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翠の亡霊
翠の謁見
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朝焼けが差し込む神竜大聖堂。
その美しい空間で、今日は誰もが緊張の面持ちで準備をしていた。
だが、全員が身だしなみに気を使う中、ひとりだけその流れを無視している男がいた。
「サータ、いつまでオデコのセットに時間かけてんの~!?」
ウラヌスが鏡の前で手を振りながら叫ぶ。
彼女は鏡の中の自分の顔を見ながら、必死でツインテールの結び目を整えていた。
ツインテールと聞くと普通は可愛らしい印象だが。
それは、やけに深刻な顔付きで何かを求めていた。
「お前こそ!」
「ツインテールの結び目を見てはあぁでもない、こぅでもないとか言ってるだろ」
サタヌスは、少し苛立ち気味にウラヌスに言い返した。
「完璧に決めないと謁見にふさわしくないだろ」
ウラヌスは鏡の前でポーズを決めながら、自分の髪型に満足げに笑みを浮かべた。
「じゃあ私はこれで完璧よ♡これで王族にも負けないわ」
ウラヌスの髪型は、端正で高貴なツインテール─少しレトロでありながら、現代風にアレンジされていた。
SNS映えする完璧な“映えポーズ”スタイル。
「サロメ様にも見てほしいものね、今日の私!」
ウラヌスは最後に決めポーズを決めて、まるで王族のように微笑んだ。
その横で、他のメンバーは一生懸命に自分を整えようとしている。
だが、その中で唯一、身だしなみに無頓着な男がひとり。
彼の名前は……レイス・レヴィアタン。
「えぇぇ…レイスさん、その髪型で行くんですか……?」
インマールが、目を見開いて少しびっくりしながらレイスを見た。
レイスは、いつもの不敵な笑みを浮かべながら、髪の毛をかき上げて言った。
「行く、俺の中じゃフォーマルだから」
その言葉には、一切の迷いがなかった。
レイスの髪型はまるで、最初から無頓着だったようなボサボサ具合である。
しかもその髪の毛は、明らかに普段の生活に不摂生が反映されているような感覚を与えていた。
「ほら、髪の毛決めるだけじゃ疲れるだろ?」
レイスは面倒くさそうに言う。
「俺、いつもこの髪型でやってきたんだから問題ないって。
フォーマルとか、いまさらこだわらねぇよ」
そう言って、レイスは少しだけ挑戦的に笑った。
ウラヌスはレイスを見て、呆れた顔を浮かべる。
「はぁ?マジで言ってるの?これで王族の前に出る気!?」
ウラヌスはやや大きめのため息をついて、レイスの髪型をバッサリ切り捨てた。
その横で、サタヌスが手を挙げて言った。
「俺だって、髪の毛はアレだし、身だしなみとかどうでもいい」
「でもな、王族って奴らには、ちょっとは気を使ってやらねぇとな」
サタヌスは、自分の髪を撫でながら、少し無理して笑った。
レイスは、ふと黙り込む。
「……だって、俺は最初から勝ち確だろ」
レイスは、何も気にしない顔で言った。
「こんな髪型でも、俺の美しさには敵わねぇんだよ」
その瞬間、全員が無言になった。
「……レイスさん、本気でいけると思ってるんですか?」
だが、レイスは微笑みを崩さなかった。
「だって、俺は王族なんかに負けるつもりないし」
「この髪型が決め手ってのも、“逆にカッコいい”ってな」
それだけ言って、レイスはふてぶてしくステージに向かって歩き出した。
螺旋城。
その名の通り、空へ伸びるように屈折した構造を持つ古の王城は。
“謁見”の名を冠する者にのみ、門を開く。
今日、その門が―開いた。
重く軋む金属音。
閉ざされていた歴史が、静かに軋みを上げている。
白銀の装甲を纏った騎士が、彼らを迎えた。
声は凛としていたが、どこか緊張の色も滲んでいた。
「此方へ─サロメ様がお待ちです」
クロノチームの足音が、静寂の城に響く。
石畳を踏みしめるたび、空気が重くなっていく。
