嫉妬帝国エンヴィニア

兜坂嵐

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番外編

Skebウォーズ ユピテル、バ美肉する

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 いつになく空気がしんみりと穏やかだったカフェ・ティニ。
 レイスの胸にぽっかりと空いていた空洞も、ようやく“何か”で埋まりつつあった。
 だがその空気を、真っ先に破壊しにかかる男が一人いた。
「なぁ、いい空気なとこ悪いンだが……」
 そう言いながら、ユピテルがスマホ片手に笑いを堪え切れない顔をしていた。
 目元はキラキラ。悪魔的な笑みが浮かんでいる。
「AIで“カリスト”って名前と資料ぶち込むとさァ……。
 高確率で……女になるの、マジで面白いよな」
 ドンッと爆弾を投げた瞬間、テーブルの空気が一気に爆ぜた。

「いやぁ、何度やってもポニテ美少女出てくんの。
 “ユピテル様のこと、ずっと見てました……”とか言いそうな顔しててさァ」
 腹を抱えて笑い始めるユピテル。
 誰よりも本人の隣にいたくせに、誰よりもAIを信用してるあたりが本当にタチが悪い。
 ウラヌスも、思わず噴き出した。
「だってカー君さ~、白軍服で髪長くて大きいタレ目でしょ~?」
「しかもポニテ、女顔、ヤンデレムーブで“ユピテル様ぁ…”とか言うじゃん!」
「AIくんの判断、正しいよ♡」
 キラキラと悪意のない笑顔。
 だが、その何倍もの地雷が無意識に敷設されていた。
 そこへ、またひとり“地雷回収業者”が加わる。

「俺、Stable Diffusionでプル公描かせてたんだけどさ」
 そう話すのは、安定の石拾い代表・サタヌス。
 今日も懲りずにデジタル鉱山から地雷を掘り出してきたらしい。
「90%の確率で男にされて超面白かったわ」
「しかも“陰キャ男子”タグついてたからな、あれ」
「AIくんの分類、容赦なさすぎだろ」
 妙に真面目な顔で画面を見せると、そこには確かに。
 前髪で目を隠した、微妙に女装っぽい“中性的な少年”が。
「プルトの中性ビジュを“男子”って断定すんの、もはや地獄の風習だろ……」
 そして、ついに空気を察したのがレイスだった。
 彼だけが、真剣に顔を引きつらせたまま、コーヒーを置いた。

「おい、鬼太郎には言うなよ」
 低い声で、目線も動かさずに警告する。
「マジで刺されるぞ。“地獄で会おう”のDMくるからな、あいつ」
 誰も笑わなかった。
 あまりにもリアルすぎる“あの人ならやる”感。
 視線を合わせた瞬間に殺意が走るあの感じ。
「それで“既読ついたら終わり”ってやつ?」
「そう。“既読”が殺意の合図だからな。
 おまけにハートスタンプ付きで“見ました”って来る。あいつの儀式だ」
 一瞬で、AIの“性別誤認”談義は終焉を迎えた。
 AIは正直だ。
 でも、“正直すぎる”と、地獄を呼ぶんだ。

 ユピテルがカフェ・ティニの机に身を乗り出し。
 目を輝かせて問いかけた、あまりにも無邪気な好奇心。
「でさ、俺はどうなるンだ?
 名前と資料突っ込んだら、“俺”って出てくんのかァ?」
 その問いに、間髪入れず飛んできたのは、ウラヌスの即答。
「女体化してたよ♡」
 一瞬で、爆弾が炸裂した。
 全員の脳裏に“雷神ユピテルの女体化”という禁断のイメージが再生される。
 だが、本人は――まったく動じなかった。

