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プロンプト・ゼロ
PROMPT-再び、今度は未来へ
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闇病院の夜は、どこか物語の外にあるような、静けさに包まれていた。
ナノシティの喧騒や幸福庁のアナウンスなど、ここまで届いてこない。
照明はほとんど落とされ、壁の一部では配線がむき出しになっている。
それでも、病室の壁には小さな花柄のカーテンが揺れ。
ベッドの隅には丁寧に折りたたまれたブランケット。
そして、ほの暗い廊下に――
ふと、かすかに古いラジオの音が流れ出す。
「──♪カーテンが揺れる 理由を知らずに…」
どこかで誰かが持ち込んだカセット型の旧式受信機。
雨音混じりの懐かしいメロディが、病院全体をそっと包むように広がっていく。
フォウはランタンを手に、廊下をゆっくりと歩いていた。
灯りの輪郭はやさしく、しかしその表情はいつも通りの微笑みを湛えている。
何も知らない無邪気さではなく、すべてを知った上での“それでも”という笑みだ。
病室の扉をノックし、小さく開けると、そこには年老いた男がいた。
ベッドの上、片足の代わりにブランケットが無造作に置かれている。
「……ああ、いよいよ“回収”か」
老人は天井を見つめながらぼそりと呟く。
「どの道、何処の病院でも“治療不可”って匙を投げられた身体だからね」
「潮時ってやつだ。痛くないだけマシさ」
フォウは明るく笑い、近づいて彼の肩をぽんと叩いた。
「何言ってんの、おじいちゃん。ここのカレー食べるまでは“回収”禁止だよ?」
「次の分、“昭和レシピ”で煮込むんだから。絶対美味しいやつ」
老人は笑った。泣きはしなかったが、まぶたの奥がわずかに濡れていた。
反対側のベッドから、小さな声が上がる。
「フォウお姉ちゃん……“回収”って、どこに連れていかれちゃうの?」
「この心臓、治してくれるの……?」
声の主は、心臓疾患を抱えた幼い少年。
目元に張られたセンサーの数が、彼の病状の重さを物語っていた。
フォウはほんの一瞬だけ、言葉を詰まらせる。
だが、次にはいつもの調子で答えていた。
「うーん……どうだろうね」
「でもさ、もしそこが退屈だったら、またここに戻ってきなよ」
「秘密の抜け道、教えてあげる」
「その代わり……その時は、元気な身体で、カレーもりもり食べるって約束ね」
少年はこくんと頷いた。涙のような笑顔だった。
まだ希望があるとは言えない――けれど、諦めていない笑顔。
ポットが湯を立てる音。
遠くで誰かがラジオの音量を少しだけ上げた。
その中で、フォウはランタンを高く持ち、廊下の奥へと進む。
──回収の日は、まだ訪れていない。
だが、それが“すぐそこにある未来”だと、彼女も、患者たちも、誰よりも分かっていた。
それでも、フォウは変わらない。
“絶望の未来”に微笑みで蓋をする。
それが彼女にできる、最後の魔法だった。
廊下の端、フォウがふと立ち止まり、振り返る。
花柄のカーテンが、夜風でわずかに揺れている。
笑って眠る子供。
天井をじっと見つめる老人。
その奥で、監視カメラの赤いインジケーターが点滅を始めた。
“幸福値監視中”のサイン。
フォウはそっと呟く。
「……今日が“いつもと違う夜”なら、笑顔だけは同じにしなきゃね」
──そして、数時間前。
ナノシティのスラム外れ、「ERROR:404」と呼ばれる廃倉庫地帯。
薄暗いガラクタの山の中、ひとつのブラウン管テレビがぽつんと置かれていた。
Patchが宝物のように抱えてきたもの。今は誰も近くにいない。
なのに、その画面が――突然、ノイズ混じりに“勝手に”点いた。
白と黒の波が走る画面に、見覚えのない風景が浮かぶ。
それは懐かしくもあり、同時にまったく知らない記憶だった。
そして、画面の中央に表示された、謎のメッセージ:
PROMPT RECEIVED:
ACCESS GRANTED: ERROR_CLASS_R-00T-L
OBSERVE: THE OUTDATED. TRANSMIT.
