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4章 轗軻不遇の輪舞曲
カタリナの作戦勝ち
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──────アリサ
「ファラク様、これがクライドンになるのですか?」
「そうだ。想像つかないだろ?」
私は、地下室でファラク様のお手伝いをしている。
実際にはファラク様は今は『簡易フェターク』の改良をされていてクライドンはその後に造る予定らしい。
なので今は地下の研究室へ続く長い廊下に無造作に置かれている木箱の中にある『それらしい』パーツを研究室の隅に置くのを手伝っていた。
『それらしい』と言うのは、そのパーツとやらは『丸い木の板』だったり、私の腕ぐらいの『四角い木材』だったりで、私が知っているクライドンとは何もかもが想像と違っていた。
「本当に、見当がつかないです……腕にしては短いし、私が知っているのと違います」
「お? アリサはクライドンが好きなのか?」
私は女性らしからぬ返答をしてしまったのを恥じる。
ただ、実は少し興味はある。
施設での絵本には男の子向けの、そういった絵本などもあり、暇を持て余した私はそれも飽きるほどに読んでいたため、クライドン自体には抵抗がなかったりする。
いや、この際言うが、結構好きだったりする。
「いや、あの、はい。ちょっと興味があります……」
「おおそうか。なら完成したらアリサを最初にのせてあげよう」
「本当ですか!? ……とと」
私はテンションが上がり、思わず手にしていた木材を落とすところだった。
危ない危ない。
「ハハハ。気を付けてくれよ。それでも高級ユグドラシルなんでな。買ったらそれだけでも200万はするぞ」
「ええええええ!!」
ファラク様は私が持っていた丸い木材を指差してとんでもない事を言った。
私は驚きの余り再度それを落としかけ、冷や汗が吹き出てしまった。
ただの木の板が200万だなんて……
ファラク様は慣れているのか、少し雑な感じで運んでいたため、私もそれに習って『運べればいい』という感じで手伝っていたのを少し後悔した。
『もし落として割れたりしたら……最悪また施設に送り返されるかも』
その恐怖が私を襲い、それ以降は全集中に呼吸を整え木材運びを手伝った。
なんてったて、私の命の数倍もするものを運んでいるのだから。
──────
「これでよしっと」
最後の木材を運び終えた私は、作業台でフェタークの改良をしているファラク様に完了の報告をした。
ファラク様は「ありがとう」と私の頭を撫でると、私の顔を見据えた。
「ところでアリサ、どんな姿のクライドンが良いかな?」
「はい? 外見……ということですか?」
「そうだ。せっかくだからアリサの好きな形に仕上げようと思ってな」
「えええ! そんな恐れ多いです」
「参考までに聞く程度だ、そんな真剣にならなくても良い。着てみたい服とか、ないかな?」
「そうですか。でしたら──」
私は目線を下げ、自分が着ているメイド服を見る。それはとても立派な黒を基調としたフリフリの可愛いお洋服である。
私が、これ以上に着てみたいお洋服かぁ……
「ドレス……」
「ほぉ、ドレスか? 中々良いな」
しまった!
思わず口をついた「ドレス」という言葉にファラク様は少しやる気を出したように見えた。
「どうせならこの後、普通のドレスを買いに行くか?」
「だ、大丈夫です!」
私は顔から火が出る程恥ずかしくなってしまい、ブンブンと手を振りファラク様の要望を断った。
私のような人間戻りに、ドレスなんて似合わないもの。
──────
ファラク様の手伝いを終えた私は、洗濯物を取り出すため、地上から庭へ出る。
手触りで乾燥具合を確認すると、自分で言うのもなんだけどテキパキと籠へ取り込んでいった。
施設ではこういった雑用は売れ残りの私がしていたので、もう手慣れたものだ。
唯一違うのは、洗濯機が豪華すぎるのと、なんかいい匂いのする『柔軟剤』とか呼ばれるものを入れるくらいで、奥様から数回教わっただけで幾分か一人で出来るようになっていた。
「よし、完璧だね」
全て籠へ放り込めば、後は畳んで奥様とファラク様の共有のタンスにしまうだけだ。
室内へ戻ろうとした時、家の裏手から奥様の鬼気迫る声が聞こえた。
「ハァ! スゥウウ……ハァッ!」
まさか、泥棒?
