98 / 147
93.これからに希望を
しおりを挟む「実験体を見付けることにも苦労していてね。今回のことがなければ、長年の影響を考慮しつつも、あの娘をそれなりに使えたであろうが……」
レイモンドは苦渋の表情でそう言った。
薬物の効果を調べる場合には、罪人を使えばいい。
しかし今回は対象者が限定的で、これが難しいことだった。
番と出会うまでの鬱々とした時間に悪い方へと向かってしまう者はあるけれど、多くは何かに強い興味を持つことが少ないためその犯罪率は低く。
番と出会ったあとについては、番に何かない限り、彼らに罪を犯す理由がない。
番同士で悪いことを考える者も多少はいるが、捕えられて離れ離れになる危険を犯すよりも二人で静かに暮らしたいと望むために、ほとんどの者は実行を躊躇した。
だから今は、隣国の情報が頼りとなる。
しかしこちらもなかなかに情報収集には手間取っていた。
他国で表立って行動出来ない制限があるなかでの、裏で出回っている品物の調査だ。
調査対象者を見付けたとして、彼らから口を割ることは容易ではないし、そのうえ番を知る者であることがまた調査に制限を与えている。
彼らがすでに番を得ていた場合に、要らぬ刺激になることが考えられるからだ。
番に見知らぬ者が近付くことを本能的に嫌がることもまた、番を知る者たちの特性である。
そこから国際問題などに発展しては、厄介なこと極まりない。
だからと慎重に動いていれば、どうしても情報を得るのに時間が掛かった。
ならばと国内に目を向ければ、香油の効果を経験した者は限られる。
「王女の周囲にいた者らから使用量や頻度、効果の程を調べさせているところだが。世話役の侍女たちの入れ替わりが激しかったようでね。長年に渡って観察出来ている者がなく、彼らの発言の整合性も取らねばならないだろう?要らぬ手間がこうも多いと嫌になるよねぇ、まったく。とはいえ」
そこでレイモンドはふっと軽く息を吐いた。
場を明るく変えたいと願うような、そんな軽やかな息だ。
「彼女が幼少期から使っていた前提で結果を見れば、希望は十分にあると思うのだよ」
希望?
父親がどうしてそこに希望を持ったのか、ジェラルドにはまだ分からなかった。
だが今の時点でジェラルドがもっとも気になったのは、王女が幼少期から香油を使っていたという部分だ。
それについて問おうとしたときである。
「君らに預けるが、厳重に扱うようにね」
「お任せいただけて光栄でございます。では確かに」
突然現れたトットが、香油をハンカチで包み持ち上げると、それをそっと持ってきた箱の中へと閉じ込めた。
小さいが金属製の頑丈そうな箱だ。
あまりに急なことに何事だ?と訝し気に侍従を見えていたジェラルドは、ぐるりと横向いたトットと目が合って、軽く身を後ろに引いた。
そんな主君に、侍従は今日も爽やかに微笑む。
「主さま。本日もセイディさまはご成長なされておられます」
「……なんだ急に?まさかセイディの身に何かあったのか?」
「いえ。勇者としてそれは見事な立ち回りで、現れた数々の魔物を倒しておられました。今は大奥様とご一緒にお勉強中でございます」
「そうか?それならいいが……」
と言いながら、いいのか?という疑問を持ったジェラルドは、つい言葉に詰まった。
父親との話の間は世話を任せていたのだから、遊んでいることには問題はないのだが。
現われた魔物、それも数々の魔物とは……?
「私も魔物の一人として倒されてきたところですよ、主さま」
笑顔で報告されることであろうか。
いつものことではあるが。ムカムカとしてきたジェラルドは気付く。
トットの頭にも角が一本生えていたことに。
すると何故か急速に苛立った心が静まっていった。
──いや、本当にどこで手に入れてくるんだ、それは。
心が静まれば、心中で甚く冷静に指摘してしまったジェラルド。
しかしジェラルドのそんな疑問など知らぬというように、侍従はにこにこと微笑みながら、また勝手に聞いてもいないことを語り出した。
「日々使える言葉も増えて、文字もお上手になられました。苦手なお野菜も一部は食べられるようになられましたし、お食事の量もかなり増えましたね。そのお身体も成長中で、動かし方も変わってきました。今後はどれだけご成長なされることか。楽しみですねお館さま」
「セイディちゃんは頑張っているからねぇ。お父しゃまからもよしよししないとだな。あとで魔王が現われると言っておいてくれ」
「承りま「承るな!」」
二人に揃って生温い目を向けられ微笑まれたジェラルドは、大変居心地悪く感じるのであった。
父親はともかく、何故自分の侍従にまで、このように見詰められ笑われなければならない?
