【完結】彼女が心を取り戻すまで~十年監禁されて心を止めた少女の成長記録~

春風由実

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43.仲良くお仕事です

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「なになに?一日に一人十回は使用人一同がおててふりふりをすることを許可す……なんだ、この書類は?」

「とても大切なお仕事の書類ですよねぇ主さま?」

 やたら重圧を感じる目をした侍従に微笑まれ、ジェラルドは言葉を止めた。

「う、うん。いい書類だな。これは大事な仕事だ」

「そうでしょう、そうでしょうとも。セイディさまがお仕事をしてくださるということで、前々からお願いしたかった書類を急いで用意してきたんです。セイディさま、こちらにお名前のサインを頂いてよろしいですか?」

「さいん、できましゅ!」

 セイディに文字を教えているのが先代公爵、つまりジェラルドの父親だ。
 本当はすべてジェラルドが教えたかったのに、父親がシェリルだけ狡いとあまりに騒ぐので、ジェラルドはいやいやながら役目を譲ったのである。
 ちなみに先代公爵夫人のシェリルは、引き続きセイディに淑女マナーを教えているところだった。
 ジェラルドからすれば、それだって自分が教えようと考えていたところだ。
 それを我慢したのは、色んな人間から習うことはよろしいと医者が言ったせいである。
 その医者の発言もすべてが先代らの導きのような気がしてならないジェラルドであったが、セイディが楽しそうだからとあえて触れずに医者の考えを受け入れた。

 されど長く番が両親らに拘束されていては、不満は募った。
 そのうえ使用人らとのお遊びの時間には締め出されることが多々あったのだから。
 それは完全にジェラルドの自業自得であったが、鬱憤は溜まっていく。

 だから一緒に仕事が出来るというのは、ジェラルドにとってはとても嬉しい話で。
 これもまた父親の手の上で踊らされているのだろうと思いつつ、ジェラルドは素直に感謝した。

「かけまちたっ!」

 セイディが得意気にペンを上げた。

 書類にあるのは、まだ名前だけ。
 ぐにゃぐにゃした字ではあったが、『セイディ』という名は分かる。

「凄いぞ、セイディ。上手に書けたな」

「はい!せいでぃはじょうずにかけます」

「よしよし、偉いぞ」

「るど、おしごとします」

「お、おぉ。そうだな。私の仕事振りも見ていてくれ」

「ではさっそく主さまはこちらの書類をご確認ください」

 待ってましたとトットがジェラルドに渡した書類は、ジェラルドの動きを止めた。

「主さま、すぐにサインをなさらずにいてよろしいのですか?」

 きらきらした瞳でこちらを見詰めるセイディがいるから、ジェラルドは強く出られない。
 それでもこれは侍従に一言伝えずにはいられないおかしな書類だった。

「他に書類はないのか?」

「今はこれが最優先となるお仕事ですね」

「おかしいだろう?」

「何もおかしくありませんよ。ほら、主さま。早くしないと。セイディさま、主さまは今すぐにお仕事をされますからね」

「このっ……分かった。サインをしよう」

 一般的にはどうでもいい書類だが、ジェラルドには重大なそれは、セイディの見ている前で承認された。

「セイディさま、主さまのおかげで三日に一度パーティーを開くことになりましたよ。良かったですねぇ」

「ぱーちー、ですか?」

「皆でご飯を食べることをパーティーと呼ぶことにいたしました。私たちとパーティーしましょうね」

「ぱーちーします!ごはん、たのちいです!ぱーちーしましゅっ!」

 あぁ、喜んでしまった。
 ジェラルドはがっくりと肩を落としたが、すぐに嬉しいご褒美が与えられる。

「るど、よちよちです」

「頑張ったからルドを褒めてくれるのだね?ありがとう、セイディ」

「るど、おしごとしました。よちよちです」

「……それはつまり、父上にいつもこうしているということかな?」

「はい!おとうしゃま、よちよちしましゅ!」

「……トット、父上にあとで重大な話があると伝えておいてくれ」

「分かりました。一応は伝えておきますね」

「何故一応なのだ。しっかり伝え──こら、消えるな。待て」

「次の書類をお持ちしますのでお二人でお待ちください。セイディさまの新しいお仕事も持って来ますからね」

「逃げるな。そもそもお前は最初から知って……ありがとう、セイディ。もう少しよちよちしてくれるかな?ルドは疲れてしまってね」

「せいでぃ、るど、に、たくさんよちよちです!がんばりましゅ!」

 机に突っ伏すジェラルドの頭を、セイディは懸命に撫で続けた。
 そして交代してジェラルドから沢山褒められながらよしよしと頭を撫でられたセイディは、その後も数枚の書類にサインを終えて、今日はいい仕事をしたのだとそれは嬉しそうに使用人らに自慢して回るのだった。


 アルメスタ公爵邸にこんなにも平和な時間が流れている間に、またひとつの家が終わりを迎えようとしている。


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