思考終端-code:UTOPIA

兜坂嵐

文字の大きさ
10 / 19
プロンプト・ゼロ

PROMPT-闇病院

しおりを挟む
闇病院・休憩室。
幸福庁の規格照明が届かないせいで、薄い紫の光が窓辺に沈んでいる。
外では電磁ノイズが絶えず空を擦り、時折ドローンの影が音もなく通過していく。

だがこの部屋だけは、どこか温かかった。
壁際にはフォウが飾った花柄ポットと、サルベージ品のレトロカレンダー。
昭和の微笑ましい女優が「今月もがんばりましょう」と笑っている。
病院というより、寂れた喫茶店の片隅のようだった。
テーブルを囲むように、フォウとPatchが座っている。
正面には、黒衣の女――プルト。
隣のソファではサタヌスが既に焼きそばを食いながら、完全にこの時代に馴染み切っていた。

フォウは紅茶を注ぎながら、じっとプルトを見つめた。
「……ところで、真ん中の黒い人は忍者?」
プルトは一拍置いて、無表情のまま返す。
「ニンジャではありませんよ。アサシンです」
「アサシンって何するの?」
フォウは首を傾げる。声のトーンは完全に無邪気だった。
プルトはため息をひとつ落とし、仕方なく説明する。
「潜入や暗殺、機密情報の入手など……裏方ですかね」

その答えを聞いて、Patchが口を挟む。
「NULLがやってることじゃねーか。忍者だろ」
一瞬、空気が止まる。
プルトの視線が宙をさまよい、彼女の表情がほんのわずかに固まった。
「…………ニンジャ……私、ニンジャ……」
「ブッッッッハハハハハ!!!」
後方のソファでサタヌスが腹を抱えて転げ回る。
「やば、やっっっべぇ!!“拗らせ美形ニンジャ”爆誕じゃんッ!!!」
フォウが「しーっ」と指を立てるが、まったく効果はない。
Patchも口元を押さえて笑いを堪えている。

ヴィヌスはそっぽを向きながら、紅茶を啜った。
「……あんたら、ほんと“世界壊し要員”しかいないのね」
そう言いながらも、口元がわずかに震えている。
ユピテルはテレビの上に腰かけ、舞雷の刃を丁寧に磨いていた。
金色の瞳がわずかに輝き、唇の端が愉快そうに持ち上がる。
「ニンジャ、いいじゃねェか。響きが可愛い」
「次から俺もそう呼ぶわ。“我らが闇夜の影、ニンジャ・プルト”とか?」
プルトの瞳がゆらめく。
「ちょっと待ってください。私は──私は……」
言葉を探すように唇が震えるが、誰も助け舟を出さない。
フォウがクスクス笑い、Patchが「決定だな」と親指を立てた。
その瞬間、彼女の運命は決まった。
“ニンジャ・プルト”

休憩室の奥。
ネオンの紫光がカーテン越しに滲み、壊れかけのモニターが微かにノイズを吐いている。
遠くでクロノチームがまだ騒いでいた。
「焼きそばどこだ!」「ソース切らすな!」「忍者違うって言ってんだろ!」――
そんな喧騒が、静かな空気の中にくぐもって響いてくる。

ヴィヌスは額を押さえ、ため息をひとつ。
「来るまでに色々あったんだけど……」
紅茶を口に運びながら、ちらと笑う。
「かいつまんで言うと、私達――二十一世紀から来たのよ」
OBSOLETEは、テーブルの上に分解したテレビの部品を並べながら、ネジをひとつ外す。
その動作は手慣れていて、どこか楽しげだ。
「へぇ、二十一世紀ってことは……」
彼女はフッと口元だけで笑った。

「九百年前の世界から来たってわけかい。
 こりゃまた、随分な──ロートルが来たもんだね」
「老人ってこと!!? 失礼よアンタ!!」
ヴィヌスが即座に立ち上がり、ヒールの音が床に響く。
「こっちは現役どころか、“未来も殺れる”わよ!?」
Patchが笑いながら、半壊したテレビの基板をいじる。
「いやいや……ロートルはナメちゃいけねぇって」
「二十世紀のジャンクは逆に売れる。
 案外、みんなレトロ好きなんだよ……どいつもこいつもな」

