思考終端-code:UTOPIA

兜坂嵐

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BREAK

BREAK-手繰る者

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配線が剥き出しになるたび、火花が飛び散る。
焦げた紙吹雪が闇に吸い込まれていく。
レイスは笑いを噛み殺しながら目を細めた。
「……わかってきた。あいつ、熱に反応してるっ……」
ヴィヌスが閃光のように理解する。

「熱を出せばそっちに誘導できるってこと!?」
「……ファイヤーダンスやれば来るんじゃねぇか?」
一瞬、戦場が静かになった。
「ファイヤーダンス……」
「中心に熱源置いて、ぐるぐる回せばセンサーが混乱する。
 あいつの追尾アルゴリズムは単純だ。」
NULLが補足する。

「……渦状の熱源。
 追尾AIを強制旋回させ、オーバーヒート誘発可能。」
ヴィヌスが剣を構え直し、青白い炎を纏わせる。
「つまり……“燃えるサーベルを回せ”ってこと?」
レイスがニヤリと笑う。

「ヴィヌス、踊れ。そして“熱”でアイツを狂わせろ」
ヴィヌスは微笑む。
炎に照らされた瞳が、美しくも残酷に光る。
「いいわ。
 じゃあ――炎舞(えんぶ)、開幕よ♡」
空気が震え、炎が渦を巻く。
ギガスマイラーのセンサーが赤く点滅。

《熱源検知》
《追尾開始》

炎の渦が戦車を狂わせるように包む。
振り向いたユピテルが、笑いながら刀を肩に乗せた。
「この街、楽しいねェ」
フォウは涙目で叫ぶ。
「楽しくなぁぁぁい!!」
ギガスマイラー第2形態の咆哮が遠くで反響するなか。
ユピテルは掌に高圧電流を圧縮していた。

指先に雷が集まり、ひとつの核のように輝く。
「ほらよ、ヴィヌス。舞台照明だ」
ヴィヌスは涼しい顔で炎を呼び、その雷核に触れる。
青白い火花と紅蓮の炎が混ざりあい、鉄を溶かす熱が放たれた。
サタヌスはその間に路地の鉄骨を「はい切断」とばかりにぶった斬る。
赤熱化した鉄骨が、剣のように光った。

「な、なんか……今回の三人……まともに協力してるぅ……!!」
「奇跡かよ……」
ヴィヌスはその鉄骨を両手で握り、炎をまとわせながら笑う。
「いいわね。私の炎舞(えんぶ)に寄って来なさい!!」
地面を蹴る。
次の瞬間、灼熱のブレードが円を描いた。
空気が悲鳴を上げるほどの速度。
熱風が渦状に広がり、ギガスマイラーのセンサーが赤点滅を始めた。

「来たぁぁぁ!!ほんとに来たぁぁぁ!!」
ギガスマイラーが旋回。
むき出しの配線をブチブチ言わせながら、熱に吸い寄せられるように進む。
NULLのバイザーが光る。
「内部温度、急上昇。冷却系統、故障」
レイスが炎の渦の中で声を張る。

「今だ!中心に引き込め!!」
ヴィヌスがブレードを高く掲げ、最後の回転を加速させる。
火輪の中心へギガスマイラーが吸い込まれた瞬間――レイスが動いた。

全力のスローイング。
放物線を描いた灼熱ブレードがギガスマイラーの露出ケーブルへ――直撃。
虹色の火花が爆発し、戦車のスマイル画面が激しく明滅する。
第二形態のスマイルゾンビ戦車が、ついに沈黙した。
紙吹雪がゆっくり落ち、燃え残った広告旗が風に揺れている。

「……や、やった?」
レイスは肩で息をし、汗をぬぐいながら頷く。
「……“笑顔轢殺機”、解体完了だ」
「ネーミングやめろ」
ヴィヌスが鉄骨を手放し、髪をかきあげる。
「でも……今の回転、ちょっとカッコよかったわよ?」
口元が、ほんの少しだけ、上がる。