その時、ユピテルがふと口を開いた。
「ここに、俺の副官─カリストがいる」
口調は淡々としていた。
だがその目は、明らかに城の奥を睨んでいた。
「返してくれる様子にはないが、顔くらいは見てやるか」
誰に言うでもなく呟いたその一言に、レイスが小さく目を伏せた。
通された先の部屋は、異様な静けさと、美しさに満ちていた。
壁は滑らかに湾曲し、天井には幾何学的な魔道装飾が刻まれている。
中央には、魔力を帯びた水晶の燭台。
窓の外には、霞の向こうに広がる雲海。
だが、レイスはそれを見て――ぴたりと足を止めた。
「……同じじゃねぇか……」
ぽつりと漏らしたその声に、誰もが振り返った。
「無慟海で、俺が撮った。あの空間だ」
彼の視線は、まっすぐ部屋の奥を捉えていた。
「壊れる前は、こんなに綺麗だったんだな」
言葉は軽く。
けれどその声には、深い静寂と――痛みがあった。
レイスはゆっくりと部屋を見回す。
そこかしこに、かつての“文明”の美が刻まれていた。
あの時、瓦礫の中で見た壁の模様。
風化していた天井の文様。
すべてが、目の前で蘇っていく。
誰よりも“終わり”を知っているからこそ、息を飲むしかなかった。
そして、その奥。
重い扉の先に――サロメ・エンヴィニアが、静かに待っていた。
音もなく開いた謁見の扉。
淡い翠の光が差し込むその空間は、静寂そのものだった。
床は水面のように輝き、奥に立つ人物の姿を滲ませていた。
そこに佇んでいたのは見覚えのある顔だった。
けれどその瞳は、もう金ではなかった。
黄緑に濁ったその目は、光を弾き返すことなく。
ただ静かに彼らを見据えていた。
「ようこそ、エンヴィニア帝国へ」
声は柔らかい。
どこまでも丁寧で、どこまでも整っている。
「あなたたちの足音は、遠くからでも“異物”と分かりました」
物腰は美しい。
言葉遣いも申し分ない。
だがその言葉が告げたのは、“歓迎”ではなかった。
監視者の台詞だった。
広間の奥に控える、何人かの大臣たちが視線を交わす。
「……感情が乱れた? ロト様、ちゃんと“祈り”は維持してくださいね?」
その言葉に、カリスト─いや、“ロト”と呼ばれた彼は。
微笑みを崩さず「ええ」とだけ答えた。
だがその目は─ずっとレイスのほうを見ていた。
レイスが、一歩前に出た。
「……忘れたふりか?」
声は低い。
けれど明確に、その空気を裂いた。
「今ここで笑ってるのが“本物”なら……なんでお前、“ずっとこっち”見てんだよ」
黄緑の瞳が、わずかに揺れた。
けれどそれも一瞬。すぐに、元の微笑みに戻る。
「……戻りたいなんて、誰が言いました?」
カリストの声は、まるで風が吹き抜けるようだった。
「私には今の役割がある。あなたたちは、旅を続ければいい」
その言葉には、淡々とした距離感と。
どこか……“もう戻らない覚悟”**が宿っていた。
「そうすれば、またどこかで“時の流れ”が交わるかもしれないから」
ウラヌスが、そっと手を握る音がした。
サタヌスは何も言わず、ユピテルは表情を崩さない。
だがレイスだけは─その一言に。
胸の奥を焼かれるような感情を宿していた。
(……誰が……そんな、諦め顔を……)
その時、レイスの中に、かつて聞いた“声”が蘇った気がした。
「ねぇ、私のこと忘れないでね?」
それは今のカリストからは、到底想像できない声音だった。
“あの日の副官”はもういない。
目の前にいるのは、王に仕立て上げられた人形だ。
だがレイスは思った。
(それでも……一瞬揺れた。あの時の“お前”が、今でも奥にいるなら)
レイスは歯を食いしばりながら、静かに拳を握った。
その女が現れた瞬間、空気が変わった。
天井から吊られた魔導灯が微かに揺れ。
聖堂の空間全体が、彼女のためだけに染まるように、静かに緑を孕んだ光を放ち始めた。
階段の最上段。
そこにあるのは、王家にしか座ることを許されない椅子。
その中央に、ひとりの女が腰掛けていた。
