147 / 186
140.悦びにすべてを奪い
しおりを挟む
部屋に二人だけにして欲しいと願ったのは王女だった。
番と共にあるときに他者を、特に自分と同性となる人間を排除したがるのは、番を知る者の特性として知られている。
だから当時の王太子への忠誠心を持って王女の側にいた侍女らは遠慮したのであろう。
その気遣いは、王女の番相手にも同じく与えられ。
王女の護衛の騎士たちもまた、部屋の中に入ることは遠慮した。
ある意味で、この者たちにも慢心があったと言えようか。
番を知る者に対する理解から、『番相手との密会において、王女殿下を傷付けるようなことは何ひとつ起こり得ない』と考えていたのである。
自分の命より番相手を守ろうとすることもまた、番を知る者たちの特性だからだ。
これを慢心と言っては酷だろうか。
王女付きの者たちは誰も、番を知る者がその特性を壊されているとは知るはずがなかった。
そしてこれが、彼らがこの計画を選び実行するに至った理由ともなっている。
こうして望まれた密室、作られた密室で、事件は起きた。
廊下に並ぶ騎士や侍女らを一瞥もせず、部屋に入った王女は席に座ることなく、立ったまま部屋の隅で一人そのときを待っていた。
給仕の者も入らずに済むように、テーブル上には料理も飲み物も事前にすべて並べられていて、部屋にはいい香りが充満していたことだろう。
このときの王女に、香りを気にする余裕なんてなかったであろうけれど。
報告によれば、男がその部屋に入る前から王女の身体は震えていたという。
両腕を胸の前で交差させて、両方の二の腕を擦りながら、王女は自分を落ち着かせようと試みていたようだ。
「もうすぐよ。もうすぐだわ」
王女の知らぬところで、一人呟くその声も拾われていた。
やがて扉が開いて、男が入って来るや。
王女の瞳から、涙が溢れ出た。
やっと出会えた番相手を前にして、王女は何を想っていたのだろうか。
王女はその場から動かずに濡れた瞳で男の顔を見詰めるだけ。
男もまた王女を見ていたから、互いに目は合っている。
どちらも声が出ないのか、感動のあまり駆け寄ることさえ出来ないのか、男の後ろで扉が閉まってからも、お互いに距離を取ったまま立ち尽くして、しばし沈黙の時間が流れた。
やがてあるところで、男の視線が王女から外れ、足が出て手が伸びる。
男は徐にテーブル上に並んでいたフォークを一本取ると、叫び声を上げた。
それは言葉とは捉えられない騒音だった。
伝わらない何かを叫んだあと。
男は急に自身の喉を突く。
王女は動かない。
感動に震え動けなかった王女は、目のまえでたった今起きていることを理解出来ていなかったのではないか。
はじめて聴く声に感動するはずだった。
はじめて触れる温もりに感激するはずだった。
はじめて言葉を交わして、はじめて抱き合い、喜びを分かち合う。
今まではあなたがいなくて苦しかったけれど、これからは二人で幸せに生きましょうと誓い合うこと──。
それがこの場で王女が得ると確信していたものではなかったか。
だから──「どうして?」と。
長い長い沈黙のあとに、王女から最初に出て来た言葉がそれだった。
この声を聴くまでの間に、かなりの時間が経過していたという。つまり観察者は、人命救助に動かなかったということ。
その沈黙の間に、男の身体は王族の祝いの席に相応しい豪華な料理が並ぶテーブルの上へと乗り上げて、それからテーブルクロスを巻き込み、皿と一緒に床へと落ちていたから、大きな音は鳴っていた。
それでもまだ、部屋の外の者たちは気付いていなかった。
感極まって、何か落としてしまったのかもしれないけれど。
王女から指示が来るまでは、部屋の外で待機しておこうという気遣い。
彼ら以外の者たちがそれに気付くまでまだ少しの時間が空く。
「どう、し、て……ど……して……どう……て」
繰り返された『どうして』という言葉。
そしてやっと。
王女が叫び声を上げたのだ。
それは奇しくも、男と同じような、言葉にならない絶叫音だったという。
これが王女としての最期のときだった、と言っても間違いはないだろう。
目の前で番を失った番を知る者が、壊れずにまだ人間として生きられる理由はない。
「あなたは確かにこの件については詳細な指示を出さなかったのだろう。だがこの王女殿下の最期には、とても満足しているはずだ。王女殿下の番相手が北の地にいると聞かされたときには、あなたは瞬時に彼らの勝手な動きを予測していたね?だからすべては、あなたの計画通りだった。違うかい──?」
番と共にあるときに他者を、特に自分と同性となる人間を排除したがるのは、番を知る者の特性として知られている。
だから当時の王太子への忠誠心を持って王女の側にいた侍女らは遠慮したのであろう。
その気遣いは、王女の番相手にも同じく与えられ。
王女の護衛の騎士たちもまた、部屋の中に入ることは遠慮した。
ある意味で、この者たちにも慢心があったと言えようか。
番を知る者に対する理解から、『番相手との密会において、王女殿下を傷付けるようなことは何ひとつ起こり得ない』と考えていたのである。
自分の命より番相手を守ろうとすることもまた、番を知る者たちの特性だからだ。
これを慢心と言っては酷だろうか。
王女付きの者たちは誰も、番を知る者がその特性を壊されているとは知るはずがなかった。
