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夫は妻の愛し方を学ぶ
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アーネストはしかし、今までのようには引かなかった。
「もう一度言ってくれ。嬉しいと言ったのだな?」
「きこえているではありませんか」
「本当に、その、嬉しかったのだな?」
「もういいませんと、いいましたわ」
ぷいっと顔を背けようとしたが、リーナのそれはアーネストの両手に阻まれた。
いつの間にか手を握っていたはずのもう片のアーネストの手も、リーナの頬に添えられている。
「リーナ。俺はあの日、お前に嫌われたと思っていたんだ」
「なんですって?どうしてですの?」
「泣かせたことを謝ろうと思ったが、目覚めると、お前は距離を取るようにして、俺に背を向け、よく話そうともせず、早く仕事に行けと言って部屋から追い出した」
「はずかしかっただけですわ」
「それも本当か?」
「きこえていることをききかえすのはおやめくださいまし」
「確認くらいさせてくれ」
「いやですわ。でも、だんなさま。だんなさまのおきにさわったことは、そのあさのことだけですの?」
「気に障ったわけではない。ただ……お前も嫁ぐ前から俺の噂話を散々聞かされてきただろう?」
「なんのことですの?」
「いい、惚けるな。噂はまったくの嘘でもないからな。敵城を攻め落としたとき、確かに俺は女子どもの区別なく、すべて捕らえて捕虜として同じように扱えと命じたんだ。抵抗する者には容赦するなと言ったし、女子どもだからと油断して墓穴を掘るなと注意喚起をしたくらいだ」
「だからなんだとおっしゃいますの?」
「何だと言うことはないだろう?俺は噂通りの男だと言っているのだぞ」
「ほんとうにばかばかしいですわ!」
「……それは俺のことか?」
「そんなわけがありませんことよ」
「では噂を流した者たちのことか?」
「とうぜんでしてよ。とてもゆるせませんわ!」
アーネストは胸を打たれた。
皇帝でさえ、尊大な顔をして褒章を与えながら、自身に怯えていたことをアーネストは知っている。
人が隠そうとする恐れを、戦場を知るアーネストは敏感に感知した。
そんなアーネストだから、妻もきっと自身に怯えていると信じて疑わなかったのだ。
一言でさえ、妻から悪い言葉を掛けられたことはないし、思い返せばその兆候さえ感知したことはなかったのに。
何故か妻に関しては、よく知らずとも他の貴族婦人らと共に夫がいかに怖いかを話していようと思い込んでいたのである。
「ごあんしんなさいませ、だんなさま。わたくし、しっかりとおしかりさせていただきましてよ!」
それなのにリーナは、彼らを叱ったとまで言い始める。
アーネストはここで、妻に良からぬ話を振った相手にどうやって報復してやろうかと考えてはいたが。
今はしかし、目の前の妻が最優先事項だった。
「それは有難いな。礼を言おう」
「べつにだんなさまのためではございませんわ」
「安心しろと言ったではないか」
「はげましてさしあげましたのよ!」
アーネストは、目立たぬほどに小さく笑い、それから頬に添えていた指を動かすのだった。
リーナがくすぐったそうに目を細めるも、その目からはもう涙は溢れない。
「謝らせてくれ、リーナ。俺はずっと思い違いをしてきたようだ」
「おもいちがいですの?」
「あぁ。俺はこの通り、感情が乏しいあげくに、きつい目をしているだろう?そのうえ不愛想で、社交辞令のひとつも出せないと来た。そんな俺が戦果を挙げたはいいが、それがかえって周囲には不気味に思わせたようでな。リーナも同じように俺を恐れていると思っていたのだ」
「まぁ、おひどいかたね」
「まったくだ。酷い夫だったと思う。申し訳ない」
「あやまらなくてけっこうですわよ。わたくしはべつに……」
「もう少し、俺の身勝手な言い訳を聞いてくれないか。リーナとはよく分かり合いたいんだ」
「……おはなしになったらいいですわ」
リーナと真面に話して来なかったことを、アーネストは心底後悔していた。
「あの初夜のときだ。皆と同じようにお前が俺を恐れているとすれば、そんな男に無理やりに襲われて、それは恐ろしかったであろうと。思い至るのが遅れた俺は、これ以上は不快にさせぬよう、あの日から徹底して関わらず、家の者らにも顔を合わすことがなきよう配慮させてきた」
「そんなっ……。わたくしは、わたしくがおきらいだから、あなたはかおもみたくないのだと」
「そんなことがあるものか。俺はずっと、どうすればこれ以上嫌われないで済むのかと、そればかり考えてきたのだぞ」
「うそばかりおっしゃらないで」
「嘘ではない」
「それならどうして、はじめておあいしたひにめをそらしていらしたの?」
アーネストは再び瞠目する。
まさか、そんな昔のことを覚えていて、妻がそれを気にしていたとは。
「だんなさまは、わたしくしのことがよほどおこのみではなかったか、ほかにすいたかたでもいらっしゃるのだとおもいましたのよ。だってあなた、それからも、わたくしとめをあわせないようにしていらしたでしょう?」
「まさか、そんな……俺はただ……」
アーネストには覚えがあり過ぎた。
確かに婚約が決まる直前の初顔合わせ以降、まともに目を見て話しても来なかったのだ。
