嫉妬帝国エンヴィニア

兜坂嵐

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妬羨

Dimensional Transfer

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 ─客間にて。
 ゾンビ博士の寝息がBGMになった静かな朝。
 突如、スマホを手にしたウラヌスの目がキラキラし始める。
「ねぇ、もしかして……これ!」
 スマホに顔を寄せながら、声を弾ませた。
「ウラちゃんたちの“データ”、転送できるの!?」
 スマホをくるくる指で回しながら、クロノチームを振り返る。

 ユピテルは腕を組み、ニヤリと笑う。
「ウソと思うならやってみな」
「失敗しても壊れるだけだしな(主にスマホが)」
「よっしゃ!じゃあ……前食べたグラタン転送しまーす♪」
 一同の静止は、当然のように間に合わない。
「文章は……“アルヴ風グラタン食べてみた”で♡」

 ・添付画像:舞台袖で撮った湯気立つグラタン。
 ・メモ内容:「アルヴ風グラタン食べてみた♡ クロノチームも元気です!」

【Dimensional Transfer: In Progress…】
【Transferring Object Data + Metadata…】
 10秒ほど、スマホが仄かに光る。

【Transfer Complete.】
 Data delivered to: VRc-25-Unit
 レイスがスマホ画面を覗き込み、目を細めた。

「……届いたな」
「時間超えて、誰かに“メシの写真”が……」
「……あいつ、絶対爆笑するわ」
 サタヌスは天井を仰ぎながら、あきれ顔。
「お前なぁ……時空通信第一号が“メシ報告”ってどうなのよ」
 ユピテルは鞘を指先でトントンと叩きながら、ゆっくり頷いた。
「……だが、“繋がった”って証明にはちょうどいい」
「あとは、“あっち”が応える番だ」
 その“あっち”では、ちょうどヴェルズロートシアターの楽屋で、スマホが震えていた。
 
 ─現代・ヴェルズロートシアター、楽屋にて。
 何気ない通知音が、彼女の指を止めた。
 添付された画像。
 緑色の湯気を立てる、妙に美味しそうなグラタン。
 それだけ。だがヴィヌスは一瞬で理解した。
「……えっ、アルヴ“風”グラタン?」
「このアルヴって……あの“アルヴ=シェリウス”? 劇作家の?」
 一気に表情が変わる。
 女王様のような笑みが消え、鋭く真剣な眼差しへ。
 背後から、楽屋仲間の無邪気な声が重なる。

「うわ~~~♡ 美味しそう~~~♡」
「なんかあったまるやつですねコレ!!」
「……チキンが煮崩れてませんね。低温処理?」
「ミョウガと紫蘇も混ざってる……これは喉と胃に優しい構成」
 誰もふざけていない。料理を“未来の遺物”として分析している。
 ヴィヌスはスマホを強く握りしめた。

「でも……待って」
「アルヴは料理人じゃなかった。なのに、この仕上がり」
「彼の料理は、記録では“エンヴィニア滅亡と共に失われた”はず……」
「……なのに、“今ここ”に?」
 その瞬間、彼女の中で何かが繋がった。
 スマホの画面を見ながら、ふっと口元を綻ばせる。

「……返信はできない」
「でも、こんなふざけたメッセージ唐突に送るやつって言ったら」
 脳裏に浮かぶのは、胡椒振るポーズでカメラ目線のレイス。
 上品な手つきでグラタンを食べるユピテル。
 グラタンを自撮りするウラヌス。
 明らかに「うめぇ!」って叫んでるサタヌス。

 そして確信した。
「─あの子たち、エンヴィニアにいる」
「……絶対持ち帰ってよ。アルヴの“遺作”─その味を、想いを」
 楽屋の背後。貼られた舞台ポスターが揺れていた。
 『仮面の果実─再演』
 まるで、未来が“更新”されたように。

 そのとき一人が冷静に、だが確実に言った。
「ヴィヌス先輩」
「今日のお昼……この料理、目視再現してみましょうか」
「分量は推測ですが、素材の輪郭は掴めました」
 覗き込んでいた団員も輝いた目で頷く。



