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番外編
Skebウォーズ 供養は拉麺で
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「ごちそうさま。マスター」
レイスがスプーンを静かに置き、深く頭を下げた。
マスターは何も言わず、ただ静かに微笑んで一礼を返す。
チョコミントの残り香と、どこか温かい冷たさだけが、カフェに残された。
ちりんちり~ん。
ドアベルの音が、街へ響いて消えた。
クロノチームが並んでティニを出ると、空はすでに群青の縁。
わずかに雷雲が漂い、風がひゅうと吹き抜けた。
その風に乗って、ミントの香りが微かに鼻をくすぐる。
たぶんあれは、ティニのアイスの香りだったのだろう。
街は静かで、どこか時間がズレている気がした。
そんな空気のなか、サタヌスがいきなり口を開いた。
「なぁ。さっき首切ジュピターって盛り上がったんだけどよ……」
声はいつもの悪ガキノリ、だが妙に真顔だった。
「カフェで駄弁るには惜しいから、マジでデビューしねぇ?ユピテル」
「中身バレしてもイケるって、今のV界隈、地獄耐性あるし」
ユピテルは雷神スマイルを浮かべながら、肩をすくめた。
「ン~……現代に帰ったらな?」
軽く笑って、空を見上げる。その顔が、どこか真面目だった。
「てか今、何年前だよ。七大魔界分離前だぞ?パンゲア大陸だぞ?」
「チャンネル登録お願いしますより、血の契約を交わしましょうの時代だぞ?」
言われてみれば、誰も“今”が何年なのか、把握していなかった。
「てゆーかさ?今ウラヌスちゃんたち何年前にいるん?
まさかの“創世期”系?ガチンコで考古学案件じゃない?」
話が急激に時空の話題にスライドしていく。
サタヌスは頭をかきながら呟く。
「いや知らんけどよ、七大魔界分離前っつー時点で“数百年前”とかじゃねぇ」
「神話カテゴリだぞ、もう。考古学ってより神話生物観察日記」
それを聞いたレイスが、ふと口を挟む。
「1万2000年前……?」
妙に具体的な数字だった。
「最近クロノトリガーやったばっかだから間違いないわ」
「文明滅びるタイミングって、“ジール王国滅亡”と一緒なんだよ」
なるほど。絶対“エンヴィニア”をジール王国に重ねてる顔をしていた。
ウラヌスはその瞬間、ツボに入った。
「ちょwwwwwクロノトリガーじゃん!!www」
「シルバード乗らなくちゃ!!時の最果て行かなきゃ!!!」
「てかレイスがクロノなの?誰がルッカ??博士!?」
その流れに、話題をぶった切って入ってきたのは、当の博士だった。
カイネスは、空を仰ぎながらぼそりと呟く。
「……時間とは、生命の錯覚に過ぎん。君たちの“現在”など、どこにも存在しない」
まるで何も聞いていない顔で、全てを否定する爆弾を投下してくる。
「黙ってて博士~~~!!!」
クロノチーム全員が一斉に叫んだ。
風がまた、ミントの香りを運んでくる。
それはアイスの残り香か、それとも時空の綻びか。
答えは誰にも分からなかったが、ひとつ確かなのは。
今この時だけは、“とてつもなく今っぽい昔”に彼らが生きていたということだった。
群青の空。ミントの残り香が風に流れ、雷雲はゆっくりと遠ざかっていく。
クロノチームは、なんとなくできた“いつもの道”を歩いていた。
それぞれ、思い思いの方向を見ながら、特に目的地もなく。
その空気を割って、レイスがぼそりとこぼした。
「あ~……俺、クロノトリガーごっこはパスな」
隣で笑いかけていたウラヌスが「えっ何その言い方ww」と吹きかける。
「“時の最果て”ってあるだろ。あの空間。娯楽なさすぎなんだよ」
「あのオッサンと、なんか全身ピンクの謎生物(スペッキオ)しかいねぇし。
