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兜坂嵐

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SHAMBHALA

SHAMBHALA-闇病院キモぬい頂上決戦

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診察室の奥で、看護師がカートを押しながら呼びかける。
「フォウ~」
「はーい」
と輪っかを揺らしながら返事をするフォウ。
「セラピーぬいぐるみ、いいの見つかった?」
「まだ~」
ほんのり首をすくめて答えたその声には、どこかのんびりした響き。

レイスが眉をひそめる。
「ぬいセラピー?」
フォウはちょっと得意気に説明する。
「うん、小児科の子にね。やっぱり、みんなの友だちがいるとホッとするから」
「でも幸福庁公式のぬいは内蔵カメラあるから使えないんだよね」
レイスの目が一瞬細くなる。
ぬいぐるみに内蔵カメラ。
この都市がディストピアであることを、ささやかな現実が教えてくる。
そのとき。
プルトが音もなく立ち上がり、古びたうさぎのぬいぐるみを取り出した。

「私のぬいぐるみなら、あげますよ」
「……もう私には必要ないので」
それはロリト時代、毎日のように抱えていた“うさぬい”。
周囲の空気が一瞬、じんわり温かくなる。
だが看護師が恐る恐る手を伸ばして、低く呟いた。
「……これ、色…やばくないですか?」
サタヌスが即座にツッコミを入れる。

「お前のぬい、キモすぎだろ!ガチで呪われてるわwww」
プルトは表情を崩さず淡々と返す。
「貴方のぬいぐるみも十分キモいですよ」
「……は?俺のほうがカッコイイし!見ろよこのスカルヘッド!」
得意げに差し出すのは、スラム手縫いの骸骨人形。
布のドクロにフェルトの歯が無理やり縫い付けられ。
腹には“破門”の文字が大きく刺繍されている。
なぜか下層の子供たち、通称「闇っ子」に大人気の逸品。

――闇病院キモぬい頂上決戦、ここに勃発。

レイスが口元を歪める。
「ぬいバトルのゴング鳴ったな」
PATCHがノリノリで身を乗り出す。
「ゴング持ってこようか!?」
フォウは思わず手を振る。
「やめて~!」
サタヌスはプルトの黒いうさぬいをひったくるように見て、
腹を抱えて笑いながら叫んだ。

「おい見ろよこのウサギ!」
「耳がねぇじゃねぇかwwwwもうウサギじゃなくて“ただの丸い生き物”だろーが!!」
止まらない。
完全にツボったらしく、追撃が入る。
「“ウサギ”の定義どこいったんだよ! これ新種のUMAか!?
フォウ~!図鑑持ってこい図鑑!!」
プルトのこめかみがピクつく。
涙目でむきになって反論する。

「私のせいではありません!!
父上が……父上が、あんなことしなければ……!!」
その声が震えた瞬間、フォウと看護師は「え、そんな深刻?」と顔を見合わせた。
――そして、プルトの脳裏には“あの日”の記憶がよみがえる。

暗い祭壇の前。
幼いプルトは、まだ真新しい黒いうさぬいを胸に抱いていた。
片耳はかろうじて付いていたが、もう片方は……すでに“ぷらん”と垂れ下がっている。
門下生たちは儀式の準備をしていたが、そんなものより“耳の状態”しか見えていない。

「……パパ、直してくれるって言ったのに」
玉座に座ったエレボスは、絶望的に気まずい顔をしていた。
彼の手には──不器用にちぎれたウサギの耳。
「……その、プルト。これは……儀式用の魔石が、だな……」
言い訳を探すが、見つからない。
門下生たちは背後で固まり、目を泳がせている。



プルトは今にも泣きそうな顔で、うさぬいをギュッと抱きしめた。
「もうパパなんてきらい……」
足元には、儀式に失敗して砕けた魔石の破片が散らばっていた。
「……耳のあるうさぬいを、買ってこようか?」
エレボスの声に“耳事件”への贖罪を、誰もが感じ取っていた。
だがロリトは勢いよく顔を上げ、真っ赤な目で睨みつけるように叫んだ。