まるで子どものような扱いだが、トットは少し先に生まれただけだ。
その声が聴こえたのもまた、ジェラルドがむっとして顔を歪める前のことだった。
「さぁ、話の続きといこう」
レイモンドがそれを言い終えたときには、すでにトットの姿はなく。
──また逃げたな?後で覚えていろ!
ジェラルドは確かにこのときには侍従に憤っていた。
レイモンドは苦渋の表情でそう言った。
薬物の効果を調べる場合には、罪人を使えばいい。
しかし今回は対象者が限定的で、これが難しいことだった。
番と出会うまでの鬱々とした時間に悪い方へと向かってしまう者はあるけれど、多くは何かに強い興味を持つことが少ないためその犯罪率は低く。
番と出会ったあとについては、番に何かない限り、彼らに罪を犯す理由がない。
番同士で悪いことを考える者も多少はいるが、捕えられて離れ離れになる危険を犯すよりも二人で静かに暮らしたいと望むために、ほとんどの者は実行を躊躇した。
だから今は、隣国の情報が頼りとなる。
しかしこちらもなかなかに情報収集には手間取っていた。
他国で表立って行動出来ない制限があるなかでの、裏で出回っている品物の調査だ。
調査対象者を見付けたとして、彼らから口を割ることは容易ではないし、そのうえ番を知る者であることがまた調査に制限を与えている。
彼らがすでに番を得ていた場合に、要らぬ刺激になることが考えられるからだ。
番に見知らぬ者が近付くことを本能的に嫌がることもまた、番を知る者たちの特性である。
そこから国際問題などに発展しては、厄介なこと極まりない。
だからと慎重に動いていれば、どうしても情報を得るのに時間が掛かった。
ならばと国内に目を向ければ、香油の効果を経験した者は限られる。
「王女の周囲にいた者らから使用量や頻度、効果の程を調べさせているところだが。世話役の侍女たちの入れ替わりが激しかったようでね。長年に渡って観察出来ている者がなく、彼らの発言の整合性も取らねばならないだろう?要らぬ手間がこうも多いと嫌になるよねぇ、まったく。とはいえ」
そこでレイモンドはふっと軽く息を吐いた。
場を明るく変えたいと願うような、そんな軽やかな息だ。
「彼女が幼少期から使っていた前提で結果を見れば、希望は十分にあると思うのだよ」
希望?
父親がどうしてそこに希望を持ったのか、ジェラルドにはまだ分からなかった。
だが今の時点でジェラルドがもっとも気になったのは、王女が幼少期から香油を使っていたという部分だ。
それについて問おうとしたときである。
「君らに預けるが、厳重に扱うようにね」
「お任せいただけて光栄でございます。では確かに」
突然現れたトットが、香油をハンカチで包み持ち上げると、それをそっと持ってきた箱の中へと閉じ込めた。
小さいが金属製の頑丈そうな箱だ。
あまりに急なことに何事だ?と訝し気に侍従を見えていたジェラルドは、ぐるりと横向いたトットと目が合って、軽く身を後ろに引いた。
そんな主君に、侍従は今日も爽やかに微笑む。
「主さま。本日もセイディさまはご成長なされておられます」
「……なんだ急に?まさかセイディの身に何かあったのか?」
「いえ。勇者としてそれは見事な立ち回りで、現れた数々の魔物を倒しておられました。今は大奥様とご一緒にお勉強中でございます」
「そうか?それならいいが……」
と言いながら、いいのか?という疑問を持ったジェラルドは、つい言葉に詰まった。
父親との話の間は世話を任せていたのだから、遊んでいることには問題はないのだが。
現われた魔物、それも数々の魔物とは……?
「私も魔物の一人として倒されてきたところですよ、主さま」
笑顔で報告されることであろうか。
いつものことではあるが。ムカムカとしてきたジェラルドは気付く。
トットの頭にも角が一本生えていたことに。
すると何故か急速に苛立った心が静まっていった。
──いや、本当にどこで手に入れてくるんだ、それは。
心が静まれば、心中で甚く冷静に指摘してしまったジェラルド。
しかしジェラルドのそんな疑問など知らぬというように、侍従はにこにこと微笑みながら、また勝手に聞いてもいないことを語り出した。
「日々使える言葉も増えて、文字もお上手になられました。苦手なお野菜も一部は食べられるようになられましたし、お食事の量もかなり増えましたね。そのお身体も成長中で、動かし方も変わってきました。今後はどれだけご成長なされることか。楽しみですねお館さま」
「セイディちゃんは頑張っているからねぇ。お父しゃまからもよしよししないとだな。あとで魔王が現われると言っておいてくれ」
「承りま「承るな!」」
二人に揃って生温い目を向けられ微笑まれたジェラルドは、大変居心地悪く感じるのであった。
父親はともかく、何故自分の侍従にまで、このように見詰められ笑われなければならない?
