ!こんなところにいるから、シーラに悪いことばかり起きるんだ!」




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

元平民だった侯爵令嬢の、たった一つの願い

雲乃琳雨
恋愛
 バートン侯爵家の跡取りだった父を持つニナリアは、潜伏先の家から祖父に連れ去られ、侯爵家でメイドとして働いていた。18歳になったニナリアは、祖父の命令で従姉の代わりに元平民の騎士、アレン・ラディー子爵に嫁ぐことになる。  ニナリアは母のもとに戻りたいので、アレンと離婚したくて仕方がなかったが、結婚は国王の命令でもあったので、アレンが離婚に応じるはずもなかった。アレンが初めから溺愛してきたので、ニナリアは戸惑う。ニナリアは、自分の目的を果たすことができるのか?  元平民の侯爵令嬢が、自分の人生を取り戻す、溺愛から始まる物語。

強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」 それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。 挙げ句の果てに、 「用が済んだなら早く帰れっ!」 と追い返されてしまいました。 そして夜、屋敷に戻って来た夫は─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

厄災烙印の令嬢は貧乏辺境伯領に嫁がされるようです

あおまる三行
恋愛
王都の洗礼式で「厄災をもたらす」という烙印を持っていることを公表された令嬢・ルーチェ。 社交界では腫れ物扱い、家族からも厄介者として距離を置かれ、心がすり減るような日々を送ってきた彼女は、家の事情で辺境伯ダリウスのもとへ嫁ぐことになる。 辺境伯領は「貧乏」で知られている、魔獣のせいで荒廃しきった領地。 冷たい仕打ちには慣れてしまっていたルーチェは抵抗することなくそこへ向かい、辺境の生活にも身を縮める覚悟をしていた。 けれど、実際に待っていたのは──想像とはまるで違う、温かくて優しい人々と、穏やかで心が満たされていくような暮らし。 そして、誰より誠実なダリウスの隣で、ルーチェは少しずつ“自分の居場所”を取り戻していく。 静かな辺境から始まる、甘く優しい逆転マリッジラブ物語。

せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません

嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。 人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。 転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。 せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。 少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。

処理中です...