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153.すべてを壊したかった
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「私たちがこの十年、指をくわえて見ていたわけではないというのは本当だ」
「嘘を付けっ!この獣が!」
今の王弟にとってレイモンドはそこにいるだけで心が掻き乱される存在なのだろう。
苛立つようにそう吐き捨てた王弟は、自身にナイフの切っ先が向いていることを忘れているのではないか。
不意に飛び掛かって来そうな、そんな雰囲気も漂わせる。
冷静にさせるためだろうか。
弟に薬を盛る指示を出した当人ではあるけれど、新王は落ち着いた声で尋ねた。
「アルメスタは最初から王家を疑っていたか?」
「そうだね。最初から確証があったとは言わないが。何を辿っても途中で追えなくなること。これは早い段階で私たちが王家へと疑いを持つに十分な根拠となっていた。この国でそれが出来る者など限られているからね。もちろん他国の干渉も疑ったよ」
この国の支配層の信頼を崩し、相互に疑心暗鬼にさせて。
内乱でも起こればなお良し。弱ったところで横から利を掠め取る。
どこかの国がそんな思惑で動いている可能性もまた、レイモンドたちは長く捨てられなかった。
結果として香油を通じ隣国と共有する問題は抱えていたが。
事実が明らかになったあと、どの国の陰謀でもなかったことが分かって、レイモンドたちも酷く安堵したものである。
国絡みとなれば、その後の対処は大掛かりとなって、レイモンドにとっては大変に都合が悪かったのもあった。
「はっ。私を疑っていながら、十年も何もしなかったというのか?それは指をくわえて見ていたことと何が違う?」
心底馬鹿にしたように王弟は言ったが。
レイモンドだって、過去の自分たちの動きについては忌々しく思っている。
だからこの発言には素直に悔しいと感じていた。
だがしかし……人質が取られていたのだ。それも幼い子ども。
「私としてはね、疑わしきは皆罪人で、片っ端から消していっても良かったのだよ。しかしね、大事なあの子がどこにいるかという予測も出来ず、その危うい橋は渡れなかった。本当に……よくやってくれたものだよ」
そのぞっとするほど低い声に、よく己を律していた新王とて身震いしてしまったが。
隣の先王などは、がたがたと音を立てるほどに震えている。
しかし王弟にはレイモンドの圧を感じる声も何ら響かなかった。
いいや、これは響いているが。
ただ喜ばせるだけだったのだ。
「ごちゃごちゃ言ったところで、結果、何も出来なかったのだろう!所詮アルメスタなどその程度!兄上も聞きましたね?公爵位などはじめから獣たちには勿体なきものだったのですよ!だから私が排除して差し上げようとしたのです!兄上と私の治世に、こいつらは要らない」
高らかに宣言する王弟に、レイモンドは冷めた視線を注いだまま。
長く続いた不遇のときを思い返した。
息子の番相手、セイディが奪われたと判明したとき。
その日生家でセイディの護衛役をしていた者たちは、揃って命を差し出すと言って来た。
彼らの憔悴は見ていられないものだったが。
それより探し出せ、罰はその後だと命じ……まさか十年。
どうやら敵は息子にセイディを追わせたいようだと気付くまでにはそう時間は掛かっていない。
この時点で王家を怪しんではいたが、王族の誰が?という部分が明らかになることはなかった。
彼らもアルメスタが動くことは承知のうえで、絶対に証拠を掴ませないよう動いていたということ。
そこからはレイモンドたちも苦悩の日々だった。
セイディを何故生かし続けているかという目的が不明瞭かつ敵が誰かと絞れていないうえで深追いし、刺激して、かえってセイディの命が危うくなっては元も子もない。
そのうえ息子が番を見失いぼろぼろの状態にあっては、アルメスタ家としてこれ以上の損失を被るわけにもいかなかった。
相手が王家かもしれない、というところが強い懸念事項だったのだ。
先代当主夫妻まで権力を失って、あるいは領地ごと取り上げられて、先々代すら平民落ち、それで済めば良いところで、王家から無き罪を押し付けられて一族郎党処刑なんて結末に至っては最悪の結果となる。
アルメスタならなんとか裏で生き延びて暗躍するという道もあろうが、それでもしかし。
アルメスタはこの国の公爵位を継承してきた家。
アルメスタを潰そうとする王家が、はたして領地を豊かに治めてくれるとは期待し難く。
息子とその番を守ることもさることながら、アルメスタ家に生まれし者として、レイモンドも先々代も領民たちの暮らしを確実に守る義務を持っていた。
すると出来ることには制限が掛かり……自由に好き勝手やれたならと思い続けて十年も過ぎてしまう。
つまりアルメスタ家は当主も臣下も総員で、そのときを待っていたのだ。
ジェラルドがセイディを救い出す、そのときを。ずっとずっと待っていた──。
「この十年の労力をあなたに理解されなくて結構。私たちもまたあなたを理解出来ないからね。しかしあなたが受け入れずとも、この十年私たちが王家を探り続けた事実は変わらない。義娘を探すこと、これに関しては番である息子がもっとも頼りになることは分かっていた。だからそちらは任せ、私たちはずっと王家を調べていたよ。あなたたち王族を刺激しないよう過剰な接触は避け、彼らとも直接ぶつかることがなきようよく気を付けながらになってしまったがね」