「口で言われるだけじゃわからねェ、実物見せな」
 ユピテルがそう言って、テーブルの上にスマホを叩きつけるように置いた。
 軽やかな効果音と共に画面が点灯する。
 ウラヌスが満面の笑顔で横からのぞき込み。
 すかさずタイミングを合わせて投稿を拡散した。
「はーい見て! これがユピ子ちゃーん♡」
 画面に表示されたのは、あまりにも予想を裏切る“可愛さ”だった。



 金髪のツイン風ショートヘア。
 エッジの立った跳ね毛に、稲妻のような瞳。
 白いミニジャンプスーツのような服から伸びる太ももと、その手には、雷光をまとった細剣。
 背景には崩れた遺跡。だが、本人は笑っている。
 屈託のないウィンクと、はちきれそうな笑顔で。

 @6th_general
 ユピテル様描かせようとしたら女の子になった!!
 かわいいけどしっかりしなさいAIっ!

 投稿者のコメントはあくまで軽口だった。
 だが、その軽さに反して、画面から放たれる“完成度”が重い。
 沈黙が走った。
「……かわいいぞ……?」
 サタヌスが、思わず漏らす。
「おい、ちょっと待て……想像の倍はかわいいぞ!?」
 いつも“正気の砦”だった彼の目が見開かれている。
 レイスは黙ったまま画面を見つめていた。
 目の前に映るのは─明らかにユピテルの面影を残した少女。
 だが、その表情は、ユピテルには絶対に浮かばない“純粋な無邪気”を宿していた。
「これ……本当に中身、あいつか……?」
「なにその目、まるで“初めてサンタを見た”みたいな顔」
 ウラヌスがケラケラと笑いながらツッコむ。
 だが、その声にもどこか動揺の響きがある。

「でもね……これ、めっちゃタグついてんの」
「#ジュピ子 #絶対領域 #雷の剣姫 #中身外道」
「コメント欄、“可愛いのになんか怖い”で埋まってる♡」
 カイネスはミントティーを一口飲み、一言だけつぶやいた。
「これは……“外見と内面の逆位相現象”だな。
 美が暴力を包む、最悪にして最善の皮だ」
「いやまって待ってこれ……見た目で刺さる奴多いぞ……」
 サタヌスが顔を赤らめながら呻く。
「こうも違うと呼び方変えたいよね~」
「Jupiterって元がユピテルだからさ、“ジュピターちゃん”ってのも可愛い♡」
「#ジュピ子 #雷姫 #落雷ドレスなう」
 もうタグ職人と化している。明らかに誰よりもノリノリだ。
 だが、それ以上にノってきたのが――当の本人だった。
「ジュピ子ちゃン……響きがイイな」
「プロフィールは“趣味、内臓観察”とかにしとくかァ」
「“好きなものはチェスと剥製とおともだちの心臓”って書いとけよ」
 満面の笑み。
 この世界で最も危険な“ノリのいい美形雷神”が、今ここに覚醒した。

「もう中の人どころか人格どっかいったな……」
 レイスは顔を覆って、ぼそりと呟いた。
「カリスト憤死するなこれ……てかこれ、“副官の正気”を引き換えに得た可愛さだろ……」
 その言葉の意味がわからないユピテルが、にこにこしながら問い返す。
「なに?カリストって、俺の“性別概念”に固執してたっけ?」
「……いや、“概念”じゃなくて、“あなたという地雷の総量”に抗ってたんだよ……」
 そう吐き捨てたレイスの視線は、遠くを見つめていた。
 たぶん、ちょうど今、カリストの心臓が爆ぜる音が、風に紛れて聞こえた気がした。

「なぁ!ジュピ子ちゃンなら凍結されねェ気がすンだよ!」
 それは、誰も望んでいない救世主の名だった。
 ユピテルが語るその目は、まるで未来を夢見る少年のように輝いていた。
 己が性別と倫理とSNS規約をねじ曲げた結果、辿り着いた先が「バ美肉」。
 しかも、明確に“凍結逃れ”が動機。
 カフェ・ティニが一瞬凍った。
 それを秒でぶっ壊すのが、いつものウラヌス。