「うわぁー!!それ絶対おいしいやつ!!」
「アルヴ風ってだけでテンション上がりますぅ!!」
 ヴィヌスは、すうっと目を細めて微笑んだ。
「……ええ、パンもつけてね」
 ─遠い過去から届いた、ほんの一皿の記憶。
 今、未来のテーブルに置かれようとしていた。

 神竜大聖堂の朝は、いつもより静かだった。
 淡い光が石造りの床を這い、白いカーテンを揺らす。
 祭壇の蝋燭の火は未だ灯っていない。
 礼拝の時間には少し早いのだ。

 長テーブルには湯気の立つスープとパン。
 寝ぼけまなこのウラヌスが、ソファに横たわった博士に毛布をかけながら、ケラケラと笑っていた。
「ハルク博士の寝顔かわいい♡」
「やっぱゾンビ状態のときが一番無防備~♡」
 無防備と言うより生命力が限界に達していた。
 カイネス・ヴィアン。世界最高の魔導研究者。
 その顔色はまるでゾンビメイク。
 肌は青白く、瞳の焦点はずれていた。
 けれど、ようやくの眠りに安堵したような息が、彼の口から静かに漏れている。

 その横で、サタヌスがパンをかじっていた。
 ふと、話題を変えるように言葉を漏らす。
「さて……マナ・デストロイヤーから逃れられそうな場所って、どこだ?」
「俺は“エンヴィニア城”だと思うぜ?あのドリルのとこ」
 誰もが思い描いた─あの、螺旋状の巨大な城塞。
 翠と黒の石材で築かれた、不気味なまでの対称美。
 その中心には、“底なしの噴水”があるという。

「えぇ」
 司祭・インマールは、神妙に頷いた。
「国で最も“堅牢”かつ“神聖”な建築物です」
「エンヴィニア王族は、“龍穴”の上に建てるよう命じました」
「リュウケツ……?」
 ユピテルが眉をひそめる。
「何だそれ、ヤバい呪術か?」
「風水用語だよ」
 レイスが胡椒をふりかけながら、簡潔に答えた。

「中国じゃ“気”の流れが集中する場所をそう呼ぶ」
「地形の“呼吸”が集まる場所─霊的にも魔力的にも超強力」
「つまり、“結界張るのに最適な場所”ってわけ」
 サタヌスはパクっとパンを口に運びながら呟く。
「なら、その“城”が一番安全じゃねーの?」
 レイスはゆっくりと頷いた。だが、その頷きには影が落ちていた。

「……ただ、王族がそこにいる限りは近づけないだろうな」
 その言葉に、場の空気が一瞬、冷えた。
 ウラヌスは、博士にそっと毛布をかけ直しながら、ふにゃりと笑う。
「まー、マナデス起動したらその城すらぶっ壊れるけどねー」
「どーせドリルだしw」
 レイスは肘をつき、爆睡中の博士を眺めた。

「……博士」
「マナ・デストロイヤーは、なんで“水中専用”なんだ?」
「もし陸地で起動できるなら、あんな限定的な兵器にしない……」
 だが返事はない。
 博士は完全に沈没中だった。
 無理もない。
 0.03秒という奇跡の通信を成し遂げた、その代償だった。

「……ま、言っても起きねぇよな。あんだけ分解してりゃ」
 静けさが再び場を支配した、そのとき。
 廊下の向こうから、布の擦れる音と小さな祈りの声が聞こえた。

 神竜教の信徒たち。
 淡いローブに身を包み、祈りの言葉を唱えながら静かに廊下を渡っていく。
 インマールはハッと目を見開いた。

「……あっ! 僕、今日のミサがありました!」
「すみません、皆さんご自由にお過ごしくださいね!」
 司祭服を慌てて整えながら、彼はそそくさと立ち去っていく。
 ─残されたのは、博士とクロノチーム。

 柔らかな朝光。
 パンとスープの香り。
 そして“地図にない結末”へと続く、ささやかな会話。
 時を越えた物語は、静かに次の一手を待っていた。
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