思考終端-code:UTOPIA

兜坂嵐

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ELDORADO

ELDORADO-Aurum Gate

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 幸福炉へと続くシャンゼリゼ大通り。
 かつて“栄光の行進”と呼ばれたその道は、今や金と紙幣に埋め尽くされていた。
 上層から降り注いだ“幸福”の残滓。
 偽札とは違う、本物の金。
 だがその輝きは、もう誰の目にも眩しくはなかった。
 サタヌスは歩く。
 硬貨を踏み砕き、札を踏みしめて。
 それがまるで、腐った神の心臓を潰す儀式のようだった。

 「おい、今から叩き落としにいくぜ」
 誰に向けたわけでもなく空に向かって吐き捨てるように笑う。
 風で赤茶のスカーフが大きくはためき、その影が街灯の下で壁を覆う。

 ――翼。

 けれど、それは天使のような羽毛を持たなかった。
 代わりに、肉を抉らんばかりに研がれた爪のような突起が連なり、
 羽ばたけば風ではなく“血の匂い”を撒き散らしそうな形状。
 祝福ではなく、捕食のために進化した黒翼。
 金の道を、彼は地獄へ向けて進む。
 その一歩一歩が、世界の幸福を踏み砕く音に聞こえた。

 「勇者凱旋だ」
 サタヌスの声が低く響く。
 その笑みは、怒りでも悲しみでもなく――
 生き延びた者だけが持つ、冷たい決意だった。

 ELDORADOの声は、ホログラム越しに甘く、だが氷の刃のように鋭かった。
「やはり、来たわね、薄汚いネズミども」
「見ての通り、下層エリアにばら撒いたのは偽札。クズ紙よ♪」
 広場の空気が、そこだけ冷たくなる。笑い声が、一瞬で針の音みたいに細く切り裂かれた。

 サタヌスはゆっくりと顎を引き、手にした札束を目の前で見せつけるように掲げた。
 そして、来る途中で拾ってきた――本物の紙幣を鮮やかに、これ見よがしに引き裂く。
 紙の断片が風に舞い、金属の香りすら吹き飛ばすような咆哮が抜けた。
 その一枚は霜降り肉が買えるほどの価値がある。
 だが彼は踏み躙る。踏みにじる――それは天使への、皮肉と挑発の最高位だ。

「支配されるくらいなら、俺は死んでやる。」
 声は低く、でも震えてはいない。鋼の決意。
 ELDORADOの笑みが一瞬だけ深くなり、甘やかに舌を鳴らした。
「あらぁ、そう? でも……」
 彼女は指をすっと伸ばした。
 ドローンの視界を通して拡大された画面に、プルトの姿が映し出される。
 その黒い少女はサタヌスの隣に立ち、表情はいつもの無表情のままだった
 ドローンを通し、この二人をずっと見ていた。
 彼はこの黒い少女に従順だ、首輪の鎖を握られた犬の如く。
 ELDORADOの目はそれを映し出し、嗜虐的に笑った。

「すでに支配を受け入れているヤツの言葉にしちゃ薄っぺらいわねぇ?」
 その言葉が群衆に刺さる。
 プルトの無表情が、余計にサタヌスの心を掻きむしる。
「ほざけ!」 
 サタヌスが叫ぶ。
 斧の柄を拳でぶんと叩き、指先をELDORADOに突きつける。
「ぬか喜びさせて、上から目線で幸せ押し付けるようなクズ天使は——」
 彼の声が街を引き裂いた。砂埃が舞い、人々の息が詰まる。
 目の前で引き裂かれた金貨の断片が、血のように地面に散る。

「DELETEされちまえ!!」
 その一言は宣告であり、ラインを引く行為でもあった。
 斧を構えた指先は、ただの攻撃の合図じゃない。拒絶。境界の宣言。
 支配は、それ自体が必ずしも不幸を生むわけではない。
 双方に信頼があれば――それは共鳴でしかない。
 だが、信頼のない支配、ただの上からの押し付けは腐敗と毒しか残さないのだ。

 ホログラムのELDORADOはその場で微笑んだ。
 だがその笑みの先には亀裂が走っていた。
 観測ドローンがざわめき、スクリーンの数値が跳ね上がる。
 上層では誰かが息を呑み、下層では怒声が連鎖する。

 その瞬間、ナノシティの「幸福」の定義が吹き飛んだ。
 信頼なき支配は、全てを腐らせる。
 サタヌスの斧の影が長く伸びた。

 OBSOLETEが低く笑った。
 「天使様、ネズミを舐めたら死ぬよ?」
 「歴史の授業、知ってるかい? 黒死病は――ノミとネズミから始まった」
 ELDORADOのホログラムが、ほんの少しだけ眉を上げた。
 「そうね。だからネズミは、一匹でも残しちゃいけない」
 笑みが戻る。だがその笑みは、絹ではなく金属のきしむ音に変わっていた。

 「だから私も――いきなり本気でいかせてもらうわね♪」
 彼女が両手を広げる。
 空間がきらめき、背後の空気が歪んだ。
 「《Aurum Gate:開門(オープン)》!」
 それは扉ではなく、“黄金の次元の裂け目”だった。
 金貨の雨が重力を無視して逆流し、光の粒が螺旋を描く。
 歪んだ空間の中から、黒い金属の影が――ヌゥッ、と姿を現す。

