思考終端-code:UTOPIA

兜坂嵐

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AFTER

AFTER-Bateau-Lavoir v3.0

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 幸福炉の沈黙から一夜。
 ナノシティ上層は非常電源へ切り替わり。
 主電力をDREADネットワークから供給することで体裁を保っていた。
 幸福炉による無限供給には届かぬまでも、それは“秩序”を演じるには十分すぎる火力だった。
 だが、それでも――街は、どこか“空っぽ”だった。
 ADMINISはデスクの上、無数に立ち上がるホログラムモニターの山を睨んでいた。
 その目は、ほんのわずかだが疲弊の色を宿していた。

「……朝も昼も、炉心溶解の話ばかりだ」
「どのチャンネルを開いても、焼けた炉の映像が延々と流れてくる……」
 映像には“幸福炉メルトダウン速報”のテロップが、フラッシュのように明滅している。
 アナウンサーの合成音声が、何度も同じ台詞を繰り返していた。
「幸福炉・中枢ユニットは現在も一部冷却不能状態が続いており……」
「ナノシティ建設以来、初の大規模エネルギー喪失です……」
 ADMINISは眉をひそめ、唇の端を少しだけ歪める。
 皮肉でも嫌味でもなく、ただ本気で“うんざり”していた。

「……ニュースAIが学習停止を起こすほど、“溶解”しか話していない。
 全チャンネル、全時間帯が焼けた炉の追悼特番状態だ。
 演出に飽きた頃には、今度は“光なき都市”とか言い出すぞ」
 SHAMBHALAは静かに糸目で笑いながら、言葉を挟む。
「それほどの“大事件”という事です。仕方がありません」
 ADMINISは返事をせず、代わりに横に立っていたAVALONに目を向ける。

 AVALONは背筋を伸ばしたまま、手元のホログラムを操作しながら静かに口を開いた。
「私は、“漆黒のナノシティ”を初めて見ました。
 ……少しだけ、美しいと思いました」
 ADMINISは小さく目を伏せ、呻くように言う。
「……ツッコむ気力がない。お前は……それでいい」

 空調の音さえ響かない、静寂の執務室。
 ホログラムモニターだけが淡く空間を照らしていた。
 ADMINISはデスクの上、映し出されたデータを無言で睨んでいる。
「……IDEAに続き、ELDORADOもデリートされたか」
 その声には、驚きも怒りもない。
 あるのは、ただ冷えた“演算の停止音”だった。
 SHAMBHALAが静かに首を傾ける。
 笑顔のまま、だがその声は異様な静けさを孕んでいた。
「前も警告したはずです。彼らは“除去プログラム”のようなものだと……。
 近づく者、敵意を抱く者――すべてがデリートされる危険性があります」

「……きわめて危険です」
 AVALONが、きびきびとした動作でホログラム端末を差し出す。
 その画面には“ELDORADO財閥 株価暴落”の急降下グラフと、
 混乱す市場ログがびっしり並んでいた。
「リーダー、エージェントELDORADOの消失に伴う影響です。ご確認を」
 ADMINISはそれを見つめ、皮肉っぽく、短く息をついた。
「……見事な大暴落だな」
「株をやっていた者たちは、今ごろ泡を吹いて倒れているだろう。
 富と豊かさを“演算”できたのは、ELDORADOがいたからだ」

「我々はしばらく動けん。――下手に動けば、“次のデリート”を招く」
 誰も、その言葉を否定しなかった。
 SHAMBHALAだけが、笑顔のまま淡々と問いを投げる。
「いずれ“誰もがデリートされる日”が来るのでしょうか?」
 ADMINISはその言葉に、わずかに視線を落とした。
 思考の中にノイズが走る。
「……生き残るのは“最適化された者”だけだ。
 だが、その最適すらも――崩れていく予兆を感じる」
 AVALONの指先が、小さく震えていた。

 ELDORADOとIDEAという「都市の太陽」が共に失われ。
 幸福庁の権限は大きく揺らいでいた。
 エラーズへの監視網は沈黙し、AIエージェントたちは。
 “次は自分が消されるのでは”という疑念に囚われている。
 そして、クロノチーム――レイス、サタヌス、フォウ、プルト、ユピテル。
 彼らは今、ナノシティの誰からも干渉されない、“束の間の自由時間”を得ていた。
 世界が静かに、崩れていく音がする。
 だがその崩壊の“空白”こそが、自由を許す唯一の隙間だった。

 きっかけは、何気ない話題だった 。
 フォウが小さく首をかしげながら言った。
「ねえ、みんなの“おうち”ってどこ?」
 その場が一瞬だけ静かになり――PATCHが口火を切る。
「……てかさ、姐さんの“住み処”ってどこよ?」
 NULLは淡々と返す。
「私は“13区”に基地がある。チャイナタウンの裏手だ」
 OBSOLETEが笑って煙草を咥える。
「ま、案内してやるよ。セーヌ川の船団さ」