「笑わないでぇぇぇ!!センサーがまだ生きてるかもしれないもん!!」
「そうだぞ。笑ったらまた来るぜ」
その時――ギガスマイラーの残骸が、わずかにピクッと動いた。
「動くなァァァァァァ!!??」
表示画面にノイズ。

《幸福炉との同期信号――受信中》

「……は?」
「同期……?まだ動く気かよ」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

沈黙したはずのギガスマイラーが、蠢いた。
火花も上がらない。
残骸が単に落ち着いただけでもない。
内部の動力が、誰かに呼び戻されている。
配線がひとりでに持ち上がる。
ひしゃげたスマイルパネルが歪んだ光を灯す。

《同期信号:受信中》
《幸福炉……再接続……》

「おい……誰だよ……こんな芸当できるの……?」
フォウの背中が震える。
(違う……機械の挙動じゃない……これは、“誰かに引っ張られてる”……!)
ギガスマイラーの残骸の周囲の空気が。
蜘蛛の糸みたいに細く──黒い“ねじれ”を帯び始めた。

崩れかけた屋台の影で、黒髪の男が立っていた。
右手をゆっくり掲げ、何かの糸を手繰るように指を動かしている。
ただそれだけ。
ただそれだけなのに――フォウは呼吸を忘れた。
(……だれ?)
見覚えはないし、名前も知らない。
なのに、身体が勝手に“敵”だと判断していた。

胸の奥で、金属片より硬い緊張が震える。
フォウは自分でも理解できないまま、眉を吊り上げ、睨んでいた。
自分でも驚くほど鋭い顔で。
(なんで……?なんでこんな……会ったこともないのに……)
男は微笑みもしなかった。
ただ静かに、影そのもののように存在していた。
そしてフォウの背後で、光がわずかに揺れる。

その幻影が、フォウとまったく同じ角度で顔を上げる。
同じ表情で。
だがフォウよりずっと険しい、明確な“敵を見る目”。
二つの視線が重なった瞬間、フォウは気づく。



(……これ、わたしの感情じゃない。わたしの中にいる“誰か”が怒ってる……!)
二人が対立しない理由は、存在しなかった。
フォウは思わず叫ぶ。
「レイス!!あの黒い男を撃って!!」
レイスが飛び上がる。
「撃て!?民間人にしか見えねぇぞ!!」
フォウの声は震えていた。
でも確信だけは揺るがなかった。

「違う……あの人は違う……!!あれは“こっち側”じゃない!!」
自分でも理由は説明できない。
ただ、わかってしまった。
この男は、この都市の外側から来た“破壊の手”。
境界を揺らし、世界そのものを手繰り寄せる存在。
フォウの背後で、EIRの幻影がさらに濃くなる。
二つの輪郭が、重なりそうで重ならない。
アンラはようやく、こちらに目を向けた。
フォウの中に小さな声が響いた。

――そこにいるな。

怒りではなく、拒絶でもなく、“世界を守る者”としての本能だった。
フォウは初めて理解する。
(……EIRが……わたしの中で起きてる……
 AGENTとの戦いの間に……ずっと……!)
この瞬間から、フォウはただの治療アンドロイドではなくなった。
世界の境界を守る者。
深淵からの侵食と戦う本来の使命が、静かに目を覚まし始めていた。

「……気づいた?」
軽い驚き、けれど恐怖ではない。
まるで都市そのものを、操り人形のように扱っていたのを、見破られた子供みたいな顔で。
「あぁ……今ので確信したわ」
彼はリボルバーを取り出し、戦闘経験の塊みたいな手つきで構える。
ギガスマイラーが再度痙攣する。

《第三同期プロトコル 開始》

「俺の射撃の腕ナメるなよ。この距離からでもッ……」
黒すぎる髪、褐色の肌、金色の瞳。
その特徴をレイスは“忘れていなかった”。
時空を渡るのが初めてじゃないのは、クロノチームの方だ。
レイスの口元が、歪む。

「エンヴィニア以来だねぇッ……社長、いや」
引き金が引かれる。
「アンラ・マンユ!!!」
銃声は、雷よりも短く、だが正確だった。
弾丸は空気の層を裂き、黒い男の掌を撃ち抜く。
アンラの表情が、ほんの一瞬だけ“痛み”を浮かべた。



