思考終端-code:UTOPIA

兜坂嵐

文字の大きさ
11 / 19
プロンプト・ゼロ

PROMPT-3-07

しおりを挟む
電磁ノイズがようやく遠ざかり、
闇病院の中庭にはほのかな静けさが戻っていた。
破壊された義体の残骸が雨のような火花を散らし。
その光をバックに――ユピテルが何事もなかったかのように笑った。

「ンじゃ、危機が去ったとこで改めて自己紹介行こっか」
刀を肩に担いで、まるで飲み会の乾杯前のテンションだ。
「俺はユピテルさン。雷神って言われたりもするヨ」
ヴィヌスは呆れたように髪をかき上げる。
「ヴィヌス。ロートルだからってナメないでね?」
その眼差しには戦場の火を宿したままの強さがある。
プルトは少し離れた場所で、静かに名乗る。
「……私はプルト」
短く、それ以上は語らない。
だが、その声だけで全員が一瞬だけ背筋を伸ばした。

サタヌスは焼きそばの皿を片手に、勢いよく手を挙げる。
「サタヌスだ! 焼きそば代表!」
レイスは片手をひらりと上げ、いつもの飄々とした笑みを浮かべた。
「レイスだよ、よろしく」
フォウは少し緊張したようにランタンを抱き直し、
「はじめましてっ……フォウだよ」
「この闇病院でセラピーやってるんだ」
その笑顔は、まるで暗闇の中で灯るキャンドルのようだった。

Patchがすぐにそれに続く。
「俺、Patch。闇病院に入り浸ってるジャンク屋だ」
「主に役に立たねぇモン集めてるけど、時々役に立つ」
OBSOLETEは煙草に火をつけ、紫煙越しに淡く笑う。
「OBSOLETE。幸福庁にいたこともあるが……遠い話さ」
「今は退役兵。壊すより、守る方が性に合ってる」
NULLがその隣に立ち、機械的な声で続ける。
「NULLだ。データ管理を行なっている」
数秒の間。
「……幸福指数・現在値:安定」

誰かが笑った、誰かが肩をすくめた。
夜は奇妙に温かかった。
900年前のロートルたちと、幸福の檻に生きる者たち。
時代も思想も違う者たちが、今この瞬間だけ同じ“ノイズ”の中にいた。
紫の空に、ユピテルの声が軽く響く。
「よし、これで顔合わせ完了っと。んじゃ……未来、壊しに行こうか?」

フォウが小走りに廊下を抜けていく。
その背を追うように、ロートルたちとERROR:404組が連なった。
壊れかけた蛍光灯がチカチカと点滅し、床を走る配線が足元で静かに唸っている。
廊下の奥には、幸福庁の手がまだ届かない“生の空気”が残っていた。
途中、サタヌスがぽんとユピテルの肩を叩いた。
「ところでユピテルさ、前時間旅行したときもだが俺たち何処に住むの?」
ユピテルは鼻で笑いながら、軽く肩をすくめる。
「最悪、どっかの廃墟に住めば……」
ヴィヌスがすかさず刺すように笑った。

「こいつ無計画すぎ♡」
プルトは相変わらず表情ひとつ変えずに答える。
「私は別にどこでもいいです」
フォウの前を歩いていたPatchが、思わず立ち止まった。
「いやいやいやいや」
両手を広げてツッコミモード。
「お前ら居ないと、またエージェント来たときが不安すぎる!」
Patchはフォウの方を振り向いた。

「フォウ、闇病院の病室で使ってねーとこある?」
フォウは少し考えて、指を鳴らした。
「あ。使ってない部屋?あるよ。三階の──」
少し笑って、手をひらひらと動かす。
「行ったほうが早いか。みんなついてきて!」
長い廊下を抜ける一行。
壁のポスターは色褪せ、幸福庁のスローガン〈幸福とは最適化〉の文字がひび割れている。
廃棄された医療機械の間を抜けるたび、
彼らの靴音だけが未来の静寂を乱した。

フォウがドアを開ける。
きしんだ音と共に、古びたプレートが傾く。

闇病院・病室3-07。
ドアを開けた瞬間、冷えた空気が流れ込む。
湿度も、匂いも、ほかの病室とはまるで違う。
機械油と古い血の臭いが微かに混じっている。
フォウがランタンを掲げながら、少しだけ声を落とした。
「……この部屋、ずっと空いてるんだ」
「昔ここには、“幸福庁の前身”だったDEUS社の被験者が入ってたって聞いた」
フォウは続けた。

「その人、笑いが止まらなくなって……最後は声が出なくなった」
「壁に、なにか書いてたらしくて。誰も近づかなくなったんだよ」
ランタンの光が壁を照らす。
そこには、うっすらと焼け焦げたような黒い文字が、
複数の層で上書きされていた。
けれど、そのうちの一文だけが、奇妙に鮮明だった。

