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93.これからに希望を
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「実験体を見付けることにも苦労していてね。今回のことがなければ、長年の影響を考慮しつつも、あの娘をそれなりに使えたであろうが……」
レイモンドは苦渋の表情でそう言った。
薬物の効果を調べる場合には、罪人を使えばいい。
しかし今回は対象者が限定的で、これが難しいことだった。
番と出会うまでの鬱々とした時間に悪い方へと向かってしまう者はあるけれど、多くは何かに強い興味を持つことが少ないためその犯罪率は低く。
番と出会ったあとについては、番に何かない限り、彼らに罪を犯す理由がない。
番同士で悪いことを考える者も多少はいるが、捕えられて離れ離れになる危険を犯すよりも二人で静かに暮らしたいと望むために、ほとんどの者は実行を躊躇した。
だから今は、隣国の情報が頼りとなる。
しかしこちらもなかなかに情報収集には手間取っていた。
他国で表立って行動出来ない制限があるなかでの、裏で出回っている品物の調査だ。
調査対象者を見付けたとして、彼らから口を割ることは容易ではないし、そのうえ番を知る者であることがまた調査に制限を与えている。
彼らがすでに番を得ていた場合に、要らぬ刺激になることが考えられるからだ。
番に見知らぬ者が近付くことを本能的に嫌がることもまた、番を知る者たちの特性である。
そこから国際問題などに発展しては、厄介なこと極まりない。
だからと慎重に動いていれば、どうしても情報を得るのに時間が掛かった。
ならばと国内に目を向ければ、香油の効果を経験した者は限られる。
「王女の周囲にいた者らから使用量や頻度、効果の程を調べさせているところだが。世話役の侍女たちの入れ替わりが激しかったようでね。長年に渡って観察出来ている者がなく、彼らの発言の整合性も取らねばならないだろう?要らぬ手間がこうも多いと嫌になるよねぇ、まったく。とはいえ」
そこでレイモンドはふっと軽く息を吐いた。
場を明るく変えたいと願うような、そんな軽やかな息だ。
「彼女が幼少期から使っていた前提で結果を見れば、希望は十分にあると思うのだよ」
希望?
父親がどうしてそこに希望を持ったのか、ジェラルドにはまだ分からなかった。
だが今の時点でジェラルドがもっとも気になったのは、王女が幼少期から香油を使っていたという部分だ。
それについて問おうとしたときである。
「君らに預けるが、厳重に扱うようにね」
「お任せいただけて光栄でございます。では確かに」
突然現れたトットが、香油をハンカチで包み持ち上げると、それをそっと持ってきた箱の中へと閉じ込めた。
小さいが金属製の頑丈そうな箱だ。
あまりに急なことに何事だ?と訝し気に侍従を見えていたジェラルドは、ぐるりと横向いたトットと目が合って、軽く身を後ろに引いた。
そんな主君に、侍従は今日も爽やかに微笑む。
「主さま。本日もセイディさまはご成長なされておられます」
「……なんだ急に?まさかセイディの身に何かあったのか?」
「いえ。勇者としてそれは見事な立ち回りで、現れた数々の魔物を倒しておられました。今は大奥様とご一緒にお勉強中でございます」
「そうか?それならいいが……」
と言いながら、いいのか?という疑問を持ったジェラルドは、つい言葉に詰まった。
父親との話の間は世話を任せていたのだから、遊んでいることには問題はないのだが。
現われた魔物、それも数々の魔物とは……?
「私も魔物の一人として倒されてきたところですよ、主さま」
笑顔で報告されることであろうか。
いつものことではあるが。ムカムカとしてきたジェラルドは気付く。
トットの頭にも角が一本生えていたことに。
すると何故か急速に苛立った心が静まっていった。
──いや、本当にどこで手に入れてくるんだ、それは。
心が静まれば、心中で甚く冷静に指摘してしまったジェラルド。
しかしジェラルドのそんな疑問など知らぬというように、侍従はにこにこと微笑みながら、また勝手に聞いてもいないことを語り出した。
「日々使える言葉も増えて、文字もお上手になられました。苦手なお野菜も一部は食べられるようになられましたし、お食事の量もかなり増えましたね。そのお身体も成長中で、動かし方も変わってきました。今後はどれだけご成長なされることか。楽しみですねお館さま」
「セイディちゃんは頑張っているからねぇ。お父しゃまからもよしよししないとだな。あとで魔王が現われると言っておいてくれ」
「承りま「承るな!」」
二人に揃って生温い目を向けられ微笑まれたジェラルドは、大変居心地悪く感じるのであった。
父親はともかく、何故自分の侍従にまで、このように見詰められ笑われなければならない?
まるで子どものような扱いだが、トットは少し先に生まれただけだ。
その声が聴こえたのもまた、ジェラルドがむっとして顔を歪める前のことだった。
「さぁ、話の続きといこう」
レイモンドがそれを言い終えたときには、すでにトットの姿はなく。
──また逃げたな?後で覚えていろ!
