追放勇者ガイウス

兜坂嵐

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5章-戦乱の影

獄炎将軍マルス

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 爆発の余波が舞台を揺るがし、辺りは黒煙に包まれた。
 観客たちは身をすくめ、目を凝らす。
 誰よりも早く立ち上がったのは、赤い羽衣を纏う男だった。
「ふん……終わったか」
 マルス・フローガがゆっくりと煙の中から姿を現す。
 衣が焦げ、腕には幾筋かの切り傷が走っていたが、決定打には程遠い。
 彼は冷たく笑い、舞台を見渡した。
 その場に、ガイウスの姿はない。

「まさか……」
 観客の間に走る静寂。
 ルッツが口元を押さえ、バルトロメオは拳を握る。
 ハオでさえも、顔を曇らせていた。
 その時——。

「余所見とは余裕ですこと!」
 黒煙の中から響く、澄んだ声。
「ッ!?」
 マルスが振り向く。
 次の瞬間、水の刃が彼の視界を裂いた。
 ネプトゥヌスが宙を舞い、水流と共にマルスへと迫る。
 彼女の足元には、もう1つの影——。
 ——ガイウス。
 燃え盛る煙の中、彼は静かに剣を構えていた。
「遅かったな、マルス」
「ばかな……」
 思わずマルスは言葉を失う。
 あの火炎竜巻は勇者と言えど人間ごときが無傷で耐えられる威力ではない。
 しかし彼は生きていたどころか、傷すらも負っていなかった。
「私の炎を耐えただと……!?」
「ええ。わたくしだけでしたら焼き魚にされて終わりでしたわ」
 黒煙が晴れてきて、直ぐ耐えた理由を察知する。
 ネプトゥヌスの手をガイウスが強く握っていたのだ。
 咄嗟にこのままでは魔力量が足りないと手を重ね、互いの魔力を合わせ何とか防ぎ切ったのだ。
 だがネプトゥヌスの疲労も大きかったようで、その場に膝をつく。
 流石というか、頭を押さえ膝をつくその動作すら優雅であった。

「少し魔力を使いすぎましたわね。わたくしは結界を保持することに専念させていただきます」
「珍しいな、お前が弱音とは」
「ええ我ながら。相手はマルス、ユピテルのようにはいかなくてよ?」
 ネプトゥヌスが言う通り、マルスは拳をわなわなを震わせていたが。
 苛立ちを紛らすように深呼吸すると。
 すでに冷静さを取り戻したのか独特のポーズを取る。

「改めて1年ぶりだな虹瞳。顔の傷もそのままか、つけた側としては嬉しい限りだ」
「あぁマルス。お前こそ俺がつけた傷はそのままか。似た者同士だな」
「互いに平行線なのが惜しい限りだ、獄炎将軍!参るッ!!」
 再び始まる攻防、両者一歩も引かずぶつかり合う度に火花が飛び散り、衝撃が地面を揺らす。
 舞台を割るほどの踏み込みと共にマルスの拳が唸りを上げる。
 空気を裂くような衝撃音。鋭く踏み込んだ彼は、まるで獣のようにガイウスへと飛び掛かった。
 その勢いは暴風の如し。乱暴な拳撃、まるで躊躇のない鬼神の猛攻。
 ガイウスは冷静にそれを躱しながら、反撃の機を探る。

 マルスの拳が舞台に叩きつけられる。途端に床が抉れ、亀裂が走る。
「ちっ……!馬鹿力が過ぎるぞ」
「貴様が避けるからだろう!」
 マルスは一歩も引かず、続けざまに拳を繰り出す。
 剣士と拳士の差——それを超越するほどの破壊力。
 ガイウスは確実に見極める。
(こいつは荒々しく見えて、勘がいい……何度も正面から受けていたら、いずれ捉えられる)
 次の瞬間、マルスの拳がまるで弾丸のように放たれる。
 ガイウスは紙一重でかわし、逆に足払いをかける。
 が、マルスはそれを読んでいた。

「甘い!!」
 逆にガイウスの足を掴み、そのまま思い切り舞台へと叩きつけようとする。
「くっ……!!」
 重力がのしかかる。だがガイウスは咄嗟に剣を支点にし、空中で体勢を立て直す。
 そして刹那——。
「そこだ!」
 ガイウスは隙を突き、マルスの肩へ斬撃を放つ。
 赤い羽衣が裂け、鮮血が舞う。
「ぐぅ……!」
 マルスは初めて明確な傷を負った。
 だが、彼の目はますます爛々と輝き、口元には獰猛な笑みが浮かぶ。
「いいぞ……それでこそ勇者だ……!!」
(笑い出しやがった。いよいよ危険だな)
マルスが笑っている、その事実にガイウスは今の自分の状況が死と隣り合わせだと実感する。
彼は鬼-どんなに普段は冷静でも本質は血に昂ぶり、戦いに飢えた獣。
その本能が、彼の中に眠る闘争心を呼び覚ます。
(だが……俺もまた)
「血が滾る」とガイウスは心の中で呟いた。

