【完結】あなたを愛するつもりはないと言いましたとも

春風由実

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65.冷えた空気が大好きです

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「あら、まだ話しておりませんでしたのね?」

 こちらを見ている母が珍しくご機嫌に感じるのですが。
 それはそれでとても恐ろ……なんでもございません。

「すまない、ミシェル。あとで話す」

「それより大丈夫?具合が悪くなって?」

「それよりって……はぁ」

 溜息ですか?
 私はまた何か失態を──。

「違うよ、ミシェル。君が妻で良かったなぁと思ってね」

 また一度ぎゅっと力強く私を抱き締めたあとで、ジンは私の肩から顔を上げました。

「辺境伯殿には思惑がおありだったのでしょうが、申し訳ないがもう返す気はありませんよ」

「面白いことを。伯の思惑など成功するはずがないと知っておりましょう?」

「えぇ、知っていましたが。念のため、夫人にもお伝えしておこうと思いまして」

 ジンがお母さまと気安く話していることが不思議です。
 あの頃、こんなに仲良く話していたでしょうか?

 私の記憶にある限りは、そのような会話を耳にしたことはございません。
 隠れて仲良くしていたということかしら?

 それは少し寂しいですね。いえ、結構寂しいことです。

「ふっ。そのような当然のこと、わたくしに伝える必要はございませんわ。何を言われましても、わたくしはあなたの味方ではございません」

「味方にしようなどとんでもない。ただご安心いただきたかっただけです」

「まぁ、強気ですわね?娘と結婚したからかしら?」

「それはあるでしょう。私の妻はいつも私を支えてくれておりますので」

 妻とは私のことだと思うのですが。
 一体いつ私はジンを支えたのかしら?

 だって今も、私の身体を支えているのはジンの方です。

「ふふふ。王命を使ったことには驚きましたわよ」

「確実な方法がたまたまそこにあったもので」

「それは素晴らしい偶然もあるものですね。まぁ、及第点を与えましてよ」

「夫人に認めて頂けるのでしたら、有難いことです。これからもミシェルを幸せにするよう精進いたしますね」

「ふふ。そうですわね。頑張っていただかなければ、なりませんわ。我が息子からお尻を叩かれなければ動かなかったところは、落第点ですからね」

「それは……しかるべき時を見極めていただけで……」

「ほほ。『自分も結婚出来る。伯が気付いた』でしたわね?この件に関しては、我が息子ながら褒めてやりましてよ」

「くっ。元々計画はしておりましたから、ご令息殿のおかげで時期が早まっただけです」

 小さな声で「よく言う~」と零したのは、壁際で空気となっていたハルでした。
 
 ジンからふっと息が漏れると、纏う空気が変わります。
 すると何故か私の胸は騒がしくなりました。

「されど夫人ともあろう御方が、最後の最後まで伯を手懐けず、誤解を解かずに娘を送り出すことになろうとは。まさか思ってもみなかったことでしたから、私も驚きましたよ?」

「ほほほ。わたくしも、とても良き時というものを見極めておりましたの。お灸を添えるに最も相応しい時期は、今しかないでしょう?」

 またここで「娘と別れるそのときを狙うとは、なんたる悪鬼の所業か」とハルが呟いておりました。
 悪鬼の所業とはなんぞや?

 しかしながら、ハルの言葉を追求する気が起きないくらいに、私の胸はわくわくとときめいておりました。
 お部屋の空気が冷えているように感じられたからです。

 お母さまとジンの会話は寒く、まるで二人は戦っているようでした。
 この戦い、一体どこへ向かうのか──。


「待ちなさいよ!ミシェルお姉さまの親の話はどうしたのよ!」

 叫んだのはミーネでした。

 ごめんなさい。
 今の今まで従姉妹たちの存在を忘れていましたわ。

 ミーネが怒るのは尤もです。

 ですが私はそれよりもレーネの顔色の悪さが気になってしまいました。
 顔面蒼白となり俯いているのですが、これにミーネは気付いていないようなのです。

 不穏な話がありましたけれど、具合が悪いならばまずは医者をお呼びして──。

「ミシェルお姉さまがおじさまの妹の娘ですって?それってお父さまの嫌いなあの妹の話なの?」

 まぁ、叔父さまは妹がお嫌いだったのですか。

「その娘なら、ミシェルお姉さまはやっぱりわたくしたちよりも格下じゃない!」

 ミーネが苛立ちながら言い切っても、レーネは俯いたままでした。
 いつもならミーネと共に言葉を重ねている気がするのですが。

 本当に心配になってきました。
 すぐにお医者さまを──。

 バシン。
 よく知った音を聞き、思考が止まります。



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