【完結】彼女が心を取り戻すまで~十年監禁されて心を止めた少女の成長記録~

春風由実

文字の大きさ
38 / 186

38.公爵の悲しい朝

しおりを挟む
 はじめてのデートが上手くいかなかった昨日。
 帰宅してからもセイディはぐずぐずと泣き続けた。

 それはまるで十年分の涙を溢れさせているようで。
 ジェラルドは心を痛めながらセイディの側にあり続けたし、使用人らもそれは優しい声を掛けて世話をしたものである。

 そうして泣き疲れて眠り、今朝は皆が揃ってセイディの起床を待っていた。

 目覚めたセイディは……いつも通りに思えた。
 侍女長のソフィアが挨拶をしたときには笑顔を見せていたし、窓の向こうにいた庭師のヘンリーには手を振り返し、急に呼んだトットにも「おはよう」と笑い掛けた。

 のだが、ずっとおかしなことも起きていた。
 最も近くにいるジェラルドの目を見ようとしなかったのだ。
 そしてジェラルドに向けて笑顔も見せなかった。

 それは当然、ジェラルドもセイディに何度も語り掛けたのだけれど。
 セイディは口をきゅっと結んで、俯いてしまい話さない。

 これでジェラルドは、喧嘩でもしたのかと疑われて侍女たちからそれは厳しい目を向けられることになった。
 されどもジェラルドにその覚えがない。
 昨夜眠るまで、セイディはジェラルドに甘えていたのだ。「るど、いっしょいます」とそのか細い声を何度聞いただろう。

 そのうちセイディの着替えをすると言った侍女たちによって、ジェラルドは部屋から追い出された。
 ジェラルドもまた寝起きで調子が悪かったのではないかと心配をはじめ、急いで自室に戻り朝の身支度を整えると、朝食を誘うためセイディの部屋へと戻ったのだが──。

「せいでぃ、たべますしません」

 意味の伝わる言葉で、朝食は拒否された。
 ジェラルドは酷く慌てたし、使用人らも焦った。

 しかし医者が飛んで来れば、セイディは笑顔で「かーる、おはよう!」と挨拶をして、「せいでぃ、げんきです」と返したのである。

 ほっと安堵したのも束の間、医者の前でもセイディはジェラルドに対しては変わらなかった。

「では、セイディ。元気ならば食堂に移動しようか。母上たちも待っているよ」

「せいでぃ、いきます」

 おぉ、良かったと、ジェラルドがセイディに手を出すと──。

 ぷいっと顔を背けられ、セイディは手を取ってくれなかった。
 ジェラルドがショックで固まると、セイディは本日二度目のトットを呼んでいた。

「再びお呼びですね、セイディさま。セイディさまのトットが馳せ参じましたよ」

 呼べばどこでも現れる侍従トットは、悲しみに放心するジェラルドを無視し、晴れやかな笑顔を見せた。

「とっと、はせさんじまちた!」

「お上手です。今朝もよく言えましたね、セイディ様。御用がございましたでしょうか」

「とっと、いっしょたべます」

「セイディさまは朝食をご一緒にと、このトットを誘ってくださるのですね?これは光栄です。セイディさまのお誘いですから構いませんよね主さま?」

「……あぁ」

 小さな声でなんとか答えたジェラルドはさらに追い込まれていく。

「じじょちょのそふぃあいっしょたべます」

「まぁ、わたくしもよろしいのですか?嬉しいです、セイディさま」

「くれあいっしょたべます。りしゃいっしょ………へんりもいっしょたべましゅ」

 長々と続く使用人らの名に、最初は喜んでいた使用人たちもそれぞれに目を見合わせるようになった。
 各々自分の名が呼ばれたときだけは大喜びであったけれど。

「これは場所を変えましょうか主さま。今朝は大広間を使ってよろしいですね?」

「構わないが、料理は間に合うか?」

 トットは急に小声になって、早口でまくし立てる。

「この時間ですと、すでに朝食を終えた者が多くおりますし、数が多いのでセイディ様が見える限りは皆が何かしら口にしているように擬態します。もちろん主さまやセイディさま、お館さまたちにはいつもの朝食のご用意を」

「そうか。必要あれば、私の分は減らしてくれて構わない。ただしセイディの分だけは、おかわりまで確保しておくように。父上たちにも連絡を」

「御意」

 小声で急ぎ指示したジェラルドは、今度こそとセイディに微笑みかけた。

「今日は皆でパーティーとしよう、セイディ。朝から全員で食事だよ」

「……るどとたべますしません」

 意味を理解したくなかったのだろう。
 一瞬何を言われたか分からなかったジェラルドに、伝わっていないと感じたのか、セイディがもう一度力強く言う。

「せいでぃ、るどとたべましゅしましぇん!」

 怒るように言ったセイディは、侍女長に飛び付いてその胸に顔を隠してしまった。
 侍女長はセイディの背中を優しく撫でて、「まぁ、あらあら」なんて言って微笑んでいるが、今のジェラルドにはその様子も目に入らない。

「セイディ?」

「せいでぃ、そふぃあといっしょいきます」

「わ、私が嫌なのか?ルドはセイディといっしょに行きたいよ?」

「せいでぃ、そふぃあといっしょいきましゅ!」

 大きな声は、今にも泣き出しそうに揺れていて、ジェラルドは次の言葉を紡げなかった。

 それから侍女たちは、ジェラルドに冷たい視線を投げながら、セイディを部屋から連れ出していく。
 これは昨夜無体を働いたに違いないと侍女たちは思い込んだ。

 そこで医者から「お身体は問題ないと思われます。おそらくですな、あれは──」と語り掛けられた言葉を、ジェラルドは聞き逃してしまった。いや、聞けなかった。

 そうしてふらふらと歩き出したジェラルドは、廊下で蹲って落ち込んでいたというわけである。
 だからジェラルドは一人朝食を逃していた。



しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

番が見つけられなかったので諦めて婚約したら、番を見つけてしまった。←今ここ。

三谷朱花
恋愛
息が止まる。 フィオーレがその表現を理解したのは、今日が初めてだった。

番認定された王女は愛さない

青葉めいこ
恋愛
世界最強の帝国の統治者、竜帝は、よりによって爬虫類が生理的に駄目な弱小国の王女リーヴァを番認定し求婚してきた。 人間であるリーヴァには番という概念がなく相愛の婚約者シグルズもいる。何より、本性が爬虫類もどきの竜帝を絶対に愛せない。 けれど、リーヴァの本心を無視して竜帝との結婚を決められてしまう。 竜帝と結婚するくらいなら死を選ぼうとするリーヴァにシグルスはある提案をしてきた。 番を否定する意図はありません。 小説家になろうにも投稿しています。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

幸せな番が微笑みながら願うこと

矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。 まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。 だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。 竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。 ※設定はゆるいです。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

処理中です...