 渾身の一撃をぶつけ合い、鍔迫り合いとなる。
 しかし人間と鬼族、いくら魔法で筋力を増強しようと上回ることはできず。
 ガイウスの剣は徐々にマルスの並外れた腕力に押され始める。
 マルスはニヤリと笑うと一気に畳み掛けるべく力を込めると、更にガイウスの顔が苦しそうに変わる。
「ぐ、うぅぅ……耐えろ、ダリルベルデ……!」
「ほう。この剣の名か?前は剣など使い捨てとしか
 思っていなかった貴様がなぁ……よほどその剣に惚れ込んでいるようだな!だが……」
「っ!しまった!!」
「所詮は一度折れた剣!俺の敵ではないわ!!」
 ついに押し切られ、ガイウスの手から剣が弾き飛ばされてしまった。
 そして彼は剣を追うようにバランスを崩し倒れそうになる。
「もらったァァアッ!!」
 それを見逃すはずもなく、マルスはトドメとばかりに殴りかかった。
 しかし相手はガイウス。とっさに身をよじり回避すると。
 1年前とは全く異なる-否、出来はしたが拙いものだった構えを取ると拳を喰いこませてきた!
 どういうことか?1年前のこいつといえば、剣さえ折れば勝ちだと思っていただろうに。
 今は剣を失ったというのに闘志に満ち溢れているではないか!
 どういうことか?1年前のこいつといえば、剣さえ折れば勝ちだと思っていただろうに。
 今は剣を失ったというのに闘志に満ち溢れているではないか!

「ど、ういうこと……だ……!?」
「向こうの尸解仙に手ほどきを受けたのさ」
 ガイウスが指さす先を見て仰天する、ハオじゃないか!
 目を丸くし硬直したマルスに対しハオは試合を観戦するような笑顔で。
「好久不见(ひさしぶり)。ハオ生きてるヨ~」
 などと、呑気に手を振っていたのだった。

「ハオ……貴様が師事したのか!?」
「そうヨ寛寧様」
「悟りながら地位を捨てるなど愚かな……!貴様も、皇も、救いようのない愚か者よ!」
「アナタに言われると説得力あるワ」
「おいマルス!俺の前で2回も余所見たぁ鈍ったか!?」
「ッ……ふんっ!」
 ガイウスの蹴りが飛んできたので咄嗟に腕を交差させて防ぐ。
 だが重い、明らかに前より威力が増している。
 さっきのやり取りから察するに、どうやらこの男。
 自分が想像していた以上に武闘を極めつつあるらしい。
 これは面白いことになったぞ……!

「来いッ!」
「行くぞッ!」
 二人は同時に駆け出す。そして間合いに入るなり拳や蹴りを繰り出し始めた。
 激しい攻撃の打ち合い、両者一歩も引かずという姿勢だったが。
 ガイウスは先ほど炎の竜巻を防御するのに。
 魔力を割いたのが大きかったのか、息切れが混ざり出す。
「やば!?キズ野郎スタミナ切れじゃない!」
「いや、バフが切れ始めたんだ!今がチャンスだぜ!」
 観客たちも盛り返し始め、歓声が響く。
 それに気を良くしたのか、それとも勝負を決めようと。
 マルスが仕掛けたのか 二人の技の応酬は更に激しさを増す。

「食らえぇぇええええ!!」
「ぐっ、ああぁぁあああッ!!!」
 マルスのアッパーカットが綺麗に決まり、仰け反るガイウス。
 そこへダメ押しと言わんばかりに左ストレートを叩き込むと。
 彼の体は宙を舞い、舞台の上を転がる。
 倒れた彼を見守るように、ダリルベルデの刃に仰向けになったガイウスが映った。

「負けたじゃないの!!ハオどうするのよ!」
「う~ん困ったネェ、この作戦。ガイウスに勝って貰わないと成立しないのヨネ」
「んなのんきな事言ってる場合かぁ!キズ野郎!立て!!立ちなさいよぉおお!!」
「そうだぜ!立ってくれぇええええ!!」
「ガイウスーーーー!!」
 ルッツに続きバルトロメオも、さらにガイウスを応援していた観客たちが立ち上がり声援を送る。
 その声に応えるためか、ふらつきながら立ち上がると構えを取る。
 追放されてもカリスマは健在らしい、今度こそ心を折ってやろうとマルスは腕組みし笑いかける。

