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36.私は無能な夫人でした
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急に感じた気配は、隣のお部屋に続く扉の向こうからでした。
私は今日も、私の隣のお部屋にある広いベッドを独占しております。
さらにその向こうのお部屋は、ユージーン様のお部屋のはず。
本来ならば初夜でこのお部屋を使う予定だったと侍女たちが零しておりました。
それをお一人で使わせるだなんて!とさらにぷりぷりと怒っていたのです。
もしかして、この部屋を一人で使うことも夫人としていけないことだったのかしら?
初夜といえば。
大変だわ。
一日過ぎて、二度目の夜を越えましたのに、何の準備も出来ておりません。
もう恥を忍んで、侍女たちに相談した方が良さそうですね。
故郷の侍女たちから聞いた話は、ちゃんと覚えているのです。
たとえ流していたとしても、思い出せますからね。
けれども初夜の件に関しては、それでどうにかなる話ではありませんでした。
故郷の侍女たちが語っていた言葉の意味が、まったくもって分からなかったからです。
適当に聞き流さずに、ちゃんと渡された本を開いておけばよかった。
こちらの侍女たちに助力を願いたいと思っても、事情を正直に説明して良いものかと悩んでしまいます。
準備はしていたが、私が愚かなゆえに理解が出来なかった。
だから我が家が私の嫁ぐ準備を怠ろうとしていたわけではない。
そのようにちゃんと理解してくださるかしら?
それでかえって、嫁ぐ娘に未完全な教育を施すような失礼な家だと判断されてしまったら……。
家の印象を悪くすることだけは避けたいものです。
あぁ、どうしましょう。
そもそも悪くすることしか、まだ出来ていない気がしてきました。
何故昨日はあんなにも食べ過ぎてしまったのかしら!
気配は感じつつも、私の方が人にお会い出来る状況ではありませんでしたので、気付かない振りをしておりましたが、それは許されませんでした。
「ミシェル、起きているな?」
まぁ、どうして分かったのでしょうか?
気配を消すよう試みておりましたのに。
あ、そうですね。
途中で気配を消したせいかもしれません。
ぐっすり眠っている人間が気配を消したりしないものだわ!
なんて愚かなっ。
では今度こそと、寝たふりをするために気配を露わにしましたところ。
「何もしないから、入ってもいいだろうか?」
さらに声を掛けられてしまいました。
何もしないから……?
それを言わないと、何かする場合もあるのかしら?
「よし。入るな」
「あ!」
返事をする前に扉が開きます。
そういえば、こちらの扉が開くところを見たのは初めてですね。
ユージーン様の動きは、今までとは違いさほど早くはありませんでした。
むしろゆったり過ぎると感じるくらいです。
扉を開閉する仕草から、こちらに向かうまでの足取り、そのすべてが私にも分かるくらいに、貴族らしく、流れるような美しい所作だったのです。
不思議なことには、こちらに向かうユージーン様の動きをじっと観察しておりますと、懐かしい気持ちが内側から湧きおこってきたのです。
ここは私に用意してくださったお部屋ではありませんのに。
似た動きをされる方を知っていたような……。
すぐに思い出したその方は、ユージーン様とは一致しませんでした。
それは当然のことですね。
「いい、寝ていてくれ。身体はどうだ?辛くないか?」
「もうすっかり元気です」
「それは良かった」
と言って、ユージーン様はベッドの端に腰を下ろしました。
場所は寝ている私のお腹の当たりの真横で、私には背中を向ける形です。
けれども手はそっと伸びてきて、しっかりと捕まります。
「昨日はすまなかった。こちらの配慮が足りず、苦しませてしまったな」
「ユージーン様のせいではございません。私が意地汚くも、お腹が膨れてもなお食べるようなことをしてしまいましたので」
「美味しかったのならば、それはいい。だがこれからは出す量に気を配るように言っておこう。それからハーブは組み合わせをやめること、大量に取らないよう注意だな」
「いえ、そんな。私が勝手に食べ過ぎただけですので。今後は私が自分で気を付けるようにいたします。それより昨日は申し訳ありませんでした。せっかく素敵なご馳走を用意していただいたのに、こんな形でご迷惑をお掛けすることになりまして。ご準備されていたでしょうに、夕食も取ることが出来ませんでした。まだお仕事らしいことをひとつも行っていないうえに、ただ食べることさえ満足に出来なくて……本当に申し訳ありません」
悪いところを並べていると、どんどん苦しくなってきました。
私はどこに行っても、両親やアルのように皆様のお役には立てないのでしょうか。
長く続く沈黙は無能な夫人であるという肯定に感じます。
私は今日も、私の隣のお部屋にある広いベッドを独占しております。
さらにその向こうのお部屋は、ユージーン様のお部屋のはず。
本来ならば初夜でこのお部屋を使う予定だったと侍女たちが零しておりました。
それをお一人で使わせるだなんて!とさらにぷりぷりと怒っていたのです。
もしかして、この部屋を一人で使うことも夫人としていけないことだったのかしら?
