国を奪われた少女は、遠い海の向こうでエリート役人に捕まって溺愛される

春風由実

文字の大きさ
207 / 349
♦海にあるもの

44.追い詰められる少年

しおりを挟む
「こんなところにいるからだっ!こんなところにいるから、シーラに悪いことばかり起きるんだ!」

 少年は吐き捨てるように言ったあと、「起きたらもう海に出るよう言うから!」と宣言した。
 それはわざわざ宣言しなくても、ここ最近の少年がずっと言ってきたことである。

 ここでにこりと微笑むイルハが、少年はまた気に入らなかった。
 余裕ある大人の対応が少年の心をぎちぎちと痛めつけていく。

 だがイルハにはそんな気はさらさらないし、実は余裕もないということを、この状況で少年が把握出来るはずはなかった。

「申し訳ありませんが、あなたには少々厳しいことを言いますよ」

「え?」

 イルハのいつもとは違う顔つきに少年は狼狽えた。
 あまり良く思われていない感覚はあっても、イルハはいつも少年に微笑むだけで、何の意見も伝えてこなかったから。
 シーラを通してしか、少年もまたイルハを知らないのである。

「シーラが海でどれだけの魔力を使っているか知っていますか?」

「…………」

 少年は答えられない。
 魔術についてはこれから教えて貰う予定だったからだ。
 あくまでそれが少年の中だけで成立した話であろうとも、今の少年が魔力云々について何も語れないことは事実である。

「シーラは簡単にそれをしているように見えますが、船を一人で動かすことの出来る魔術師は、世界にも多くは存在しません。あなたも知っている通り、通常船には何人も乗組員がいて、力を合わせて船を動かしているものです」

 それは少年も知っていた。
 一人で航海をしている人間を、シーラ以外に知らないから。

 化け物みたいなあの人たちだって、船には沢山の男たちが乗っていた。

「一人で船を動かそうと思えば、技術もさることながら、使用する魔力量も莫大なものとなります。シーラの場合は元々の魔力量が多いので、航海のために気兼ねなく魔力を放出する環境は好ましいものです。けれども使い過ぎれば、元の量に関係なく身体には負担が掛かります。今までのシーラは一人でしたから、疲れた場所で休めばそれで済んでいたことでしょう。けれどもあなたを乗せたとなれば、それが出来ません。あなたはシーラの優しさについて、よく知っていますね?」

「俺は……その分ちゃんと手伝いをしていたし!」

「それは当然でしょう。あなたは船にただで乗せて貰おうと考えていたのですか?」

「違う。そうじゃないから、俺は沢山手伝いをして……シーラも俺がいて助かると言ってくれていた!」

「シーラなら、そう言うでしょう。けれどもあなたがいなくても、シーラは変わらず船を動かしていたことは事実です」

「そ、そうかもしれないけど。俺はそれでも役に立っていたんだ!シーラは俺が船にいて良かったと言ったんだよ!」

 イルハの視線が落ちたとき、少年は勝ったと思った。
 だがそれは間違いだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

溺愛彼氏は消防士!?

すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。 「別れよう。」 その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。 飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。 「男ならキスの先をは期待させないとな。」 「俺とこの先・・・してみない?」 「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」 私の身は持つの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。 ※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」 それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。 挙げ句の果てに、 「用が済んだなら早く帰れっ!」 と追い返されてしまいました。 そして夜、屋敷に戻って来た夫は─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

不能と噂される皇帝の後宮に放り込まれた姫は恩返しをする

矢野りと
恋愛
不能と噂される隣国の皇帝の後宮に、牛100頭と交換で送り込まれた貧乏小国の姫。 『なんでですか!せめて牛150頭と交換してほしかったですー』と叫んでいる。 『フンガァッ』と鼻息荒く女達の戦いの場に勢い込んで来てみれば、そこはまったりパラダイスだった…。 『なんか悪いですわね~♪』と三食昼寝付き生活を満喫する姫は自分の特技を活かして皇帝に恩返しすることに。 不能?な皇帝と勘違い姫の恋の行方はどうなるのか。 ※設定はゆるいです。 ※たくさん笑ってください♪ ※お気に入り登録、感想有り難うございます♪執筆の励みにしております!

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

処理中です...