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ELDORADO
ELDORADO-贋作
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街のざわめきが、遠くから波のように押し寄せていた。
金の雨は止まない。
笑い声と怒号が入り混じり、幸福と絶望がごちゃまぜになって広場を満たしている。
サタヌスは一歩も動かず、その光景を見ていた。
指先が白くなるほど握りしめても、あの金貨の感触だけは、消えなかった。
「……あいつは、いい事してやったって気持ちだったろうな」
声は低く、乾いていた。
レイスが煙草をくゆらせながら、何も言わずに聞いている。
サタヌスの視線は、過去の地平線の向こうにあった。
「その貴族が投げ込んだ、たった数枚のコインで──弟分が死んだんだ」
「殴られて、踏まれて……6歳だった」
沈黙。
風が一瞬だけ、金の紙片を巻き上げる。
まるで空気すら息を止めたように。
「俺はその時、わかったんだ」
「“やさしさ”なんて、気まぐれで落とされた瞬間に毒に変わるってこと」
「アイツらにとっては、施したっていう“満足”が本物なんだよ」
レイスが、煙を吐きながら目を伏せた。
「……で、お前はどうするんだ? 今回は金貨じゃなく札束だが」
サタヌスは無言で偽札を地面に叩きつけた。
札は風に舞い、焼けた地面に張り付く。
焦げた灰が、かすかに金色を帯びていた。
「同じだ。名前が変わっただけの“地獄の再放送”だ」
その声に、獣のような熱が宿る。
遠く、金の雨の中を走る群衆の影が、彼の瞳に映った。
金の雨が降り続ける。
ナノシティ下層の空気は、今や祝祭の熱気に包まれていた。
人々は笑い、叫び、踊り出す。
空から落ちる幸福を、両手ですくい上げるように。
フォウが小さく息を呑む。
「……みんな、幸せそう……」
その声に、NULLが沈んだ電子音で答えた。
「幸福度:異常上昇。統計上、不自然です」
群衆の中を、ユピテルが無言で歩いていた。
金の光に照らされたその横顔は、微かに呆れを浮かべている。
「……馬鹿らしい」
吐き捨てるように呟き、通りすがりの男の手から一枚の紙幣を奪い取った。
「おい! 何すんだよ!」
男が振り向くが、ユピテルは無視して紙幣を掲げる。
「くだらン。贋作を見抜けないで、何が芸術だ」
「……贋作?」
その言葉に、周囲の笑い声が一瞬だけ止まる。
ユピテルは口の端を歪め、紙幣を指で挟んだ。
指先に小さく電流が走る。
“バチッ”という音と共に、空気が焼ける。
本物の紙幣なら、コピー防止の虹色ホログラムが走るはずだ。
しかし――走らなかった。
紙幣の表面は、ただのインクの滲みを晒していた。
「これはねぇ、わざと偽った筆致ですよォ。いい仕事してねェなァ!」
「……なっ……」
男の顔から血の気が引いていく。
周囲にいた人々が一斉に手元の紙幣を見つめ、疑惑の波が広がる。
ざわざわと音が生まれ、空気が変わった。
「ホログラム走らねぇだろ? 本物なら“雷”が走る。──ほら見ろ、フェイク確定」
「雷!?お前誰だよ!!」
「“なんでも鑑定団”から来ましたァ、ユピテルさンでェす♡」
プルトが歩み出た。
その目は、既にすべてを見透かしている。
風にひらめく黒い外套、指先で一枚の紙をつまむ。
「……なんて出来の悪い偽札」
「紙屑で糠喜びさせるとは、いい趣味ですね」
その冷たい声が、群衆の笑いを止めた。
広場に静寂が訪れる。
拾い上げられた札束が、ひらひらと風に舞って地面に落ちる。
笑っていた者たちの顔が、次々と凍りついていく。
幸福の光は、偽物のインクの反射だった。
金の雨が、灰色の現実へと変わっていく。
フォウが小さく首を傾げた。
「……“幸福”って、壊れるとき、こんな音がするんだね」
サタヌスはその言葉を聞いて、
斧の柄を握る手に、ゆっくりと力を込めた。
プルトの冷笑が、まだ空気の中に残っていた。
群衆の顔が、次々と凍りつく。
幸福の雨は止まない――だが、笑い声は消えていた。
その言葉を聞いた瞬間、サタヌスの奥歯がギリ、と鳴った。
