思考終端-code:UTOPIA

兜坂嵐

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NANO

NANO-ジャポネ・レストラン

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店内はレンガ壁に木のテーブル、和紙とステンドグラスのランプが混在する独特の空間。
カウンター奥から「いらっしゃい!」と威勢のいい声が響く。
店主は笑顔のジャポネーズ――日本生まれの父。
厨房ではフランス訛りのナノジェンヌ妻が野菜を刻んでいる。

OBSOLETEは慣れた様子で。
「テーブル席借りるよ。ここだここ、上層のフレンチより沁みる」と真っ先に奥の窓際を陣取る。
サタヌスはメニューを広げながら「へぇ~楽しみ」と目を輝かせる。

ヴィヌスは店内をきょろきょろ見渡し。
「確かに、アルルカンで見るのと少し…いや、だいぶ違うわね」と呟く。
壁にかけられた和傘や、BGMで流れるアコーディオンと尺八の混合曲。
そのタイミングで、ウェイトレスの少女がトレイを抱えてやってくる。
「主食はごはんにしますか?バゲットにしますか?」と、屈託ない笑顔で問いかける。
フォウはちょっとだけ緊張しながら、「えーと…ば、バゲットかな」と答える。
サタヌスは「オレはごはん!パンも追加で!」と即答。

ヴィヌスも楽しげに「じゃあ私は両方いただくわ」とオーダーする。
レイスは肩をすくめつつ。
「まあ…せっかくだし、ご飯とバゲットの“合わせ盛り”で」と適当そうに頼んでみせた。
厨房では、ナノジェンヌの妻がパンの山と炊きたてご飯を交互に盛り付け。
店主は味噌スープとコンソメポットをテーブルへ運んでくる。

メニューには、
・ミソスープ・ナノ式
・オム・タマゴサンド・ド・パリ
・ジャポネーズ・クロックムッシュ
・カマンベール&しらすピザ
・豆腐フレンチフライ
・抹茶モンブラン

など、和と仏が混ざったB級グルメがずらりと並んでいた。
下層エリアの片隅でしか味わえない、あたたかくて不思議な昼の始まりだった。

テーブルに料理が運ばれるころ、壁際に貼られたテレビが青白く光り始める。
サタヌスが指をさしながら「あ、まただ。貼るテレビ」とつぶやく。
ヴィヌスも「ほんとに30世紀じゃテレビって貼るものなのね…」
感心しているのか呆れているのかわからない顔。

画面の中ではELDORADO財閥の女社長。
豪奢なスーツとサングラス姿でインタビューに応じていた。
語気だけはやたら強く、どこか内容の伴わないスローガンが流れていく。
「我々ELDORADOは、全市民の幸福と発展のために――」
「ナノシティに栄光あれ!」
厨房でだし巻き卵をくるくると巻いていたジャポネーズの男。
テレビの音を背に、やれやれと目を閉じる。

「メガコーポの社長ってのは、大体あぁいうことをいうのさ」
「ミサイルを撃つ直前だってな」
彼の声には、世間の裏も、ディストピアの皮肉も。
すべて見抜いたような苦笑が滲んでいる。
クロノチームの面々も、しばしテレビを見つめ、
「“幸福”の押し売りは、ほんと薄っぺらいわね」とヴィヌスがぼそり。
「とりあえず、食ってる時ぐらいは戦争しないでほしいよな」
貼るテレビとB級グルメ、そして“上からの幸福”。
ナノシティの日常の中に、静かに生きる強さだけが漂っていた。

サタヌスはバゲット片手に、ふと真顔で尋ねた。
「ヴィヌス」
ヴィヌスが振り向く。「何?」
「メガコーポってなんだ?」
その瞬間、ユピテルが箸を落としかけて盛大にツッコむ。
「お前まずそこからか!?」
プルトはクロックマダムを静かに切り分け。
黄身がとろりと流れ出るのを確認してから一口運ぶ。
味を確かめるように咀嚼し、淡々と続けた。

「地球で言えば……こういう会社が“メガコーポ”です」
ナイフを置き、指を折りながら挙げていく。
「まず Google。検索、広告、OS、地図、クラウド。
 “知る”という行為そのものを握っています」
サタヌスは目を丸くする。
「調べ物の会社だろ?」
ユピテルが鼻で笑う。
「調べ物“だけ”で世界は支配できねぇよ」
プルトは気にせず続ける。