サロメ・エンヴィニア。
最終王女にして、帝国最大の“火種”。
深緑の宝石をあしらったドレスは、彼女の肌を雪のように際立たせ。
その瞳には、どこまでも“正統”と“破滅”の両方が宿っていた。
「あら。あなたたち……」
その声は甘く、どこかくすぐるようなトーン。
「思ったより、退屈しないじゃない?」
まるで舞台に降り立った女優のような台詞だった。
それを聞いたウラヌスが、思わず叫ぶ。
「チョコミント姫またキタ~!!」
「演説の時も思ったけど、オーラが違うッッ!!」
ユピテルは腕を組みながら、口角を上げる。
「……悪役令嬢、かくあるべし、てビジュだよな。
媚びず、誇り高くて、でもその実、中身が一番ヤバい系」
サロメはその声を拾って、にっこりと微笑む。
「悪役令嬢、って……お好き?」
声は変わらず甘い。けれどその奥には、何かが滴っていた。
「ふふ。そう、私も“演じる”のは得意よ」
「特に――“舞台”が整っていれば、ね」
その言葉と同時に、カリストが一歩、前へと足を踏み出そうとした。
だが軽やかな指の音が空間を裂く。
その音だけで、カリストの足が止まった。
まるで、飼われた美しい獣が、ご主人様に止められたかのように。
サロメは、微笑を浮かべたまま、カリストの横顔に視線を送る。
「……それ以上、近づいたら喰っちゃうわよ?」
誰に向けられた言葉なのかは明白だった。
クロノチームの誰もが、一瞬にして空気を飲んだ。
「未来の旦那様、だもの」
「渡すつもりはないわ。今も―未来も」
その言葉には、支配と愛と狂気のすべてが詰まっていた。
それは、ただの“洗脳”などではない。
もっと深く、もっと複雑で。
“彼女だけが知っている関係性”を、一方的に押し付けるような、甘い呪いだった。
レイスは、思わず眉を寄せた。
ユピテルは顔をしかめ、サタヌスは「やべぇの来た」と舌打ちしていた。
だが、ウラヌスだけはぽつりと呟いた。
「最高じゃん……あのチョコミント、役に入りすぎててガチだわ♡」
物語は、最深部へ。
サロメの笑顔が、次なる“命令”を予感させるように妖しく輝いていた。
その美しい空間で、今日は誰もが緊張の面持ちで準備をしていた。
だが、全員が身だしなみに気を使う中、ひとりだけその流れを無視している男がいた。
「サータ、いつまでオデコのセットに時間かけてんの~!?」
ウラヌスが鏡の前で手を振りながら叫ぶ。
彼女は鏡の中の自分の顔を見ながら、必死でツインテールの結び目を整えていた。
ツインテールと聞くと普通は可愛らしい印象だが。
それは、やけに深刻な顔付きで何かを求めていた。
「お前こそ!」
「ツインテールの結び目を見てはあぁでもない、こぅでもないとか言ってるだろ」
サタヌスは、少し苛立ち気味にウラヌスに言い返した。
「完璧に決めないと謁見にふさわしくないだろ」
ウラヌスは鏡の前でポーズを決めながら、自分の髪型に満足げに笑みを浮かべた。
「じゃあ私はこれで完璧よ♡これで王族にも負けないわ」
ウラヌスの髪型は、端正で高貴なツインテール─少しレトロでありながら、現代風にアレンジされていた。
SNS映えする完璧な“映えポーズ”スタイル。
「サロメ様にも見てほしいものね、今日の私!」
ウラヌスは最後に決めポーズを決めて、まるで王族のように微笑んだ。
その横で、他のメンバーは一生懸命に自分を整えようとしている。
だが、その中で唯一、身だしなみに無頓着な男がひとり。
彼の名前は……レイス・レヴィアタン。
「えぇぇ…レイスさん、その髪型で行くんですか……?」
インマールが、目を見開いて少しびっくりしながらレイスを見た。
レイスは、いつもの不敵な笑みを浮かべながら、髪の毛をかき上げて言った。
「行く、俺の中じゃフォーマルだから」
その言葉には、一切の迷いがなかった。
レイスの髪型はまるで、最初から無頓着だったようなボサボサ具合である。
しかもその髪の毛は、明らかに普段の生活に不摂生が反映されているような感覚を与えていた。