プルトが静かにカップを持ち上げ、横目でPatchを見る。
「……言葉の意味次第では、悪くないかもしれませんね」
「“使えるロートル”というのは──皮肉として上等です」
サタヌスはもう完全にノっていた。
ソファの背に片足をかけ、焼きそばの皿を掲げる。
「よし、じゃあ決まりじゃん! ロートルチーム爆誕!!」
「俺たち、最古にして最新のエラー因子!!!
 名前からして中二病すぎる!!!最高!!!」
ユピテルがあくびを噛み殺しながら、薄ら笑いを浮かべる。
「古くて壊れやすいけど、一番“面白い”ってワケだろ?」
「気に入ったぜ……ロートル。響きがいい」

その横で、レイスが壁にもたれてぼそりと呟いた。
「……俺たち、型落ちジャンクか。悪くないな」
OBSOLETEは煙草を咥え、火をつける。
紫煙がカレンダーの古い紙をなぞり、揺れた。
「いい名付けだろ? 感謝しな」
Patchがポケットから鉄片を取り出し、ハンマーで“R”の文字を打ち込む。
金属音が乾いた休憩室に響き渡る。
――“ロートル”。
即席の看板が壁に立てかけられた。

誰も拍手をしない、誰も祝わない。
それでも、その言葉が、全員の胸にひっそりと刻みつけられた。
彼らは呼ばれた──ロートルと。
最適でもなければ、幸福でもない。
だが、世界を一番揺らすのは――いつだって、そんな連中だった。

闇病院の夜。
雨のない紫の空が、硝子越しに淡く揺れていた。
外は静寂――だが、その静けさは生の気配を孕んでいなかった。

中庭からの風が通る廊下。
幸福庁によって“回収区域”に指定された区画の奥、
壁の照明がひとつ、またひとつと落ちていく。
ノイズを孕んだ“笑顔”が、空間そのものを歪ませた。
フォウの指先がピクリと震える。
「……きたっ!」
OBSOLETEは銃を肩にかけ、目を細めた。
「嗅ぎ付けられちまったね。幸福指数の低い匂いに、あいつら群がるんだ」

廊下の奥、子供の悲鳴が響いた。
「ママーー!!!」
フォウが振り返る。
病室のドアがわずかに開き、その隙間から白い影が滑り込んでいく。
白スーツに、金属関節で構成された義体。
顔には固定された“笑顔”のフェイスマスク。
その口元が、機械的に開閉しながら言葉を吐いた。

「幸福のためです。恐れる必要はありません」
音声は抑揚がなく、どこか祈りのようにすら聞こえた。
背中の装置には、青い文字で刻まれている。
幸福指数再調整ユニット
だが実際は――“処分装置”だった。
白スーツの手が、泣きじゃくる子供の頭に伸びる。
義指が開き、静かに発光する。

その刹那。
フォウたちの横を、ひと筋の影が音もなく抜けた。
すべてを吸い込むような闇色の布。
前髪に隠れた片目、足音すら存在しない。
彼女は静かに言った。
「……光学迷彩、ですか。さすが30世紀ですね」
白スーツが一瞬、こちらを向く。
笑顔のマスクが“変化”を読み取れないまま、微かに揺れた。

プルトの目が細まる。
「──でも、“景色にブレ”がある」
次の瞬間、黒い影が消えた。
空気が歪み、義体の顎部が内側から“破裂”する。
プルトの肘が、フェイスマスクを真下から貫いた。



粉砕された顎の内部から電流が飛び散り、エージェントは笑顔のまま膝を折った。
焦げた回路の匂い、床を這う光の残滓。
プルトは表情を変えない。
「……道具に頼った分、対応が遅いですね」
「もっと“恐怖”を知ってから来なさい」
倒れた義体のフェイスマスクは、最後まで“笑顔”のまま微かに震え。
ノイズ混じりに音声を繰り返していた。

『幸福のためです。幸福のためです。幸福の──』
背後から、誰かが息を呑んだ。
フォウは両手で口を覆いながら、かすれ声で言う。
「ニ、ニンジャさん……ガチで忍んでるじゃん……」
Patchが感嘆の声を上げる。
「うおおお、あれがニンジャの暗殺術か!?
 エフェクトも実写みてぇだ!!」
OBSOLETEは静かに銃口を下げ、薄く笑いながら煙草を咥え直した。

「……はは、笑顔で死ぬってのは皮肉すぎるよ、幸福庁」
外では、紫の空にノイズが再び走る。
幸福庁のドローンが、無数の笑顔を携えて旋回していた。
その光の雨の下、“ロートルチーム”の影が、ゆっくりと中庭に伸びていく。

闇病院――照明の落ちた廊下の奥。
焦げた義体の残骸から、まだ微弱な火花が散っていた。
硝子越しの紫の空は、不吉なほど静かだ。
幸福庁のドローンが旋回し、微細な光粒を落としていく。
“幸福値スキャン”。それが始まった証だった。

