嫉妬帝国エンヴィニア

兜坂嵐

文字の大きさ
51 / 130
妬羨

パフェ・オブ・エンディング

しおりを挟む
 風が、神竜大聖堂の石畳を撫でていた。
 転送装置から噴き上がる余熱はすでに落ち着き、紫煙を纏った空気だけが、その痕跡を示している。
「フフフ……物体転送、成功ォ……」
 カイネス博士はスカートの裾を軽く押さえながら、小さく笑った。
 実験室から伸びるコードの海を踏み越え、扉の外に視線を向ける。
「これで明日という名の地獄茶会も、涼しい顔で乗り切れる……」
「ありがとう未来人たち……君たちは、文化兵器だ」
 クロノチーム一同は、どこか満足げに帰り支度を整えていた。
 実験の成功と、己の罪(※ブリュレ転送)から、解き放たれた者の顔である。

「ははっ、そりゃどーも」
 レイスは肩をすくめ、ジャケットを羽織る。
「俺ら、食って笑って転送するだけの簡単なお仕事だしな」
「じゃーね~~♡」
 ウラヌスは両手をブンブン振りながら、笑顔全開で飛び跳ねる。
「ウラちゃんたち帰るねー♪ パフェの予約時間、もうすぐなんだ~♪♪」

「絶対あのブリュレ、誰か腹壊すって……」
 サタヌスがぼそりと呟いた。
「てか、甘味食ったあとの顔……あれ、レイスと同じだったぞ?」
 ユピテルが真顔で重ねる。
「目がなくなる笑顔な。ありゃ……戦慄だわ」
「やめてくれ……似てんのホント怖い……」
 サタヌスは背筋をゾクリと震わせた。
 “目が笑ってない”よりタチが悪い、“目が消える笑顔”。マッド系の証明。
 そして─カイネス博士はラボの入口に立ち、振り返らないままドアのセンサーを起動させた。
 白衣の裾が風に舞い、やがてガコン、と音を立てて研究所の扉が閉まる。

 その背に、クロノチームの声は届かない。
 彼は既に、次の“罪作り”へと手を伸ばしているのだ。

 カフェ・ティニ。
 魔界で唯一、ミントリーフが“甘味”と認められた場所。
 光のランプが吊るされ、翡翠色のカーテンが風に揺れる。冷房は完璧。甘味の匂いが漂っている。
 チリン、と扉のベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
 奥のカウンターで眼鏡を光らせたマスターが、柔らかく一礼する。
「10分前に来てくれるなんてうれしいです」
「ちょうど、《パフェ・オブ・エンディング》の飾りつけが終わるところでしたよ」

「ねんがんのパフェ・オブ・エンディングをてにいれたぞ!!」
 ウラヌスが両手を広げ、爆発するような歓声を上げた。
「ウラちゃんこれのために生きてた!今この瞬間こそ人生エンディング!!♡」
 レイスはやや目を細め、ふっと笑う。
「殺してでも奪い取ら……なくてもいいか」
「目の前にあるなら、静かに戴く主義だ」
 カウンターの向こう、ガラスのドームが外される。

 そこに現れたのは─夢か、幻か。
 幾層にも重ねられた銀のグラス。
 その中には“人間の一生”を象徴するような色と甘味が詰め込まれていた。
 下層はほろ苦いキャラメルと薬草系のチョコアイス。
 中層に現れるのはベリーとナッツ、“子ども時代の輝き”を思わせる。
 そして頂点は大理石のように美しい、翡翠色のジェラートと光の羽根細工。
 透明な飴で「終焉の輪」を描いた装飾が、金色の光を受けてきらめいている。

「これが……パフェ・オブ・エンディング……」
 レイスは思わず呟いた。
「名前に反して、命が始まりそうな出来栄えだな」
「人生っていうのは、甘味と苦味のミルフィーユってことだネ~~♡」
 ウラヌスはすでにスマホを構え、バズるための角度を全力で探している。
 サタヌスは無言でフォークを取りながら、低く一言。

「これ、パフェのくせに……“覚悟”を試してくるぞ……」
 ユピテルは席に着いたまま、腕を組みつつ苦笑した。
「まさか……“最期の晩餐がパフェ”とはな……いい時代に来たもンだよ」
 ─甘味、それは文化。
 それは時に、人の命より重い。
 今、歴史を越えて生まれた地獄甘味部隊が、最高峰のエンディングへと挑む。
 パフェ1つで、世界は変わるかもしれない。