そしてこれが、彼らがこの計画を選び実行するに至った理由ともなっている。
こうして望まれた密室、作られた密室で、事件は起きた。
廊下に並ぶ騎士や侍女らを一瞥もせず、部屋に入った王女は席に座ることなく、立ったまま部屋の隅で一人そのときを待っていた。
給仕の者も入らずに済むように、テーブル上には料理も飲み物も事前にすべて並べられていて、部屋にはいい香りが充満していたことだろう。
このときの王女に、香りを気にする余裕なんてなかったであろうけれど。
報告によれば、男がその部屋に入る前から王女の身体は震えていたという。
両腕を胸の前で交差させて、両方の二の腕を擦りながら、王女は自分を落ち着かせようと試みていたようだ。
「もうすぐよ。もうすぐだわ」
王女の知らぬところで、一人呟くその声も拾われていた。
やがて扉が開いて、男が入って来るや。
王女の瞳から、涙が溢れ出た。
やっと出会えた番相手を前にして、王女は何を想っていたのだろうか。
王女はその場から動かずに濡れた瞳で男の顔を見詰めるだけ。
男もまた王女を見ていたから、互いに目は合っている。
どちらも声が出ないのか、感動のあまり駆け寄ることさえ出来ないのか、男の後ろで扉が閉まってからも、お互いに距離を取ったまま立ち尽くして、しばし沈黙の時間が流れた。
やがてあるところで、男の視線が王女から外れ、足が出て手が伸びる。
男は徐にテーブル上に並んでいたフォークを一本取ると、叫び声を上げた。
それは言葉とは捉えられない騒音だった。
伝わらない何かを叫んだあと。
男は急に自身の喉を突く。
王女は動かない。
感動に震え動けなかった王女は、目のまえでたった今起きていることを理解出来ていなかったのではないか。
はじめて聴く声に感動するはずだった。
はじめて触れる温もりに感激するはずだった。
はじめて言葉を交わして、はじめて抱き合い、喜びを分かち合う。
今まではあなたがいなくて苦しかったけれど、これからは二人で幸せに生きましょうと誓い合うこと──。
それがこの場で王女が得ると確信していたものではなかったか。
だから──「どうして?」と。
長い長い沈黙のあとに、王女から最初に出て来た言葉がそれだった。
この声を聴くまでの間に、かなりの時間が経過していたという。つまり観察者は、人命救助に動かなかったということ。
その沈黙の間に、男の身体は王族の祝いの席に相応しい豪華な料理が並ぶテーブルの上へと乗り上げて、それからテーブルクロスを巻き込み、皿と一緒に床へと落ちていたから、大きな音は鳴っていた。
それでもまだ、部屋の外の者たちは気付いていなかった。
感極まって、何か落としてしまったのかもしれないけれど。
王女から指示が来るまでは、部屋の外で待機しておこうという気遣い。
彼ら以外の者たちがそれに気付くまでまだ少しの時間が空く。
「どう、し、て……ど……して……どう……て」
繰り返された『どうして』という言葉。
そしてやっと。
王女が叫び声を上げたのだ。
それは奇しくも、男と同じような、言葉にならない絶叫音だったという。
これが王女としての最期のときだった、と言っても間違いはないだろう。
目の前で番を失った番を知る者が、壊れずにまだ人間として生きられる理由はない。
「あなたは確かにこの件については詳細な指示を出さなかったのだろう。だがこの王女殿下の最期には、とても満足しているはずだ。王女殿下の番相手が北の地にいると聞かされたときには、あなたは瞬時に彼らの勝手な動きを予測していたね?だからすべては、あなたの計画通りだった。違うかい──?」
110
あなたにおすすめの小説
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
番認定された王女は愛さない
青葉めいこ
恋愛
世界最強の帝国の統治者、竜帝は、よりによって爬虫類が生理的に駄目な弱小国の王女リーヴァを番認定し求婚してきた。
人間であるリーヴァには番という概念がなく相愛の婚約者シグルズもいる。何より、本性が爬虫類もどきの竜帝を絶対に愛せない。
けれど、リーヴァの本心を無視して竜帝との結婚を決められてしまう。
竜帝と結婚するくらいなら死を選ぼうとするリーヴァにシグルスはある提案をしてきた。
番を否定する意図はありません。
小説家になろうにも投稿しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
幸せな番が微笑みながら願うこと
矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。
まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。
だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。
竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。
※設定はゆるいです。
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。
【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる