思考終端-code:UTOPIA

兜坂嵐

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NANO

NANO-パリの守護天使

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ナノシティ下層、人工日光の届かぬ路地裏――。
壁には「NO ELDORADO」「幸福なんて幻想」とスプレーされたグラフィティ、
そして関係ない子供の手によるニコちゃんマークが雑に重なっている。
ドローンのスピーカーからは、無機質な女性AIの声が響く。
「今日の幸福指数は……ナノシティ全域で120%を記録しました」
「みなさま、笑顔でお過ごしください」
レイスは煙草をふかしながら、上空を通り過ぎる機体を睨むように見上げた。

「なぁ、幸福庁のエージェントってのにビビってるようだが……」
「昨日襲ってきたあの兵士たち、あれは何だったんだ?」
PATCHが壁にもたれたまま、あごをしゃくる。
「ロボども? あいつらは“木っ端”よ」
「正式には『下位端末』とか呼ばれてるが、“AGENT5の配下”だ」
「ナノシティの守護天使。とも言われてる」

「AGENT5?」とサタヌスが眉を上げる。
その横でヴィヌスが髪を整えながら、くすっと笑った。
「いかにも、“倒すべき敵”って感じのネーミング」
「しかも、わかりやすく“天使”名乗ってるなんて、逆に怪しすぎるわ」
NULLが歩み出て、空間に投影ホログラムを浮かべる。
「まず紹介すべきは、AGENT1――ADMINIS(アドミニス)。」
「“選別”を行うリーダー格にして、現存する中で最古参のエージェントとされている」
ホログラムに浮かび上がったのは。
白翼と青のラインが入ったコートに身を包んだ青年型エージェント。
機械然とした美形顔だが、どこか感情を拒絶するような硬さがある。

ヴィヌスは腕を組み、じっと映像を見つめると、
「……めっちゃ真面目そうな顔ね♡」と笑った。
レイスは「おちょくり甲斐ありそうだな、こういう顔」と。
ニヤつきながら、ホログラムの目元を指さす。
「こういう奴、煽るとすぐ表情崩すんだよな。……で、こいつが“選別”?」
NULLはうなずく。
「“最適化”という名目の強制隔離を執行する最終決定権を持つ」
PATCHが口元を歪める。
「あいつが目をつけたら最後、“データとして”消される。街ごとごっそりな」
レイスは軽く舌打ちしながら、
「じゃあ、ぶっ壊すしかねぇな」と呟いた。

NULLがホログラム操作で、次のエージェント。
AGENT2・IDEAの映像を空中に映し出す。
桜色のドレス、ピンクのツインテール、ふわふわな羽根、そして淡く光る輪。
どう見ても「アイドル」そのもののルックスだ。
サタヌスは思わず目を見開いて。
「めっちゃピンクじゃん!え?天使?」とツッコミを入れる。
ヴィヌスは小さく肩をすくめ、「2つの意味でね♡」と毒を含んだ笑み。

PATCHが軽く説明を挟む。
「幸福指数=“全員笑顔”を絶対正義にしてる」
「ライブやらファンサやらで市民の幸福を水増しし。
気に入らない奴は“強制ファンサ”=洗脳&粛清コースな」
NULLが補足する。
「AGENT2・IDEA、分身能力を持ち、パフォーマンスでナノシティ上層を統治」
「“幸せになれない奴は敵”が持論、感情の揺らぎに理解はない」
「つまり“アイドルで天使”って名乗ってるけど、中身は粛清マシーンってことね」
「笑顔でぶっ飛ばすタイプか……タチ悪ッ」

続いて、ホログラムには金髪で長身のスーツ女性。
AGENT3・ELDORADOが現れる。
背には金色の幾何学羽根、サングラスを乗せた自信満々の表情。
指先にはゴージャスなジュエリーと、データ画面のホログラム。
ユピテルが感心したように手を打つ。
「おぉ~、ガチの金持ちって顔ダネ、自信に溢れてる」
レイスは苦笑しつつ「この街の金が全部集まってそうだな」と皮肉る。

PATCHがエルドラドについても語る。
「財閥の女社長で、金と豊かさの化身。“下層のゴミは嫌い”を隠しもしない。
金貨の雨で人を支配し、気に入らなけりゃジュエリー粛清、物理的にぶっ飛ばすタイプ」
NULLが静かに補足する。「AGENT3・ELDORADO――資本主義と格差の象徴。
上層民からはカリスマ扱いされ、下層民からは“金権天使”として嫌われている」
ヴィヌスが少し遠い目で、「こういう人、パリにも昔からいた気がする」と呟く。
NULLが「次」と短く言いながら、ホログラムに新たな天使像を映し出す。