喋ってもヒントくれるだけで、情緒ゼロじゃん。あれ、病むわ普通に」
視線はどこか遠く。
きっとレイスは、“プレイヤーとしてじゃなく、人として時の最果てにいる”自分を想像していた。
その横で、サタヌスが突然口を開いた。
「いや……俺、ああいう場所でラーメン食ったら絶対うまいと思うんだよ」
唐突だった。
だが、その語気は妙に真剣だった。
「孤独感がエッセンスになってよ……誰もいねぇ空間で。
ラーメンすする音だけ響くの。
めっちゃ沁みるじゃん、ああいうの」
「わかる~」
ウラヌスが頷く。
「めっちゃウマいってわけじゃないのに、“ラーメン”って聞いて浮かぶ味、あるよね。
あれ食った瞬間、なんか“安心”するやつ」
そこで、ユピテルが口元をつり上げた。
「家系とかじゃない。中華そばだな。
いわば“ラーメンって概念”を食ってるような……あの、どこにでもあって、どこにもないヤツ」
誰もがそれにうなずいた。
「わかる」でも「そうだよね」でもない。
「……ああ、確かに」という、“味”に対する無意識の合意。
沈黙が、ふと生まれた。
でも、重たくはない。
ウラヌスが、口元をゆるめながら、ぽつり。
「それ……つまり、Skeb納品待ちと同じってこと?w」
「“来るとは限らないけど、来たら沁みる”みたいな?」
レイスが笑いながら肩をすくめた。
それが、この後に“供養ラーメン”という存在が生まれる、最初の火だったのだ。
「あー……!」
急にサタヌスがうめいた。
さっきまで時の最果ての孤独だの、ラーメン哲学だの語っていた反動が来たらしい。
「ラーメンの話なんかしなきゃ良かった……!」
呻くように言って、腹を押さえる。
「猛烈にラーメン食いてぇ、それも中華そば。……The中華そばってやつな……!」
地平の彼方を見つめている。
それはもはや戦場を見つめる兵士の眼差しだった。
だが、その隣にいたカイネスが、あくまで冷静に応じる。
「材料を教えてくれれば善処しよう」
まるで“遺伝子から再構築します”と言わんばかりの返事だった。
誰もが思った。
きっと、近いうちに彼の手で謎緑ラーメンが再現される。
チャーシューの代わりに蛇のスモークが乗ってそうだが、それでも、きっと温かくて沁みる味だ。
風が少し強くなる。雷雲が薄くちぎれ、街灯が灯る。
その中で、ウラヌスがスマホを構えながらニヤついていた。
「つかさ、マジでデビューしたらスパチャしてやるわ~」
言いながら、カメラアプリで“ジュピ子”風フィルターを自分にかけている。
一切悪気のない、その口調で、さらなる火種を放った。
「雷属性のくせにバ美肉してんの、マジ業深くて好き」
レイスが、後ろからぽつりと呟いた。
「……お前、Vなっても結局“首”切るんだろ……」
その言葉に、誰もが想像してしまった。
雷の光に照らされた白い指が、笑顔で“推しの首”を優しくなでる未来。
想像してしまったが、口には出せない未来。
しかし、ユピテルはただニヤリと笑った。
「“推しの全てを見たい”って言うヤツが多い世の中だからな」
その笑顔には、一切の悪気も、そして一切の嘘もなかった。
沈黙が訪れる。
だが、その沈黙は、どこかやさしいものだった。
そして空を見上げると、いつの間にか雨雲は晴れていた。
雷も、闇も、少しだけ遠ざかっていた。
配信予定:まだ生まれていない時代。
夢も、スパチャも、未だ訪れぬ世界の向こうにある。
だけど、その日が来るまでは、彼らはここで歩き続ける。
------
それは、ある静かな昼下がりだった。
誰が言い出したのかも定かでない。
だが、間違いなく“食いたい”という声はカフェ・ティニの奥にまで届いていた。
そして、カイネス博士が、やってのけた。
数日後、ティニの奥にある“試作品ルーム”のテーブルに、恐ろしく異様な湯気が立ち上っていた。
