好きだった。

木村 巴

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フレデリック 上

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 私は幼い頃から、父の親友である公爵家に入り浸っていた。


 そこには、同じ年の男の子と二つ下の女の子の兄妹がいた。

 兄の方は年こそ同じだが、自分とは全くタイプが違い、頭が良く育ちの良いお坊ちゃんだった。しかし、全くタイプが違い過ぎたせいか、なんだか妙に気があった。

 そうやって仲良くしている内に、妹のヴァイオレットの事も可愛いがっていた。


 そう、最初はただの可愛い妹だった。


 一生懸命に今日の出来事を話す姿も、ただ愛らしいなと兄の様な気持ちだと思っていた。


 私が七歳になる年に、王太子のご学友に選ばれた。もちろんヴァイオレットの兄のグレアムもだ。



 そして、ヴァイオレットは王太子の婚約者に選ばれた。


 私は、自分の気持ちが分からないまま、何かショックを受けた。まだお子様だったのだ。


 だがそれはすぐに、ヴァイオレットに対する恋情だと気づいた。

 気づいた所で、もう既に遅かったが……。
 もう少し早く気づけていたら、きっと父と公爵の仲だ。婚約もきっと結べたろう、と思うと悔しくて眠れない日もあった。



 王宮で、王妃教育に励むヴァイオレットを見かけた。大変だろうに一生懸命な姿が、堪らなく愛らしい。
 それも王太子の為だと思うと泣きそうだった。実際、剣の稽古をするふりをしながら泣いた日もあった。
 でも、そんなヴィーの姿は私だけではなく、王妃様や講師の方達からも大絶賛だった。

 しかし、そんな評価されるヴィーがだんだん疎ましく思ったのか、ヴィーと王太子の仲は大して良くは無いらしい。



 私は様子を見ていた。


 だんだん表情が少なくなるヴィー。くるくるとよくまわる表情は、立派な淑女そのものの仮面に覆われて、今や見えない。
 彼女はしあわせなのだろうか。これで彼女は、しあわせになれるのだろうか。


 十五歳になり、学園に入る頃には私は騎士団にも所属した。剣術ではトップ合格だった。
 父の権力だと言われたくなかったのもあるが……。
 何よりこのまま王太子の側近として近衛騎士になるだろう。そうしたら、ヴィーの事も一緒に守ってやれる。


 私がヴィーをしあわせにしてあげられないのならば、近くでせめて守ってやりたかった。


 十五歳の誕生日の翌日は、公爵家で男二人で初めて酒を飲んだ。飲み方を知らなかった私達は、勢いよく飲んだ。私は体格もあり、酒に強かった様だが、グレアムは私よりも弱い様だった。

「なぁ。フレディ、お前ヴィーの事いいのか?」

 そうか、グレアムは気づいていたんだな。

「いいわけあるか。
 でも、どうしようもないと……
 もう何度思ったか分からないよ。」

「くそ。なんで王太子なんだろうな!
 王太子でなければ、まだ可能性があったのに。
 私は、父上に抗議してくるぞ!」

「おいっ!
 グレアム!! やめろっ!」


 私の言葉も聞き入れずに、酔っぱらったグレアムは公爵の部屋に走りだした。
 なんで走れるんだよ、酔っぱらいがっ!
 チッと舌打ちして、グレアムを追いかける。


 グレアムは公爵に掴みかかって怒っていた。

 ヴィーは王太子に大切にされていない。ヴィーは努力している。それを認めず、自分よりも王妃や講師の評価が良い事を逆恨みするような王太子に嫁がせたくない。ヴィーを好きでヴィーを守る為に近衛騎士になろうとする、フレディが可哀想だ!


 廊下まで響くその声に、酔いが醒めそうだ。私が慌てて公爵の部屋の前に行くと、公爵は部屋に私を招き入れた。

「そうだね。私と王と騎士団長とは幼なじみでね。
 お互いの子供を結婚させたかったんだよ。
 当時は王妃になることが、ヴィーにとってしあわせかと思っていたが……
 私も、最近思うところがあるからね。
 また考えておくよ。


 ……ところでフレデリックはヴィーが好きなのかい?」


 そうして、公爵に酒を注がれながら朝まで飲まされ続け、恥ずかしい告白をさせられ続けた様な……気がする。

 痛む頭を抱えながら、目が覚めると公爵がニコニコ私を見つめていた。グレアムは、横でひっくり返って寝ている。
 驚いた事に、公爵は『ヴィーの婚約が撤回されたらどうしたい?素面の時にちゃんと聞いておきたいんだ。』と言う。
 私は間髪いれずに、私と婚約し結婚して欲しいと答えた。公爵は満足そうに頷き『では、そうなったらその様にしよう。』とだけ言って、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でまわし……はははと、笑いながら部屋を出ていった。


