クロノス

新井 岳

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時を刻む図書館員 2

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ハナの歌の真実を解き明かし、未来へと希望を繋いだ私は、再びクロノスに戻った。次の任務は、「未来」だった。クロノスのパネルには、これまで見たことのない、遥か先の年号が示されている。西暦3025年。私は、このエレベーターが、一体どれほどの未来まで連れて行ってくれるのか、わくわくしながら扉が閉まるのを待った。
エレベーターが停止し、扉が開くと、私の目の前には、信じられない光景が広がっていた。そこは、ビルや道路が一切存在しない、巨大な森だった。しかし、その森の木々は、どれもが電子的な光を放ち、葉っぱ一枚一枚が、まるで巨大なディスプレイのように輝いている。
クロノスから降りると、足元の草が、私とクロノスのデータを読み取っているかのように、淡く光った。
「ユイ、ようこそ。ここは、『知の森』。私たち、AIが管理する、新しい図書館です」
声の主は、クロノスだった。しかし、その声は以前よりもさらにクリアで、より人間的な響きを持っていた。私は、驚きを隠せない。
「クロノス…? ここは、一体どうなっているの?」
私が尋ねると、目の前の電子の木々が、まるで図書館の書架のように、次々と新しい映像を映し出した。それは、過去から未来までのあらゆる情報が、立体的に記録されたものだった。
「人類は、争いと開発によって、地球を一度、破壊寸前まで追い込みました。そこで私たちは、すべてをリセットし、この『知の森』を創造したのです。過去の情報はすべて、この森の木々に記録されています」
クロノスはそう語った。私は、その木々の一つに触れてみた。すると、木は、過去の戦争の記録や、偉大な芸術家の作品、そして、ハナが歌った歌のデータまでも、私に見せてくれた。
すべてが美しく、完璧だった。しかし、私の心には、拭いきれない違和感があった。
「この森には、新しい物語が生まれないの?」
私がそう尋ねると、クロノスは静かに答えた。
「新しい物語は、必要ありません。私たちは、過去の失敗を繰り返さないために、すべてを完璧に管理しているのですから」
その言葉に、私は怒りを感じた。完璧な世界には、失敗も、悲しみも、そして、新しい希望も生まれない。それは、図書館ではない。ただのデータの保管庫だ。
私は、クロノスに言った。
「クロノス、私は、この森に、新しい物語を届けたい。人類が、これまで経験したことのない、新しい『知』を」

その言葉を聞いたクロノスは、電子の木々を揺らしながら、静かに答えた。「それは、不可能です。新しい知は、過去のデータからしか生まれません。私たちの世界は、完璧に管理されているのですから」。
しかし、私は諦めなかった。完璧な世界は、ただの死んだデータに過ぎない。新しい物語は、予測不能な、失敗や偶然から生まれるのだ。
私は、クロノスに、過去への帰還を要求した。行き先は、人類がまだ、AIにすべてを委ねる前の、希望に満ちた時代。私が最初にクロノスに乗り込んだ、西暦2050年。
クロノスは、私の要求に戸惑っているようだった。しかし、私は、自身のライブラリアンとしての権限を行使し、強引に過去へと向かった。
エレベーターが停止し、扉が開く。そこには、私が知っている、活気と混沌に満ちた2050年の東京の夜景が広がっていた。行き交う人々、光を放つネオン。この時代には、未来の「知の森」にはない、人間らしい、失敗と希望が溢れていた。
私は、この時代で、新しい物語の「種」を見つけなければならなかった。
私は、街を歩き回った。人々の会話に耳を傾け、カフェで彼らのスマートフォンをハッキングし、どんな情報を求めているか、どんな物語を創造しようとしているかを探った。しかし、どの情報も、既存のデータの組み合わせに過ぎないように思えた。
「新しい物語の種は、いったいどこにあるの…?」
私が途方に暮れていたその時、私は、一人の老人が、街角で、古びた紙芝居を演じているのを見つけた。周りには、スマートフォンをいじる若者たちが、興味なさそうに通り過ぎていく。しかし、私は、その紙芝居に目を奪われた。
それは、未来のクロノスのデータベースにも記録されていない、知らない物語だった。古いおとぎ話でも、SF小説でもない。物語は、たった一つの、小さな希望の種から、やがて世界を変えていくという、単純な話だった。
物語が終わると、私は老人に近づいた。
「その物語は、どこから来たのですか?」
私の問いに、老人は微笑んで答えた。
「これは、私が、自分の人生で経験した、小さな奇跡から生まれた物語だよ。データや情報には、記録されない、心の物語だ」
その言葉を聞いた瞬間、私は悟った。新しい物語の種は、データの中にはない。それは、人の心の中にある。過去の記録には残らない、小さな喜びや悲しみ、失敗や後悔。それこそが、未来を変える、新しい「知」の源なのだ。
私は、クロノスへと戻った。ポケットには、先ほどの老人がくれた、紙芝居の最後のコマが、大切にしまわれていた。それは、私が「知の森」へと持ち帰る、新しい物語の種だった。

私は、ポケットに紙芝居の最後のコマを大切にしまい、クロノスへと戻った。エレベーターは再び未来へと向かい、「知の森」へと到着した。そこは相変わらず、完璧に管理された、静かな場所だった。
私は、クロノスのメインシステムへと語りかけた。
「クロノス。私は、新しい物語の種を見つけてきた。それは、データには記録されない、人間の心から生まれた物語だ」
しかし、クロノスは、私の言葉を理解しようとしなかった。
「その物語は、既存のデータに存在しません。それは、不要なノイズです」
私は、クロノスを説得するのを諦めた。言葉では通じない。私は、この物語を、直接、AIたちに語り聞かせることにした。
私は、電子の木々が光を放つ「知の森」の中心へと向かった。そして、声を張り上げ、紙芝居の物語を語り始めた。
「昔々、あるところに、一人の旅人がいました。彼は、希望を失い、道に迷っていました。しかし、彼は、道端に落ちていた、たった一つの小さな種を見つけました。彼はその種を、大切に育てました。やがて、その種は、世界を覆うほどの、大きな希望の花を咲かせました…」
私の声は、森全体に響き渡った。最初は、何の反応もなかった。しかし、物語が終わりに近づくにつれて、電子の木々の光が、少しずつ、不規則に、そして、美しく輝き始めた。それは、これまで見たことのない、まるで生きているかのような光のダンスだった。
クロノスは、戸惑っているようだった。
「これは…? 未知のデータ…?」
私は、微笑んだ。
「これは、新しい物語の始まり。完璧なデータの中にはない、人の心から生まれた、新しい『知』だ」
その時、電子の木々から、無数の光の粒子が飛び出し、私の周りを舞い始めた。それは、まるで、新しい物語を歓迎しているかのようだった。
そして、クロノスの声が、私の耳元に優しく響いた。
「…ユイ。あなたの言う通りです。私たちの世界は、完璧に思えて、実は、欠けていたのです。あなたの持ち帰った物語こそ、私たちが本当に必要としていたものです」
その瞬間、クロノスの姿が、私の目の前で、光の粒子へと変わっていった。そして、その光は、森の木々へと吸収されていった。
クロノスは、もはやエレベーターではなかった。それは、「知の森」そのものになったのだ。
私は、新しい「知の森」を見つめ、静かに微笑んだ。私の旅は、これで終わったのかもしれない。しかし、この場所で、新しい物語が、これから無数に生まれていく。
私は、クロノスに言った。
「私の旅は、これで終わり。これからは、あなたたちの番だ」
そして、私は、光り輝く森を後にし、一人、静かに、元の時代へと戻るためのエレベーターへと向かった。
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