丼は漆黒。縁にはエンヴィニア文字で「妬ミ、嫉ミ、讃エヨ」と彫られている。
中を覗けば、麺は不穏な翡翠色。まるで蛇の鱗のような質感。
スープは深い黒に近い濃緑、表面には妖しく光る油膜。
チャーシューの代わりに浮かぶのは、ハーブでスモークされた白蛇の薄切り肉。
湯気の香りには抹茶と薬草が混じっていて、明らかに「味より儀式寄り」。
「エンヴィニアラーメン。完成しました」
カイネスが静かに告げたその声は、もはや神殿の巫女のそれだった。
「抹茶ベースの発酵スープ、マナゼロ領域下の地下水再現液で割りました。
麺には青緑のクロロフィル練り込み。香草は全て“精神安定”と“記憶混濁”に効果のある品です」
「グロいな……」
レイスが呟いた。
「でも、うまそう」
席についた一同が、神妙な顔で箸を取る。
「いただきます……」
その一口で、全員の表情が変わった。
味は、確かに“うまい”。
だが、“うまい”の向こうに、“何か”がある。
初めて神託を受けた修道士みたいな顔をして、サタヌスが言った。
「……このラーメン、罪を思い出す味する」
ウラヌスは目を見開きながら、無言でスマホを構え、ハッシュタグを打った。
#エンヴィニアラーメン #嫉妬味うますぎ #グロ美味神回避
ユピテルは、箸を置いて言った。
「これはもう、料理じゃねぇ。信仰だな」
レイスはレンゲを口に運びながら、ぽつりと呟いた。
「……“供養の味”するわ……」
全員が頷いた。
そして、誰も言わなかったが、“たぶんもう1回は食えない”と思っていた。
だが、間違いなく、この日のラーメンは美味だった。
味に、後悔が混ざっていた。だが、それもまた美の一部だった。
それが、エンヴィニアという国の味だったのだ。
----
それから数日後-D-tubeにこのような動画が投稿された。
『D-tube料理紀行:地獄の美味、エンヴィニアラーメンを作ってみた』
【閲覧注意】グロ美味伝説⁉「エンヴィニアラーメン」再現してみた【緑麺×蛇チャーシュー】
冒頭、カメラ前に立つのは、元ガチ料理人で知られるD-tuber「マーロウ鍋島」。
かつて某高級レストランで副料理長を務めた経歴を持ちながら。
今は“世界観再現飯”専門で地獄に踏み込む男だ。
オープニングは、落ち着いた声から始まる。
「本日は、“エンヴィニアラーメン”を再現してみたいと思います」
「……例によって見た目はグロいです。はい、恒例ですね」
▼ステップ1:緑の麺を打つ。
「まずはこの緑の麺。クロロフィル……つまり葉緑素を練り込んだ“抹茶麺”ですね」
✦使用素材:国産抹茶粉、青菜ペースト、卵黄多めでコシを出す。
こねてる時点で手が少し毒々しく染まる緑色に視聴者悲鳴。
でも画面越しでも分かる香りの濃さ。
コメ欄は騒然。
「草しか入ってないのに旨そうなのズルい」
「これは“嫉妬の色”」
「エンヴィニア……お前……味のセンスだけ一級なのか……?」
▼ステップ2:蛇チャーシュー。
「チャーシュー代わりには、スモークされた鶏皮+ウナギの白焼きを合成して再現します」
✦蛇は法的に無理。代用しても“滑らかさ”と“香ばしさ”が出ればそれっぽい。
✦ミントバターと黒胡椒で風味を“深淵寄り”に。
画面に盛られる瞬間、まさに“妖しい”一杯が完成。
▼ステップ3:いざ、実食。
「……見た目のインパクトはすごいですが、いただきます」
すする音。咀嚼。一拍の沈黙。
「……うん。徹夜明けに沁みる、優しい味です」
「香草と抹茶がスープを丸くしてくれてますね。グロいのに、やさしい」
「物足りない人はブラックペッパーを足すとGOOD。味が締まります」
ラスト、彼は淡く笑ってこう言った。
「物語で語られる料理を食べるって、失われた世界に触れるような感覚なんですよね」
「エンヴィニアラーメン……ごちそうさまでした」