歪んだ未来と過去が、ひとつの点に重なろうとしていた。
月光が差し込む、静かな夜。
ベッドの上でユピテルは大の字に寝転がり、無防備な寝顔をさらしている。
その傍ら――雷の刀、“舞雷”がピリ……ピリ……と震え始めた。
「んァ……なンだい舞雷……?」
寝ぼけ声で目をこすりながら、ユピテルがぼやく。
「まだ2時だぞぉ……また電磁ノイズでも拾ったのかァ……」
だが次の瞬間。
刃が鞘から独りでに抜け、空間に細い“ひび”を走らせる。
部屋の空気が反転し、まるで空間そのものが裏返ったかのように歪む。
その“断層”の奥に、ちらりと見えた。
紫の空。電磁ノイズの雨。朽ちた鉄の街――
30世紀、“ERROR:404”の影が一瞬だけ、この世界に顔を覗かせた。
ユピテルは目を細め、唇の端をゆっくりと吊り上げた。
「おや……面白くなりそうだねぇ」
目が完全に覚めた。
獲物を見つけた狩人のそれだった。
「ちょっと起こしてくるわ、ロートルたち」
ユピテルは寝室の扉を静かに閉め、ベッドの方を一瞥した。
青いシーツに沈んだカリストは、軍帽もなく、制服でもなく、
解いた銀髪が枕に広がって――どう見ても「眠る乙女」だった。
※男
「……カリストぉ」
呼びかけはしたが、反応はない。
そりゃそうだ。時計はまだ2時を少し回ったところ。
「まぁ寝てるよな。2時だし」
起こす気は最初からない。
それを一番よく分かっているのが、壁際の氷哭だった。
立てかけられた刀身から、相変わらず静かな冷気が漂っている。
近づくな、だが害意がないなら許す――いつもの“弟刀”の距離感。
机に向かい、ユピテルは紙を一枚取り出す。
ペンを走らせる手は、驚くほど慣れていた。
――――――
しばらく席を空ける。
エンヴィニアのアレだ。
心配するな。
――――――
以上。
だがそれでいい。
振り返ると「ほぼ銀髪美少女」化したカリストが、相変わらず無防備に眠っている。
起きてメモを読んで、一瞬だけ荒れて、次の瞬間には全部理解する。
叫ぶ前に理由も、期間も、危険度も、全部把握する。
そういう男だ。
ユピテルは満足そうに頷き、静かに部屋を後にした。
氷哭の冷気が、扉が閉まるまで、きっちりとその背を見送っていた。
----
《午前2時、シャドウヒル荘・共用リビング》
深夜だというのに、照明は無意味に全開。
人工照明だけが元気に輝く空間に。
集まったのは全員寝起きのゾンビだった。
レイスは片目だけを開け、スマホをぼんやりと掲げる。
「まだ2時なんだが……電車止まってたんだが……」
「通知鳴ってたから来たけど、Uberも来ねぇよ?魔界アプリ死んでんのか?」
プルトは唯一と言っていいほど完全装備で登場していた。
紅茶片手に、寝癖ゼロ、表情もブレなし。
「なんです?私はこの時間が基本稼働時間ですが」
「他の皆さんは……見たまま“廃”ですね」
睨まれるが、誰も反論できない。
ヴィヌスはふわふわの寝巻き姿、ボサボサの銀髪を無造作に縛って腕を組んでいた。
「2時に起こすとか非常識すぎ……最低……」
「ユピテル、あんたの雷で目覚めるとか悪夢でしかないからね?」
そこへスプーンを持ったまま突進してきたのはサタヌス。
「待て待て待て待て!!俺焼きそば食ってたんだけど!!」
「冷蔵庫の“天かすオンリーver”!やっと見つけたのに!!」
当の本人、ユピテルはというと――すでに完全覚醒。
舞雷を指先でくるくると回しながら、ニヤついていた。
「……で?」
「そんなことより、“面白いもんが見えた”っつってんだよ俺はァ~~」
「未来が呼んでんの。行くっきゃねぇだろ?」
プルトはそっと顔を上げる。
「まさかまた……時元斬りですか?」
「もうやらないって、“夜のティータイム”で誓いましたよね?」
「誓った覚えはねェな。誓わせたのはお前だし?」
そう言って、にやりと笑うユピテル。
次の瞬間、雷が走るように――彼は刀を天に掲げた。
「時元…斬ン!!!」
空間が裂けた。現実に切り口が走り、“未来”の匂いが漏れ出した。
五人の姿は瞬時に飲み込まれ、部屋から掻き消える。
「あッッッ俺まだ……着替え──」