喉の奥から鉄の味が滲む。
胸の奥に、アルルカンの悪夢がフラッシュバックする。
金は奪い合い、笑顔は泣き顔になり――
偽物の幸福に踊らされた、あの日の自分たち。
パン耳の山を囲んで笑っていた。
“これで生き延びられる”と信じた瞬間に銃声が鳴って、弟分が倒れた。
あの金貨が、あの善意が、全部奪った。
「またかよ……」
地面を踏み鳴らす音が響く。
サタヌスはゆっくりと立ち上がり、
肩に掛けた斧を担ぎ上げた。
「こんなやり方が、“幸福”だなんて……笑わせんな!!」
斧の刃が陽光を受け、金の雨を切り裂く。
風が渦巻き、紙幣が舞う。
その全てを睨みつける瞳は、
もう“底辺”の少年ではなかった。
「金なんざいらねぇ!俺が欲しいのは、“普通の幸せ”だけだ!!」
叫びが広場を貫き、人々が顔を上げる。
偽札が地面に叩きつけられ、泥にまみれる。
「お前の施しで救われるかよ、エルドラドォッ!!」
その怒号はスラムを揺らし、ホログラム越しにELDORADOの社長室へ届く。
黄金の女神の笑みが、かすかに歪んだ。
広場の騒乱は止まらなかった。
風に舞う紙幣、逃げ惑う人々、壊れたスピーカーから流れる幸福庁の笑い声。
その喧噪を、フォウの小さな声が突き破った。
「NULL!」
彼女の目が、金の光を反射して怯えている。
NULLは既にデータリンクを展開していた。
バイザーの奥で光が走り、静かな電子音が室内に響く。
「……わかっている。ばら撒かれている箇所は特定した」
「上層エリア――幸福炉だ」
フォウの輪っかが一瞬震えた。
「幸福炉!? あの、送られた人は……みんな死んじゃうって……あの……!」
その声に、病院の奥で座っていたOBSOLETEが、煙草をくわえたまま薄く笑った。
「なるほどねぇ……さしずめ、“燃えカスの再利用”ってとこか」
ヴィヌスがその言葉に片眉を上げる。
銀の髪が朝日に光り、唇に冷たい笑みが浮かぶ。
「貧民は燃えカスで糠喜びしてなさいってこと?……ほんと悪趣味ね♡」
フォウは顔をしかめた。
「“幸福”を作るために……“死”まで利用するなんて……そんなの、神様でもないよ」
NULLが無感情に答える。
「AI神の定義では、“再利用”は倫理違反に該当しない。幸福指数が上がれば、それで正当化される」
レイスが灰を落としながら呟く。
「つまり、“死んでも笑え”ってことか。……狂ってんな」
フォウが拳を握りしめる。
「サタヌスさん、行っちゃうよね……?」
窓の外では、金の雨の中に立つサタヌスの背中が見えた。
プルトが静かにその姿を見つめている。
OBSOLETEが小さく息を吐いた。
「ま、あのガキが黙って見てるワケないさ」
「“普通を取り戻す”って顔だねぇ……いいじゃないの、勇者らしくて」
フォウの瞳がわずかに潤む。
「……普通、って……そんなに大事なの?」
ヴィヌスが軽く笑い、立ち上がる。
「世界を壊す理由には、ちょうどいいのよ」
上層エリアへ向かう道は、もはやクロノチームにとって馴染み深いものだった。
かつて英雄や富裕層だけが通れた黄金の大通り――
今は、幸福庁のドローンが警戒音を鳴らすだけの“無人の道”だ。
照り返す光が眩しすぎて、空すら金色に染まって見える。
そして、視界の先。
フォウが小さく瞬きをした。
そこにそびえていたのは、異様に見覚えのある“門”。
だが、かつての栄光を思わせる大理石ではなく、
流れる金属と高温の光が内部を満たしていた。
「……おい!アレ、凱旋門じゃねぇかww」
ヴィヌスが腰に手を当て、口元を歪める。
「やだ♡ 凱旋門を溶鉱炉にするとか、悪趣味すぎ」
ユピテルは腕を組み、皮肉めいた笑みを浮かべた。
「“凱旋”ってのは、勝者の帰還を讃える門だろ?」
「そっちの“凱旋”かぁ。いいセンスだ」
金属の門の内側では、幸福庁AIの声が無機質に響いていた。
《幸福指数上昇中……幸福を確認しました》
フォウはきょとんと首をかしげる。
「みんな、幸福炉見て何笑ってるの?」
OBSOLETEが苦笑して、肩をすくめた。
「安心しなフォウ。あたしも転生前にスマホ越しで見たことある」