画面がフェードアウトし、タグにはしっかりこう記されていた。
#エンヴィニアラーメン #グロ美味 #供養の味
カフェ・ティニの奥のソファ席。
夜。
薄明かりの下、クロノチームがスマホ画面を囲んで爆笑していた。
「うおっはははは!!」
サタヌスがテーブルに顔を叩きつける勢いで笑っている。
「絵面がこええええええー!!www」
「なにあのペッパーミル回すときの演出!?“封印を解く”みてぇな雰囲気じゃん!!」
画面では、D-tuberマーロウ鍋島が、厳かな手つきでブラックペッパーを振りかけている。
背景のBGMもなぜか教会音源。
画面には静かに湯気を立てるラーメン。
何の前触れもなく、BGMがフェードイン。
「Ave Maria~……」
黒胡椒がゆっくりと振られる。
粉雪のように、涙のように、まるで“すべてを見送る者”の手で。
スープの上に黒い粉がふわりと落ちた瞬間、“供養完了”みたいな空気になっていた。
ウラヌスも腹を抱えながら指をさす。
「わかる~!!胡椒ぶっかけたいくらいスープ不味い時ってあるよね~~~!!」
「てかさ、なんでアヴェ・マリア流した!?なんでそのチョイス!?腹筋死ぬわ!」
レイスは黙って画面を見つめていたが、口元が吊り上がっている。
「……いやもう“黒胡椒=呪詛”でいいだろ」
ひとこと呟いてスプーンを突き立てるしぐさをする。
「次から俺、メシまずかったら『供養するか……』って言いながら胡椒振るわ」
ユピテルも肘をつきながら頷いていた。
「魂の味を整える粉……か。いいな、それ」
「俺、“首落とした後にペッパー振る”っていうVギミックにしようかな」
「“味を忘れさせてやる”って言いながら」
「怖ェよ!!」
「調味料じゃなくて記憶改変アイテムじゃん!」
全員がツッコミを入れたあと、一拍置いて誰かが呟く。
「でも……うまそうなんだよな、あれ……」
そう。
見た目はヤバい。解説もヤバい。
なのに、画面の向こうでラーメンが“湯気の形で感情”を伝えてくる。
それは、まさしくエンヴィニアという国の味だった。
「……俺、次あの動画観るときは、ラーメン用意しとくわ」
レイスが静かに言った。
「それで、最後に胡椒をひと振りして─“納期に黙祷”するんだ」
また誰かが吹き出した。
ミントの香りが、夜風に乗ってカフェに広がった。
そして彼らは、また1つ、くだらなくて最高な思い出を増やしたのだった。
─Skebウォーズ、終戦。
レイスがスプーンを静かに置き、深く頭を下げた。
マスターは何も言わず、ただ静かに微笑んで一礼を返す。
チョコミントの残り香と、どこか温かい冷たさだけが、カフェに残された。
ちりんちり~ん。
ドアベルの音が、街へ響いて消えた。
クロノチームが並んでティニを出ると、空はすでに群青の縁。
わずかに雷雲が漂い、風がひゅうと吹き抜けた。
その風に乗って、ミントの香りが微かに鼻をくすぐる。
たぶんあれは、ティニのアイスの香りだったのだろう。
街は静かで、どこか時間がズレている気がした。
そんな空気のなか、サタヌスがいきなり口を開いた。
「なぁ。さっき首切ジュピターって盛り上がったんだけどよ……」
声はいつもの悪ガキノリ、だが妙に真顔だった。
「カフェで駄弁るには惜しいから、マジでデビューしねぇ?ユピテル」
「中身バレしてもイケるって、今のV界隈、地獄耐性あるし」
ユピテルは雷神スマイルを浮かべながら、肩をすくめた。
「ン~……現代に帰ったらな?」
軽く笑って、空を見上げる。その顔が、どこか真面目だった。
「てか今、何年前だよ。七大魔界分離前だぞ?パンゲア大陸だぞ?」
「チャンネル登録お願いしますより、血の契約を交わしましょうの時代だぞ?」
言われてみれば、誰も“今”が何年なのか、把握していなかった。
「てゆーかさ?今ウラヌスちゃんたち何年前にいるん?
