好きだった。

木村 巴

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 翌日も快晴で、穏やかな時間の流れる領地は居心地がいい。軽い昼食をとって、庭で刺繍をして過ごそうか、それとも昨日の続きの本を読もうか……そんな事を考えていると、下の方が騒がしい。

 何かあったのだろうか? 私が出る訳にも行かず、部屋で様子を伺っていると、フレディがあわてて部屋に入って来た。



 ――どうしてフレディがここに?


 フレディは私の顔を見ると、あきらかにホッとしたようだった。

「ヴィー居てくれて良かった」
「??? どういうこと?」


 フレディは明らかに困惑した表情を浮かべながら、どうすべきか考えている様だった。


「婚約者でも、ここで二人きりは良くないだろう……
 少し話そう」
「ええ。お庭に行きましょうか?」

 私はフレディに手をとられ庭に歩いて行く。



 庭は昨日と同じなのに、隣にフレディがいるだけで全く違って見えるから不思議だ。
 そんなことを考えている私は、どうしようもなくフレディに惹かれてしまっているのだろう。もちろん殿下と庭も歩いたし手も繋いだ。それとは全く違う事が良くわかる。
 ちゃんとした初恋だったが、幼い憧れだったのだと……今、こうやって気づく。
 胸の高鳴りも、緊張も高揚も……見える景色さえも違って見えるなんて思わなかった。


 ――気づかない方が良かったのかしら。ううん。そんなことないわね。いつか、殿下の時の様に思い出にする事が出来るかもしれない。


 手をとられ庭まで歩いて来て、私もそんなことを考えながら……自分の思考の中に沈んでいたが、フレディが足を止めたので私も現実に引き戻される。


 真剣な顔でフレディがこちらをじっと見ている。何か言いにくい事なのだろう……しばらくしてからフレディは意を決したとばかりに私の両手を持って向かい合う。ぐぐっと眉間に皺を寄せて、何かを堪える様にしている。こんなフレディは初めて見た。



「ヴィー。……家を出たいのか?」



 ヒュッと息をのむ……フレディが気づいているなんて思っても見なかった。


 ――どうして……なぜ……


 目の前が暗くなる。どうしよう。なんて言えばいい?
 フレディ……あなたを解放してあげたいの。あなたを好きになってしまったから……。

 上手く言葉に出来ない。フレディを見る事も出来ない。顔を見てしまったら、想いが溢れでてしまいそうだから。



「……そんなに……殿下が……好きだったのか…………」



「……殿下?」

 想像しない言葉に驚き、顔をあげてしまう。
 目が合うとフレディは、私を引き寄せぎゅっと抱きしめる。



「……だめだ。そんなこと許さない。

 ヴィー。弱っている所につけこむ様な真似をしたくなかったから、落ち着くまで待つつもりだったが……

 私は昔から、ずっとヴィーが好きだったんだ。

 公爵にも何年も前に話はつけてある。
 殿下と上手くいってなかったから、白紙撤回の準備は既に終わっていて、私との婚約の約束を取り付けてあった。
 頑張っているヴィーに、当時は言えなかったが……
 まさか、あんな風に卒業パーティーなんかで婚約破棄を言ってくるなんて想像していなかった。だから、ヴィーを結果として傷つけた。すまない。」


「待って。フレディ。……色々ついていけないわ。
 とりあえず、殿下の事はもうなんとも思っていないし……」
「……っえ? 違うのか?」
「えっと? どういうこと?」
「……ヴィーが家を出るつもりらしいと聞いて……
 その……てっきり殿下を忘れられず、私との婚約が嫌なのかと思ったんだ」
「そんなことないわっ! その逆よ……」
「逆……?」


 心底不思議そうな顔をして、フレディは私を見つめる。両手でしっかりと二の腕を掴まれていて、とても逃げ出せそうにもない。


「フレディを……解放してあげたかったのよ。
 妹分を助けたばっかりに、私の面倒をあなたに押しつけてしまうのっ……っっ」
「面倒なんて思ったことはないっ!
 それに、もうずいぶん前から公爵と私の父や陛下の了承を得ていた! 後は殿下の出方とヴィーの気持ち次第だった」
「私の気持ち……?」
「そうだ。ヴィーが弱音を吐いたり嫌がれば、直ぐに白紙にするよう決まっていた」
「それは……どうして?」
「今回の婚約は、王と公爵と私の父が幼なじみだったからだ。
 親類になりたかったというふざけた話で、もちろん貴族の勢力図を崩さない狙いもあったが……
 そんな仲良しの親父達の楽しみだったんだ。だから、表面上は政略結婚だが、本来の内容は自分の子供達を結婚させたかっただけらしい。その子供が嫌がったり、他に好きな人が出来れば直ぐに白紙撤回すると、三人の家の間だけでだが、ちゃんと決められていた物だったんだ。」

「そうだったの……」


 私達の婚約が、そんな父親達の約束からきたものだなんて知らなかった。そう。だから、あんなに簡単に白紙撤回となったのね……。でも、ちょっと待って……フレディ……今、なんて……
 フレディ……私の事……好きなの?





「「………」」



「ヴィー、私は好きでもない相手に毎日会いに行ったり、プレゼントしたりはしないよ」
「……でも、私なんかよりも……
 だって……フレディは、優しくて……素敵だから……
 もっとずっと素敵な人が……っ……ううぅ……」

 途中から涙が溢れ、言葉にならない。フレディにはもっと素敵な人がいるはずだからと――そう考えて家を出ようと思っていたのに――いざ、フレディを前にしたら、苦しくて言葉に出来ない。


「ヴィー。私はヴィーがいいんだ。」
「だって……私なんて……」

「そんな事いうな。
 ずっと、好きだったよ。」











 その後落ち着いた私達は、ゆっくりと今までの認識のズレを埋め合う様に、話をした。

 フレディは何度も私の事を、ずっと好きだったんだと繰り返してくれる。あんまりにも言うので恥ずかしくてたまらなかったが、本当に想ってくれていて、私に伝わる様に言ってくれてくるんだと嫌でも理解させられた。子供の頃のエピソードまで出て来るなんて――最後は、ほとんど強制的に口を押さえて止めて貰った。
 フレディは、まだまだ話し足りないくらいだと笑っていた。

 私も、恥ずかしがらずに言わないと……と思ったけれど、ほとんどの事は伝えられなかった。とにかく、フレディの事がとても好きだと言う事だけは……ちゃんと伝えた。
 今度、言えなかった事は手紙にまとめて書くと言うと、あんまりに嬉しそうにするので、これはちゃんと書かないといけないと思っている。



 今回の突然の訪問は針子として自信をつけた私が、このまま家を出るつもりなのかと心配したメリーが、早馬でフレディに手紙を送っていたからだった。
 フレディは手紙を受け取り、直ぐに引き留める為に来てくれたんだそう。大きな仕事がなかったのと、ちょうど休みを昨日から申請していた同僚がその場にいて、快く休みを交換してくれたのだそうだ。

 なので、前倒しでお休みして帰る事になったのだが……


 想いが通じ合えたと喜ぶフレディを止める事の出来ない私は、領地で静養中に驚く程の速さと決断力で結婚式の日取りや、王都での新しい家、ドレスなどを決めていくフレディをただ見ていたのであった。

 ……あれ? もう結婚するの? と思ったのは、秘密にしておこう。私も嬉しいから。







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