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3.妹を突如襲った悲劇

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「ジークさま。まぁ、もうこんな時間でしたの!私ったら申し訳ありません」

「いや、それは気にしなくていい。私が早く着いてしまったから……ところでその恰好はどうしたんだ?」

 ことの次第を聞いたジークハルトは、蕩ける瞳でリリーベルに微笑み掛けた。

「君が悪女か。それはまた……苦労したな、アルマ」

「はい……いえ、とんでもございません」

「まぁ、いいのよ、アルマ。私が無理なお願いをしたばかりに大変だったのでしょう?」

「滅相もございません。リリーお嬢さまからのお願いを頂戴することこそがわたくしの至高の喜びです」

「うふふ。アルマったら」

 笑うリリーベルの唇は確かに浮いているように感じられた。
 元から真っ赤な口紅が似合う顔ではないのだ。それは目元の濃い化粧も同じである。
 しかもそれが似合わないことでかえってリリーベルの幼く可憐な顔立ちが引き立ち、悪女どころか可憐な少女のように見せていた。
 淡い白金のふわふわとした柔らかい髪もいくら印象を変えようとかっちりまとめてみても、悪女というよりは天女の正装といったところ。
 どこから引っ張り出したのか身に纏う真っ赤なドレスは、サイズが合わないからと無理やり胸元と腰に通した黒いリボンでひっ詰められてはいるが、それが余計に華奢な印象を強めてしまった。

 そしてそんな珍しく似合わないよう整えられた姉のリリーベルを見詰め、妹のシャーリーは手を組み女神を崇めるような体勢でうっとりと見惚れているのだから。

 本来の目的はどこへ行ったのか。

「お姉さまは悪女になっても可愛らしいんだわ!何にも怖くなくてよ!」

「そうだろうとも。だからシャーリー、もう私のリリーを悪女にしようだなんて──」

「はっ!そうですわ!お義兄さまにも大事な役割がありましてよ!」

「まぁ、そうなのね。ジークさまももしかして悪……男性は悪男と言うのかしら?」

 シャーリーが熱心に本に書かれる悪女とはどのようなものかと説明してくれたものだから、リリーベルはまだシャーリーが読んでいた本の内容を知らなかった。
 幼いシャーリーの説明は要領を得なかったが挿絵を見てひとまずは外観からとアルマと共に頑張ってみたのである。
 妹のお遊びに全力で付き合う優しい姉のリリーベルだ。

「違うのよ、お姉さま!お義兄さまは悪女に嫌気がさして婚約破棄をなさるの!そうしたら妹が──きゃあ!」

 ちなみにジークハルトはまだ義兄でもなんでもないが、シャーリーがそう呼ぶのはジークハルトがそのように願ったからだ。
 将来そうなるのだから最初から慣れておいた方がいい、そう言ったジークハルトをリリーベルは尊敬の眼差しで見詰めていたが、そのときリリーベルの専属侍女であるアルマは無礼にも生気のない目で彼を見詰めていたのだった。

 さて、そんなアルマは、今は目を閉じ「おいたわしい」と心の中で囁いている。
 幼き令嬢のすぐ先にある未来を憂いてのことだった。



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