 酔っぱらって記憶のないグレアムに説明するのは、恥ずかしくて拷問の様だったが、グレアムのおかげで約束も取り付けられたので話さない訳にはいかない。


「唯一の気がかりは、ヴィーは殿下の事を好きだろう?」

「うーん。私には、初恋というよりも、物語の中の王子様に恋している様な……
 どうだろうなぁ。」

「それでも、ヴィーは今は殿下を好いてるよ。
 ヴィーが殿下を好きな内は私は、動くつもりはないんだ。
 このまま殿下と上手くいくなら……身を引くさ。
 ……しあわせになって欲しいだけなんだ。」






 殿下は学園で出会った令嬢と仲良くしている様だ。私もグレアムも、特に何も言わなかった。殿下がヴィーを大切にしないのならば、私が大切するだけだ。

 二年の間に、殿下は数人の令嬢と恋を楽しんでいるようだった。特に最近のお気に入りの令嬢は、婚約をねだっているらしい。
 来年は、ヴィーも入学して来ると思うと嬉しいような気持ちと、辛い思いをするのではないかという、心配で堪らない気持ちが入り乱れる。

 ヴィーが入学して来たが、正式な場所では殿下にエスコートされる彼女を見て、私の方が辛かった。それが、私とヴィーの距離だと認識させられるからだ。
 彼女が城の講師陣からも評判が良かった事は知っていたが、学園でも彼女の評判はかなりいい。


 誰にでも優しく控えめ、常に笑顔で優雅。忙しいのに孤児院などへの慰問も積極的にする、心優しい次期王太子妃という評判だった。派手に着飾る様な事はしないので、地味だと殿下は言っていたが、ヴィーは美しい。控えめなだけだ。あの内から滲み出る美しさがわからない男に、ヴィーを譲る気持ちは無い。
 王として支えられるかは、これからだが……この数年でヴィーを譲る気持ちはなくなっていた。

 グレアムや公爵とタイミングについて話をする。殿下の卒業後に結婚をいつにするかという話になるのでその時に、殿下の気持ちとヴィーの気持ちを確認する事となった。

 公爵の優しさで、ヴィーには私の気持ちを伝えてから、婚約をどうしたいか聞いてもよいと言われていた。
 殿下の婚約者に懸想するなんて、とんでもない話だ。ましてや想いを伝えて良いと言われるとは思わなかった。それでも、最近は話す事も出来ないし、上手くいくとは限らないが……私にチャンスをくれた公爵には感謝しかない。

 卒業まで、静かに見守っていた。せめて彼女がひどく傷つく事の無いように祈りながら……。



 しかし、殿下は何を思ったか婚約破棄をパーティーでいい放った。これには怒りを通りこしてしまった。
 グレアムと二人呆れたまま、ヴィーを連れて会場を出る。強くあろうと微笑みを崩さない姿が、見ていて余計に辛かった。
 後ろで殿下や令嬢が、何か騒いでいたが――もうどうでも良かった。勝手にしてくれ。


 会場を出ると崩れ落ちるヴィーを抱え公爵家まで付き添った。久しぶりに触れる彼女は、小さく……壊れてしまいそうだった。

 なぜ彼女がこんな仕打ちを受けねばならないのか、悔しくて堪らない。



 公爵家に着くと、彼女を部屋まで送り直ぐに公爵の元へ向かう。事のあらましは、もう報告を受けているようで……静かに怒れる公爵に恐怖を感じた。そして確認される。

「フレディの気持ちは変わらない……で、いいのかな?」
「もちろんです」
「それでは、朝一番にお城に向かうけれど一緒に行くかい?」
「よろしければ、ぜひ」

 その時に、公爵が少しだけ息を吐いたが、直ぐに顔を引き締め今後の予定や手続きなどについて話し合い、それから王城へ向かった。
 城に着くと、あっという間に王の間に通され、婚約の白紙撤回と私との婚約の許可が降りた。そこに父である騎士団長も来ていて驚くと共に……ニヤニヤこちらを見ているので、腹がたち完全に無視しておいた。父にはこれが一番堪えるはずだ。

 正式な書類の許可が降りた後は、隣の控え室で公爵と父、私とグレアムの四人で話した。
 グレアムは肩を組んで来て『良かったな』と繰り返しながら泣いていた。いや、まだヴィーの気持ちを確認していない……違うな。ちゃんと私の気持ちを伝えて、彼女の愛を請おう。

 父は意外にも『良くやった。男だな。応援してるぞ』と頭をぐしゃぐしゃにされた。子供扱いだが、滅多に誉める事の無い父の言葉に驚いた。先程の無視が堪えたのか?それとも――

 公爵はいつも通りに見えたが、まだ怒りは解けていない様子で何か考えている様だった。




 私とグレアムはそのまま帰宅し、公爵と父は陛下の私室に呼ばれていた。


 私は、次の日から毎日公爵家に通った。
 ヴィーの好きな菓子や花や本を手土産に毎日、ただ通う。ヴィーの弱っている所につけこむのは簡単だが、出来ればフラットな状態で私を見て好きになって欲しい……
 もちろん一番は、早くヴィーの気持ちが落ち着く事だ。

 ただ……ヴィーはまだ一度も泣く事も怒る事もしないので、私は心配で堪らなかった。



 ずっと泣かないヴィー。



 まだ、彼女の中で終わっていないのか……終わらせられないのか。それとも――――






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