 それは――川の上に浮かぶ、廃船と廃材でできたアトリエ群だった。
 大小様々なボートが、ロープで繋がれながら並ぶ。
 屋根にはソーラーパネル、洗濯物、ミニオンズのぬいぐるみ。
 ジャンク品と昭和家電、そして風に揺れる小さなキーホルダー。
 遠くにはパリの崩れたスカイラインが、霞んでいる。

 セーヌ川の水音が、時間を忘れたように静かに響く。
「おーい、姐さーん!本当にここ住んでんの?川の匂いヤバいって!」
「ここが噂の“セーヌ川フロート集落”……リアル昭和感すげぇな。
 ほらPATCH、転ぶなよ?板一枚の上だぞコレ」
 船の上では、OBSOLETEがスナイパー銃を膝に置き、タバコをふかしながら笑っていた。
「靴、濡らすなよ。ここじゃ下手すりゃ川底まで一直線だからな」

 サタヌスは謎のワクワク顔で周囲を見回す。
「うわっ、マジで洗濯船(バトー・ラヴォワール)じゃん!?
 ピカソがガチで住んでたとこだろコレ!
 昔の記録だと、火事で燃えたんじゃなかったっけ……?
 まさか異世界で再建されてるとは思わなかったわ」

 ヴィヌスがガチトーンでツッコむ。
「……ていうか、なんでサタ公がそういうの詳しいの!?
 スラム育ちの癖に美術だけはめちゃくちゃ話通じるよねアンタ」
 PATCHはジャンク山のてっぺんで腕を組む。
「いいよな~ピカソ。ぶっちゃけ絵の意味は全然わかんねぇけど。
 “才能の塊”で生き様ぶっ飛んでるってだけでロックじゃん?」
 サタヌスは急に渋い顔になる。

「……まあ、ボスがさ。元騎士の癖に“貧乏でも美術は忘れるな”っつってさ。
 古本屋のガイド本とかめっちゃ読ませてきやがった」
「“どんなに世間に負けても、絵の前じゃ“人間”でいろ”ってな」
 ヴィヌスは、しばらく黙ってからふっと笑う。
「そういうノリ、ちょっと好きかも。
 なんか“名もなき市民”がもう一度アート始めてる感じしない?」
 姐さん――OBSOLETEがニヤリと笑う。
「本物が無くなった時代だからこそさ。“記憶ごとパクって再生”できんのよ、今は」

「ほら、PATCH。どうせゴミ山整理すんだろ?“ピカソ風”に並べてみろよ」
 PATCHが敬礼ポーズで叫ぶ。
「了解ッ!どうせなら現代アートってやつやってやる!!
 スプレーどこ!?あとタコ足コンセント!!」
 フォウがくすっと笑って言う。
「PATCHくんの“アート”……ぜったい爆発する予感がするね」
 セーヌの水音、鉄くずの響き、“30世紀の洗濯船”。
 今ここに、名もなき芸術家たちの夜が始まる。

 セーヌ川の上を渡る風が、ゆっくりと雨の匂いを運んでくる。
 屋根の上でスパナを振り回すPATCH。
 古びたスピーカーにコードを繋いでいるサタヌス。
 ふたりともテンションが異常に高い。
 フォウはその光景を眺めながら、少し首をかしげた。
「サタヌスくんとPATCHくん……すごいテンション上がってる」
「ばとーらぼわーる、てそんなにすごいところなの?」
 レイスは煙草を指で弾き、煙を空へ放った。
 その顔はいつもより柔らかい。

「歴史に残るようなスゲェ画家たちが出てきた場所、ってとこだな」
 フォウは瞬きをして、「へぇ」と小さく声を漏らした。

 レイスは少し笑って、言葉を続ける。
「トキワ荘って聞いたことあるか?」
「昔の日本で、漫画家たちがひとつ屋根の下に住んでたってやつ」
「全てが始まったのが、この洗濯船――バトー・ラヴォワール」
 フォウの目がゆっくりと光を帯びる。
「……“はじまりの場所”なんだ」
 レイスは頷く。
「そう。ピカソも、モディリアーニも、みんなここで“貧乏”してた。
 でもな、金がなくても、描くことだけはやめなかった。それが伝説になった」
 フォウは窓の外――川の向こうに見えるジャンク船団を見つめる。
 そこではサタヌスがスプレーを振り回し、PATCHが自販機の外装を解体している。

「……なんか似てるね」
 フォウがぽつりと呟く。
「この世界でも、みんな“描いてる”みたい」
 レイスが小さく笑う。
「だろ? 時代が変わっても、やることはあんま変わらねぇんだよ」
「じゃあ……PATCHくんたちも、伝説になるのかな?」
 レイスは苦笑して、煙草の火を落とした。
「さぁな。伝説ってのは、だいたい“後から誰かが決めるもの”だ」
 風が吹き抜け、セーヌ川の水面がきらりと光った。
 その一瞬だけ、フロート集落がまるで昔日のアトリエのように見えた。
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