まさかの“創世期”系?ガチンコで考古学案件じゃない?」
話が急激に時空の話題にスライドしていく。
サタヌスは頭をかきながら呟く。
「いや知らんけどよ、七大魔界分離前っつー時点で“数百年前”とかじゃねぇ」
「神話カテゴリだぞ、もう。考古学ってより神話生物観察日記」
それを聞いたレイスが、ふと口を挟む。
「1万2000年前……?」
妙に具体的な数字だった。
「最近クロノトリガーやったばっかだから間違いないわ」
「文明滅びるタイミングって、“ジール王国滅亡”と一緒なんだよ」
なるほど。絶対“エンヴィニア”をジール王国に重ねてる顔をしていた。
ウラヌスはその瞬間、ツボに入った。
「ちょwwwwwクロノトリガーじゃん!!www」
「シルバード乗らなくちゃ!!時の最果て行かなきゃ!!!」
「てかレイスがクロノなの?誰がルッカ??博士!?」
その流れに、話題をぶった切って入ってきたのは、当の博士だった。
カイネスは、空を仰ぎながらぼそりと呟く。
「……時間とは、生命の錯覚に過ぎん。君たちの“現在”など、どこにも存在しない」
まるで何も聞いていない顔で、全てを否定する爆弾を投下してくる。
「黙ってて博士~~~!!!」
クロノチーム全員が一斉に叫んだ。
風がまた、ミントの香りを運んでくる。
それはアイスの残り香か、それとも時空の綻びか。
答えは誰にも分からなかったが、ひとつ確かなのは。
今この時だけは、“とてつもなく今っぽい昔”に彼らが生きていたということだった。
群青の空。ミントの残り香が風に流れ、雷雲はゆっくりと遠ざかっていく。
クロノチームは、なんとなくできた“いつもの道”を歩いていた。
それぞれ、思い思いの方向を見ながら、特に目的地もなく。
その空気を割って、レイスがぼそりとこぼした。
「あ~……俺、クロノトリガーごっこはパスな」
隣で笑いかけていたウラヌスが「えっ何その言い方ww」と吹きかける。
「“時の最果て”ってあるだろ。あの空間。娯楽なさすぎなんだよ」
「あのオッサンと、なんか全身ピンクの謎生物(スペッキオ)しかいねぇし。
喋ってもヒントくれるだけで、情緒ゼロじゃん。あれ、病むわ普通に」
視線はどこか遠く。
きっとレイスは、“プレイヤーとしてじゃなく、人として時の最果てにいる”自分を想像していた。
その横で、サタヌスが突然口を開いた。
「いや……俺、ああいう場所でラーメン食ったら絶対うまいと思うんだよ」
唐突だった。
だが、その語気は妙に真剣だった。
「孤独感がエッセンスになってよ……誰もいねぇ空間で。
ラーメンすする音だけ響くの。
めっちゃ沁みるじゃん、ああいうの」
「わかる~」
ウラヌスが頷く。
「めっちゃウマいってわけじゃないのに、“ラーメン”って聞いて浮かぶ味、あるよね。
あれ食った瞬間、なんか“安心”するやつ」
そこで、ユピテルが口元をつり上げた。
「家系とかじゃない。中華そばだな。
いわば“ラーメンって概念”を食ってるような……あの、どこにでもあって、どこにもないヤツ」
誰もがそれにうなずいた。
「わかる」でも「そうだよね」でもない。
「……ああ、確かに」という、“味”に対する無意識の合意。
沈黙が、ふと生まれた。
でも、重たくはない。
ウラヌスが、口元をゆるめながら、ぽつり。
「それ……つまり、Skeb納品待ちと同じってこと?w」
「“来るとは限らないけど、来たら沁みる”みたいな?」
レイスが笑いながら肩をすくめた。
それが、この後に“供養ラーメン”という存在が生まれる、最初の火だったのだ。
「あー……!」
急にサタヌスがうめいた。
さっきまで時の最果ての孤独だの、ラーメン哲学だの語っていた反動が来たらしい。
「ラーメンの話なんかしなきゃ良かった……!」
呻くように言って、腹を押さえる。
「猛烈にラーメン食いてぇ、それも中華そば。……The中華そばってやつな……!」
地平の彼方を見つめている。
それはもはや戦場を見つめる兵士の眼差しだった。
だが、その隣にいたカイネスが、あくまで冷静に応じる。
「材料を教えてくれれば善処しよう」
まるで“遺伝子から再構築します”と言わんばかりの返事だった。
誰もが思った。
きっと、近いうちに彼の手で謎緑ラーメンが再現される。
