思考終端-code:UTOPIA

兜坂嵐

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SIDE-ERROR_410: JAPAN GONE・2

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肉売り場は、すでに“祝祭”と“暴動”の境界線だった。
幸福炉メルトダウンで流れ込んだ本物の肉を求め。
数十年ぶりの“食の自由”に飢えた人々が押し寄せている。
クロノチームが足を踏み入れた瞬間、ただの喧騒ではなく、切実な声の洪水だった。

「ひき肉でもいいからくれ!!今日うちの子、誕生日なんだよ!!」
「ステーキ……ステーキ……自分へのご褒美だろ今日は……!!」
「栄養パックじゃ祝えねぇんだよ!!何十年ぶりの肉なんだ!!」
「スキャン早く!腐る前に売ってくれ!!」
「押すな押すな押すなぁ!!落ちたらミンチになるぞ!!」
レイスは額を押さえた。
「この人ごみどう通るんだよ!?肉どころか骨も残らねぇぞ!!」

だが、プルトだけは違った。
影の中を滑るように通り抜け、人の隙間をほぼ“存在しない者”のように抜けていく。
ほんの数十秒で“肉パック2つ”を抱えて戻ってきた。
フォウの羽根がばさっと震えた。
「えっ、すご……今どこ通ったの……?」
プルトは無表情のまま袋を掲げる。
その背後で、小声がした。

「プルトさん……忍者じゃないですか?」
「違います。私はアサシンです。忍者なんて存在しませんよ!」
「でも忍者って“見えない”んですよね?
 見えないなら、存在してても分からないのでは……」
「見えないなら尚更いないでしょうが!!」
完全にHP1の顔になっているプルトをよそに。
ぐでぐでに眠そうなPATCHが割り込んでくる。

「あ~、こないだ地下鉄で“違法アーカイブ”見てたガキどもじゃん。」
「違法……アーカイブ……?」
「お前ら知らねぇだろ?
 上層AIに削除された文化ログ、下層じゃ普通に見れんだよ。
 日本のアニメは全部“違法アーカイブ”で見るんだぜ。
 それがナノっ子の嗜み。」
レイスが缶飲料を指先でクルクル回しながら聞く。

「時代だな~。で、ガキどもは何見てたんだ?」
「NARUTO。どハマりしてさ、見終わったあとずっと“だってばよ”って言ってた。」
プルトの表情が絶望の色を帯びる。
「……だから私を“忍者”と言って……?」
プルトの精神は静かに死んでいる。
レイスは缶を軽く弾き、PATCHに向く。
「で、お前が好きなのは?どうせお前も違法チャンネル覗いてんだろ。」
「あ? ドラえもん。」
「解釈一致しかないわ♡」
「おまえら俺をなんだと思ってんだよ!!」
だが市場の喧騒に飲まれ、PATCHの叫びは誰にも届かなかった。
プルトは肉袋を見つめながら、小さく呟く。

肉売り場の熱気は、もはや暴動寸前だった。
押し合い、叫び声、非常灯の赤い点滅。
スキャン機の青い光だけが、文明の名残のように明滅している。
プルトは一瞬で状況を読み取った。
「……ここは人が多すぎます。裏通りにいきましょう」
彼女の声は低く、感情を削ぎ落とした刃のようだった。

レイスが煙草をくわえ直す。
「賢明だな。誕生日パパに殴られる前に撤退しようぜ」
フォウは群衆を見つめていた。
翼の淡い光が、騒ぎの埃をほんの少し照らす。
「ケバブ屋さんがあるってことは……お店用のお肉売る市場もできてるはずだよね」
その言葉で、ミカがはっと顔を上げた。
「業務用ルートか。そっちなら分散してるかも」

彼女は買い物袋を抱え直す。
中にはさっき確保した“バラ肉パック”が二つ。
「よし、ひとまず2つ確保!バラだから……ユーサー君とイグレイン中にしよう」
フォウがこくりと頷いた。
肉売り場の最前線では、まだ怒号が飛び交っていた。
「サーロイン!サーロイン残ってる!?」
「押すなって言ってんだろ!!」
ギャルコンビの片割れが、ついにパックを掴んだ。



「とれたああああ!!」
勝利の雄叫び。
だが次の瞬間、彼女の顔が引きつる。
「肩ロースじゃん!?ステーキはサーロインって聞いたんだけど!?」
横でスマホライトを握りしめていたもう一人が、即座に覗き込む。

「え、マジ?脂の入り方ちがくない?」
背後で誰かがサーロインを奪い取る。
勝者の歓声が遠ざかり、一瞬だけ、悔しさがよぎるが。
「薄切りでも肉は肉!フリカッセにしよう!」
その言葉に、少しだけ空気が緩む。
フリカッセ。
フランスの家庭料理。
肉を軽く炒めてから、白いソースで煮込むあったかい料理。
停電のナノシティで、それは妙に具体的な幸福だった。

「めっちゃあったまるやつじゃん」
「もう優勝でよくない?」
二人は顔を見合わせて笑う。
さっきまで“奪う側”だった目が、いまは“作る側”の目になっていた。
肉棚はほぼ空になり、争いは次第に静まっていく。
レイスはその様子を遠目に眺める。

「人間ってのはな。サーロイン奪われても、別の幸福を作れる生き物だ」
フォウが小さく笑う。
「それって……すごいことだよね」
肩ロースを抱えたギャルコンビは、すでに“敗者”ではなかった。
奪われたのは部位だけだ。
幸福そのものは、まだ自分たちで選べる。
「フリカッセ優勝~!」
その声は、誰にも最適化されていない。