「ぜぇー……ぜぇー……」
「この状態でよく立てたものだ、だがあと一撃持てばいいほうだな?降参してもいいんだぞ」
「お断りだ。てめぇら五魔将のことは俺が一番知ってるんでね……!」
 ガイウスは痛みに顔を歪めつつも、まっすぐマルスを指さす。
「一撃で決める……!」
 その言葉にマルスは鼻で笑う。

「この状況でか? 貴様がどれだけ粋がろうと、今の貴様には何もできん!」
「そうか……だったら、試してみるか?」
 ガイウスはフラつく足取りで前へ進む。
 一歩、また一歩。
 あまりにも無防備なその姿に、マルスは嘲笑しながら拳を振り上げる。
「貴様……愚か者め! ならば潰してくれる!!」
 赤き炎を纏った拳が振り下ろされる——その瞬間。

「——待っていたぜ」
 ガイウスが、ふっと重心を後ろにずらした。
 それは、まるで風に乗るかのような動き。
 マルスの拳は、狙いを誤って空を裂いた。

「なっ——!?」
 その瞬間。ガイウスの全身が、バネ仕掛けのように弾けた。
 渾身の踏み込み。
 その拳は、マルスの腹部に一直線に突き刺さる。
「がっ……!!」
 ガイウスの拳が突き刺さった瞬間、マルスの全身に衝撃が走った。
 鬼の肉体をもってしても、避けられぬ一撃。
 拳は突き刺さり、そのまま——。
 ——マルスの巨体が、宙を舞った。
「ば、ばかな……!!」
 舞台の端へと弾き飛ばされたマルス。
 観客が息を呑む。

「……酔拳とは通だネ」
 ハオが呟く、武闘の稽古としてガイウスに拳法を叩き込んだが。
 まさか酔拳をチョイスするとは。
 確かにあれは、マルスのようなパワーファイターには効果抜群だ。
「ぐ、あ……っ」
 もう動けない。体が動かない。
 マルスは膝から崩れ落ちると同時に血反吐を吐いた。
 その赤い核は瀕死である証に、危険信号を鳴らすように点滅を始めていた。

「マルス」
「はぁ……はぁー……私は、私は……」
「聞こえてるかい?」
「ようやっと上り詰められたのだ……角なしと嗤われ、追放され……」
「そうだな」
「そして……その世界へ舞い戻り……私は……!」
「……マルス」
「はぁー……はぁー……」
 マルスは肩で息をしながら、舞台に寝転がったまま。
 ガイウスは追い打ちもせずただ静かに。彼の目の前でしゃがんで覗き込む。

「この顔の傷、お前がつけてくれたな」
「はぁ……は……ぁ……」
「ようやくてめぇに一本とれたな」
 ガイウスの言葉にマルスの表情が変わる。
 激痛に顔を歪めているのは同じなのだが。
 まるで何かに納得したような。何かに安堵するような、穏やかな笑顔だった。

「そうか……私は、敗けたか」
「あぁ。そうだ」
「ガイウスよ、1つ約束してくれ、私の名を……後世に語り継いでくれ、50年先も、100年先も」
「安心しな、こんだけやらかしたんだ。フーロンを滅ぼそうとした大悪党として語り継がれるだろうよ」
「フフ……そうだ、な……見事、見事……だ」
 マルスは大悪党としてであるが、歴史に名を残すという自身の夢が叶ったことに満足し。
 苦痛に耐えながら微かに微笑んでいるようだった。
 そして、向こうから黄泉送りの為ハオが近づこうとしたのを横目に見て手で制す。

「構わんハオ。地獄には私の手で逝く」
「マル……寛寧様!」
「さらばだ」
 五魔将になる前の名を呼ばれ、ずいぶん久しぶりに呼ばれたという顔をしつつ。
 マルスはそれまで脱力していた姿から一転、自身の核を指で挟むとそれを自ら引き抜いた。
 摘み出した自身の核にフッと笑ってみせると、それを握りつぶす。
「マルス!!」
 ネプトゥヌスの声が舞台に響くと同時に、彼の肉体は燃え上がり。
 やがて、炎は灰となり……消滅した。
 時が止まったかのように静まり返る舞台上、皆の視線の先で。
 炎は風に吹かれて消えていくように静かに消え去った。

「……決まった。これで俺も老師の仲間入りかぁ?」
 ガイウスがそうおどける、五魔将マルスは倒れた。
 同時にネプトゥヌスは演舞の終了を告げるように泡の結界を解除する。
 舞台はマルスが先程まで暴れ狂っていた証に。
 柱は焼け焦げ床は煤で汚れていた。
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