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第17話
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朝食のあと、綾瀬は須加のメッセージを確認する。診察が終わり、許可がおりたから退院が決まった。
よかった、と心底からほっとした。
退院の準備をしているのだろう。数回往復したやりとりが既読ついたまま途切れた。
ノックの音のあと、病室の扉が開いた。お見舞いに来た叔母は手提げ袋を持っている。
「理人、今日は気分どう?」
「変わりないよ」
叔母は椅子に腰をかけると、手提げ袋から桃のフルーツゼリーを取り出した。
「さっき須加くんのところに行ってきたよ。須加くん、もう退院だって。今荷物の片づけをしてる」
「それはよかった」
渡されたゼリーを見る。理香子が撮影現場への差し入れでよく買っていた。たくさん味があって、綾瀬は桃味が一等好きだった。
「……叔母ちゃん」
喉に支えた言葉の続きを吐き出すのに時間を要する。
「――ごめん」
本当は先に言うべきだった。
叔母に言わせてしまったことが、棘となって心を突き刺す。
「理人が謝ることじゃないよ。拓真がまたバカなことをしたんだ……私のほうが、理人に謝らないといけないんだ」
「叔母ちゃんはなにも悪くない」
叔母は静かに首を振った。後悔を告解するような深刻な表情で紡ぐ。
「私が悪いんだ。私が向き合わないで逃げたんだ……拓真にも、理人にもちゃんと向き合えばこんなことにならなかったかもしれない」
「それは俺もだ! 俺のせいで拓にいが家にいられなくなって……俺を引き取ったことを、叔母ちゃんが後悔してるんじゃないかって、本当は嫌じゃないかって怖くて……」
「そんなことがあるわけないでしょ! どうしてそんなバカなことを考えてるの」
「俺さえいなければ、母さんだって生きてたかもしれない……拓にいだってフォークにならなかったかもしれない……」
こんなことを考えても意味がない。わかってる。
しかし、負の思考の渦から簡単に抜け出せない。
叔母に負担をかけたくないというのは本心だ。でもそれ以上に、責められるのが怖くて、逃げ続けていた。
「過ぎたことを考えるのはもうやめましょう。ひとりで抱え込まないで。私にも叔父さんにも頼って。あなたはひとりじゃないのよ」
「叔母ちゃん……」
綾瀬は叔母に眼を向けた。長い間直視できなかった顔は、記憶よりも老け込んでいる。眼の下の隈が化粧でも隠し切れず、涙で滲んだ眦の皺が一層目立つ。
「……ごめん。本当にごめん」
「またなにバカなことを」
綾瀬は叔母を抱き締めた。理香子に会えなくて不貞腐れた幼い自分を、叔母はいつもこんなふうに抱いてm宥めてくれていた。
「たくさん悲しませてしまってごめん。俺を見放しないでくれてありがとう」
抱き合ったまま、綾瀬は叔母とふたりで泣いていた。見回りにきた看護師に見られ、面映そうに座り直した。
ハンカチで眼元を拭いた叔母は、「ゼリー食べよう」と言った。
叔母はさくらんぼ味を手に取った。理香子も桃味、矢田は洋梨味が好きだった。
フタを外し、プラスチックのスプーンを差し込むと、シロップが溢れ出る。ゼリーを掬って口へ運ぶ。
舌で押し潰すと、ぷるんと弾けるこの食感が好きだった。なめらかなゼリーに包まれた果肉を嚙む。シャキッとした心地よい音がした。
美味しかったと覚えているのに、それはどんな味だったかもう思い出せない。
しかし、懐かしい味はたしかした。ようやく乾いた眦がまた濡れた。
もう二度と戻れない、みんなで美味しいねと言い合いながらゼリーを食べるあの日々が恋しい。
-----------------
次回、明日夕方に更新します!
よかった、と心底からほっとした。
退院の準備をしているのだろう。数回往復したやりとりが既読ついたまま途切れた。
ノックの音のあと、病室の扉が開いた。お見舞いに来た叔母は手提げ袋を持っている。
「理人、今日は気分どう?」
「変わりないよ」
叔母は椅子に腰をかけると、手提げ袋から桃のフルーツゼリーを取り出した。
「さっき須加くんのところに行ってきたよ。須加くん、もう退院だって。今荷物の片づけをしてる」
「それはよかった」
渡されたゼリーを見る。理香子が撮影現場への差し入れでよく買っていた。たくさん味があって、綾瀬は桃味が一等好きだった。
「……叔母ちゃん」
喉に支えた言葉の続きを吐き出すのに時間を要する。
「――ごめん」
本当は先に言うべきだった。
叔母に言わせてしまったことが、棘となって心を突き刺す。
「理人が謝ることじゃないよ。拓真がまたバカなことをしたんだ……私のほうが、理人に謝らないといけないんだ」
「叔母ちゃんはなにも悪くない」
叔母は静かに首を振った。後悔を告解するような深刻な表情で紡ぐ。
「私が悪いんだ。私が向き合わないで逃げたんだ……拓真にも、理人にもちゃんと向き合えばこんなことにならなかったかもしれない」
「それは俺もだ! 俺のせいで拓にいが家にいられなくなって……俺を引き取ったことを、叔母ちゃんが後悔してるんじゃないかって、本当は嫌じゃないかって怖くて……」
「そんなことがあるわけないでしょ! どうしてそんなバカなことを考えてるの」
「俺さえいなければ、母さんだって生きてたかもしれない……拓にいだってフォークにならなかったかもしれない……」
こんなことを考えても意味がない。わかってる。
しかし、負の思考の渦から簡単に抜け出せない。
叔母に負担をかけたくないというのは本心だ。でもそれ以上に、責められるのが怖くて、逃げ続けていた。
「過ぎたことを考えるのはもうやめましょう。ひとりで抱え込まないで。私にも叔父さんにも頼って。あなたはひとりじゃないのよ」
「叔母ちゃん……」
綾瀬は叔母に眼を向けた。長い間直視できなかった顔は、記憶よりも老け込んでいる。眼の下の隈が化粧でも隠し切れず、涙で滲んだ眦の皺が一層目立つ。
「……ごめん。本当にごめん」
「またなにバカなことを」
綾瀬は叔母を抱き締めた。理香子に会えなくて不貞腐れた幼い自分を、叔母はいつもこんなふうに抱いてm宥めてくれていた。
「たくさん悲しませてしまってごめん。俺を見放しないでくれてありがとう」
抱き合ったまま、綾瀬は叔母とふたりで泣いていた。見回りにきた看護師に見られ、面映そうに座り直した。
ハンカチで眼元を拭いた叔母は、「ゼリー食べよう」と言った。
叔母はさくらんぼ味を手に取った。理香子も桃味、矢田は洋梨味が好きだった。
フタを外し、プラスチックのスプーンを差し込むと、シロップが溢れ出る。ゼリーを掬って口へ運ぶ。
舌で押し潰すと、ぷるんと弾けるこの食感が好きだった。なめらかなゼリーに包まれた果肉を嚙む。シャキッとした心地よい音がした。
美味しかったと覚えているのに、それはどんな味だったかもう思い出せない。
しかし、懐かしい味はたしかした。ようやく乾いた眦がまた濡れた。
もう二度と戻れない、みんなで美味しいねと言い合いながらゼリーを食べるあの日々が恋しい。
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次回、明日夕方に更新します!
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