肉売り場は戦場だった。
だが、戦場のあとに晩ごはんの話をできる者たちがいる。
それが、この街のまだ死んでいない部分だった。
市場の裏へ回ると、騒音は少しだけ薄れた。

そこには、業務用の簡易テントと、簡素な冷却ボックスが並んでいる。
ケバブ屋の親父が、煙を上げながら串肉を回していた。
「裏、知ってるネ。賢い子たちダ」
ミカは即座にフランス語モードに切り替える。
「Bonjour~、ちょっと仕入れ相談なんだけど」
レイスがぼそっと言う。

「擬態スキル、高すぎだろ」
プルトは小声で付け足す。
「亡国の民は、そうやって生き延びます」
その一言だけで、市場の騒ぎが少し遠く感じられた。
ナノシティはかつてパリだった。
国家を失い、企業に編入され、幸福炉に管理される都市。 
だが肉を求める声も、誕生日を祝おうとする父も、違法アーカイブで忍者を学ぶ子どもも。
全部、まだ“人間”だった。

市場へ向かう途中、街角の古ぼけた情報スクリーンが唐突にノイズを吐いた。
普段は幸福庁の広告か、パライソドームのライブ告知しか流れない画面。
そこに、異様な緊急フレームが重なる。

“現地に神格体二柱が確認されました”
“不可逆的変質領域(旧東京)に異常活性”

灰色の粉砂の荒野。
建物はなく、道路もない。
折れた鉄骨だけが、地平線に刺さっている。
そこは「東京」と呼ばれた区画。
ナノ兵器暴走の“痕跡”が、未だに地面にこびりついている場所。

そこに立つのは、笑っている男。
アンラ・マンユ。
粉砂の渦を背に、まるで観光地のガイドのように手を振る。
「やあ、“守護者ちゃん”。来なくてよかったのに」
彼の足元には、ナノ兵器の“解体残響”がまだうねっている。
関与していないと主張する顔。
だが“絶対してるやつの雰囲気”。
対峙するのは、金の風に包まれた天使の少女。
粉砂が、彼女の周囲だけ舞い上がらない。
そこだけ、秩序が存在している。

守護者-アールマティ。
その瞳は、怒りを超えていた。
神罰の顔でも、慈悲の顔でもない“秩序そのもの”。
「アンラ・マンユ……あなた、また“やって”ませんか?」
アンラは肩をすくめる。

「俺は悪くないよ?勝手に壊れたんだよ?ケヒャヒャ♡」
粉砂が震える。
アールマティは微動だにしない。
「あなたが“やっていない時”のほうが珍しいでしょう」
空気が、軋む。
アンラは、少しだけ笑みを薄めた。

「まぁ……世界ってのはさ。勝手に壊れて、勝手に消えるもんだよねぇ?」
「黙りなさい、“災厄”」
金の翼が広がり、粉砂が弾かれる。
その瞬間アールマティの表情が、揺れた。
怒りではなく、恐れでもなく、懐かしさと痛みから。
そこに漂っていたのは、微細な青い粒子。

「EIR……?あなた……ここを通ったのですか……?」
アンラは一瞬だけ目を細め、次の瞬間にはいつもの軽薄さに戻る。
「あーあ、バレちゃった。ま、俺は何もしてないし?(してる)
じゃ、守護者ちゃん。後はよろしく~~」
アンラの姿は、音もなく消える。
追おうとしたアールマティの足が止まり、彼女は拳を握る。

金の翼を畳みながら、アールマティは静かに吐息を落とした。
彼女の顔には珍しく“感情”が浮かんでいた。
怒りとも、疲れともつかない、深い深い嫌悪。

「三つの形を持つこと自体、反則なのです。
あの男は“物語を壊す姿”を使い分けるのですから。」
彼女はひとつずつ指を折る。
「少女は破壊を遊びとし、大人は破壊を脚本とし……」
そして、最後に残った指を睨むように押し込む。

「少年体こそ、破壊を“選択”に変える形態です。
天使が最も救えないのは、本人が望んで落ちる破滅……。
彼はそれだけを抽出した最悪の存在。」
風が粉砂を運び、彼女の足元で揺れる。
「だから私は……少年アンラ・マンユだけは許しません。
彼は“墜落を手伝う悪魔”。」
その声は震えてはいなかった。
ただ、世界の真理を読む存在としての怒りだった。

「ですが……EIR、あなたはまだ“消えていない”。」
EIRはまだ死んでいない、ただ見えなくなっただけ。
アールマティはその光を掌に受ける。
「あなたの“死”は消滅ではない。いつか、必ず……戻る道が現れる。」
粉砂の荒野に、一瞬だけ静寂が訪れる。
「私は、その瞬間まで世界を見張り続けます。
あなたが“最後に残した祈り”が、無駄にならないために。」
金の翼が畳まれ、秩序の風が消える。
粉砂は再び、無機質な灰色へ戻った。



世界を取り返しがつかない壊し方をしてきたのは、いつだって少年だ。
まだ自分の力を測れず、未来の重さを知らず、正義だけは重く握りしめてしまう年頃。

物語の中で少年たちは、ときに剣を手に立ち上がり、ときに人を助け。
ときに異世界からやってきて、世界の行く末を決めてしまう。
そして何より彼らは「間違っている」と判断したものに対して、容赦がない。

大人がためらうところで、少年は踏み込む。
世界にとって、それが救いであるか、破滅であるかを問わず。
世界は、少年の衝動で回り、少年の理想で壊れ、少年の正しさで終わる。
彼らが壊すのは、いつだって“正しいと信じた未来”だ。
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