思考終端-code:UTOPIA

兜坂嵐

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NANO

NANO-心地よい闇の中で

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帰り道、ナノシティの下層をゆっくり歩くクロノチーム。
今日一日の事件、そして昼の味を咀嚼しながら、夕暮れの空を見上げる。
地平線がゆっくりとオレンジに染まりはじめたころ、
フォウがふと立ち止まり、空を指さす。
「わァ。みて!きれい」
全員がフォウの視線を追う。

遠く、高層ビル群の中でもひときわ異様な存在感を放つ黄金の塔
――偽りの富の象徴、ELDORADO財閥ビル。
昼間は冷たく威圧的だったガラスと金属の壁が。
今だけは本物の金箔のように、斜陽に包まれて輝いていた。



サタヌスが足を止めて呟く。
「なんだ、きれいじゃん」
その目には一瞬、無垢な少年の素直な感情が浮かぶ。
「だからマダムが“ただの塔”って言ったんだな」
偉大さも、醜さも、富も、反逆も。
太陽が沈むひとときだけ「金色」にしか見えない。
ヴィヌスはそっと目を細め、「本質なんて、時々“光”で全部覆い隠せるのよ」と呟いた。

プルトは髪を耳にかけ、静かに微笑む。
「それでも、塔は塔。何を重ねても、中身が変わることはない」
この瞬間だけは、ディストピアも幸福も、
すべてが美しい“色”として景色に溶けていった。
フォーチュンゲートが遠くにそびえ、
夕陽を背に“選ばれし者の世界”と“地を歩く者の世界”の境界線を、
金色の光が曖昧にしていく――そんな一瞬だった。

夕方の闇病院。
窓際の西日すらほとんど届かず、フロア全体がまるで廃墟のような薄暗さに包まれている。
壁際を歩くモブ看護師は、義手で配膳車を押しながら平然とこう言う。
「電気は生命維持と手術室に全部振ってますんで」
サタヌスはフロアに足を踏み入れるなり、声を張り上げる。

「いや。くっら!!?」
新人患者は不安げに辺りを見回し「…なにこれ、明かりほぼ非常灯だけ?」
レイスはベッドの足元で立ち止まり、天井の小さなランプを仰ぐ。
「最初に俺たちが来たときは、消灯時間すぎてるから暗いんだって思ってたが」
「夕方からずっとこの暗さなのか?目悪くならないか?」
PATCHが肩で笑いながら、そうでもないと続ける。
「いや?これが慣れるんだわ。むしろ目が冴えて、よく見えるようになる」と答える。
NULLは無機質な声で、夜行性動物のデータを引き合いに出す。

「推察――梟など夜行性動物と同じ現象が起きていると思われる」
「網膜細胞の感度上昇が人間にも起こる」
サタヌスは驚きと興味の混じった顔。
「つまりここで暮らしてる奴は、全員“夜目が効く”スキルつきってワケ?」
PATCHは「そのうち自販機の赤ランプだけで昼メシ作れるようになるぞ」と得意げに語る。
ヴィヌスは暗闇にうっすら映えるアイラインを直しながら、ぼそっと呟く。
「美の価値観も変わりそうね、“闇で映えるメイク術”とか流行りそう…」

病院の闇は、ただの不便や貧しさではなく。
“適応する人間の進化”と、“この街独特の新しい美意識”を生み出していた。
非常灯の薄明かりだけが頼りの廊下、サタヌスが声をひそめてプルトを呼ぶ。
「なぁプル公~」
プルトは無表情のまま「はい」と答える。
「アサシンってやっぱ闇討ちすんの?」
プルトは少しだけ首を傾げる。
「時間帯によりますよ。むしろ昼に襲撃するほうが多いです」
サタヌスは目を丸くする。
「え?夜に動くイメージなのに」
プルトは淡々と返す。
「サタヌス、漫画とゲームの影響を受けすぎです」
「リアルのアサシンは、漫画に描かれるよりずっとアクティブですよ」
「カリストを想像するとわかりやすいです」
――サタヌスの脳裏をよぎるのは。
白昼の人混みの中、まったく動じず発砲するカリストの姿。
バレることを1mmも気にせず、群衆のど真ん中で“真顔”のまま銃を下ろす。
圧倒的な鋼メンタル――“闇討ち”のイメージなんて一撃で吹き飛ぶ。
「たしかに…カリスト想像するとわかるわ」
サタヌスは苦笑混じりに呟く。

「じゃあ闇討ちって…」と重ねると。
プルトはそっけなく、「映画の演出です」と流す。
「私が暗い場所を好むのは、アサシンだからじゃありません。もともとの気質です」
サタヌスはぽかんとしたまま「えー……そっちのがコワくね?」
プルトはわずかに肩をすくめる。「明るいところだと落ち着かないんです」
NULLが口を挟む。
「同意。過剰な照明は精神的ストレスとなる場合が多い」
プルトはいつもよりほんの少しだけ、目を細め。
“闇”に身を置くことの、静かな安堵を感じていた。