「ユッピーのイカれ趣味、美少女ガワ貫通してるんだよwwwww」
 笑いすぎてテーブルを叩きながら、爆撃の如く言葉を放つ。
「首無し死体うpしてたら誰でもOUTだよバ美肉でもwwwww」
「“内臓標本紹介します♡”って美少女が言ったらそれはもうホラーなんよwww」
 それは事実だった。
 ガワがいくら可愛くても、呟く内容が“解剖日記”じゃ意味がない。
 サタヌスも呆れを通り越して現実を突きつける。
「それはもう、地獄のバ美肉なんよ」
「中身が“猟奇ゲス系サイコ外道”って時点で、ガワの意味がねェ」
「Vtuber界における“倫理の墓場”だぞそれ」
 その発言に、珍しくレイスが「正論担当」として口を開く。

「お前、美少女無罪ならVtuberが炎上してる理由の説明つかねぇだろ」
 火炎放射器で壁を焼くような言葉。
 その発言だけで、Vtuberの焼け死ぬ音がした。
 だがユピテルは、それすら“面白い”と捉えている。
「じゃあ“心臓の鼓動だけで人格を当てるクイズ”とかもダメ?」
「ダメだよ!!」
 そして、沈黙のような毒が、ゆっくりと刺してくる。
「美しき外面は、鎧になり得ない」
 カイネス博士の声だった。
 ミントティーを傾けながら、視線だけでユピテルを貫く。

「虚飾で隠したところで、貴様の“雷刃”は本性を暴くのみだ」
「雷とは、形を纏うことでより深く、真実を焼きつける」
 まさかの詩的な呪い。
 美少女の皮をかぶった雷神が、ただの“より凶悪な発信装置”と化す未来が示された。
 そこへ、とどめの提案が落ちる。

「もういっそ、処刑史教えてくれる系Vで出たらどう?首切ジュピターとか」
 サタヌスが放ったその一言に、ウラヌスもすかさず乗る。
「首を落とせば、心が見える♡」
 ユピテルの目が、燃え上がる。
「いいな!!?」
 目がガチだった。完全にその路線で企画化を検討している輝き。
 狂気がトレンド入りしそうな予感が漂う。

 レイスは頭を抱えた。
 ここは確かに“カフェ”だったはずだ。
 だが今、この空間にいるのは。

 ・首を落とす発言を笑顔で言う女
 ・本気で女体化して配信デビューしようとする雷神
 ・AIとVtuberと死体解剖を並列に語るスラム生まれ
 ・倫理という名の最後の砦(※出力制限中)
 ・そして、静かに混沌を観測している学者

 彼は知っていた。
 これが、エンヴィニアの平常運転なのだと。
 配信準備中のティニの一角に、空前の熱気が漂っていた。

 ユピテルは“ジュピ子”用のスマホスタンドを前に。
 笑いを堪えながらスクリプトをスクロールしていた。
 目の奥はギラギラ。
 可愛らしいアバターに反して、その魂は“剥製愛好・処刑美学・倫理崩壊”のトリニティ。
 彼の手元には、既に配信シリーズの構想メモが三本立てで完成していた。
 すべて、予定。……だが、誰もが知っている。
 この雷神は、絶対にやる。
 まず一つ目―それは、既に伝説の匂いを放っていた。

▼「処刑教室」シリーズ(命名:サタヌス)
 配信コンセプトは、「知識とエンタメの融合(物理)」。
 実在した処刑史を淡々と解説しながら。
 なぜか“罪人の気持ちになって語る”という謎スタイルで構成される。
「ギロチンの角度が美しいよね♡」
「断頭台って文化だと思わない?あの“観客席”の存在がとくに芸術的だよなァ」
 視聴者の目が死ぬ音が、遠隔で聞こえてくる。