私は洗濯籠を放り投げ、駆け足で庭の裏手へ回る。
そこに居たのは、何かの格闘技? の稽古に勤しむ奥様であった。
「ハァアアアイッ!」
そこで蹴り技を放つ奥様はまるで、誰かと戦っているかのように一人で模擬格闘をしていた。
でも、私が感動したのはそこではなかった。
「凄い、ラランみたい。いや、ラランだ」
そう、そこにはあのゲームの『ララン』が生きているかのような奥様の『動き』があった。
私は、邪魔をしないように建物の影から奥様の動きを観察するのをやめることができなかった。
「格好いい……」
それ以外の言葉が出なかった。
ラランの動き、間合いなどは私もよく分かっている。
その私が見惚れる程に、奥様は見えない相手と戦っていた。
「あれ? この動きって……」
攻める手を休めず、そして一切隙を見せない。それでいて、どの技にも対応出来る距離をずっと保っている。
驚く事に、奥様はフラミンゴさんの戦い方と同じであった。
「……フラミンゴさん?」
「む? 誰だ? ……ああ、アリサか」
「あ、お邪魔して申し訳ありません。奥様」
やってしまった──
邪魔をしないようにするつもりが、1番やってはいけない事をしてしまった。
私は、ひと息ついて汗を拭く奥様に誠心誠意謝罪した。
どうやら奥様はそれ程怒っていないらしく、救われた気分になった。
「で、アリサよ、どうだった?」
「え? あの、『どう』とは?」
「私の動きさ。見るに耐えなかったかな?」
「そんな事ございません! とても、あの、格好いいと思いました!」
それが奥様の自虐であると分かっていながら、私は全力でそれを否定した。
あんなに美しい動き……出来る事なら私もやってみたいとすら思った程である。
「ふむ、そうか。ではやってみるか?」
「えええ! いえいえ、私には無理ですよ!」
無理無理無理無理!!
私の脳みそが『無理』の2文字で占領された。
一体奥様は何を言っているのだろう? ゲームならともかく、私には格闘技なんて絶対に無理です!
「ふむ、やってみなければ分からんぞ。ほれ、打って来い」
「おやめください奥様。私に格闘技なんて無理です!」
私の拒否っぷりに、奥様はとても残念そうな顔をした。
それも私にはとても辛く、とうとう我慢出来ずに泣いてしまった。
「ふむ、アリサ。目を瞑れ」
「ひぐ……はい」
私は言われた通りに目を瞑った。
すると、奥様はギュウっと優しく私を抱き締めてくれた。
その暖かさと温かさに、私は目を瞑りながらも奥様に身を任せた。
「すまないアリサ。泣かせるつもりは無かった」
「ひぐ……ぐす……はい。大丈夫です」
「ふむ、そのまま目を瞑って聞いてくれ──」
そこで奥様から出た話は、とても衝撃的な内容だった──
少し前に、奥様の元に手紙が届いたらしい。
それには、ファラク様と奥様がとても悪い人達に狙われていると書かれていた。
SAMPと呼ばれているその人達は、奥様の力を持ってしても脅威な集団で、とても一人では守りきれないかもしれないという内容だった。
「それにな、アリサ、お前を買ったワニ男もそこの所属らしくてな」
「嫌ぁ!……」
私は、自分の膝が震えているのを自覚した。
あの最低なワニ男がここに来る? そんな事は考えたくも無かった。
「ファラクと相談して、いざという時はアリサ、お前を他の星に逃がそうとも思って──」
「嫌です!」
嫌。 絶対に嫌!
そんな……せっかく私はここで幸せのチャンスを掴んだのに……
お別れなんて、離れるのだって絶対に嫌!
奥様は、私の目を手のひらで塞いだまま、まるで催眠術をかけるかのように話を続けた。
「ふむ、私も嫌だぞ。だが、想像してみろ。今目の前にはあのワニ男がいるぞ。ファラクは倒れ、私は抵抗虚しく潰されている……」
ドンドンとその情景が私の脳内で膨らんでいく。
血まみれのファラク様、それに手を伸ばす奥様──
その時、私は、私は立っているだけ?
またチャンスを潰すの? またあの生活に戻るの?