「いらない!もう耳なくてもいい!!」
空気が凍り、門下生の魂が抜けた。
エレボスは完全に動揺した。
一歩近づき、慌てて声を落とす。
「で、でも……修復したほうが……可愛いだろう?」
ロリトはうさぬいを抱きしめて、さらに強く首を振る。

「耳なくても、この子がいいの!!パパなんて、知らない!!」
その瞬間。エレボスは膝をついた。
本当にゆっくりと、世界の業を背負う者とは思えないほど自然に、静かに。
門下生の一人が震える声でつぶやいた。
「……開祖様の土下座、初めて目にした……」
エレボスは顔を上げ、怒鳴った。
「言うな!!!」
うさぬいの耳は戻らなかったが。
この日以降、教団ではしばらく誰も“耳”という単語を口にできなかった。

サタヌスは床に転げ回り、爆笑が止まらない。
「“父上が”ってww 親公認でウサギ絶滅危機ww」
「逆に“耳ない”のが今っぽいトレンドじゃね!?見ろよあのガキども!!」
視線の先──闇病院の子どもたちが、プルトのうさぬいを取り囲んでいた。
最初に駆け寄ったのは、まだ幼稚園くらいの男の子だった。
まじまじと見つめ、ひとつ頷く。
「……うさぎだ」
看護師が思わず声を上げた。
「いや、耳ないよ!?どこが!?」
男の子は不思議そうに首を傾げる。

「“心”がうさぎだから、うさぎだよ」
レイスが煙草を取り落としそうになる。
「心で定義しはじめた……!?」
その隣で、別の少女がうさぬいを抱きしめた。
耳のない頭にそっと頬を寄せながら、震える声で言う。
「がんばって生きてる子って感じが……かわいい……」
ヴィヌスは思わず天を仰いだ。
「感性の渋さどうなってるのよ……」

極めつけは、ローブを着た女の子。
静かに手を合わせ、祈るように呟いた。
「……この子は、耳を失ってなおうさぎであろうとする“魂の戦士”……」
プルトは半歩後ずさった。
「ちょっと待って、私より宗教家みたいな子がいる……?」
大人たちが理解に苦しんでいる一方で、
子どもたちは口々に“うさぬい賛歌”を語り始める。

「耳ないのすごい!」
「これは新種のうさぎ!」
「逆に走りやすそう!」
「守ってあげたくなる!」
「耳はなくても心はあるよ!」

フォウはほわんと微笑んだ。
「ふふ……みんな、かわいいねぇ……」
レイスは頭を抱えた。
「かわいい……のか……?今の、かわいい……のか……?」
そのどこかで、耳のないうさぬいが、
静かに、まるで誇らしげに佇んでいた。
──子どもの感性は、今日も大人を置いていく。

看護師は困惑顔でうさぬいをつまみ上げる。
「……これ、なに?」
プルトは消えそうな声で言った。
「私の……ともだち、です」
サタヌスは胸を張って、自分のスカルぬいを掲げる。

「ハッ、見ろよ俺のスカルヘッド!
腹に“破門”って縫い付けてある超絶レア物だからな!!
闇っ子界隈じゃ最強の人気なんだから!」
ヴィヌスはニヤりと笑う。
「案外ブームって、こういう事故から生まれるものよ♡」
レイスは頭を抱えつつつぶやいた。
「……ぬいバトルのゴング、鳴りやまねぇ」
PATCHがノリノリで叫ぶ。
「やっぱ俺ゴング持ってこようか!?」
フォウは両手を振り回しながら悲鳴を上げた。
「やめて~~~!!」
その横で、耳のないうさぬいが、誇らしげに(?)風に揺れていた。

闇病院の中庭に、妙な熱気が立ち込めていた。
もはやぬいぐるみとは思えないほどの威圧感を漂わせながら。
サタヌスの“破門スカルぬい”と、プルトの“耳なし黒うさぬい”が並んで鎮座している。
レイスが腕を組み、観客のように言った。
「で? 勝ったほうがセラピーぬいってことでいいのか?」