「これは……知識の皮を被った死神の授業……」
 サタヌスは震えながら言った。
「いやもう文化じゃん。推しだわ」
 ウラヌスも目をキラつかせながら拍手する。
「性癖、貫通してくる♡」

 ▼タグ企画:「#ジュピ解剖」=推しの内臓解説
「推しの心を知るには、まず胸を開けるべきだよね♡」
 フォロワーから「好きなキャラ」を募集し、
 “もしそのキャラを剥製にしたら、どんな展示になるか”をジュピ子が本気で語る。
「この子、肺の色が綺麗そうでさ……瓶詰めにしたら絶対映える♡」
「腸の並びが左右対称だったら、天使って呼びたいよね」
 それは完全に“祈り”の形をした解剖図だった。
 しかも本人は満面の笑顔で語っている。
 サタヌスは画面を見ながら言った。

「なにこれ、俺がやってたStable Diffusionで生成された地獄の先の地獄」
 レイスは顔を伏せた。
「それで……“中身がユピテル”なんだよな……地獄だな」
 そして、極めつけのメイン回がこれだった。

 ▼地獄特集:「バ美肉地獄回避講座」
 タイトルからして狂っていたが、中身はもっとひどかった。
「“納品されたら奇跡”って何?Skebってそういうギャンブルだったっけ?」
「“推し絵師の鬱ツイ見るだけでメンタル削れる”って、これ宗教じゃない?」

 レイスがゲスト。
 横からウラヌスがコメント欄を爆撃して全方位に燃料を投下。
「“絵師が病むのは仕様です”って返ってきたときのレイスの顔、見たことある?地蔵だから」
 ウラヌスが笑いながらコメント欄に燃え盛るスタンプを投げていた。
 カイネスは配信企画にこう評した。
「すべての感情を数値化し“演算美”に還元すれば……アリだな」
 誰も求めてない、学術的正当化。

「あ~Vってあれだろ?終わる時にチャンネル登録っていうやつ」
 それを聞いたレイスが、憔悴した顔で呟く。
「うん、俺あそこで画面切り替える」
「ありがちすぎるなァ? じゃ俺、シメに言うわ」
「くわばらくわばら……死ぬ前に、登録な?」
 その瞬間、全員の脳が“死”を自覚した。
 レイスは、もはや静かに受け入れる。
「この世の終わりのような美少女化だな……」
 そして、誰よりもフォロワー数が爆伸びしていたのは、言うまでもなかった。

 ティニの奥、定番席。
 全員の胃が重くなるのを誰も否定できなかった。
 机の上には配信用モニター、注意事項一覧、そして“謎のスイーツ資料”。
 誰より先に悲鳴をあげたのは、当然ながらウラヌスだった。
「ユッピー!!」
 声を張り上げ、ジュピ子の前に身を乗り出す。
「デビューしたら絶対推すけどさ!!
 あんたの配信、伏せ字なしだと確実にD-tubeで秒BANだから!!」
 ユピテルはケラリと笑ってウィンクする。
「えー、なにがいけねェのよ。ちょっと首開けたり心音聴いたりすんのがなんだってンだよ~?」
「それが全部アウトなんだよ!!!!!!」
 ウラヌスのツッコミが店内に響く。
 サタヌスは黙ってうなずくと、ひとつ提案を出した。

「じゃあ……言い換えしよう。わかる奴にだけ伝わる感じで。
 お菓子の名前とかどうだ? 意味わかると怖いやつ。かわいいけど、エグい」
「お、いいじゃんそれ」
 ユピテルが前のめりになった。
「カヌレ焼くって言っといて“開腹手術”とか……ちょっとワクワクするな」
「“ゼリーにする”で“剥製処理”……いや~~~天才じゃン」