チャーシューの代わりに蛇のスモークが乗ってそうだが、それでも、きっと温かくて沁みる味だ。
風が少し強くなる。雷雲が薄くちぎれ、街灯が灯る。
その中で、ウラヌスがスマホを構えながらニヤついていた。
「つかさ、マジでデビューしたらスパチャしてやるわ~」
言いながら、カメラアプリで“ジュピ子”風フィルターを自分にかけている。
一切悪気のない、その口調で、さらなる火種を放った。
「雷属性のくせにバ美肉してんの、マジ業深くて好き」
レイスが、後ろからぽつりと呟いた。
「……お前、Vなっても結局“首”切るんだろ……」
その言葉に、誰もが想像してしまった。
雷の光に照らされた白い指が、笑顔で“推しの首”を優しくなでる未来。
想像してしまったが、口には出せない未来。
しかし、ユピテルはただニヤリと笑った。
「“推しの全てを見たい”って言うヤツが多い世の中だからな」
その笑顔には、一切の悪気も、そして一切の嘘もなかった。
沈黙が訪れる。
だが、その沈黙は、どこかやさしいものだった。
そして空を見上げると、いつの間にか雨雲は晴れていた。
雷も、闇も、少しだけ遠ざかっていた。
配信予定:まだ生まれていない時代。
夢も、スパチャも、未だ訪れぬ世界の向こうにある。
だけど、その日が来るまでは、彼らはここで歩き続ける。
------
それは、ある静かな昼下がりだった。
誰が言い出したのかも定かでない。
だが、間違いなく“食いたい”という声はカフェ・ティニの奥にまで届いていた。
そして、カイネス博士が、やってのけた。
数日後、ティニの奥にある“試作品ルーム”のテーブルに、恐ろしく異様な湯気が立ち上っていた。
丼は漆黒。縁にはエンヴィニア文字で「妬ミ、嫉ミ、讃エヨ」と彫られている。
中を覗けば、麺は不穏な翡翠色。まるで蛇の鱗のような質感。
スープは深い黒に近い濃緑、表面には妖しく光る油膜。
チャーシューの代わりに浮かぶのは、ハーブでスモークされた白蛇の薄切り肉。
湯気の香りには抹茶と薬草が混じっていて、明らかに「味より儀式寄り」。
「エンヴィニアラーメン。完成しました」
カイネスが静かに告げたその声は、もはや神殿の巫女のそれだった。
「抹茶ベースの発酵スープ、マナゼロ領域下の地下水再現液で割りました。
麺には青緑のクロロフィル練り込み。香草は全て“精神安定”と“記憶混濁”に効果のある品です」
「グロいな……」
レイスが呟いた。
「でも、うまそう」
席についた一同が、神妙な顔で箸を取る。
「いただきます……」
その一口で、全員の表情が変わった。
味は、確かに“うまい”。
だが、“うまい”の向こうに、“何か”がある。
初めて神託を受けた修道士みたいな顔をして、サタヌスが言った。
「……このラーメン、罪を思い出す味する」
ウラヌスは目を見開きながら、無言でスマホを構え、ハッシュタグを打った。
#エンヴィニアラーメン #嫉妬味うますぎ #グロ美味神回避
ユピテルは、箸を置いて言った。
「これはもう、料理じゃねぇ。信仰だな」
レイスはレンゲを口に運びながら、ぽつりと呟いた。
「……“供養の味”するわ……」
全員が頷いた。
そして、誰も言わなかったが、“たぶんもう1回は食えない”と思っていた。
だが、間違いなく、この日のラーメンは美味だった。
味に、後悔が混ざっていた。だが、それもまた美の一部だった。
それが、エンヴィニアという国の味だったのだ。
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それから数日後-D-tubeにこのような動画が投稿された。
『D-tube料理紀行:地獄の美味、エンヴィニアラーメンを作ってみた』
【閲覧注意】グロ美味伝説⁉「エンヴィニアラーメン」再現してみた【緑麺×蛇チャーシュー】
冒頭、カメラ前に立つのは、元ガチ料理人で知られるD-tuber「マーロウ鍋島」。
かつて某高級レストランで副料理長を務めた経歴を持ちながら。
今は“世界観再現飯”専門で地獄に踏み込む男だ。
オープニングは、落ち着いた声から始まる。
「本日は、“エンヴィニアラーメン”を再現してみたいと思います」
「……例によって見た目はグロいです。はい、恒例ですね」