夕闇が病院を包む中、ヴィヌスが真面目な顔でフォウに問いかける。
「フォウ、一日のタイムスケジュールを確認したいんだけど」
「私たち何時にご飯を食べて、何時に寝て。お風呂は何時に入っていいの?」
フォウは指折り数えながら答える。

「うん、夕食は18時。消灯時間は21時から」
「お風呂はね、19時以降は衛生のためシャワーだけになるよ」
サタヌスはため息まじりに肩を落とす。
「マジで病院暮らしって感じだぜ…」
ユピテルはさっそく立ち上がり。
「ンじゃ俺風呂から先入るネ」
「シャワーだけだと物足りなくテネ」と自分だけ素早く風呂場へ向かう。
ヴィヌスは手帳に予定を書き込みつつ。
「規則正しいのも悪くないけど、自由時間はどれくらいあるのかしら」
と少しだけ首を傾げる。
フォウは微笑んで「日が沈んでからは、みんなでカードゲームや本を読んだり」
「消灯まで自由に過ごしていいんだよ」と付け加える。
“病院暮らし”のルールに順応しながら。
それぞれが自分なりのペースで一日が終わるのだった。

長く伸びる影の先、静かな足音がこちらへと向かってくる。
その男は白衣を翻し、病棟の闇に溶けるような微笑を浮かべていた。
レイスは立ち止まり、煙草を唇に咥えたまま相手を見た。
「おや。早めのご帰宅だったね」
院長──ルイ・シャルル・ド・フランス。
白金の髪をなびかせ、上等な貴族のような物腰で言う。
「夕食は18時からだよ」
「……この病院、暗いな」
レイスがぼそりと漏らす。

「うん」
ルイは壁の古びた木板に手を添えると、どこか懐かしそうに目を細めた。
「私の趣向だ。──タンプル塔で過ごした日々から、暗いほうが落ち着くのでね」
レイスは一瞬言葉を詰まらせた。
「うん……もうつっこまんわ。タンプル塔……暗いもんな」
その声には、呆れとほんの僅かな敬意が滲んでいた。
ルイは蝋燭を思い出すように、指をすっと滑らせる。



「蝋燭一つが、生と死を分ける夜だったよ」
「だが、いまや光は満ちすぎている」
「幸福だの、効率だの……その代わりに闇が淘汰された」
「ならば、ここだけは残そうと思ってね。影を。罪を。人間を」
レイスは煙草をくわえ直し、にやりと笑った。
「お前……そんな詩人キャラだったっけ?」
「詩人は死ぬほど読んできたからね」
「──処刑待ちの間に、ね」
そう言ってルイは微笑んだ。まるでギロチンにかけられる寸前の囚人が、
最後の洒落を口にするような、狂気すれすれの冗談だった。

レイスは肩をすくめた。
「じゃ、この病院に闇が残ってるってのは……」
「罪を浄化するためさ」
「今日も、母マリーの首を落としたギロチンは輝いている──ふふふ」
廊下の薄闇、無駄に優雅なルイ院長。
「院長のほうがCTスキャン受けるべき」と小声で茶々入れてた看護師たち。
その台詞が――夕方、現実に戻ってくる。
レイスはルイ院長の狂気ギリギリな名言を聞き流しながら、肩をすくめて苦笑い。
「おいマジでCTスキャン受けたほうがいいぞ、院長」
本気とも冗談ともつかない、この街の“闇の正気”と。
“狂気の冗談”が、一本の線で繋がった。

廊下に満ちる静かな闇。
闇病院のナースステーション、照明はほぼ落とされ。
ただ非常灯とわずかなモニターの明かりだけが空間を切り取っている。
オフィスチェアに深くもたれかかり、プルトは缶ドリンクを静かに口に運んだ。
赤と黒のコート、無表情のまま、その横顔に一切の緊張がない。
手袋越しに缶を持つ指はしなやかで、椅子の肘掛けにはもう一本の缶が転がっている。
後ろの廊下には、配膳車を押す看護師が懐中電灯で足元を照らしながら歩いているが。
プルトは気にも留めず、自分だけの闇と静けさに溶け込んでいる。



闇に包まれた空間は、普通の人間には不安や恐怖を呼ぶはずなのに。
この場所でだけ、プルトの気配は“解放”そのものだった。
誰も話しかけず、誰も干渉しない。
ただ缶のカラカラという音だけが、深夜の病院にひそやかに響いていた。
暗殺者――けれど今は“闇”を楽しむ、一人の静かな夜だった。
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