「嘘を付けっ!この獣が!」
今の王弟にとってレイモンドはそこにいるだけで心が掻き乱される存在なのだろう。
苛立つようにそう吐き捨てた王弟は、自身にナイフの切っ先が向いていることを忘れているのではないか。
不意に飛び掛かって来そうな、そんな雰囲気も漂わせる。
冷静にさせるためだろうか。
弟に薬を盛る指示を出した当人ではあるけれど、新王は落ち着いた声で尋ねた。
「アルメスタは最初から王家を疑っていたか?」
「そうだね。最初から確証があったとは言わないが。何を辿っても途中で追えなくなること。これは早い段階で私たちが王家へと疑いを持つに十分な根拠となっていた。この国でそれが出来る者など限られているからね。もちろん他国の干渉も疑ったよ」
この国の支配層の信頼を崩し、相互に疑心暗鬼にさせて。
内乱でも起こればなお良し。弱ったところで横から利を掠め取る。
どこかの国がそんな思惑で動いている可能性もまた、レイモンドたちは長く捨てられなかった。
結果として香油を通じ隣国と共有する問題は抱えていたが。
事実が明らかになったあと、どの国の陰謀でもなかったことが分かって、レイモンドたちも酷く安堵したものである。
国絡みとなれば、その後の対処は大掛かりとなって、レイモンドにとっては大変に都合が悪かったのもあった。
「はっ。私を疑っていながら、十年も何もしなかったというのか?それは指をくわえて見ていたことと何が違う?」
心底馬鹿にしたように王弟は言ったが。
レイモンドだって、過去の自分たちの動きについては忌々しく思っている。
だからこの発言には素直に悔しいと感じていた。
だがしかし……人質が取られていたのだ。それも幼い子ども。
「私としてはね、疑わしきは皆罪人で、片っ端から消していっても良かったのだよ。しかしね、大事なあの子がどこにいるかという予測も出来ず、その危うい橋は渡れなかった。本当に……よくやってくれたものだよ」
そのぞっとするほど低い声に、よく己を律していた新王とて身震いしてしまったが。
隣の先王などは、がたがたと音を立てるほどに震えている。
しかし王弟にはレイモンドの圧を感じる声も何ら響かなかった。
いいや、これは響いているが。
ただ喜ばせるだけだったのだ。
「ごちゃごちゃ言ったところで、結果、何も出来なかったのだろう!所詮アルメスタなどその程度!兄上も聞きましたね?公爵位などはじめから獣たちには勿体なきものだったのですよ!だから私が排除して差し上げようとしたのです!兄上と私の治世に、こいつらは要らない」
高らかに宣言する王弟に、レイモンドは冷めた視線を注いだまま。
長く続いた不遇のときを思い返した。
息子の番相手、セイディが奪われたと判明したとき。
その日生家でセイディの護衛役をしていた者たちは、揃って命を差し出すと言って来た。
彼らの憔悴は見ていられないものだったが。
それより探し出せ、罰はその後だと命じ……まさか十年。
どうやら敵は息子にセイディを追わせたいようだと気付くまでにはそう時間は掛かっていない。
この時点で王家を怪しんではいたが、王族の誰が?という部分が明らかになることはなかった。
彼らもアルメスタが動くことは承知のうえで、絶対に証拠を掴ませないよう動いていたということ。
そこからはレイモンドたちも苦悩の日々だった。
セイディを何故生かし続けているかという目的が不明瞭かつ敵が誰かと絞れていないうえで深追いし、刺激して、かえってセイディの命が危うくなっては元も子もない。
そのうえ息子が番を見失いぼろぼろの状態にあっては、アルメスタ家としてこれ以上の損失を被るわけにもいかなかった。
相手が王家かもしれない、というところが強い懸念事項だったのだ。
先代当主夫妻まで権力を失って、あるいは領地ごと取り上げられて、先々代すら平民落ち、それで済めば良いところで、王家から無き罪を押し付けられて一族郎党処刑なんて結末に至っては最悪の結果となる。
アルメスタならなんとか裏で生き延びて暗躍するという道もあろうが、それでもしかし。
アルメスタはこの国の公爵位を継承してきた家。
アルメスタを潰そうとする王家が、はたして領地を豊かに治めてくれるとは期待し難く。
息子とその番を守ることもさることながら、アルメスタ家に生まれし者として、レイモンドも先々代も領民たちの暮らしを確実に守る義務を持っていた。
すると出来ることには制限が掛かり……自由に好き勝手やれたならと思い続けて十年も過ぎてしまう。
つまりアルメスタ家は当主も臣下も総員で、そのときを待っていたのだ。
ジェラルドがセイディを救い出す、そのときを。ずっとずっと待っていた──。
「この十年の労力をあなたに理解されなくて結構。私たちもまたあなたを理解出来ないからね。しかしあなたが受け入れずとも、この十年私たちが王家を探り続けた事実は変わらない。義娘を探すこと、これに関しては番である息子がもっとも頼りになることは分かっていた。だからそちらは任せ、私たちはずっと王家を調べていたよ。あなたたち王族を刺激しないよう過剰な接触は避け、彼らとも直接ぶつかることがなきようよく気を付けながらになってしまったがね」
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