「意味を知ってたら、笑うしかないのさ。あの形状は」
PATCHが隣で頭を抱えた。
「くそ~……これが“教養”ってやつか……!?」
ヴィヌスが笑いながら指を鳴らす。
「アレは“勝利の門”。“幸福”の名の下に死体を焼く門」
「芸術点はゼロね♡」
レイスが煙草を咥え、門の向こうを見上げた。
「皮肉だな。勝者の帰還門が、“幸福の終着炉”か……ほんっと、笑わせやがる」
黄金の光が彼らの顔を照らす。
燃え上がる凱旋門――幸福炉。
それは、過去の栄光を焼却するために再利用された“記憶の墓標”だった。
燃えるような黄金の輝きの下で、クロノチームは立ち止まった。
サタヌスが口角を上げ、肩に斧を担ぐ。
「フッ……凱旋か」
「勇者に凱旋は付き物だ。勇者様の凱旋っていこうぜ」
ヴィヌスが目を細めて笑う。
「私だって勇者よ? 主演奪われるのはイヤね♡」
フォウが心配そうに見上げる。
「勇者って……勝つ人のこと、でしょ? まだ誰も勝ってないよ……?」
レイスが肩をすくめる。
「そういう意味じゃねぇんだよ、天使ちゃん。
こいつの言う“凱旋”は、地獄から帰ってくるって意味だ」
サタヌスが片足を門の影に踏み入れた。
口を大きく開け、金属を震わせるような声で叫ぶ。
「おぉおい――偽札ババアァァァ!!!」
「今そっち行くからなぁァァァァ!!!」
空気が揺れる。
ナノシティ中に響き渡るほどの声量。
どこかで金属がきしみ、ホログラムが乱れる。
レイスが顔をしかめ、煙草を落とした。
「……聞こえてるだろうな、あれ」
その瞬間、空が再び光った。
上層の幸福庁中枢から、金色のコインが雨のように降り注ぐ。
心なしか、さっきより量が多い。
ヴィヌスが髪を払って笑う。
「怒らせたわね♡ ほら、見て。ご褒美シャワーよ」
PATCHがポケットを盾にして叫ぶ。
「いってぇ!なんで金属降ってくんだよォ!?」
サタヌスは斧を担いだまま、コインの雨の中を歩き出す。
「“幸福”の雨? ははっ、上等じゃねぇか……!」
金貨が彼の肩を打ち、火花を散らす。
その火花を背に、勇者たちは門をくぐる。
――勇者凱旋。
だがその帰還先は、地獄の幸福炉だった。
金の雨は止まない。
笑い声と怒号が入り混じり、幸福と絶望がごちゃまぜになって広場を満たしている。
サタヌスは一歩も動かず、その光景を見ていた。
指先が白くなるほど握りしめても、あの金貨の感触だけは、消えなかった。
「……あいつは、いい事してやったって気持ちだったろうな」
声は低く、乾いていた。
レイスが煙草をくゆらせながら、何も言わずに聞いている。
サタヌスの視線は、過去の地平線の向こうにあった。
「その貴族が投げ込んだ、たった数枚のコインで──弟分が死んだんだ」
「殴られて、踏まれて……6歳だった」
沈黙。
風が一瞬だけ、金の紙片を巻き上げる。
まるで空気すら息を止めたように。
「俺はその時、わかったんだ」
「“やさしさ”なんて、気まぐれで落とされた瞬間に毒に変わるってこと」
「アイツらにとっては、施したっていう“満足”が本物なんだよ」
レイスが、煙を吐きながら目を伏せた。
「……で、お前はどうするんだ? 今回は金貨じゃなく札束だが」
サタヌスは無言で偽札を地面に叩きつけた。
札は風に舞い、焼けた地面に張り付く。
焦げた灰が、かすかに金色を帯びていた。
「同じだ。名前が変わっただけの“地獄の再放送”だ」
その声に、獣のような熱が宿る。
遠く、金の雨の中を走る群衆の影が、彼の瞳に映った。
金の雨が降り続ける。
ナノシティ下層の空気は、今や祝祭の熱気に包まれていた。
人々は笑い、叫び、踊り出す。
空から落ちる幸福を、両手ですくい上げるように。
フォウが小さく息を呑む。
「……みんな、幸せそう……」
その声に、NULLが沈んだ電子音で答えた。
「幸福度:異常上昇。統計上、不自然です」
群衆の中を、ユピテルが無言で歩いていた。
金の光に照らされたその横顔は、微かに呆れを浮かべている。
「……馬鹿らしい」
吐き捨てるように呟き、通りすがりの男の手から一枚の紙幣を奪い取った。
「おい! 何すんだよ!」
男が振り向くが、ユピテルは無視して紙幣を掲げる。