初夜といえば。
大変だわ。
一日過ぎて、二度目の夜を越えましたのに、何の準備も出来ておりません。
もう恥を忍んで、侍女たちに相談した方が良さそうですね。
故郷の侍女たちから聞いた話は、ちゃんと覚えているのです。
たとえ流していたとしても、思い出せますからね。
けれども初夜の件に関しては、それでどうにかなる話ではありませんでした。
故郷の侍女たちが語っていた言葉の意味が、まったくもって分からなかったからです。
適当に聞き流さずに、ちゃんと渡された本を開いておけばよかった。
こちらの侍女たちに助力を願いたいと思っても、事情を正直に説明して良いものかと悩んでしまいます。
準備はしていたが、私が愚かなゆえに理解が出来なかった。
だから我が家が私の嫁ぐ準備を怠ろうとしていたわけではない。
そのようにちゃんと理解してくださるかしら?
それでかえって、嫁ぐ娘に未完全な教育を施すような失礼な家だと判断されてしまったら……。
家の印象を悪くすることだけは避けたいものです。
あぁ、どうしましょう。
そもそも悪くすることしか、まだ出来ていない気がしてきました。
何故昨日はあんなにも食べ過ぎてしまったのかしら!
気配は感じつつも、私の方が人にお会い出来る状況ではありませんでしたので、気付かない振りをしておりましたが、それは許されませんでした。
「ミシェル、起きているな?」
まぁ、どうして分かったのでしょうか?
気配を消すよう試みておりましたのに。
あ、そうですね。
途中で気配を消したせいかもしれません。
ぐっすり眠っている人間が気配を消したりしないものだわ!
なんて愚かなっ。
では今度こそと、寝たふりをするために気配を露わにしましたところ。
「何もしないから、入ってもいいだろうか?」
さらに声を掛けられてしまいました。
何もしないから……?
それを言わないと、何かする場合もあるのかしら?
「よし。入るな」
「あ!」
返事をする前に扉が開きます。
そういえば、こちらの扉が開くところを見たのは初めてですね。
ユージーン様の動きは、今までとは違いさほど早くはありませんでした。
むしろゆったり過ぎると感じるくらいです。
扉を開閉する仕草から、こちらに向かうまでの足取り、そのすべてが私にも分かるくらいに、貴族らしく、流れるような美しい所作だったのです。
不思議なことには、こちらに向かうユージーン様の動きをじっと観察しておりますと、懐かしい気持ちが内側から湧きおこってきたのです。
ここは私に用意してくださったお部屋ではありませんのに。
似た動きをされる方を知っていたような……。
すぐに思い出したその方は、ユージーン様とは一致しませんでした。
それは当然のことですね。
「いい、寝ていてくれ。身体はどうだ?辛くないか?」
「もうすっかり元気です」
「それは良かった」
と言って、ユージーン様はベッドの端に腰を下ろしました。
場所は寝ている私のお腹の当たりの真横で、私には背中を向ける形です。
けれども手はそっと伸びてきて、しっかりと捕まります。
「昨日はすまなかった。こちらの配慮が足りず、苦しませてしまったな」
「ユージーン様のせいではございません。私が意地汚くも、お腹が膨れてもなお食べるようなことをしてしまいましたので」
「美味しかったのならば、それはいい。だがこれからは出す量に気を配るように言っておこう。それからハーブは組み合わせをやめること、大量に取らないよう注意だな」
「いえ、そんな。私が勝手に食べ過ぎただけですので。今後は私が自分で気を付けるようにいたします。それより昨日は申し訳ありませんでした。せっかく素敵なご馳走を用意していただいたのに、こんな形でご迷惑をお掛けすることになりまして。ご準備されていたでしょうに、夕食も取ることが出来ませんでした。まだお仕事らしいことをひとつも行っていないうえに、ただ食べることさえ満足に出来なくて……本当に申し訳ありません」
悪いところを並べていると、どんどん苦しくなってきました。
私はどこに行っても、両親やアルのように皆様のお役には立てないのでしょうか。
長く続く沈黙は無能な夫人であるという肯定に感じます。
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