追放勇者ガイウス

兜坂嵐

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2章-華のデリンクォーラ帝国

帝都デリン・ガル

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「ここにユピテル殿下が居る筈だけどさぁ」
「よっし俺に任せろ!俺は勇者だったんだ、顔パスでいけるだろ」
 いうやガイウスたちは一直線に帝城のほうへ駆けていく。
 いきなり走り出した彼に慌てて二人も走り出し、小気味よい足音を響かせる。
 帝都の景色を目にとめるよりも早く、あっという間に城門まで来てしまっており。
 ガイウスは得意げに頭の後ろで手を組んで笑っていた。というかニヤついていた。

「これで入城してユピテルを斬れば終わりだぁ。いや~ちょろいちょろい」
「ゲス顔だわ」
「勇者様の顔じゃなくなったね」
 どうなるかは検討がついているが、ひとまず見守ろう。
 意気揚々と城門へ向かうガイウスを見送る。
 暫くすると帰ってきた。先程の意気揚々とした姿ではない。
 顔パスとは行かなかったようだとは彼の項垂れた表情からでも伝わってくる。
 勇者の証である聖剣も持たない彼が入れるわけがなかったのである。

「門前払いされたわねキズ野郎」
「君、顔パスとか言ってなかった?」
「は?言ってないが?」
(き……記憶を改ざんしてやがる!)
 バルトロメオは内心つっこむとため息をついた。
 こうなる予感はしていたのである、ルチアは皇帝陛下の秘蔵っ子、そう簡単に会えるわけがない。
 帝国のシンボルに馬の骨も当然な三人が入れるわけもなく、城門前で途方にくれる。

「バル、おまえ父親の名前出して入れねぇのかよ。親父が宰相なんだろ?」
「はぁ!?僕は勘当息子だよ、今更オヤジの名出せるかよ!」
「放蕩息子あるある……ま、まぁそれより!
 デリン・ガルって初めて来るんだあたし、観光しない!?」
 ワガママに見せかけ、それとなく衝突するのを避けようとするルッツ。
 冷や汗垂らしながら割り込む少女に、男2人も気を遣わせたと察し苦笑いする。

「そ……そうだな!観光しないとな!」
「あ、ああ。ガイドは僕に任せなよ!家出前まで住んでたからねっ!はははは!はは…は」
「あのぉ……城門前で騒がれないで」
「し、失礼いたしましたぁ~!」
 門番に注意されて慌てて、飛びように帝都市街へ走り去った3人。
 奇しくもルチア丁度バルコニーにいたため、3人の姿をはっきり捉えていた。

「……なんだったのかしら?あの人たち」
 賑やかというか統一感がないと言うか、きっと旅芸人の一座なのだろう。
 そう結論づけ読書を続行する。
 遠くでバルトロメオが息を切らしながら叫んだ声が聴こえたような気がした。

------

「ふぅ……疲れた……」
 ルッツとバルトロメオとガイウスはデリン・ガルの噴水広場まで走ってきて、ようやく足を止める。
 3人とも走りつかれたようで荒い息を繰り返し、地べたにへたり込んだまま動かない。
「お城に入れないんじゃユッピーとか言うのもどうにもならないじゃない……ゼーゼー……」
「ゼー……ゼー……ガイ君、もうちょっと計画的に行動してよね」
「はぁ?あんな門さっさと突破してやるんだよ、皇帝を出せ!ってな!」
「それが無茶だっつってんだろぉ!」
 ルッツのツッコミにガイウスはバツが悪そうに頭を掻いた。
 しかしこのまま帰るわけにはいかない、なんとしてでもルチアに会う必要があるのだ。

 こういうのは焦ると却ってうまくいかない。
 せっかくの帝国の中心と言うことで観光がてら、帝都の雰囲気を味わうことにした。
「とりあえず……飯でも食うか」
「そうだね……あ、向かいのレストランはやめとけよ。あそこ貴族の溜まり場で絡まれるよ」
「流石帝都のおぼっちゃま」
 ガイウスはそう言いながら頭を掻く。
 恥ずかしいやら、早く立ち去りたいやらで、魔王討伐をした時以来の全力疾走をしてしまったのだ。
 馬より速く、マントをはためかせ走る勇者の姿はさぞ帝都市民を驚かせてしまっただろう。