 レイスが腕を組んだまま、半分うんざりしながら言う。
「……そうだな。ブリュレとか……プリンとか。“中からとろける”って意味じゃ、確かに使えるか」
「お前さ、言い換えのセンスだけはマジだな。
 “やばい思想を可愛く見せる力”……それだけで革命起こせるぞ」
 その言葉に、ユピテルは朗らかに笑う。
 その笑みは雷鳴の直前の空のように軽やかで、それゆえに不気味だった。
「おっ、いいじゃんお前ら。ノッてきたじゃン」
「よし、今日は“コンプライアンス回避会議”だ!!」
「どこまで“かわいく”倫理を超えられるか、試そうぜ♡」
 誰も止められなかった。
 誰も止めようとしなかった。
 そこには今まさに─“中身がユピテルである美少女”という概念に。
 社会とモラルを曲げて合わせようとする集団が誕生していた。



【雷神、コンプラに配慮する】
【だがそれは、言葉を変えて世界を壊す魔法だった】

「……反AIに取りつかれて、もう絵描かなくなった絵師、いるだろ」
 レイスの声は静かだった。
 だが、どこか乾いていた。
「“AI許さない”って叫んでるくせに、何ヶ月も筆握ってねぇやつ。
 ああいうの見てるとさ……」
 少し言い淀んで、唇を噛んだ。
「この世界、マジで“あの社長”の脚本じゃねぇかって思うよな」
 “あの社長”─アンラ・マンユ。
 世界がバッドエンドに傾いたとき、人々が冗談半分に名を出す邪神。
 物語の裏で糸を引く者。もはや悪意の代名詞。
 しかし、その名を聞いて、ユピテルがふっと笑った。
 どこか哲学者めいた、けれど軽い声だった。

「……残念だな、レイス」
 カップを傾け、アイスのスプーンを弄びながら、言葉を継ぐ。
「“人生はつねにアドリブ”だぜ」
「俺らは、“どこまでが脚本か分からねェ”舞台で足掻くしかねぇんだよ。
 だから面白い。“神”ですら予想できねェのが、生き物のもがきってヤツだろ?」
 どこか空を見ているような、遠くを見つめる瞳。
 だがそれを打ち砕くように、すかさずウラヌスの声が飛ぶ。
「良い感じにまとめてるけどさァ、ユッピー」
「お前さっき“思想に殉じた絵師、飯しか上げてねぇ”って爆笑してたよね?」
「“供給ゼロの信念、マジで草”って言ってたやつがナニ神妙ぶってんのwww」
 鋭すぎる事実の刃。
 まるで記憶の再生装置のような正確さで、彼女は撃つ。悪意なく、ただ事実として。

 誰もが言葉を失いかけたそのとき、後ろから静かな補足が入った。
「脚本の存在を、恐れるかね?」
 カイネス博士の声だった。
 低く、穏やかで、だが心に残る硬質な響き。
「だが、恐怖を叫び散らす者は“役者”ではない。“舞台に立たぬ者”に、脚本は渡されぬよ」
 その言葉は、言葉以上の意味を持って、レイスの背中を撫でていった。
 レイスは俯いたまま、小さく息を吐いた。

「いやマスター……マジでゴメン」
 カウンターの奥、カップを拭いていたマスターに、ぼそりと謝る。
「アイス溶かした上に、変な話ずっとして……」
「……供養とか、納期とか、アホみたいなこと言って……」
 マスターは少しも表情を変えず、静かにカップを置いた。
 柔らかな声が返ってくる。

「いえ。果たされない願いというのは――哀しいものです」
「……アイス、代えましょうか?」
 レイスは首を振った。顔はまだ伏せたままだった。
「……いい。俺、ほぼ溶けてドロドロくらいが一番好き」
「なんか……そのほうが、食べきれる気がする」
 その声に、マスターは何も言わなかった。
 ただ、ゆっくりと、確かに頷いた。
 カフェの中に、氷が溶けるような沈黙が落ちた。

 世界は、劇場のようだ。
 誰かの脚本かもしれないし、全てアドリブかもしれない。
 だが今この瞬間だけは――誰も、演じていなかった。
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