フォウは全力で首を振った。
「ちがう! 勝負とかじゃないから!
子どもが気に入るかどうかだからぁ!!」
ヴィヌスはじっと子どもたちの様子を眺めながら、唇に笑みを浮かべる。
「でも、すでにどっちも大人気よ?」

スカルぬいはスラム系の元気っ子たちに大ウケ。
「見て!歯並び悪い!」「腹に“破門”って書いてる!最強だろ!」
「これ持ってたら強くなれそう!」
と謎のテンションで囲まれている。

一方うさぬいは、女子たちに謎の圧倒的人気。
「なんか……かわいい……」
「強く生きてそう……」
「耳なくてもがんばってる……えらい……」
「守りたくなる……」
と、なぜか同情と尊敬がごちゃまぜになった空気で祭り状態。

もはや勢いは止められなかった。
そのとき——カァーーーン!!とゴングの音が響く。
PATCHがゴングを握り、胸を張って宣言する。



「勝敗結果!!どっちも大人気につき、引き分けェ!!」
ユピテルが目を細めて聞く。
「どこからそのゴング出した!?腹の中にでも仕込んでんのか!?」
PATCHはウインクしながら親指を立てる。
「企業秘密だよ☆」
フォウは「ちがうってば~~」と涙目で訴え。
レイスは煙草に火をつけながら大笑いし。
サタヌスとプルトはなぜか誇らしげに立っていた。

闇病院キモぬい頂上決戦、勝者なし。
ただし、子どもたちの“推しぬい”は二体同時に誕生したのだった。

闇病院の朝は、ナノシティの他所よりほんの少しだけ“人間らしい音”がする。
金属製のエレベーターの軋み、古い自販機のうなるモーター。
自動ドアの開く音とともに入ってくる、下層の名もなき親子。
今日もまた、定期通院の患者がひと組、静かに闇病院へ足を踏み入れた。
だが最初に迎えるのは白衣のスタッフではない。

受付カウンターには、例の“耳なしウサギ”レプリカが堂々と鎮座していた。
子供たちが駆け寄る。
「受付のウサギさん、今日もいる~!」
「みてみて、おなかのとこ、もふもふだよ!」
新患の親は、顔をひきつらせて固まった。
「え……これが…………?」
看護師は胸を張り、誇らしげに説明する。

「いま一番人気のキャラです」
フォウはその横で満面のほわほわ笑顔を浮かべた。
「ルイ院長がね、子供が可愛いっていうから受付においたんだって~」
輪っかがふわんと揺れる。
「みんな触っていくよ~。耳なくてもカワイイって」
“耳なくてもカワイイ”
その言葉だけが、病院の殺風景な空気をやわらかく照らした。

一方、ヴィヌスは少し離れたソファに腰かけ。
スカルぬいを掲げて遊んでいるスラム系ちびっこたちを見ていた。
「スカルぬいナゾ人気とか、本当ブームって予想外ね……」
「ああいうのが刺さる層って、一定数いるのよね。
……ブームって、どこから来るか分からないものだわ」
その視線の先では、ちびっこがスカルぬいを振り回して叫んでいる。

「破門パーンチ!!」
「きゃーつよいー!!」
別の子は耳なしウサギを両腕で抱きしめ。
「この子はやさしいんだよ……かわいそうだから守るの」
闇病院の日常は静かに、しかし確実に“何か”を育てていた。
監視AIが作る均一なキャラ人気ではなく、雑多で予測不能で、だけど温かい。
下層民の“ほんとうのブーム”が息づいていた。

もはやプルトもサタヌスも関係なく。
耳なしウサギとスカルぬいは“闇病院マスコット”へと進化した。
そして今日も、自動ドアが静かに開く。
新しい患者が、不安そうに、しかしどこか安心して。
“耳なしウサギのいる受付”を見つめていた。
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