プルトは血の気のない頬をわずかに上げ、周囲を見渡した。
声は冷たく、しかし研ぎ澄まされている。
「……このエージェントは幸福値に反応しています」
「第二波、来ますよ。増援は指数パルスに連動してます」
フォウが息を呑む。
幸福庁――この都市の神経そのもの。
AIによる幸福監視システムが“悲しみ”を感知し、即座に再調整を行う。
それが「回収」の真実だった。

レイスがコートを翻す。
「よっし金髪。電気借りるぞ~~~」
端末を起動しながら軽口を叩く。
「こっちはアナログだけど……ハックは魂でやるんで」
ユピテルはあくび混じりに刀を構える。
「……おまえ、ハッカーだっけ?」
レイスは片眉を上げて、にやりと笑った。
「プルソンにクラッキングのやり方教えてもらった」
「良い子は真似しないでね♡」

その背後で、サタヌスが爆笑して床を叩く。
「お前、倫理観どこに置いてきたんだよ!!!」
ユピテルが指先を軽く鳴らすと、空気がビリッと震えた。
「好きに使えよ。俺の電気、精製度高いぜ?」
雷光が指先から流れ、レイスの端末へと接続される。
一瞬、静電気が舞い、キーボードの上に小さな稲妻が走った。
レイスの瞳が“雷色”に染まる。

「……OK、幸福指数パケット、書き換え完了」
声が低く、どこか楽しげだった。
「この病院エリア、全員“幸福MAX”扱い」
「システム上、誰も悲しんでないことになったぜ」
廊下の奥――幸福庁の増援が到着した瞬間、空気が止まった。
義体兵たちのフェイスマスクが青く発光し、

『幸福値……100%確認。再処理……対象なし。退去モード、移行開始。』

まるで糸が切れたように、ドローンも義体も動きを止める。
一体、また一体と引き返し、廊下が無音に戻った。
Patchが両手を叩いて大喜びした。
「うっわ……すげぇ……ニンジャとハッカーと雷神の共演って何!?」
「ロートル、まじでカンストしてるわ……!!!」
NULLが、崩れた義体を見下ろしながら静かに言う。
「幸福指数:詐称データ……検出不能」
「……無敵領域、確保」
その機械音声に、わずかにノイズが混ざる。
それは――笑いのようだった。

「面白いな。“感情”に敗北したか、システムが……フッ。」
Patchが即座に反応した。
「おいおいおい今笑った!? NULL今笑った!?
 俺録音してっからな!? ログ保存しとくからな!?」
NULLは一拍置き、再び無機質な声に戻る。
「否定不可。ログ保存完了」
「……だが“幸福”とは無関係。私はまだ、最適化されていない」
その言葉が、不思議なほど静かに響いた。
空間の温度が、わずかに上がった気がした。

プルトが横から一瞥し、淡々と告げる。
「……それでいいと思いますよ」
「“最適”より“選択”が美しい」
雷の残光が、窓の外の紫の夜を裂いた。
幸福庁のドローンが遠ざかり、ノイズがようやく消える。
その静寂の中で――ロートルたちは、確かに“笑った”。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

最弱弓術士、全距離支配で最強へ

Y.
ファンタジー
「弓術士? ああ、あの器用貧乏な最弱職のことか」 剣と魔法が全てを決める世界において、弓は「射程は魔法に及ばず、威力は剣に劣る」不遇の武器と蔑まれていた。 若き冒険者リアンは、亡き叔父から譲り受けた一振りの弓「ストーム・ウィスパー」を手に、冒険者の門を叩く。周囲の嘲笑を余所に、彼が秘めていたのは、世界をナノ単位で解析する「化け物じみた集中力」だった。 リアンの放つ一矢は、もはや単なる遠距離攻撃ではない。 風を読み、空間を計算し、敵の急所をミリ単位で射抜く精密射撃。 弓本体に仕込まれたブレードを操り、剣士を圧倒する近接弓術。 そして、魔力の波長を読み取り、呪文そのものを撃ち落とす対魔法技術。 「近距離、中距離、遠距離……俺の射程に逃げ場はない」 孤独な修行の末に辿り着いた「全距離対応型弓術」は、次第に王道パーティやエリート冒険者たちの常識を塗り替えていく。 しかし、その弓には叔父が命を懸けて守り抜いた**「世界の理(ことわり)」を揺るがす秘密**が隠されていた――。 最弱と笑われた少年が、一張の弓で最強へと駆け上がる、至高の異世界アクションファンタジー、開幕!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...