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第12話
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翌日、綾瀬はなんとか学校へ向かう。
「綾瀬、風邪だった?」
中島の問いに、綾瀬は「ちょっと」と強張った顔で返し、席に着く。
「ノート貸すよ」
「ありがとう。助かる」
「あんま無理すんなよ」
ニコッと笑う中島に、口角を持ち上げてみた。しかし顔の筋肉が思ったよりも硬くて重い。うまく笑えなかった。
騒がしい教室に、聞こえてくる同級生の雑談は流行りのアイドルや話題のお店についてのものばかり。綾瀬のこととか、ケーキバースのこととか、気にする人はいない。
変わらない日常がここにある。
「綾瀬くん、呼ばれてるよ」
隣席の栗原の声に、ビクッと肩を跳ねさせた。彼女が指差した先に、須加がいる。
上級生の教室に入れない須加は、捨てられた犬みたいな顔で入り口に佇んでいる。
「あの子毎日来てるよ。綾瀬に後輩って珍しいけど、知り合い?」
「まあ、ちょっと」
興味津々な中島の視線から逃げるように、綾瀬は教室を出た。
「こっち」
連絡を無視した後ろめたさで、須加と眼を合わせることもできず。ひと言だけかけると、早足でいつもの待ち合わせ場所へ向かう。
踊り場に着くと、須加はすぐに問うてきた。
「先輩、なにがあったんですか。連絡がとれなくて心配しましたよ」
「……別に、なにもない」
「隠さなくてもいいですよ。俺になんかできることあったら言ってください」
誰かに後をつけられてるかも、と伝えたら、きっとなんとしても助けてくれる。でも、須加だけは絶対に巻き込みたくない。だ
綾瀬は口を噤んだ。眩暈がするほど思考がぐるぐる回っている。須加の提案をやっぱり受け入れなければよかったとすら思い始めた。
須加と一緒にいるのが心地良い。彼に向ける感情が、坂を転がる雪玉のように日に日に大きくなっている。
このままどんどん心を傾けていくと、そのうち独占欲が強くなり、やがて捕食事件を起こすかもしれない。
万が一でも須加を傷つけたら――おぞましい想像に身震いひとつ。
あんな痛ましくてつらい経験を、須加や須加の家族にさせたくない。
幸福を絵に描いたような食卓に、危険分子〈フォーク〉はいてはいけない。
マイナスの思考の渦にはまった綾瀬がどれほど考えても、導いた答えはひとつしかない――須加から離れることだ。
「本当になにもない!」
自分でも驚くほど声が大きかった。眼を瞠った須加を見て、気まずそうに視線を逸らした。
「とにかくなにもないから、放っといて」
それだけ残し、綾瀬は来た道を早足で戻った。背後から須加の声がしたけど、足を止めなかった。
「なあ綾瀬、さっきの子は誰?」
小休憩のチャイムが鳴った。担任が教室を出ると、中島はすぐ綾瀬に振り向いた。
「……」
黙り込んだ綾瀬の態度を気にせずに。
「なあ、どういう関係?」
「ただの後輩だ」
「わざわざクラスまで会いにくるから仲がいいだろ」
「……普通」
素気なく返事しながら、中島から借りたノートを写す。話す気分ではない。だが、ノートを貸してもらった手前に、無視はできない。
「そうツンツンすんなよ」
中島は頬杖をつき、言葉を続ける。
「過去いろいろあったかもしんないけど、もう少し力を抜きなよ」
力の加減を間違え、字が罫線からはみ出て、歪な形になった。
「もう少し周りを頼ってもいいと思うよ」
――なにも知らないくせに!