そんなの、嫌。
嫌! 嫌嫌嫌嫌! 絶対に嫌!
「目の前にいるワニ男に、アリサ、立っているだけか? 泣いているだけか?」
『MPは欲しいけど、人間戻りだしなあ』
『残るは売れ残りか、別の施設空いてないっけ?』
『育つだけ育って……どうすよコイツ』
もう、聞いてない振りで誤魔化すのは嫌!
ニコニコと愛想を振りまくのも嫌!
本当?
違う! 私はもう、『あんな惨めな思い』をするのは嫌!
その時、私の中で何かのスイッチが入ったような感触がした。
「そんなの、絶対に……」
私は目を瞑ったまま無意識でほんの少し、奥様と距離をとった。
手を伸ばせば届くぐらいの、ほんの少しの距離。
それは、ラランと私の間合いだ──
「嫌ァアアアアアアアアアッッ!!」
バガァンッ──
何かをした記憶は朧気にある。
ハッと目を開けると、そこには尻餅をついて、目を見開く奥様の姿があった。
「馬鹿な! 発生は19だが……ただのハイキックで、私に尻餅をつかせただと!」
「あ、ご、ごめんなさい奥様」
血の気が引くとはこの事を言うのだろう。
私は自分の顔が真っ青になるのを自覚した。きっともう私は別の施設に入れられても文句が言える立場では無かった。
しかし、奥様のとった行動は私の度肝を抜いた。
「凄いぞ! アリサはやはり原石だ! 私の娘は、間違いなく私を超える! とうとう見つけたぞ!」
奥様は私を力いっぱいに抱き締めると、まるで優勝したかのようにそのままぴょんぴょんと飛び跳ねた。
その度に私の鼻は奥様の胸に平手打ちされ、その圧倒的な圧迫感に少しやられてしまった。
「やったぞ、作戦通り! おーい、ファラク! 今日はご馳走だぞ」
「ちょ、奥様、くるぢ……」
苦しいけど、私は謎の幸福感に包まれていた。
ここまで私の行動に喜んでくれるのは、人生で初めての経験だったからだ。
そんなに喜んでくれるのならば──
その日から、午後は奥様と格闘技のお稽古をすることが決まったのである。
「ファラク様、これがクライドンになるのですか?」
「そうだ。想像つかないだろ?」
私は、地下室でファラク様のお手伝いをしている。
実際にはファラク様は今は『簡易フェターク』の改良をされていてクライドンはその後に造る予定らしい。
なので今は地下の研究室へ続く長い廊下に無造作に置かれている木箱の中にある『それらしい』パーツを研究室の隅に置くのを手伝っていた。
『それらしい』と言うのは、そのパーツとやらは『丸い木の板』だったり、私の腕ぐらいの『四角い木材』だったりで、私が知っているクライドンとは何もかもが想像と違っていた。
「本当に、見当がつかないです……腕にしては短いし、私が知っているのと違います」
「お? アリサはクライドンが好きなのか?」
私は女性らしからぬ返答をしてしまったのを恥じる。
ただ、実は少し興味はある。
施設での絵本には男の子向けの、そういった絵本などもあり、暇を持て余した私はそれも飽きるほどに読んでいたため、クライドン自体には抵抗がなかったりする。
いや、この際言うが、結構好きだったりする。
「いや、あの、はい。ちょっと興味があります……」
「おおそうか。なら完成したらアリサを最初にのせてあげよう」
「本当ですか!? ……とと」
私はテンションが上がり、思わず手にしていた木材を落とすところだった。
危ない危ない。
「ハハハ。気を付けてくれよ。それでも高級ユグドラシルなんでな。買ったらそれだけでも200万はするぞ」
「ええええええ!!」
ファラク様は私が持っていた丸い木材を指差してとんでもない事を言った。
私は驚きの余り再度それを落としかけ、冷や汗が吹き出てしまった。
ただの木の板が200万だなんて……
ファラク様は慣れているのか、少し雑な感じで運んでいたため、私もそれに習って『運べればいい』という感じで手伝っていたのを少し後悔した。
『もし落として割れたりしたら……最悪また施設に送り返されるかも』
その恐怖が私を襲い、それ以降は全集中に呼吸を整え木材運びを手伝った。
なんてったて、私の命の数倍もするものを運んでいるのだから。
──────
「これでよしっと」
最後の木材を運び終えた私は、作業台でフェタークの改良をしているファラク様に完了の報告をした。
ファラク様は「ありがとう」と私の頭を撫でると、私の顔を見据えた。
「ところでアリサ、どんな姿のクライドンが良いかな?」
「はい? 外見……ということですか?」
「そうだ。せっかくだからアリサの好きな形に仕上げようと思ってな」
「えええ! そんな恐れ多いです」
「参考までに聞く程度だ、そんな真剣にならなくても良い。着てみたい服とか、ないかな?」
「そうですか。でしたら──」
私は目線を下げ、自分が着ているメイド服を見る。それはとても立派な黒を基調としたフリフリの可愛いお洋服である。
私が、これ以上に着てみたいお洋服かぁ……
「ドレス……」
「ほぉ、ドレスか? 中々良いな」
しまった!