「ほら、髪の毛決めるだけじゃ疲れるだろ?」
レイスは面倒くさそうに言う。
「俺、いつもこの髪型でやってきたんだから問題ないって。
フォーマルとか、いまさらこだわらねぇよ」
そう言って、レイスは少しだけ挑戦的に笑った。
ウラヌスはレイスを見て、呆れた顔を浮かべる。
「はぁ?マジで言ってるの?これで王族の前に出る気!?」
ウラヌスはやや大きめのため息をついて、レイスの髪型をバッサリ切り捨てた。
その横で、サタヌスが手を挙げて言った。
「俺だって、髪の毛はアレだし、身だしなみとかどうでもいい」
「でもな、王族って奴らには、ちょっとは気を使ってやらねぇとな」
サタヌスは、自分の髪を撫でながら、少し無理して笑った。
レイスは、ふと黙り込む。
「……だって、俺は最初から勝ち確だろ」
レイスは、何も気にしない顔で言った。
「こんな髪型でも、俺の美しさには敵わねぇんだよ」
その瞬間、全員が無言になった。
「……レイスさん、本気でいけると思ってるんですか?」
だが、レイスは微笑みを崩さなかった。
「だって、俺は王族なんかに負けるつもりないし」
「この髪型が決め手ってのも、“逆にカッコいい”ってな」
それだけ言って、レイスはふてぶてしくステージに向かって歩き出した。
螺旋城。
その名の通り、空へ伸びるように屈折した構造を持つ古の王城は。
“謁見”の名を冠する者にのみ、門を開く。
今日、その門が―開いた。
重く軋む金属音。
閉ざされていた歴史が、静かに軋みを上げている。
白銀の装甲を纏った騎士が、彼らを迎えた。
声は凛としていたが、どこか緊張の色も滲んでいた。
「此方へ─サロメ様がお待ちです」
クロノチームの足音が、静寂の城に響く。
石畳を踏みしめるたび、空気が重くなっていく。
その時、ユピテルがふと口を開いた。
「ここに、俺の副官─カリストがいる」
口調は淡々としていた。
だがその目は、明らかに城の奥を睨んでいた。
「返してくれる様子にはないが、顔くらいは見てやるか」
誰に言うでもなく呟いたその一言に、レイスが小さく目を伏せた。
通された先の部屋は、異様な静けさと、美しさに満ちていた。
壁は滑らかに湾曲し、天井には幾何学的な魔道装飾が刻まれている。
中央には、魔力を帯びた水晶の燭台。
窓の外には、霞の向こうに広がる雲海。
だが、レイスはそれを見て――ぴたりと足を止めた。
「……同じじゃねぇか……」
ぽつりと漏らしたその声に、誰もが振り返った。
「無慟海で、俺が撮った。あの空間だ」
彼の視線は、まっすぐ部屋の奥を捉えていた。
「壊れる前は、こんなに綺麗だったんだな」
言葉は軽く。
けれどその声には、深い静寂と――痛みがあった。
レイスはゆっくりと部屋を見回す。
そこかしこに、かつての“文明”の美が刻まれていた。
あの時、瓦礫の中で見た壁の模様。
風化していた天井の文様。
すべてが、目の前で蘇っていく。
誰よりも“終わり”を知っているからこそ、息を飲むしかなかった。
そして、その奥。
重い扉の先に――サロメ・エンヴィニアが、静かに待っていた。
音もなく開いた謁見の扉。
淡い翠の光が差し込むその空間は、静寂そのものだった。
床は水面のように輝き、奥に立つ人物の姿を滲ませていた。
そこに佇んでいたのは見覚えのある顔だった。
けれどその瞳は、もう金ではなかった。
黄緑に濁ったその目は、光を弾き返すことなく。
ただ静かに彼らを見据えていた。
「ようこそ、エンヴィニア帝国へ」
声は柔らかい。
どこまでも丁寧で、どこまでも整っている。
「あなたたちの足音は、遠くからでも“異物”と分かりました」
物腰は美しい。
言葉遣いも申し分ない。
だがその言葉が告げたのは、“歓迎”ではなかった。
監視者の台詞だった。
広間の奥に控える、何人かの大臣たちが視線を交わす。
「……感情が乱れた? ロト様、ちゃんと“祈り”は維持してくださいね?」