« Le bonheur est la prison du miroir. »
―幸福は鏡像の牢獄。

ユピテルがゆっくりとその文に指を滑らせ、
口角を上げた。
「……人間の壊れる音だ」
光の中で、彼の金の瞳が淡く瞬く。
「芸術的だなァ。狙ってこの文体は書けないぜ」
ヴィヌスがため息混じりに呟く。
「アンタ、怖いのか感動してるのかどっちよ」
ユピテルは肩をすくめて笑う。
「壊れ方にもセンスがあるって話さ」
フォウは苦笑しながらも、どこか納得したように頷いた。

「……だから、誰もここを使わなかったんだ」
だが次の瞬間、ユピテルがくるりとこちらを向いて言う。
「なら今日から“使う”ぞ」
「笑えない部屋だろ? だったら、笑い声で塗り替えてやる」
ランタンの光が彼の背を照らし、壁の落書きが静かに揺らめいた。
その文字は、まるで“新しい記録”が刻まれるのを見ているようだった。

フォウがくすっと笑う。
「じゃ、ここが“ロートルの病室”ってことで」
Patchが工具を取り出し、ドアの上に金属プレートを打ち付けた。
〈ROOM: ROTL(ロートル)〉
打撃音が病院中に響き渡り、静寂を一瞬だけ震わせた。
サタヌスが腕を組みながらにやりと笑う。
「よし、じゃあ未来拠点・闇病院支部、開設ッ!」
レイスがコートを翻し、淡々と一言。
「……拠点名、だせぇけど嫌いじゃねぇな」
フォウは微笑み、部屋の電源を点けた。
薄暗い照明がゆっくりと灯る。
900年前の“異物”たちが、未来の病院に居場所を得た瞬間だった。

病室3-07の灯りはもう落ちていた。
フォウが用意した古いランタンだけが、薄い琥珀色の光を壁に描いている。
外は静寂。幸福庁のドローンが遠くを滑空する音だけが、かすかに響いていた。

サタヌスはすでに床に転がって爆睡している。
枕元には焼きそばの空き容器。
ヴィヌスもソファに長い髪を散らして眠りにつき、寝息は穏やかだ。
ユピテルは相変わらずベッドの端で舞雷を抱いたまま、
微笑んだまま眠っていた。
夢の中でも、きっと雷を斬っているのだろう。
残っていたのは、レイスとプルト。

窓の外――ナノシティの夜景は、不自然なほど美しかった。
星の代わりに浮かぶホログラム広告。
幸福庁の巨大なマークがビル群に映り込み、
遠くの空を照らすのは、無数の“笑顔”のネオン。



プルトはベッドの上で三角座りし、ロングブーツを脱いだ素足を抱きながら窓を見つめていた。
その姿は、まるで獣が休息の合間に夜気を嗅ぐようだった。
闇に慣れた瞳が、人工の光を冷静に計測している。
レイスは小さく息をついて、隣のベッドの影から彼女に声をかけた。
「あれ、エッフェル塔だよな」
プルトは首をわずかに傾けてから、短く頷いた。
「……そうだな」

彼女の視線の先、黒い鉄骨の塔がまだ街の中央に立っていた。
だがその頂上には、幸福庁のマークが新たに掲げられ、
全体は銀色の光管で補修されている。
もはや“鉄塔”ではなく、“電脳アンテナ”と化していた。
レイスは窓越しに煙草を回すように指を動かし、低く笑った。

「30世紀のパリ……か」
街の光が瞳に反射する。
そこに、ほんの一瞬だけ懐かしさが滲む。
「どんな地獄か、楽しみだ」
プルトは何も言わなかった。
けれど、わずかに唇の端が動いた。
それが微笑だったのか同意だったのか、レイスには分からない。

窓の外では、幸福庁のドローンが一機。
彼らの部屋の窓を静かにスキャンしていた。
幸福指数――“安定”。
だがこの部屋だけは、夜そのものが、ほんの少しだけ息をしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

最弱弓術士、全距離支配で最強へ

Y.
ファンタジー
「弓術士? ああ、あの器用貧乏な最弱職のことか」 剣と魔法が全てを決める世界において、弓は「射程は魔法に及ばず、威力は剣に劣る」不遇の武器と蔑まれていた。 若き冒険者リアンは、亡き叔父から譲り受けた一振りの弓「ストーム・ウィスパー」を手に、冒険者の門を叩く。周囲の嘲笑を余所に、彼が秘めていたのは、世界をナノ単位で解析する「化け物じみた集中力」だった。 リアンの放つ一矢は、もはや単なる遠距離攻撃ではない。 風を読み、空間を計算し、敵の急所をミリ単位で射抜く精密射撃。 弓本体に仕込まれたブレードを操り、剣士を圧倒する近接弓術。 そして、魔力の波長を読み取り、呪文そのものを撃ち落とす対魔法技術。 「近距離、中距離、遠距離……俺の射程に逃げ場はない」 孤独な修行の末に辿り着いた「全距離対応型弓術」は、次第に王道パーティやエリート冒険者たちの常識を塗り替えていく。 しかし、その弓には叔父が命を懸けて守り抜いた**「世界の理(ことわり)」を揺るがす秘密**が隠されていた――。 最弱と笑われた少年が、一張の弓で最強へと駆け上がる、至高の異世界アクションファンタジー、開幕!

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...