「せめてメイクだけぇぇぇ!!」
「ソースがぁぁぁあああ!!!」
「またこうなると思いました……」
「くわばらくわばら──じゃ、行ってらっしゃァいッ!!」
──次に彼らの足が着くのは、30世紀・コードユートピア。
幸福値で塗り固められた、最も冷たく、最も矛盾に満ちた理想郷の只中である。
ユピテルの一声で“時”が裂け、
雷鳴とともに五人の姿が現代から掻き消えてから、数分後――。
リビングに、静かな足音が響いた。
「……君たちぃ」
寝巻きの上から羽織った神官服のすそを引きずりながら、
半開きの目と、完璧なイントネーションで、メルクリウスが現れる。
深夜テンションに情緒が追いついていない。
「こんな深夜に騒ぐなんて……非常識だよ……」
彼は誰に言うでもなく呟きながら、部屋を見渡す。
だがそこにいたはずの五人は、誰一人として残っていない。
代わりに――空間にはまだ、“斬られた跡”が微かに残っていた。
「……おや、いない…そしてこの魔力の残滓」
彼の目が、淡く光る。
漂う空気に紛れるように、歪んだ魔力の残香がふわりと浮かび上がり、
一瞬だけ、時計の文字盤のような形を取って消えていく。
それは彼がかつて見た、“時の歪み”と酷似していた。
「二度目ともなれば……こちらも慣れる」
独り言のように呟き、メルクリウスは窓の外に目をやる。
雷雲が遠くで鳴り、雨がまだ残る世界。
夜は深く、眠りから目覚めるものは少ない。
だが――目を覚ます者は、いつも決まって非常識の側にいる。
「……いってらっしゃい」
まるで修道士のような仕草で、静かに十字を切る。
祝福ではなく、護送のように。
あの“異常者たち”の無事を願うための、どこか皮肉めいた祈り。
「ガイウス君やウラヌス君には、僕が説明しておくよ」
誰にも見られていないと知っていながら、メルクリウスはにこりと笑う。
その微笑は静かで、聡明で、そして――ちょっとだけ意地が悪い。
「さて……また“未来の愚かさ”と向き合う時間、かな」
ランプの光が静かに揺れる。
時間は動き出した。いや、“切り裂かれた”のだ。
彼はまだ現代に残る。
だが、その背中には“もう一人の案内人”としての覚悟が、確かに刻まれていた。
ナノシティの喧騒や幸福庁のアナウンスなど、ここまで届いてこない。
照明はほとんど落とされ、壁の一部では配線がむき出しになっている。
それでも、病室の壁には小さな花柄のカーテンが揺れ。
ベッドの隅には丁寧に折りたたまれたブランケット。
そして、ほの暗い廊下に――
ふと、かすかに古いラジオの音が流れ出す。
「──♪カーテンが揺れる 理由を知らずに…」
どこかで誰かが持ち込んだカセット型の旧式受信機。
雨音混じりの懐かしいメロディが、病院全体をそっと包むように広がっていく。
フォウはランタンを手に、廊下をゆっくりと歩いていた。
灯りの輪郭はやさしく、しかしその表情はいつも通りの微笑みを湛えている。
何も知らない無邪気さではなく、すべてを知った上での“それでも”という笑みだ。
病室の扉をノックし、小さく開けると、そこには年老いた男がいた。
ベッドの上、片足の代わりにブランケットが無造作に置かれている。
「……ああ、いよいよ“回収”か」
老人は天井を見つめながらぼそりと呟く。
「どの道、何処の病院でも“治療不可”って匙を投げられた身体だからね」
「潮時ってやつだ。痛くないだけマシさ」
フォウは明るく笑い、近づいて彼の肩をぽんと叩いた。
「何言ってんの、おじいちゃん。ここのカレー食べるまでは“回収”禁止だよ?」
「次の分、“昭和レシピ”で煮込むんだから。絶対美味しいやつ」
老人は笑った。泣きはしなかったが、まぶたの奥がわずかに濡れていた。
反対側のベッドから、小さな声が上がる。
「フォウお姉ちゃん……“回収”って、どこに連れていかれちゃうの?」
「この心臓、治してくれるの……?」
声の主は、心臓疾患を抱えた幼い少年。
目元に張られたセンサーの数が、彼の病状の重さを物語っていた。
フォウはほんの一瞬だけ、言葉を詰まらせる。
だが、次にはいつもの調子で答えていた。
