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♦海にあるもの
52.夜と共に深まる仲
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くすくすとイルハの耳に心地好く笑っていたシーラが言った。
「ふふ。だってヨルトがね、イルハが一番許してくれそうなときに聞いてくれって言うから」
ぐっとくるものがあって、イルハは一度息を吸い込む。
それから極めて冷静に言った。
「……そろそろ彼を捕まえた方が良さそうですね」
「捕まえてヨルトを叱るの?」
「話し合うだけですよ。棚の件は私もご一緒しましょう」
この夜、レンスター邸宅から少し離れた場所で、夏なのにぶるると寒気を感じたタークォンの魔術師がいたとか、いないとか。
「イルハならいつだってそう言ってくれると思っていたんだ。ヨルトにもそう伝えたんだけどね」
「彼は基本的に否定から入りますからね」
「確かに、いつもそうだった!どうせ無理だろうけれど、っていつも先に言うの」
「彼も変わりませんねぇ」
「よく知っているんだね?」
「幼い頃に殿下のお側仕えを共にしておりましたから。かつての同僚みたいなものでしょうか」
「それなのにヨルトは長官にならないの?」
「向いていないの一言で辞退していましたね。魔術省では彼の弟が頑張っていますよ」
タークォン王国で高位の魔術師を輩出してきたとある家は、長男の出世を早々に諦めて、次男に次代を託しているそうな。
ただしその長男は魔術師としては一級であり、その才能は確かに家を、そしてタークォンの王家を支えるものだった。
だからこそ自由な振舞いが許されているとも言える。彼の才能を潰さないために。
そんな境遇の男が、シーラの周りをうろちょろとしていることを、あえてイルハが許している意味。
当然シーラは分かっていないが、永遠に分からないまま終わってしまうのかもしれない。
「あ、それとね、イルハ。ヨルトがテンに魔術を教えてもいいと言っていたんだ」
「リタたちにもお願いして説得を試みましょう。それでも無理なら殿下を通したお手伝いに出来るよう考えます」
さすがイルハ。
シーラが説明する前からテンがヨルトの提案を断ったことを読めていた。
横から抱き着いていたシーラが嬉しそうにイルハの身体に頬を摺り寄せる。
脇腹から擽ったさを感じたイルハの頬もまた、一段と緩んでいた。
「ありがとう。本当は私から教わりたいみたいなんだけど……この通りだから」
「分かっていますよ」
と言われたことは不服だったのか、シーラはイルハから見えないところで口を尖らせる。
自分で言った言葉を肯定されただけなのだけれど。人から言われるとまた違うということらしい。
どうやら見なくてもイルハにはシーラの感情がよく伝わっているようで。
イルハは穏やかな笑い声を上げてしまう。
それは決して揶揄するようなものではなくて、慈愛に満ちた笑い方だったけれど。
むっとしたように、シーラは尋ねる。
「イルハは教えられるの?」
「ふふ。だってヨルトがね、イルハが一番許してくれそうなときに聞いてくれって言うから」
ぐっとくるものがあって、イルハは一度息を吸い込む。
それから極めて冷静に言った。
「……そろそろ彼を捕まえた方が良さそうですね」
「捕まえてヨルトを叱るの?」
「話し合うだけですよ。棚の件は私もご一緒しましょう」
この夜、レンスター邸宅から少し離れた場所で、夏なのにぶるると寒気を感じたタークォンの魔術師がいたとか、いないとか。
「イルハならいつだってそう言ってくれると思っていたんだ。ヨルトにもそう伝えたんだけどね」
「彼は基本的に否定から入りますからね」
「確かに、いつもそうだった!どうせ無理だろうけれど、っていつも先に言うの」
「彼も変わりませんねぇ」
「よく知っているんだね?」
「幼い頃に殿下のお側仕えを共にしておりましたから。かつての同僚みたいなものでしょうか」
「それなのにヨルトは長官にならないの?」
「向いていないの一言で辞退していましたね。魔術省では彼の弟が頑張っていますよ」
タークォン王国で高位の魔術師を輩出してきたとある家は、長男の出世を早々に諦めて、次男に次代を託しているそうな。
ただしその長男は魔術師としては一級であり、その才能は確かに家を、そしてタークォンの王家を支えるものだった。
だからこそ自由な振舞いが許されているとも言える。彼の才能を潰さないために。
そんな境遇の男が、シーラの周りをうろちょろとしていることを、あえてイルハが許している意味。
当然シーラは分かっていないが、永遠に分からないまま終わってしまうのかもしれない。
「あ、それとね、イルハ。ヨルトがテンに魔術を教えてもいいと言っていたんだ」
「リタたちにもお願いして説得を試みましょう。それでも無理なら殿下を通したお手伝いに出来るよう考えます」
さすがイルハ。
シーラが説明する前からテンがヨルトの提案を断ったことを読めていた。
横から抱き着いていたシーラが嬉しそうにイルハの身体に頬を摺り寄せる。
脇腹から擽ったさを感じたイルハの頬もまた、一段と緩んでいた。
「ありがとう。本当は私から教わりたいみたいなんだけど……この通りだから」
「分かっていますよ」
と言われたことは不服だったのか、シーラはイルハから見えないところで口を尖らせる。
自分で言った言葉を肯定されただけなのだけれど。人から言われるとまた違うということらしい。
どうやら見なくてもイルハにはシーラの感情がよく伝わっているようで。
イルハは穏やかな笑い声を上げてしまう。
それは決して揶揄するようなものではなくて、慈愛に満ちた笑い方だったけれど。
むっとしたように、シーラは尋ねる。
「イルハは教えられるの?」
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