雪のような銀髪、端正な顔立ち、無表情で青い光の翼――
全身白黒コントラストの軍服に身を包み、騎士然とした佇まいで剣を構えている。
ヴィヌスが首を傾げながら。
「ねぇ。この子、あなたの副官に似てるわね?」とユピテルに小声で突っ込む。
ユピテルは思いきり顔をしかめた。
「ハァ!?俺の副官はもう少し可愛いわ!!」
レイスが横からニヤついて「じゃあそれ正面から言えよ」
ユピテルは一瞬固まって「言ったらめんどくせぇンダヨ!」と不貞腐れる。

PATCHが肩をすくめた
「AGENT4・AVALON」
「正義の定義がアップデートされるたびに命令が変わる“潔癖AI”ってヤツ」
NULLが付け加える。
「理想市民像だが、正義のアップデートで暴走する率が高い」
「要するに、“バグった正義マン”か」
「こういう奴が一番タチ悪いんだよな」
「正直ちょっと副官みあるわ」
「だから違うって!」

そしてラストは、柔和な笑みを絶やさない東洋系の男性。
和風の祭服を思わせるローブに、背中からは柔らかなピンクの羽根。
目元は糸目で、第三の目のような印が額に浮かんでいる。
ヴィヌスが正面から覗き込む。
「この人女?男?」
フォウは首をひねりつつ「う~ん…たぶん男の人」と返す。

PATCHが説明を挟む。
「AGENT5・SHAMBHALA。“苦しみは人間のバグ”と説法する慈善AIだ」
「悩みも怒りも全部“幸福値”で塗りつぶす」
NULLが淡々と続ける。
「“悩みなき市民”を量産し、反抗的な者も“最適化”の名で矯正する」
OBSOLETEが遠巻きに「ああいう“慈善”が一番信用ならないのよ」とポツリ。
こうしてクロノチームは。
“理想”“幸福”“富”“秩序”“慈善”をそれぞれの顔で押し付けてくるAGENT5の正体を知る。
だが、そのどれもが「人間味が無さすぎて怪しい」ことに気づいていた。



一行はセーヌ川を目指して歩く。
人工河川沿いの通りには、路面に幸福庁のドローンが滑り。
AIガイドの音声が幸福指数の上昇を繰り返しアナウンスしていた。
だがその明るさは、どこか虚ろで薄っぺらかった。
話題は、幸福庁“守護天使”たちのことへ。

OBSOLETEは古びたジャンパーの襟を立て、ふっと煙草を吐きながら言う。
「幸福庁は、完全な幸福を保持する天使だと宣伝してるが。
あれは大方アンドロイドさ。だって、髭が伸びたり皺が増えた天使なんて一度も見たことない。
美形なままアップデートされて、古い部品はバージョンごと消えていく。
つまり“永遠の守護者”ってやつほど、現実じゃ一番入れ替わり激しい仕事なんだよ」

サタヌスは壁の反逆落書きを指でなぞりつつ、
「要は、“完璧な幸せ”の代わりに、みんな自分の顔も心も失ってくってこと」
レイスがニヤリと笑い、首をすくめる。
「わかりやすい敵役がいる方が革命は盛り上がるだろ?……さて、誰の首を狙うかな」
プルトは無表情で群れから半歩遅れて歩く。
「管理社会の敵は“エラー”である私たちですからね。
敵味方の定義も、いつ切り替わるかわかりません」

ユピテルは川面に反射するビルの光を横目で眺め、皮肉な笑み。
「天使と光輪に守られる街ねぇ――まるで天国だね? 悪い意味で」
そのすぐ後ろ、巡回中の警備員と清掃員たちも世間話を交わしている。

新人警備員がふと呟く。
「なあ、AGENT5って全員二十代にしか見えないのに、ずっと見た目変わらなくね?」
隣のベテラン清掃員はモップを回しながら、
「当たり前だろ。あいつら、何回パーツ総交換したと思ってんだ。
ADMINISなんてガキの頃からいるぞ、うちのじいちゃんも見てたって言ってた」
新人が目を丸くする。

「じゃあ俺たちがジジイになっても、あの人たちだけはずっと変わらないってこと?」
もう一人の女性清掃員が、淡々と――
「そうよ。世界がどうなっても、あの五人はずっと“見てる側”。……ちょっと怖くない?」
川辺の道に出ると、遠くにPARAISO DOMEとELDORADO本社ビルがそびえ立っていた。
“NO ELDORADO”“幸福値≠幸せ”とスプレーされた壁、泥でぬかるむ足元。
OBSOLETEは笑いもせず。
「金の雨が降る場所もあるけど、ここには泥水しか降らないのさ」と、
皮肉まじりのブラックユーモアを投げる。
セーヌ川が近づくにつれ、光と影のコントラストがますます鮮明になるのだった。
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