「帝都ってどこも高いんじゃない?あたしフルーツ食べられる店がいい」
「裏通りの店は意外と安いよ。フルーツね……あの店がいいな」
 バルトロメオは慣れた様子で路地に入り込むと、こっちだと手招きしズンズン進んで行く。
 それにルッツとガイウスもついていく、彼は生まれが帝国貴族なので帝都に詳しいのだろう。
「いらっしゃ……おや、坊っちゃん」
「久しぶり、彼等は友達だよ」
「そうか。まあ座るといい」
 バルトロメオに連れてこられた店はそれまで見てきた帝都の景色と大きく異なるもの。
 オイルランタンに木彫りの装飾、ルッツは素朴な景色に故郷を思い出したのか、店内を見渡していた。
「実家のメシは高級過ぎて胸焼けしてね。ここの親父とは10歳くらいから仲良くしてもらってるんだ」
「いい友達だね」
「うん。君たちもメニュー見な」
 バルトロメオは満面の笑みで答えながらメニュー表を手渡した。
  そこにはこのレストランのおすすめ料理が書かれている。
 三人はその中から好きな物を注文するのだった。

「うわ!これ……あたしこれ好き!」
 ルッツは注文したイチゴのサンドイッチへ齧りつき笑顔になる。
 こんな裏路地の看板もないお店に客が来るのか?とちょっと心配になるが。
 逆にこの立地が、貴族社会に疲れた令嬢には隠れ家として重宝されているのだろう。
「坊っちゃんはデリン・ガルに帰ってこないものと思ってたよ。最後この店に来たのはいつだったかな」
「17歳、悪かったね。10年ツケを貯めて」
「いいよ別に、坊っちゃんに奢ったお陰で店が潰れずに済んでるんだから」
 バルトロメオの家出を思い出しながら店主はバルトロメオの前に彼がオーダーしたハンバーグセットを置く。

「坊っちゃんが友達連れてくるなんて初めてだねぇ、いつも一人で来てたのに」
「もうそんな子供じゃないよ、僕だって……」
 バルトロメオはそう言いながらハンバーグを一口大に切り分けると口に運ぶ。
 その仕草のひとつひとつが上品で洗練されている。
 貴族としての教育がしっかり行き届いている証拠である。

(10年か)
 ガイウスも自分の頼んだ料理を平らげつつ考える。
 自分の少年時代は明るいといえなかった。
 虹色の目を災いの象徴と言われ、ロディ以外に心を閉ざしていた気がする。
 というか心を開いたのも勇者に選ばれ、否応なしに開かされたという感じで。
 まだまだ心から打ち解けたものはいない、かつての仲間も、今の仲間も……。
(俺はまた繰り返すのか?)
 ちくり、と1年前の傷が痛んだ。

「ねえキズ野郎」
「んだよ」
「それ一人前?」
 ルッツに指差されそうだが?という顔で皿を見せる。
 ざっと見積もって5人前ぐらいが皿から消えている。
「わかった!お腹も食いたいんだな」
「はあ!?大食いだなーって思っただ」
「良いから、食わず嫌い直せェ!」
 パーティーを瓦解させてしまった心の傷を誤魔化すように。
 ガイウスはルッツの口にローストチキンを突っ込んだ。
「うぇっ、うっ……もぐもぐ」
(こいつ本当に勇者か?)
 ルッツは口いっぱいのローストチキンを咀嚼し飲み込むと「美味しい……」と小さく呟いた。

「だろ?肉は悪いもんじゃねぇよ」
「うん……でもこれ以上は吐きそうだからやめてね!」
「本当繊細だね、エルフは」
 脂を喉奥に流し込むようにイチゴサンドイッチをがっつくルッツを横目に。
 バルトロメオは付け合わせのポテトを口に運ぶ。
(美味しいね……10年前より)
 あの日の料理が酷くしょっぱく感じた理由もわかった、泣きながら食べていたからだったのだ。