心の中に、理不尽な怒りを覚えた。
けど、言い返しても意味がないともわかる。
傷ついた心に向き合わず、前に進むことから逃げ続けた。そう選んだのは、自分だ。
下校のチャイムが鳴ると、すぐ教室を後にした。上履きを履き替えたとき。
「ねえ、今から先輩んちに行っていいですか」
「もう来ないで! 放っておいてよ」
急に摑んできた須加の手を、反射で振り払う。その拒絶に、須加はショックで固まった。
そんな顔をさせたかったじゃない。いたたまれなくなった綾瀬は駆け足で帰った。
家の前にまた菓子パンの包装袋が落ちた。
学校に行っている間に、知らない人がずっとここで待っていた。そう考えると、気味悪さで吐き気が込み上げた。
急いで解錠して家に入る。
そのときだった。
ドン――鈍い衝撃音が後頭部に響いた。
脳みそが激しく揺れ、ぐらりと視界が回る。後追いでやってきた鈍痛が全身に広がった。
立っていられず、廊下へと倒れ込んだ。
「なっ」
起き上がる前に、上から跨がれ、動きを封じられた。
綾瀬は首だけを回し、乗っかってきた男を見上げた。逆光に眼を凝らす。
――そのときが来たら、おまえを骨まできれいにしゃぶってやるからなあ。
耳の奥に、あのときの声がこだまする。眼前の光景が歪んだ。
*************
明日7/27の昼頃に更新します
綾瀬の辛い過去が明かされます
「綾瀬、風邪だった?」
中島の問いに、綾瀬は「ちょっと」と強張った顔で返し、席に着く。
「ノート貸すよ」
「ありがとう。助かる」
「あんま無理すんなよ」
ニコッと笑う中島に、口角を持ち上げてみた。しかし顔の筋肉が思ったよりも硬くて重い。うまく笑えなかった。
騒がしい教室に、聞こえてくる同級生の雑談は流行りのアイドルや話題のお店についてのものばかり。綾瀬のこととか、ケーキバースのこととか、気にする人はいない。
変わらない日常がここにある。
「綾瀬くん、呼ばれてるよ」
隣席の栗原の声に、ビクッと肩を跳ねさせた。彼女が指差した先に、須加がいる。
上級生の教室に入れない須加は、捨てられた犬みたいな顔で入り口に佇んでいる。
「あの子毎日来てるよ。綾瀬に後輩って珍しいけど、知り合い?」
「まあ、ちょっと」
興味津々な中島の視線から逃げるように、綾瀬は教室を出た。
「こっち」
連絡を無視した後ろめたさで、須加と眼を合わせることもできず。ひと言だけかけると、早足でいつもの待ち合わせ場所へ向かう。
踊り場に着くと、須加はすぐに問うてきた。
「先輩、なにがあったんですか。連絡がとれなくて心配しましたよ」
「……別に、なにもない」
「隠さなくてもいいですよ。俺になんかできることあったら言ってください」
誰かに後をつけられてるかも、と伝えたら、きっとなんとしても助けてくれる。でも、須加だけは絶対に巻き込みたくない。だ
綾瀬は口を噤んだ。眩暈がするほど思考がぐるぐる回っている。須加の提案をやっぱり受け入れなければよかったとすら思い始めた。
須加と一緒にいるのが心地良い。彼に向ける感情が、坂を転がる雪玉のように日に日に大きくなっている。
このままどんどん心を傾けていくと、そのうち独占欲が強くなり、やがて捕食事件を起こすかもしれない。
万が一でも須加を傷つけたら――おぞましい想像に身震いひとつ。
あんな痛ましくてつらい経験を、須加や須加の家族にさせたくない。
幸福を絵に描いたような食卓に、危険分子〈フォーク〉はいてはいけない。
マイナスの思考の渦にはまった綾瀬がどれほど考えても、導いた答えはひとつしかない――須加から離れることだ。
「本当になにもない!」
自分でも驚くほど声が大きかった。眼を瞠った須加を見て、気まずそうに視線を逸らした。
「とにかくなにもないから、放っといて」
それだけ残し、綾瀬は来た道を早足で戻った。背後から須加の声がしたけど、足を止めなかった。
「なあ綾瀬、さっきの子は誰?」
小休憩のチャイムが鳴った。担任が教室を出ると、中島はすぐ綾瀬に振り向いた。
「……」
黙り込んだ綾瀬の態度を気にせずに。
「なあ、どういう関係?」
「ただの後輩だ」
「わざわざクラスまで会いにくるから仲がいいだろ」
「……普通」
素気なく返事しながら、中島から借りたノートを写す。話す気分ではない。だが、ノートを貸してもらった手前に、無視はできない。
「そうツンツンすんなよ」
中島は頬杖をつき、言葉を続ける。
「過去いろいろあったかもしんないけど、もう少し力を抜きなよ」
力の加減を間違え、字が罫線からはみ出て、歪な形になった。
「もう少し周りを頼ってもいいと思うよ」
――なにも知らないくせに!
心の中に、理不尽な怒りを覚えた。
けど、言い返しても意味がないともわかる。
傷ついた心に向き合わず、前に進むことから逃げ続けた。そう選んだのは、自分だ。
下校のチャイムが鳴ると、すぐ教室を後にした。上履きを履き替えたとき。
「ねえ、今から先輩んちに行っていいですか」
「もう来ないで! 放っておいてよ」
急に摑んできた須加の手を、反射で振り払う。その拒絶に、須加はショックで固まった。
そんな顔をさせたかったじゃない。いたたまれなくなった綾瀬は駆け足で帰った。
家の前にまた菓子パンの包装袋が落ちた。
学校に行っている間に、知らない人がずっとここで待っていた。そう考えると、気味悪さで吐き気が込み上げた。
急いで解錠して家に入る。
そのときだった。
ドン――鈍い衝撃音が後頭部に響いた。
脳みそが激しく揺れ、ぐらりと視界が回る。後追いでやってきた鈍痛が全身に広がった。
立っていられず、廊下へと倒れ込んだ。
「なっ」
起き上がる前に、上から跨がれ、動きを封じられた。
綾瀬は首だけを回し、乗っかってきた男を見上げた。逆光に眼を凝らす。
――そのときが来たら、おまえを骨まできれいにしゃぶってやるからなあ。
耳の奥に、あのときの声がこだまする。眼前の光景が歪んだ。
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明日7/27の昼頃に更新します
綾瀬の辛い過去が明かされます
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