 テーブルの上には煌めくガラス細工の塔。
 翠と金、白と深紅……層ごとに異なる“記憶の味”が緻密に積み重ねられ。
 まるでそのパフェ自体が“人生の年輪”を象っているかのようだった。
 ユピテルは両手を組み、じっとそれを見つめながら口を開いた。

「……このパフェでっけぇな。ガチで墓石サイズだろ」
「一人で食えって言われたら拷問だぞ。シェア前提だろコレ」
 サタヌスが真顔で頷く。
「だから3個しか作れねぇんだな。これ、たぶん作る方も気力削れるやつ」
「“人生”って工程数じゃねぇ」
 レイスはじっと、最上層の“終焉の飴細工”を見つめながら。
 ふと横のウラヌスに視線を投げた。



「なあ、ウラ。食っていいか? 上のとこ」
「いいよ~★」
 ウラヌスはにっこり笑いながらスプーンを差し出す。
「ラストは譲る♡ その代わり“中年期”ゾーンはアタシねっ!」
 そのやりとりを見ていたマスターが、微笑を浮かべながら説明を加える。
「ええ、どうぞ。実は……“クロノ”ということで、時計の意匠も入れています」
「中央の飴細工、実は12時を指してるんですよ。終わりの鐘ってやつです」
 ユピテルはそれを聞くと、指で軽く飴の針をつついた。
「……チクタクチクタク。時間が終わる音がするな」
「だが俺らはその“終わり”を、未来に送るんだろ?」
 レイスが苦笑しながら言う。
「ああ、終わりは始まりだ。食っちまえよ、人生を」

 サタヌスはスプーンを構えながら、ぽつりと。
「……食べ終わった時、どんな気持ちになるか、ちょっと怖ぇな」
 ウラヌスがケラケラと笑った。
「“死ぬまでに食べたい”って言うけどさ~……」
「これ、食べたら人生一周するから、逆に“死後に食う”レベルだよね~♡」
 ─こうして、クロノチームと、パフェ・オブ・エンディングとの対峙が始まった。
 静かな午後。
 銀のスプーンが、一人、また一人と、記憶の層に突き刺さっていくのだった。

-----

 螺旋城全景を捉えることが出来る、夕刻の広場。
 傾きかけた陽の光が、石畳を鈍く照らしていた。
 その中央に、奇妙な男がひとり。
 赤毛のパペットを手に、ゆっくりと揺らしている。
 パペットは笑っていた。だが本体は─その何倍も、歪んでいた。

 アンラ・マンユ。
 異端にして、異形。魔王ですら畏れ忌む、“存在の枠外”。
「時空転送で、始めに試すのがブリュレか……」
「クスクス……愉快だ、実に愉快だねぇ」
 その言葉に、誰が笑えようか。
 だが、男は確かに“愉しそう”だった。
「歴史の変わりだした音がする」
 目を細めたその眼は、明日すら書き換えられる未来を真っ直ぐに見据えていた。
 男の手の中、パペットが跳ねる。



「サータ!またイタズラしたのか!? 歴史がかわっちゃうだろ! おまえのせいで!」
 大げさなくらいガイウスの声真似をしながら、ここにいないサタヌスを気遣う。
 彼の声そっくりに、しかし嘲笑うように。
「変わってもいいだろう……どの道、この国は滅ぶ」
「惨たらしくね」
 その声に導かれるように、警戒にあたっていた憲兵がひとり近づいた瞬間。
「こんな風に♪」
 アンラ・マンユが指をひと振りした。
 それだけだった。

 だが、次の瞬間─憲兵の身体が痙攣を起こし、関節が逆に折れ、皮膚が泡立ち始める。
 絶叫すら発せられないまま、ヒトという枠組みは崩壊し、“何か”へと書き換えられていった。
 その場に残ったのは、1つの笑顔。
 何も変わらないかのような、にこやかな笑顔。

「愉快、愉快……」
 アンラ・マンユの“言葉”は、病原体。
 聞いた者の精神構造を侵し、理解が及ぶ前に思考の基盤ごと崩していく。
 その“存在”そのものが、世界の正しさを腐らせる因子。

「さあ、第三幕を始めようか」
「─主役のいない舞台で」
 風が吹いた。
 だが、空の色は変わらなかった。
 変わったのは、“世界のほう”だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...