▼ステップ1:緑の麺を打つ。
「まずはこの緑の麺。クロロフィル……つまり葉緑素を練り込んだ“抹茶麺”ですね」
✦使用素材:国産抹茶粉、青菜ペースト、卵黄多めでコシを出す。
こねてる時点で手が少し毒々しく染まる緑色に視聴者悲鳴。
でも画面越しでも分かる香りの濃さ。
コメ欄は騒然。
「草しか入ってないのに旨そうなのズルい」
「これは“嫉妬の色”」
「エンヴィニア……お前……味のセンスだけ一級なのか……?」
▼ステップ2:蛇チャーシュー。
「チャーシュー代わりには、スモークされた鶏皮+ウナギの白焼きを合成して再現します」
✦蛇は法的に無理。代用しても“滑らかさ”と“香ばしさ”が出ればそれっぽい。
✦ミントバターと黒胡椒で風味を“深淵寄り”に。
画面に盛られる瞬間、まさに“妖しい”一杯が完成。
▼ステップ3:いざ、実食。
「……見た目のインパクトはすごいですが、いただきます」
すする音。咀嚼。一拍の沈黙。
「……うん。徹夜明けに沁みる、優しい味です」
「香草と抹茶がスープを丸くしてくれてますね。グロいのに、やさしい」
「物足りない人はブラックペッパーを足すとGOOD。味が締まります」
ラスト、彼は淡く笑ってこう言った。
「物語で語られる料理を食べるって、失われた世界に触れるような感覚なんですよね」
「エンヴィニアラーメン……ごちそうさまでした」
画面がフェードアウトし、タグにはしっかりこう記されていた。
#エンヴィニアラーメン #グロ美味 #供養の味
カフェ・ティニの奥のソファ席。
夜。
薄明かりの下、クロノチームがスマホ画面を囲んで爆笑していた。
「うおっはははは!!」
サタヌスがテーブルに顔を叩きつける勢いで笑っている。
「絵面がこええええええー!!www」
「なにあのペッパーミル回すときの演出!?“封印を解く”みてぇな雰囲気じゃん!!」
画面では、D-tuberマーロウ鍋島が、厳かな手つきでブラックペッパーを振りかけている。
背景のBGMもなぜか教会音源。
画面には静かに湯気を立てるラーメン。
何の前触れもなく、BGMがフェードイン。
「Ave Maria~……」
黒胡椒がゆっくりと振られる。
粉雪のように、涙のように、まるで“すべてを見送る者”の手で。
スープの上に黒い粉がふわりと落ちた瞬間、“供養完了”みたいな空気になっていた。
ウラヌスも腹を抱えながら指をさす。
「わかる~!!胡椒ぶっかけたいくらいスープ不味い時ってあるよね~~~!!」
「てかさ、なんでアヴェ・マリア流した!?なんでそのチョイス!?腹筋死ぬわ!」
レイスは黙って画面を見つめていたが、口元が吊り上がっている。
「……いやもう“黒胡椒=呪詛”でいいだろ」
ひとこと呟いてスプーンを突き立てるしぐさをする。
「次から俺、メシまずかったら『供養するか……』って言いながら胡椒振るわ」
ユピテルも肘をつきながら頷いていた。
「魂の味を整える粉……か。いいな、それ」
「俺、“首落とした後にペッパー振る”っていうVギミックにしようかな」
「“味を忘れさせてやる”って言いながら」
「怖ェよ!!」
「調味料じゃなくて記憶改変アイテムじゃん!」
全員がツッコミを入れたあと、一拍置いて誰かが呟く。
「でも……うまそうなんだよな、あれ……」
そう。
見た目はヤバい。解説もヤバい。
なのに、画面の向こうでラーメンが“湯気の形で感情”を伝えてくる。
それは、まさしくエンヴィニアという国の味だった。
「……俺、次あの動画観るときは、ラーメン用意しとくわ」
レイスが静かに言った。
「それで、最後に胡椒をひと振りして─“納期に黙祷”するんだ」
また誰かが吹き出した。
ミントの香りが、夜風に乗ってカフェに広がった。
そして彼らは、また1つ、くだらなくて最高な思い出を増やしたのだった。
─Skebウォーズ、終戦。
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追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
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