 《Aurum Gate》――富と幸福を具現化する、女神の召喚門。

 「富と幸福は形を変える」
 「通貨、兵器、命──価値を定めた時、それは即ち“資産”」
 ELDORADOの声は冷たく、同時に陶酔していた。
 「お買い上げ、ありがとうございます♡」

 黄金の光の中から、数十挺のAK-47がゆっくりとせり出す。
 それぞれが宙に浮かび、照準をクロノチームへと揃える。
 安全装置が一斉に外れる。チャキ、チャキ、チャキ……。
 ELDORADOの長い金髪が風を切り、背後で天使の光輪が燃え上がった。



 「私の財力? 無限よ」
 「店売りの銃なんて、ナメてかかると死ぬわよ? ボウヤ」
 OBSOLETEが静かに息を吐く。
 「……AK-47。世界で最も人を撃ち抜いた銃」
 「百年経っても廃れない“設計の完成形”──いいセンスだね、天使様」

 スコープを覗く。
 だが狙うことはしない。ただ、その銃列の整然さを確かめるように。
 「……天使が撃つには、業が深すぎる代物よ」
 スナイパーは静かに銃口を下げ、敬礼の仕草を見せた。
 レイスが横で口元を歪める。
 「姐さん、それ皮肉?」

 「当然さ。」
 OBSOLETEの片目が、機械じかけの光を放つ。
 ELDORADOは微笑む。
 「人間の作った銃が、神の火力に届くと思って?」
 そして、金色の指が宙をなぞる。

 「――撃て、マイ・ウォレット♡」
 次の瞬間 《Aurum Gate》が唸りを上げ、金色の弾丸が一斉に火を吹いた。
 幸福の銃声。金の閃光。
 そのどれもが、“価値の象徴”として放たれた――。

 金属の雨が、幸福炉の空に弾けた。
 AK-47、全38挺。同時射撃。
 音速に近い鉛の弾が、光の筋を引いて降り注ぐ。
 ユピテルは楽しげに笑っていた。
 「はははッ!これ、やっべぇ~!!」
 「弾幕ゲーってやつか!? いいじゃん、燃えるねェ!」

 雷の剣が電磁を纏い、音速の斬撃で弾丸を叩き落とす。
 時に躱し、時に弾き、まるで舞うように戦場を駆け抜ける。
 その背中を追うように、OBSOLETEがしゃがみ込み、銃を構え直す。
 スコープ越しに照準が踊る。煙と閃光の中でも、指先はまったく揺れない。

 かつての彼女は、ただの女子高生だった。
 放課後、射的屋で無双していた少女。
 文化祭の射的コーナーでは、あらゆる景品を2分で殲滅。
 教師に怒られても笑って言ったという。
「的が動かないから簡単すぎるんだよね」

 ──だが、のび太との違いはひとつ。
 “実弾”に適応したこと。

 それは、人生を壊す音だった。
 撃鉄の音も、スコープ越しの呼吸も、
 彼女にとっては「教科書のページをめくる」のと同じくらい自然な行為。
「狙って、当てる。それだけ。」
 それが、彼女の青春だった。



 「“神の火力”ね……」
 吐き捨てるように呟き、ゆっくりと銃口を上げた。
 「弾丸の値段で勝負が決まるなら、戦場なんて誰も死ななかったよ」
 目が、スコープの奥で光る。
 「試してやる。退役兵の手練れ、ナメるんじゃないよ天使様!」
 ──引き金が引かれる。
 音もなく放たれた一発が、金貨を貫き、ゲートの奥を穿った。

 《Aurum Gate》の一部が、火花と共にヒビを入れ、
 AKの一挺が悲鳴のようにギシリと崩れ落ちる。
 エルドラドの顔が、一瞬だけ固まった。
 頬の笑みが消える。

 「……あら」
 フォウが後方で声を上げる。
 「わぁ……!姐さん、かっこいいぃ……!!」
 レイスがにやけながら顔を伏せる。
 「姐さん、昔の血が騒いでんな」
 「体は二周目」
 OBSOLETEは銃を下ろし、火花の中で立ち上がる。
 「……でも、腕は本物よ」

 金色の光跡と、白い煙のスナイプ軌跡。
 戦場に描かれた軌道は、一点で交差し――爆散。
 《Aurum Gate》の接続部が大きく揺れ、一部の扉が強制シャット。
 金属音がバチバチと跳ね、残った銃口が一斉に沈黙する。
 戦場が、ほんの一瞬だけ静まり返った。

 OBSOLETEはポケットから煙草を取り出し、唇にくわえる。
 ──カチッ
 火を点けるライターの音が、AKの沈黙をなぞるように響いた。
 そして、背中越しに呟いた。
 「……安物の火薬ほど、人間臭い匂いがするわね」
 弾道の軌跡は、光でも音でもなく「空気を裂く記憶」だった。

 ユピテルが耳元で手を叩きながら笑う。
「ナイスショットぉ!あの門、ぶっ壊せるってことが証明されたなぁ!」
「くわばらくわばら……女って、コワ……♡」
 レイスが目を細める。
「たった一発の弾丸で、全部ひっくり返っちまう……」
「あの鬼のおっさん(マルス)なら詳しいだろうな。革命ってヤツのやり方」
 そして姐さん――OBSOLETEは、淡々と口を開く。

「リンカーンも、ジョン・レノンも、たった一発で死んだ」
「懐かしいね。歴史の授業だけは好きだったよ」
彼女の視線はまだ照準の先を見ていた。
次の一発が、またひとつ時代を撃ち抜くことを――確信して。
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