「なあ、ルッツ」
「なに?」
「食べ終わったら、これからどうしたらいいか相談しない?」
「いいよ!友達じゃん!」
(ありがとう……)
 バルトロメオは屈託のない笑顔のルッツを見てそう思ったのだった。

—夜・デリン・ガル城-

(……もうこんな時間)
 ルチアは燭台に火を灯しながら、すっかり暗くなった窓の外を見る。
 いつもならばとっくに湯浴みを終え床に就く時刻だが、明日は義父である皇帝陛下に謁見する。
 できる限り身綺麗にしておきたいと、湯浴みの前に日課である日記を書くことにしたのだった。

(……最近は『勇者』の話題で持ちきりね)
 ルチアはペンを滑らせる手を止めて考える、ここ最近帝都では『勇者』の話で持ちきりだ。
 魔王討伐から1年が経ち、人々は平和ボケしてきている。
 そのせいか『勇者』を再び呼び戻そうなどと言い出す輩も出始めていた。
(『勇者』は魔王を倒した後、消息を絶った。でも……)

「ルチア」
「あ、ユピテル」
「これから入浴かい?俺もなンだよ」
 すっかりルチアのフィアンセが板についたユピテル。
 彼は髪を洗ってやろうと言うようにタオル片手に部屋へ入ってくる。
 こうしてルチアが湯浴みをする日は必ず風呂の準備を整えて、浴室前で待っているのだ。

「いつもごめんね。わたしを一人にするのは危ないって宰相達が」
「いいンだ。それに2人きりの時間が増える、俺は歓迎してるよ」
「もう、ユピテルったら……」
 ルチアはほんのり頬を赤らめると彼と一緒に浴室へ向かう。
 その途中、ふと思い出したように口を開いた。

「……そういえば、今日は勇者の噂で持ちきりだったわ。みんな『勇者』がまた現れるって信じてるみたい」
「ハッ、くだらねぇな」
 ユピテルは鼻で笑うと吐き捨てるように言う。そしてそのまま続けるように話を続けた。
「魔王を倒したからなんだ?パーティーを凱旋中に解散して失踪。
 リーダーに至っちゃは国外追放され消息不明。
 俺は今『勇者』の野郎が何処に居るかわかンねぇ」
 浴室にはユピテルが入れたのか、いつもと少し違う湯気が立ちこめていた。
 今日はラベンダー?紫系の入浴剤のようだ。

「だが、俺は必ず『勇者』をこの手で殺す」
 ルチアはユピテルのその言葉に背筋が凍るような感覚を覚えた。
(怖い……)
 しかし同時にその殺意が自分に向けられていないことに安堵もするのだった。
「ルチア、湯加減はどう?」
「うん、ちょうど良い」
 ルチアは湯船から上がるとそのまま浴槽の縁に座る。
 するとユピテルがタオルに石鹸をつけ泡立て始める。

「ルチアはまだ幼いからね、君と婚約したら俺が次期皇帝になる」
「うん。ユピテルならなれる」
「ルチアは俺が皇帝になったら嬉しい?」
「もちろんよ!だって、わたし……」
 ルチアが何かを言いかけると、それを遮りユピテルが彼女の身体を抱き寄せ唇を奪う。
 そしてそのまま舌を絡ませて深い口付けをする。

(……我等が「王」よ)
 唾液を通し囁きかける声は酷く暗く、狂気を孕んでいた。
 ユピテルはルチアを見ているようで見ていない。
 魔王の転生体であるこの幼い少女を如何にして手中に収めるかしか考えていなかった。
(必ずや貴方様を目覚めさせます、だから今はゆっくりお休みください)
「ん……ユピテル、どうしたの?」
「いや、ルチアがあまりにも可愛いからさ」
「もう!恥ずかしいからやめてよ!」
「はは、ごめん、ごめん。じゃあそろそろ出ようか」
 ユピテルはそう言ってルチアをお姫様抱っこすると浴室を出たのだった。
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