「うーん……どうだろうね」
「でもさ、もしそこが退屈だったら、またここに戻ってきなよ」
「秘密の抜け道、教えてあげる」
「その代わり……その時は、元気な身体で、カレーもりもり食べるって約束ね」
少年はこくんと頷いた。涙のような笑顔だった。
まだ希望があるとは言えない――けれど、諦めていない笑顔。
ポットが湯を立てる音。
遠くで誰かがラジオの音量を少しだけ上げた。
その中で、フォウはランタンを高く持ち、廊下の奥へと進む。
──回収の日は、まだ訪れていない。
だが、それが“すぐそこにある未来”だと、彼女も、患者たちも、誰よりも分かっていた。
それでも、フォウは変わらない。
“絶望の未来”に微笑みで蓋をする。
それが彼女にできる、最後の魔法だった。
廊下の端、フォウがふと立ち止まり、振り返る。
花柄のカーテンが、夜風でわずかに揺れている。
笑って眠る子供。
天井をじっと見つめる老人。
その奥で、監視カメラの赤いインジケーターが点滅を始めた。
“幸福値監視中”のサイン。
フォウはそっと呟く。
「……今日が“いつもと違う夜”なら、笑顔だけは同じにしなきゃね」
──そして、数時間前。
ナノシティのスラム外れ、「ERROR:404」と呼ばれる廃倉庫地帯。
薄暗いガラクタの山の中、ひとつのブラウン管テレビがぽつんと置かれていた。
Patchが宝物のように抱えてきたもの。今は誰も近くにいない。
なのに、その画面が――突然、ノイズ混じりに“勝手に”点いた。
白と黒の波が走る画面に、見覚えのない風景が浮かぶ。
それは懐かしくもあり、同時にまったく知らない記憶だった。
そして、画面の中央に表示された、謎のメッセージ:
PROMPT RECEIVED:
ACCESS GRANTED: ERROR_CLASS_R-00T-L
OBSERVE: THE OUTDATED. TRANSMIT.
歪んだ未来と過去が、ひとつの点に重なろうとしていた。
月光が差し込む、静かな夜。
ベッドの上でユピテルは大の字に寝転がり、無防備な寝顔をさらしている。
その傍ら――雷の刀、“舞雷”がピリ……ピリ……と震え始めた。
「んァ……なンだい舞雷……?」
寝ぼけ声で目をこすりながら、ユピテルがぼやく。
「まだ2時だぞぉ……また電磁ノイズでも拾ったのかァ……」
だが次の瞬間。
刃が鞘から独りでに抜け、空間に細い“ひび”を走らせる。
部屋の空気が反転し、まるで空間そのものが裏返ったかのように歪む。
その“断層”の奥に、ちらりと見えた。
紫の空。電磁ノイズの雨。朽ちた鉄の街――
30世紀、“ERROR:404”の影が一瞬だけ、この世界に顔を覗かせた。
ユピテルは目を細め、唇の端をゆっくりと吊り上げた。
「おや……面白くなりそうだねぇ」
目が完全に覚めた。
獲物を見つけた狩人のそれだった。
「ちょっと起こしてくるわ、ロートルたち」
ユピテルは寝室の扉を静かに閉め、ベッドの方を一瞥した。
青いシーツに沈んだカリストは、軍帽もなく、制服でもなく、
解いた銀髪が枕に広がって――どう見ても「眠る乙女」だった。
※男
「……カリストぉ」
呼びかけはしたが、反応はない。
そりゃそうだ。時計はまだ2時を少し回ったところ。
「まぁ寝てるよな。2時だし」
起こす気は最初からない。
それを一番よく分かっているのが、壁際の氷哭だった。
立てかけられた刀身から、相変わらず静かな冷気が漂っている。
近づくな、だが害意がないなら許す――いつもの“弟刀”の距離感。
机に向かい、ユピテルは紙を一枚取り出す。
ペンを走らせる手は、驚くほど慣れていた。
――――――
しばらく席を空ける。
エンヴィニアのアレだ。
心配するな。
――――――
以上。
だがそれでいい。
振り返ると「ほぼ銀髪美少女」化したカリストが、相変わらず無防備に眠っている。
起きてメモを読んで、一瞬だけ荒れて、次の瞬間には全部理解する。
叫ぶ前に理由も、期間も、危険度も、全部把握する。
そういう男だ。
ユピテルは満足そうに頷き、静かに部屋を後にした。
氷哭の冷気が、扉が閉まるまで、きっちりとその背を見送っていた。