「くだらン。贋作を見抜けないで、何が芸術だ」
「……贋作?」
その言葉に、周囲の笑い声が一瞬だけ止まる。
ユピテルは口の端を歪め、紙幣を指で挟んだ。
指先に小さく電流が走る。
“バチッ”という音と共に、空気が焼ける。
本物の紙幣なら、コピー防止の虹色ホログラムが走るはずだ。
しかし――走らなかった。
紙幣の表面は、ただのインクの滲みを晒していた。
「これはねぇ、わざと偽った筆致ですよォ。いい仕事してねェなァ!」
「……なっ……」
男の顔から血の気が引いていく。
周囲にいた人々が一斉に手元の紙幣を見つめ、疑惑の波が広がる。
ざわざわと音が生まれ、空気が変わった。
「ホログラム走らねぇだろ? 本物なら“雷”が走る。──ほら見ろ、フェイク確定」
「雷!?お前誰だよ!!」
「“なんでも鑑定団”から来ましたァ、ユピテルさンでェす♡」
プルトが歩み出た。
その目は、既にすべてを見透かしている。
風にひらめく黒い外套、指先で一枚の紙をつまむ。
「……なんて出来の悪い偽札」
「紙屑で糠喜びさせるとは、いい趣味ですね」
その冷たい声が、群衆の笑いを止めた。
広場に静寂が訪れる。
拾い上げられた札束が、ひらひらと風に舞って地面に落ちる。
笑っていた者たちの顔が、次々と凍りついていく。
幸福の光は、偽物のインクの反射だった。
金の雨が、灰色の現実へと変わっていく。
フォウが小さく首を傾げた。
「……“幸福”って、壊れるとき、こんな音がするんだね」
サタヌスはその言葉を聞いて、
斧の柄を握る手に、ゆっくりと力を込めた。
プルトの冷笑が、まだ空気の中に残っていた。
群衆の顔が、次々と凍りつく。
幸福の雨は止まない――だが、笑い声は消えていた。
その言葉を聞いた瞬間、サタヌスの奥歯がギリ、と鳴った。
喉の奥から鉄の味が滲む。
胸の奥に、アルルカンの悪夢がフラッシュバックする。
金は奪い合い、笑顔は泣き顔になり――
偽物の幸福に踊らされた、あの日の自分たち。
パン耳の山を囲んで笑っていた。
“これで生き延びられる”と信じた瞬間に銃声が鳴って、弟分が倒れた。
あの金貨が、あの善意が、全部奪った。
「またかよ……」
地面を踏み鳴らす音が響く。
サタヌスはゆっくりと立ち上がり、
肩に掛けた斧を担ぎ上げた。
「こんなやり方が、“幸福”だなんて……笑わせんな!!」
斧の刃が陽光を受け、金の雨を切り裂く。
風が渦巻き、紙幣が舞う。
その全てを睨みつける瞳は、
もう“底辺”の少年ではなかった。
「金なんざいらねぇ!俺が欲しいのは、“普通の幸せ”だけだ!!」
叫びが広場を貫き、人々が顔を上げる。
偽札が地面に叩きつけられ、泥にまみれる。
「お前の施しで救われるかよ、エルドラドォッ!!」
その怒号はスラムを揺らし、ホログラム越しにELDORADOの社長室へ届く。
黄金の女神の笑みが、かすかに歪んだ。
広場の騒乱は止まらなかった。
風に舞う紙幣、逃げ惑う人々、壊れたスピーカーから流れる幸福庁の笑い声。
その喧噪を、フォウの小さな声が突き破った。
「NULL!」
彼女の目が、金の光を反射して怯えている。
NULLは既にデータリンクを展開していた。
バイザーの奥で光が走り、静かな電子音が室内に響く。
「……わかっている。ばら撒かれている箇所は特定した」
「上層エリア――幸福炉だ」
フォウの輪っかが一瞬震えた。
「幸福炉!? あの、送られた人は……みんな死んじゃうって……あの……!」
その声に、病院の奥で座っていたOBSOLETEが、煙草をくわえたまま薄く笑った。
「なるほどねぇ……さしずめ、“燃えカスの再利用”ってとこか」
ヴィヌスがその言葉に片眉を上げる。
銀の髪が朝日に光り、唇に冷たい笑みが浮かぶ。
「貧民は燃えカスで糠喜びしてなさいってこと?……ほんと悪趣味ね♡」
フォウは顔をしかめた。
「“幸福”を作るために……“死”まで利用するなんて……そんなの、神様でもないよ」
NULLが無感情に答える。
「AI神の定義では、“再利用”は倫理違反に該当しない。幸福指数が上がれば、それで正当化される」
レイスが灰を落としながら呟く。