「……あっ」
軽い驚き。
まるで想定外の一手を食らった脚本家みたいに。
手を押さえ、金色の瞳がレイスを射抜く。
「やるじゃないか」
その次の瞬間、身体が崩れた。
闇に溶け影がほどける、空気の中へ吸い込まれる。
エンヴィニアのあの日、パペット人形を投げ捨てた時と――全く同じ消え方。
そしてギガスマイラーが、ガクン、と沈黙する。

露出配線が力を失い、スマイルパネルの光が完全に消えた。
フォウは息を止めていた。
「……止まった……?」
「外部干渉信号、消失」
ユピテルが低く吐き捨てる。
「やっぱ“誰かが触ってた”ってわけか」
レイスは銃口を下ろさない。

「……やっぱりな」
フォウが、震える声で問う。
「知ってるの……?あの人……」
レイスは、ほんのわずかに笑う。
「知ってるも何も……アイツは“物語を壊して楽しむ側”だ」
煙草をくわえ直す。

「脚本家気取りの邪神様だよ」
「はぁ!?またアイツかよ!?何回出張してくんだあの中年!!」
ヴィヌスが目を細める。
「つまり……今回の暴走も“観客席からの演出”ってこと?」
煙が消えた路地に、ギガスマイラーの残骸だけが取り残されていた。
その画面には、誰かの意図が残したように──ERRORログが点滅していた。

ギガスマイラーの巨体は動かない。
だが笑顔の残像が、都市の空気にこびりついていた。
虹色の焼け跡、砕けたLEDの破片、焦げた紙吹雪が路面に張り付いている。
爆音が消えたあとに訪れる、耳鳴りのような沈黙。
誰も、すぐには歓声を上げられなかった。
女の子が父親の服を掴みながら、涙ぐむ。

「も、もうギガふえない……?」
なぜか語感だけが可愛い。
父親は答えられない。
若者が膝をついたまま、呟く。
「俺の恋人が……あいつに笑い死にさせられた……。
 せめて普通の死なせ方をさせてくれ……」
笑顔が、死因。
それがどれほど歪んだことか、誰もまだ処理しきれていない。
おばあちゃんが震える声で言う。

「ギガ盛りの次は、何が来るんだい……?」
周囲の市民たちは、笑顔という単語にだけ反応して肩を跳ねさせる。
誰かがふっと口角を上げただけで、全員が一瞬だけ後ずさる。
“笑う”という行為が、もう安全ではなくなっていた。

プルトは残骸を見下ろしている。
その瞳に、迷いはない。
「……“ギガ”が壊れても、この都市の恐怖は消えない」
彼女の声は低く、静かだ。
「“次”が来る前に、私たちが決めるしかない」
もう他人事ではない、狩りの目だ。
サタヌスが瓦礫を蹴飛ばす。
「今逃げたら、次もまた“ギガ”だろ?
 やってやるよ。こんな奴ら、ぶっ壊してやる!」
レイスは煙草もない口元を歪める。
「選択肢が“笑顔”しかない世界なんざ、ジョークにもならねぇ」
視線は空へ。

「俺らが、違う答え見せてやろうぜ」
ユピテルが肩に刀を乗せ、雲の向こうを睨む。
「見てンだろ?DREAD」
雷雲がわずかにうねる。
「お前が“幸福”にしたこの都市――俺らが好きに書き換えてやるぜ」
ヴィヌスが焦げた鉄骨を蹴り飛ばす。

「もう“ギガ増量”の人生なんてごめんだわ」
振り返る、その笑みは挑戦状だ。
「舞台はまだ終わらせない――ここからが本番よ!」

遠くで幸福炉が、ほんの一瞬だけ低く唸った。
まるで“返答”するように。
煙の向こう。
誰もいないはずの屋上で、黒髪の男の影が一瞬だけ揺らぐ。
金色の瞳が、細くなる。
「いいね」
風に溶ける声。
「やっと“物語”になってきた」
ナノシティは、笑顔を失った。
だが代わりに、意志を取り戻し始めた。
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