----
《午前2時、シャドウヒル荘・共用リビング》
深夜だというのに、照明は無意味に全開。
人工照明だけが元気に輝く空間に。
集まったのは全員寝起きのゾンビだった。
レイスは片目だけを開け、スマホをぼんやりと掲げる。
「まだ2時なんだが……電車止まってたんだが……」
「通知鳴ってたから来たけど、Uberも来ねぇよ?魔界アプリ死んでんのか?」
プルトは唯一と言っていいほど完全装備で登場していた。
紅茶片手に、寝癖ゼロ、表情もブレなし。
「なんです?私はこの時間が基本稼働時間ですが」
「他の皆さんは……見たまま“廃”ですね」
睨まれるが、誰も反論できない。
ヴィヌスはふわふわの寝巻き姿、ボサボサの銀髪を無造作に縛って腕を組んでいた。
「2時に起こすとか非常識すぎ……最低……」
「ユピテル、あんたの雷で目覚めるとか悪夢でしかないからね?」
そこへスプーンを持ったまま突進してきたのはサタヌス。
「待て待て待て待て!!俺焼きそば食ってたんだけど!!」
「冷蔵庫の“天かすオンリーver”!やっと見つけたのに!!」
当の本人、ユピテルはというと――すでに完全覚醒。
舞雷を指先でくるくると回しながら、ニヤついていた。
「……で?」
「そんなことより、“面白いもんが見えた”っつってんだよ俺はァ~~」
「未来が呼んでんの。行くっきゃねぇだろ?」
プルトはそっと顔を上げる。
「まさかまた……時元斬りですか?」
「もうやらないって、“夜のティータイム”で誓いましたよね?」
「誓った覚えはねェな。誓わせたのはお前だし?」
そう言って、にやりと笑うユピテル。
次の瞬間、雷が走るように――彼は刀を天に掲げた。
「時元…斬ン!!!」
空間が裂けた。現実に切り口が走り、“未来”の匂いが漏れ出した。
五人の姿は瞬時に飲み込まれ、部屋から掻き消える。
「あッッッ俺まだ……着替え──」
「せめてメイクだけぇぇぇ!!」
「ソースがぁぁぁあああ!!!」
「またこうなると思いました……」
「くわばらくわばら──じゃ、行ってらっしゃァいッ!!」
──次に彼らの足が着くのは、30世紀・コードユートピア。
幸福値で塗り固められた、最も冷たく、最も矛盾に満ちた理想郷の只中である。
ユピテルの一声で“時”が裂け、
雷鳴とともに五人の姿が現代から掻き消えてから、数分後――。
リビングに、静かな足音が響いた。
「……君たちぃ」
寝巻きの上から羽織った神官服のすそを引きずりながら、
半開きの目と、完璧なイントネーションで、メルクリウスが現れる。
深夜テンションに情緒が追いついていない。
「こんな深夜に騒ぐなんて……非常識だよ……」
彼は誰に言うでもなく呟きながら、部屋を見渡す。
だがそこにいたはずの五人は、誰一人として残っていない。
代わりに――空間にはまだ、“斬られた跡”が微かに残っていた。
「……おや、いない…そしてこの魔力の残滓」
彼の目が、淡く光る。
漂う空気に紛れるように、歪んだ魔力の残香がふわりと浮かび上がり、
一瞬だけ、時計の文字盤のような形を取って消えていく。
それは彼がかつて見た、“時の歪み”と酷似していた。
「二度目ともなれば……こちらも慣れる」
独り言のように呟き、メルクリウスは窓の外に目をやる。
雷雲が遠くで鳴り、雨がまだ残る世界。
夜は深く、眠りから目覚めるものは少ない。
だが――目を覚ます者は、いつも決まって非常識の側にいる。
「……いってらっしゃい」
まるで修道士のような仕草で、静かに十字を切る。
祝福ではなく、護送のように。
あの“異常者たち”の無事を願うための、どこか皮肉めいた祈り。
「ガイウス君やウラヌス君には、僕が説明しておくよ」
誰にも見られていないと知っていながら、メルクリウスはにこりと笑う。
その微笑は静かで、聡明で、そして――ちょっとだけ意地が悪い。
「さて……また“未来の愚かさ”と向き合う時間、かな」
ランプの光が静かに揺れる。
時間は動き出した。いや、“切り裂かれた”のだ。
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