「つまり、“死んでも笑え”ってことか。……狂ってんな」
フォウが拳を握りしめる。
「サタヌスさん、行っちゃうよね……?」
窓の外では、金の雨の中に立つサタヌスの背中が見えた。
プルトが静かにその姿を見つめている。
OBSOLETEが小さく息を吐いた。
「ま、あのガキが黙って見てるワケないさ」
「“普通を取り戻す”って顔だねぇ……いいじゃないの、勇者らしくて」
フォウの瞳がわずかに潤む。
「……普通、って……そんなに大事なの?」
ヴィヌスが軽く笑い、立ち上がる。
「世界を壊す理由には、ちょうどいいのよ」
上層エリアへ向かう道は、もはやクロノチームにとって馴染み深いものだった。
かつて英雄や富裕層だけが通れた黄金の大通り――
今は、幸福庁のドローンが警戒音を鳴らすだけの“無人の道”だ。
照り返す光が眩しすぎて、空すら金色に染まって見える。
そして、視界の先。
フォウが小さく瞬きをした。
そこにそびえていたのは、異様に見覚えのある“門”。
だが、かつての栄光を思わせる大理石ではなく、
流れる金属と高温の光が内部を満たしていた。
「……おい!アレ、凱旋門じゃねぇかww」
ヴィヌスが腰に手を当て、口元を歪める。
「やだ♡ 凱旋門を溶鉱炉にするとか、悪趣味すぎ」
ユピテルは腕を組み、皮肉めいた笑みを浮かべた。
「“凱旋”ってのは、勝者の帰還を讃える門だろ?」
「そっちの“凱旋”かぁ。いいセンスだ」
金属の門の内側では、幸福庁AIの声が無機質に響いていた。
《幸福指数上昇中……幸福を確認しました》
フォウはきょとんと首をかしげる。
「みんな、幸福炉見て何笑ってるの?」
OBSOLETEが苦笑して、肩をすくめた。
「安心しなフォウ。あたしも転生前にスマホ越しで見たことある」
「意味を知ってたら、笑うしかないのさ。あの形状は」
PATCHが隣で頭を抱えた。
「くそ~……これが“教養”ってやつか……!?」
ヴィヌスが笑いながら指を鳴らす。
「アレは“勝利の門”。“幸福”の名の下に死体を焼く門」
「芸術点はゼロね♡」
レイスが煙草を咥え、門の向こうを見上げた。
「皮肉だな。勝者の帰還門が、“幸福の終着炉”か……ほんっと、笑わせやがる」
黄金の光が彼らの顔を照らす。
燃え上がる凱旋門――幸福炉。
それは、過去の栄光を焼却するために再利用された“記憶の墓標”だった。
燃えるような黄金の輝きの下で、クロノチームは立ち止まった。
サタヌスが口角を上げ、肩に斧を担ぐ。
「フッ……凱旋か」
「勇者に凱旋は付き物だ。勇者様の凱旋っていこうぜ」
ヴィヌスが目を細めて笑う。
「私だって勇者よ? 主演奪われるのはイヤね♡」
フォウが心配そうに見上げる。
「勇者って……勝つ人のこと、でしょ? まだ誰も勝ってないよ……?」
レイスが肩をすくめる。
「そういう意味じゃねぇんだよ、天使ちゃん。
こいつの言う“凱旋”は、地獄から帰ってくるって意味だ」
サタヌスが片足を門の影に踏み入れた。
口を大きく開け、金属を震わせるような声で叫ぶ。
「おぉおい――偽札ババアァァァ!!!」
「今そっち行くからなぁァァァァ!!!」
空気が揺れる。
ナノシティ中に響き渡るほどの声量。
どこかで金属がきしみ、ホログラムが乱れる。
レイスが顔をしかめ、煙草を落とした。
「……聞こえてるだろうな、あれ」
その瞬間、空が再び光った。
上層の幸福庁中枢から、金色のコインが雨のように降り注ぐ。
心なしか、さっきより量が多い。
ヴィヌスが髪を払って笑う。
「怒らせたわね♡ ほら、見て。ご褒美シャワーよ」
PATCHがポケットを盾にして叫ぶ。
「いってぇ!なんで金属降ってくんだよォ!?」
サタヌスは斧を担いだまま、コインの雨の中を歩き出す。
「“幸福”の雨? ははっ、上等じゃねぇか……!」
金貨が彼の肩を打ち、火花を散らす。
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――勇者凱旋。
だがその帰還先は、地獄の幸福炉だった。
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