その言葉に、カリスト─いや、“ロト”と呼ばれた彼は。
微笑みを崩さず「ええ」とだけ答えた。
だがその目は─ずっとレイスのほうを見ていた。
レイスが、一歩前に出た。
「……忘れたふりか?」
声は低い。
けれど明確に、その空気を裂いた。
「今ここで笑ってるのが“本物”なら……なんでお前、“ずっとこっち”見てんだよ」
黄緑の瞳が、わずかに揺れた。
けれどそれも一瞬。すぐに、元の微笑みに戻る。
「……戻りたいなんて、誰が言いました?」
カリストの声は、まるで風が吹き抜けるようだった。
「私には今の役割がある。あなたたちは、旅を続ければいい」
その言葉には、淡々とした距離感と。
どこか……“もう戻らない覚悟”**が宿っていた。
「そうすれば、またどこかで“時の流れ”が交わるかもしれないから」
ウラヌスが、そっと手を握る音がした。
サタヌスは何も言わず、ユピテルは表情を崩さない。
だがレイスだけは─その一言に。
胸の奥を焼かれるような感情を宿していた。
(……誰が……そんな、諦め顔を……)
その時、レイスの中に、かつて聞いた“声”が蘇った気がした。
「ねぇ、私のこと忘れないでね?」
それは今のカリストからは、到底想像できない声音だった。
“あの日の副官”はもういない。
目の前にいるのは、王に仕立て上げられた人形だ。
だがレイスは思った。
(それでも……一瞬揺れた。あの時の“お前”が、今でも奥にいるなら)
レイスは歯を食いしばりながら、静かに拳を握った。
その女が現れた瞬間、空気が変わった。
天井から吊られた魔導灯が微かに揺れ。
聖堂の空間全体が、彼女のためだけに染まるように、静かに緑を孕んだ光を放ち始めた。
階段の最上段。
そこにあるのは、王家にしか座ることを許されない椅子。
その中央に、ひとりの女が腰掛けていた。
サロメ・エンヴィニア。
最終王女にして、帝国最大の“火種”。
深緑の宝石をあしらったドレスは、彼女の肌を雪のように際立たせ。
その瞳には、どこまでも“正統”と“破滅”の両方が宿っていた。
「あら。あなたたち……」
その声は甘く、どこかくすぐるようなトーン。
「思ったより、退屈しないじゃない?」
まるで舞台に降り立った女優のような台詞だった。
それを聞いたウラヌスが、思わず叫ぶ。
「チョコミント姫またキタ~!!」
「演説の時も思ったけど、オーラが違うッッ!!」
ユピテルは腕を組みながら、口角を上げる。
「……悪役令嬢、かくあるべし、てビジュだよな。
媚びず、誇り高くて、でもその実、中身が一番ヤバい系」
サロメはその声を拾って、にっこりと微笑む。
「悪役令嬢、って……お好き?」
声は変わらず甘い。けれどその奥には、何かが滴っていた。
「ふふ。そう、私も“演じる”のは得意よ」
「特に――“舞台”が整っていれば、ね」
その言葉と同時に、カリストが一歩、前へと足を踏み出そうとした。
だが軽やかな指の音が空間を裂く。
その音だけで、カリストの足が止まった。
まるで、飼われた美しい獣が、ご主人様に止められたかのように。
サロメは、微笑を浮かべたまま、カリストの横顔に視線を送る。
「……それ以上、近づいたら喰っちゃうわよ?」
誰に向けられた言葉なのかは明白だった。
クロノチームの誰もが、一瞬にして空気を飲んだ。
「未来の旦那様、だもの」
「渡すつもりはないわ。今も―未来も」
その言葉には、支配と愛と狂気のすべてが詰まっていた。
それは、ただの“洗脳”などではない。
もっと深く、もっと複雑で。
“彼女だけが知っている関係性”を、一方的に押し付けるような、甘い呪いだった。
レイスは、思わず眉を寄せた。
ユピテルは顔をしかめ、サタヌスは「やべぇの来た」と舌打ちしていた。
だが、ウラヌスだけはぽつりと呟いた。
「最高じゃん……あのチョコミント、役に入りすぎててガチだわ♡」
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