思わず口をついた「ドレス」という言葉にファラク様は少しやる気を出したように見えた。
「どうせならこの後、普通のドレスを買いに行くか?」
「だ、大丈夫です!」
私は顔から火が出る程恥ずかしくなってしまい、ブンブンと手を振りファラク様の要望を断った。
私のような人間戻りに、ドレスなんて似合わないもの。
──────
ファラク様の手伝いを終えた私は、洗濯物を取り出すため、地上から庭へ出る。
手触りで乾燥具合を確認すると、自分で言うのもなんだけどテキパキと籠へ取り込んでいった。
施設ではこういった雑用は売れ残りの私がしていたので、もう手慣れたものだ。
唯一違うのは、洗濯機が豪華すぎるのと、なんかいい匂いのする『柔軟剤』とか呼ばれるものを入れるくらいで、奥様から数回教わっただけで幾分か一人で出来るようになっていた。
「よし、完璧だね」
全て籠へ放り込めば、後は畳んで奥様とファラク様の共有のタンスにしまうだけだ。
室内へ戻ろうとした時、家の裏手から奥様の鬼気迫る声が聞こえた。
「ハァ! スゥウウ……ハァッ!」
まさか、泥棒?
私は洗濯籠を放り投げ、駆け足で庭の裏手へ回る。
そこに居たのは、何かの格闘技? の稽古に勤しむ奥様であった。
「ハァアアアイッ!」
そこで蹴り技を放つ奥様はまるで、誰かと戦っているかのように一人で模擬格闘をしていた。
でも、私が感動したのはそこではなかった。
「凄い、ラランみたい。いや、ラランだ」
そう、そこにはあのゲームの『ララン』が生きているかのような奥様の『動き』があった。
私は、邪魔をしないように建物の影から奥様の動きを観察するのをやめることができなかった。
「格好いい……」
それ以外の言葉が出なかった。
ラランの動き、間合いなどは私もよく分かっている。
その私が見惚れる程に、奥様は見えない相手と戦っていた。
「あれ? この動きって……」
攻める手を休めず、そして一切隙を見せない。それでいて、どの技にも対応出来る距離をずっと保っている。
驚く事に、奥様はフラミンゴさんの戦い方と同じであった。
「……フラミンゴさん?」
「む? 誰だ? ……ああ、アリサか」
「あ、お邪魔して申し訳ありません。奥様」
やってしまった──
邪魔をしないようにするつもりが、1番やってはいけない事をしてしまった。
私は、ひと息ついて汗を拭く奥様に誠心誠意謝罪した。
どうやら奥様はそれ程怒っていないらしく、救われた気分になった。
「で、アリサよ、どうだった?」
「え? あの、『どう』とは?」
「私の動きさ。見るに耐えなかったかな?」
「そんな事ございません! とても、あの、格好いいと思いました!」
それが奥様の自虐であると分かっていながら、私は全力でそれを否定した。
あんなに美しい動き……出来る事なら私もやってみたいとすら思った程である。
「ふむ、そうか。ではやってみるか?」
「えええ! いえいえ、私には無理ですよ!」
無理無理無理無理!!
私の脳みそが『無理』の2文字で占領された。
一体奥様は何を言っているのだろう? ゲームならともかく、私には格闘技なんて絶対に無理です!