「Amazon。物流、流通、クラウド。
 物を買う、物を届ける、データを動かす。
 戦争になれば、まず押さえられる場所です」

「Meta(旧Facebook)。人間関係と世論。
 誰が誰と繋がり、何を信じるかを最適化する」

「Apple。端末とエコシステム。
 “何を使うか”ではなく、“どう生きるか”を設計する企業」

ヴィヌスがワインを揺らしながら、低く言う。
「国より先に、人の生活に触れてるわね」
プルトは最後に、クロックマダムをもう一口。
「そして、こうした企業が連携すれば……」
「法律より速く、選挙より静かに、国の形が変わる」
サタヌスは少し黙ってから、ぽつり。
「……それ、国じゃなくて会社って言うのか?」
プルトは一瞬だけ視線を上げる。

「名前が違うだけです。やっていることは同じ」
厨房の奥で、だし巻き卵を焼いていた日本人店主が、何も言わずに火を弱めた。
その沈黙が、“メガコーポ”という言葉の重さを、誰よりも雄弁に物語っていた。
食後のざわめきが落ち着いたころ、ナノジェンヌのマダムが。
トレイにカフェ・オ・レを乗せて戻ってくる。
陶器のカップから立ち上る湯気は、さっきまでの重たい話を少しだけ和らげた。

「だからうちの人、メガコーポが嫌いなの」
砂糖壺を置きながら、さらっと言う。
感情をぶつけるでもなく、愚痴るでもなく、
“事実”として語る声音だった。

「ジャポネってね、ナノっ子より大人しい人が多いの」
「でも……根に持つって有名よ?」
サタヌスがカフェ・オ・レを受け取りながら首をかしげる。
「ん? じゃこの店、食材は財閥に依存してないってこと?」
マダムは微笑んで、短く答えた。

「Effectivement」
その一言に、誇りも覚悟も全部詰まっていた。
「だから下層市民にとって、あのビルはね」
窓の外、遠くに見えるELDORADOの塔をちらりと見て、続ける。
「どんなに世界に影響があろうと――」
少し肩をすくめて、結論だけを落とす。

「ただの塔でしかないのよ」
豪奢なビルも、世界を動かす看板も。
一杯のカフェ・オ・レの前では“風景”でしかない。
サタヌスは一口飲んで「……あったまるな」とだけ言った。
ヴィヌスは静かに微笑み、プルトは何も言わずカップを両手で包む。
ナノシティの下層で生きるということは、巨大なものを否定することじゃない。
必要ないものを、必要ないと判断できる強さを持つことなのだと、
この店は何も説かずに教えていた。

帰り道、自然と足は大通りへ向かう。
やがて視界の先に、あの“門”が見えてくる。

FORTUNE:GATE。



白く、完璧に磨き上げられた巨大な構造物。
埃ひとつなく、騒音も匂いも遮断された、異様なまでに整った空間。
フォーチュンゲートの向こう側には、幸福値で選別された裕福層エリアが広がっている。
フォウが小さく呟く。

「……やっぱり、入れないね」
PATCHが肩をすくめる。
「総合幸福値が年間90%以上。もう“人間”ってより……別の生き物だな」
誰も否定しなかった。
生活も、感情も、怒りも悲しみも“最適化”された人間だけが通される門。
その清潔さは、さっきまでいた下層の路地と、あまりにも対照的だった。
ユピテルは一歩引いた場所から門を眺め、興味を失ったように鼻で笑う。

「あ~つまらンネ」
そして、ぽつりと続ける。
「綺麗すぎる世界ってのはさ」
「“ここは壊れる土台です”って言ってるようなものダヨ」
誰も反論しなかった。
昼に飲んだカフェ・オ・レの温かさ、
ジャポネーズの男の言葉、“ただの塔でしかない”という現実。
それらすべてが、この門の前で一本の線になる。

クロノチームは、自然と門に背を向ける。
壊れる前の“綺麗さ”より、温度のある世界の方を選んで。
――ナノシティ散策は、ここで確かに一区切りつく。
そしてこの門は、後で必ず“壊れる側”として出会うことになる。
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