「もういいですのよ、だんなさま。ほんとうのことをおはなしになって?」
アーネストは急ぎ、言葉を足した。
今度生じた焦りは、先よりずっと色濃くなっている。
「もう一度言ってくれ。嬉しいと言ったのだな?」
「きこえているではありませんか」
「本当に、その、嬉しかったのだな?」
「もういいませんと、いいましたわ」
ぷいっと顔を背けようとしたが、リーナのそれはアーネストの両手に阻まれた。
いつの間にか手を握っていたはずのもう片のアーネストの手も、リーナの頬に添えられている。
「リーナ。俺はあの日、お前に嫌われたと思っていたんだ」
「なんですって?どうしてですの?」
「泣かせたことを謝ろうと思ったが、目覚めると、お前は距離を取るようにして、俺に背を向け、よく話そうともせず、早く仕事に行けと言って部屋から追い出した」
「はずかしかっただけですわ」
「それも本当か?」
「きこえていることをききかえすのはおやめくださいまし」
「確認くらいさせてくれ」
「いやですわ。でも、だんなさま。だんなさまのおきにさわったことは、そのあさのことだけですの?」
「気に障ったわけではない。ただ……お前も嫁ぐ前から俺の噂話を散々聞かされてきただろう?」
「なんのことですの?」
「いい、惚けるな。噂はまったくの嘘でもないからな。敵城を攻め落としたとき、確かに俺は女子どもの区別なく、すべて捕らえて捕虜として同じように扱えと命じたんだ。抵抗する者には容赦するなと言ったし、女子どもだからと油断して墓穴を掘るなと注意喚起をしたくらいだ」
「だからなんだとおっしゃいますの?」
「何だと言うことはないだろう?俺は噂通りの男だと言っているのだぞ」
「ほんとうにばかばかしいですわ!」
「……それは俺のことか?」
「そんなわけがありませんことよ」
「では噂を流した者たちのことか?」
「とうぜんでしてよ。とてもゆるせませんわ!」
アーネストは胸を打たれた。
皇帝でさえ、尊大な顔をして褒章を与えながら、自身に怯えていたことをアーネストは知っている。
人が隠そうとする恐れを、戦場を知るアーネストは敏感に感知した。
そんなアーネストだから、妻もきっと自身に怯えていると信じて疑わなかったのだ。
一言でさえ、妻から悪い言葉を掛けられたことはないし、思い返せばその兆候さえ感知したことはなかったのに。
何故か妻に関しては、よく知らずとも他の貴族婦人らと共に夫がいかに怖いかを話していようと思い込んでいたのである。
「ごあんしんなさいませ、だんなさま。わたくし、しっかりとおしかりさせていただきましてよ!」
それなのにリーナは、彼らを叱ったとまで言い始める。
アーネストはここで、妻に良からぬ話を振った相手にどうやって報復してやろうかと考えてはいたが。
今はしかし、目の前の妻が最優先事項だった。
「それは有難いな。礼を言おう」
「べつにだんなさまのためではございませんわ」
「安心しろと言ったではないか」
「はげましてさしあげましたのよ!」
アーネストは、目立たぬほどに小さく笑い、それから頬に添えていた指を動かすのだった。
リーナがくすぐったそうに目を細めるも、その目からはもう涙は溢れない。
「謝らせてくれ、リーナ。俺はずっと思い違いをしてきたようだ」
「おもいちがいですの?」
「あぁ。俺はこの通り、感情が乏しいあげくに、きつい目をしているだろう?そのうえ不愛想で、社交辞令のひとつも出せないと来た。そんな俺が戦果を挙げたはいいが、それがかえって周囲には不気味に思わせたようでな。リーナも同じように俺を恐れていると思っていたのだ」
「まぁ、おひどいかたね」
「まったくだ。酷い夫だったと思う。申し訳ない」
「あやまらなくてけっこうですわよ。わたくしはべつに……」
「もう少し、俺の身勝手な言い訳を聞いてくれないか。リーナとはよく分かり合いたいんだ」
「……おはなしになったらいいですわ」
リーナと真面に話して来なかったことを、アーネストは心底後悔していた。
「あの初夜のときだ。皆と同じようにお前が俺を恐れているとすれば、そんな男に無理やりに襲われて、それは恐ろしかったであろうと。思い至るのが遅れた俺は、これ以上は不快にさせぬよう、あの日から徹底して関わらず、家の者らにも顔を合わすことがなきよう配慮させてきた」
「そんなっ……。わたくしは、わたしくがおきらいだから、あなたはかおもみたくないのだと」
「そんなことがあるものか。俺はずっと、どうすればこれ以上嫌われないで済むのかと、そればかり考えてきたのだぞ」
「うそばかりおっしゃらないで」
「嘘ではない」
「それならどうして、はじめておあいしたひにめをそらしていらしたの?」
アーネストは再び瞠目する。
まさか、そんな昔のことを覚えていて、妻がそれを気にしていたとは。
「だんなさまは、わたしくしのことがよほどおこのみではなかったか、ほかにすいたかたでもいらっしゃるのだとおもいましたのよ。だってあなた、それからも、わたくしとめをあわせないようにしていらしたでしょう?」
「まさか、そんな……俺はただ……」
アーネストには覚えがあり過ぎた。
確かに婚約が決まる直前の初顔合わせ以降、まともに目を見て話しても来なかったのだ。
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