ジェラルドは確かにこのときには侍従に憤っていた。
レイモンドは苦渋の表情でそう言った。
薬物の効果を調べる場合には、罪人を使えばいい。
しかし今回は対象者が限定的で、これが難しいことだった。
番と出会うまでの鬱々とした時間に悪い方へと向かってしまう者はあるけれど、多くは何かに強い興味を持つことが少ないためその犯罪率は低く。
番と出会ったあとについては、番に何かない限り、彼らに罪を犯す理由がない。
番同士で悪いことを考える者も多少はいるが、捕えられて離れ離れになる危険を犯すよりも二人で静かに暮らしたいと望むために、ほとんどの者は実行を躊躇した。
だから今は、隣国の情報が頼りとなる。
しかしこちらもなかなかに情報収集には手間取っていた。
他国で表立って行動出来ない制限があるなかでの、裏で出回っている品物の調査だ。
調査対象者を見付けたとして、彼らから口を割ることは容易ではないし、そのうえ番を知る者であることがまた調査に制限を与えている。
彼らがすでに番を得ていた場合に、要らぬ刺激になることが考えられるからだ。
番に見知らぬ者が近付くことを本能的に嫌がることもまた、番を知る者たちの特性である。
そこから国際問題などに発展しては、厄介なこと極まりない。
だからと慎重に動いていれば、どうしても情報を得るのに時間が掛かった。
ならばと国内に目を向ければ、香油の効果を経験した者は限られる。
「王女の周囲にいた者らから使用量や頻度、効果の程を調べさせているところだが。世話役の侍女たちの入れ替わりが激しかったようでね。長年に渡って観察出来ている者がなく、彼らの発言の整合性も取らねばならないだろう?要らぬ手間がこうも多いと嫌になるよねぇ、まったく。とはいえ」
そこでレイモンドはふっと軽く息を吐いた。
場を明るく変えたいと願うような、そんな軽やかな息だ。
「彼女が幼少期から使っていた前提で結果を見れば、希望は十分にあると思うのだよ」
希望?
父親がどうしてそこに希望を持ったのか、ジェラルドにはまだ分からなかった。
だが今の時点でジェラルドがもっとも気になったのは、王女が幼少期から香油を使っていたという部分だ。
それについて問おうとしたときである。
「君らに預けるが、厳重に扱うようにね」
「お任せいただけて光栄でございます。では確かに」
突然現れたトットが、香油をハンカチで包み持ち上げると、それをそっと持ってきた箱の中へと閉じ込めた。
小さいが金属製の頑丈そうな箱だ。
あまりに急なことに何事だ?と訝し気に侍従を見えていたジェラルドは、ぐるりと横向いたトットと目が合って、軽く身を後ろに引いた。
そんな主君に、侍従は今日も爽やかに微笑む。
「主さま。本日もセイディさまはご成長なされておられます」
「……なんだ急に?まさかセイディの身に何かあったのか?」
「いえ。勇者としてそれは見事な立ち回りで、現れた数々の魔物を倒しておられました。今は大奥様とご一緒にお勉強中でございます」
「そうか?それならいいが……」
と言いながら、いいのか?という疑問を持ったジェラルドは、つい言葉に詰まった。
父親との話の間は世話を任せていたのだから、遊んでいることには問題はないのだが。
現われた魔物、それも数々の魔物とは……?
「私も魔物の一人として倒されてきたところですよ、主さま」
笑顔で報告されることであろうか。
いつものことではあるが。ムカムカとしてきたジェラルドは気付く。
トットの頭にも角が一本生えていたことに。
すると何故か急速に苛立った心が静まっていった。
──いや、本当にどこで手に入れてくるんだ、それは。
心が静まれば、心中で甚く冷静に指摘してしまったジェラルド。
しかしジェラルドのそんな疑問など知らぬというように、侍従はにこにこと微笑みながら、また勝手に聞いてもいないことを語り出した。
「日々使える言葉も増えて、文字もお上手になられました。苦手なお野菜も一部は食べられるようになられましたし、お食事の量もかなり増えましたね。そのお身体も成長中で、動かし方も変わってきました。今後はどれだけご成長なされることか。楽しみですねお館さま」
「セイディちゃんは頑張っているからねぇ。お父しゃまからもよしよししないとだな。あとで魔王が現われると言っておいてくれ」
「承りま「承るな!」」
二人に揃って生温い目を向けられ微笑まれたジェラルドは、大変居心地悪く感じるのであった。
父親はともかく、何故自分の侍従にまで、このように見詰められ笑われなければならない?
まるで子どものような扱いだが、トットは少し先に生まれただけだ。
その声が聴こえたのもまた、ジェラルドがむっとして顔を歪める前のことだった。
「さぁ、話の続きといこう」
レイモンドがそれを言い終えたときには、すでにトットの姿はなく。
──また逃げたな?後で覚えていろ!
ジェラルドは確かにこのときには侍従に憤っていた。
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