「ふむ、やってみなければ分からんぞ。ほれ、打って来い」
「おやめください奥様。私に格闘技なんて無理です!」
私の拒否っぷりに、奥様はとても残念そうな顔をした。
それも私にはとても辛く、とうとう我慢出来ずに泣いてしまった。
「ふむ、アリサ。目を瞑れ」
「ひぐ……はい」
私は言われた通りに目を瞑った。
すると、奥様はギュウっと優しく私を抱き締めてくれた。
その暖かさと温かさに、私は目を瞑りながらも奥様に身を任せた。
「すまないアリサ。泣かせるつもりは無かった」
「ひぐ……ぐす……はい。大丈夫です」
「ふむ、そのまま目を瞑って聞いてくれ──」
そこで奥様から出た話は、とても衝撃的な内容だった──
少し前に、奥様の元に手紙が届いたらしい。
それには、ファラク様と奥様がとても悪い人達に狙われていると書かれていた。
SAMPと呼ばれているその人達は、奥様の力を持ってしても脅威な集団で、とても一人では守りきれないかもしれないという内容だった。
「それにな、アリサ、お前を買ったワニ男もそこの所属らしくてな」
「嫌ぁ!……」
私は、自分の膝が震えているのを自覚した。
あの最低なワニ男がここに来る? そんな事は考えたくも無かった。
「ファラクと相談して、いざという時はアリサ、お前を他の星に逃がそうとも思って──」
「嫌です!」
嫌。 絶対に嫌!
そんな……せっかく私はここで幸せのチャンスを掴んだのに……
お別れなんて、離れるのだって絶対に嫌!
奥様は、私の目を手のひらで塞いだまま、まるで催眠術をかけるかのように話を続けた。
「ふむ、私も嫌だぞ。だが、想像してみろ。今目の前にはあのワニ男がいるぞ。ファラクは倒れ、私は抵抗虚しく潰されている……」
ドンドンとその情景が私の脳内で膨らんでいく。
血まみれのファラク様、それに手を伸ばす奥様──
その時、私は、私は立っているだけ?
またチャンスを潰すの? またあの生活に戻るの?
そんなの、嫌。
嫌! 嫌嫌嫌嫌! 絶対に嫌!
「目の前にいるワニ男に、アリサ、立っているだけか? 泣いているだけか?」
『MPは欲しいけど、人間戻りだしなあ』
『残るは売れ残りか、別の施設空いてないっけ?』
『育つだけ育って……どうすよコイツ』
もう、聞いてない振りで誤魔化すのは嫌!
ニコニコと愛想を振りまくのも嫌!
本当?
違う! 私はもう、『あんな惨めな思い』をするのは嫌!
その時、私の中で何かのスイッチが入ったような感触がした。
「そんなの、絶対に……」
私は目を瞑ったまま無意識でほんの少し、奥様と距離をとった。
手を伸ばせば届くぐらいの、ほんの少しの距離。
それは、ラランと私の間合いだ──
「嫌ァアアアアアアアアアッッ!!」
バガァンッ──
何かをした記憶は朧気にある。
ハッと目を開けると、そこには尻餅をついて、目を見開く奥様の姿があった。
「馬鹿な! 発生は19だが……ただのハイキックで、私に尻餅をつかせただと!」
「あ、ご、ごめんなさい奥様」
血の気が引くとはこの事を言うのだろう。
私は自分の顔が真っ青になるのを自覚した。きっともう私は別の施設に入れられても文句が言える立場では無かった。
しかし、奥様のとった行動は私の度肝を抜いた。
「凄いぞ! アリサはやはり原石だ! 私の娘は、間違いなく私を超える! とうとう見つけたぞ!」
奥様は私を力いっぱいに抱き締めると、まるで優勝したかのようにそのままぴょんぴょんと飛び跳ねた。
その度に私の鼻は奥様の胸に平手打ちされ、その圧倒的な圧迫感に少しやられてしまった。
「やったぞ、作戦通り! おーい、ファラク! 今日はご馳走だぞ」
「ちょ、奥様、くるぢ……」
苦しいけど、私は謎の幸福感に包まれていた。
ここまで私の行動に喜んでくれるのは、人生で初めての経験だったからだ。
そんなに喜んでくれるのならば──
その日から、午後は奥様と格闘技のお稽古をすることが決まったのである。
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