まるで子どものような扱いだが、トットは少し先に生まれただけだ。
その声が聴こえたのもまた、ジェラルドがむっとして顔を歪める前のことだった。
「さぁ、話の続きといこう」
レイモンドがそれを言い終えたときには、すでにトットの姿はなく。
──また逃げたな?後で覚えていろ!
ジェラルドは確かにこのときには侍従に憤っていた。
13
読んでくれてありがとうございます♡
お気に入りに追加
725
あなたにおすすめの小説

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。

龍王の番
ちゃこ
恋愛
遥か昔から人と龍は共生してきた。
龍種は神として人々の信仰を集め、龍は人間に対し加護を与え栄えてきた。
人間達の国はいくつかあれど、その全ての頂点にいるのは龍王が纏める龍王国。
そして龍とは神ではあるが、一つの種でもある為、龍特有の習性があった。
ーーーそれは番。
龍自身にも抗えぬ番を求める渇望に翻弄され身を滅ぼす龍種もいた程。それは大切な珠玉の玉。
龍に見染められれば一生を安泰に生活出来る為、人間にとっては最高の誉れであった。
しかし、龍にとってそれほど特別な存在である番もすぐに見つかるわけではなく、長寿である龍が時には狂ってしまうほど出会える確率は低かった。
同じ時、同じ時代に生まれ落ちる事がどれほど難しいか。如何に最強の種族である龍でも天に任せるしかなかったのである。
それでも番を求める龍種の嘆きは強く、出逢えたらその番を一時も離さず寵愛する為、人間達は我が娘をと龍に差し出すのだ。大陸全土から若い娘に願いを託し、番いであれと。
そして、中でも力の強い龍種に見染められれば一族の誉れであったので、人間の権力者たちは挙って差し出すのだ。
龍王もまた番は未だ見つかっていないーーーー。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。

くたばれ番
あいうえお
恋愛
17歳の少女「あかり」は突然異世界に召喚された上に、竜帝陛下の番認定されてしまう。
「元の世界に返して……!」あかりの悲痛な叫びは周りには届かない。
これはあかりが元の世界に帰ろうと精一杯頑張るお話。
────────────────────────
主人公は精神的に少し幼いところがございますが成長を楽しんでいただきたいです
不定期更新
俺の番が見つからない
Heath
恋愛
先の皇帝時代に帝国領土は10倍にも膨れ上がった。その次代の皇帝となるべく皇太子には「第一皇太子」という余計な肩書きがついている。その理由は番がいないものは皇帝になれないからであった。
第一皇太子に番は現れるのか?見つけられるのか?
一方、長年継母である侯爵夫人と令嬢に虐げられている庶子ソフィは先皇帝の後宮に送られることになった。悲しむソフィの荷物の中に、こっそり黒い毛玉がついてきていた。
毛玉はソフィを幸せに導きたい!(仔猫に意志はほとんどありませんっ)
皇太子も王太子も冒険者もちょっとチャラい前皇帝も無口な魔王もご出演なさいます。
CPは固定ながらも複数・なんでもあり(異種・BL)も出てしまいます。ご注意ください。
ざまぁ&ハッピーエンドを目指して、このお話は終われるのか?
2021/01/15
次のエピソード執筆中です(^_^;)
20話を超えそうですが、1月中にはうpしたいです。
お付き合い頂けると幸いです💓
エブリスタ同時公開中٩(๑´0`๑)۶

なんか、異世界行ったら愛重めの溺愛してくる奴らに囲われた
いに。
恋愛
"佐久良 麗"
これが私の名前。
名前の"麗"(れい)は綺麗に真っ直ぐ育ちますようになんて思いでつけられた、、、らしい。
両親は他界
好きなものも特にない
将来の夢なんてない
好きな人なんてもっといない
本当になにも持っていない。
0(れい)な人間。
これを見越してつけたの?なんてそんなことは言わないがそれ程になにもない人生。
そんな人生だったはずだ。
「ここ、、どこ?」
瞬きをしただけ、ただそれだけで世界が変わってしまった。
_______________....
「レイ、何をしている早くいくぞ」
「れーいちゃん!僕が抱っこしてあげよっか?」
「いや、れいちゃんは俺と手を繋ぐんだもんねー?」
「、、茶番か。あ、おいそこの段差気をつけろ」
えっと……?
なんか気づいたら周り囲まれてるんですけどなにが起こったんだろう?
※ただ主人公が愛でられる物語です
※シリアスたまにあり
※周りめちゃ愛重い溺愛ルート確です
※ど素人作品です、温かい目で見てください
どうぞよろしくお願いします。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる