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第二章

幕間 回想:天墜の日②

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「来たぞっ! アイル! サルビア!」

「ヘリオスさん、こんにちは。ジューダスさんも」

「何回来てるんだよ、王子ってのは暇なのか?」

「暇では無い……暇では無いんだよぉ……」

「うむっ! 毎日助かっている!」


 今日も今日とて活気に溢れているヘリオス。それに付き従うのは頬を痩せこけさせたジューダス。


「あんまジューダスに無茶させんなよ。死にそうだろうが」

「ああ……今はその言葉が心地良いよ……」

「さてっ! 行くぞ! コーネリアが待っている!」

「はい、行きましょう! 兄さんも!」


 サルビアの顔にも笑顔が戻ってきた。そこだけは感謝しなくてはならないな。


「まったく……仕方ねぇなぁ」


 僅かながらに頬が緩む。認めたくは無いが、少しだけ、心が穏やかになっている気がする。

 本当に……鬱陶しくて、不思議で、暖かい奴だ。


「サリィちゃん、アイル君、いらっしゃい。ゆっくりしてってね?」

「コーネリアさん!」


 サルビアが駆け寄りコーネリアに抱き付く。この十日間で見事にここまで懐いたものだ。


「一応言っておくけど、ココはアンタらのお茶飲み場じゃ無いんだからね?」

「分かっているさ! 心配するな!」


 強引に研究局の局長室に入り込み、持ってきた茶菓子を広げる。


「……悪いな」

「いいのよ。何時もの事だから」


 だらだらと菓子を摘まみながら明日は何処へ行こうかなどと予定を立てる。

 そんな何気ない日常が俺たちの心を癒していく。


「あら、皆ここに居たの?」

「母上! 母上もどうだ、今度三番地区に出来た魚料理店に行こうと話していたのだが」

「あら、そうね。お邪魔しようかしら」


 こうやってセルベリアも顔を出す。ただの食事の予定が大所帯の護衛に囲まれて、どうも気が休まらなくなる。


「このまま研究局に来ない? 良い待遇にするよ?」

「遠慮しとく」

「いいや! アイルは僕の部下になるのだ! ジューダスと共に強力な星光体の部隊を作り上げる為にな!」

「それも断る」

「じゃあ、私の護衛はどうかしら? アイル君、強いもの。とても頼もしいわ」

「それは…………」


 どうしよう、少し魅力的だ。


「迷わないで下さい。兄さんは何時までも私の兄さんです」

「……仰る通りでございます」

「サリィちゃんもどう? 私の所においで? いっぱい優遇するよ?」

「遠慮しておきます。村での生活がありますので」


 それからは皆で他愛の無い話で盛り上がる。新しく出来た日常。

 心地が良いが、それでも怖い。いつかこの人達も死んでしまうのでは無いだろうか。

 そう思うと、心の底から好きになれない自分が居る。

 それが悔しくて、それでも楽だから、このままの日々を享受する。

 十日の時が過ぎる、未だ変わらず、それでも十分持ち直した。


「そろそろ、帰ろうと思う」

「そう……か。仕方無い! 部下になってくれぬのは残念だが、次の機会を待つとしよう」


 出会った日に来たトリスタイン城の屋根の上。俺たちは眼下に広がる街並みを見ながら語り合う。


「安心してくれ、僕が世を正すから。だからフール村で静かに暮らしているといい」

「そうだな……」


 星神を鎮める為の戦い。それに参加出来ないのは歯痒く思うが、これ以上、何かを失う訳にはいかない。

 今ある大切な人達だけでも守り続けねば。


「……僕は、他の人が居ないと何も出来ないんだ」

「……どうした? いきなり」

「僕の星の力、教えてなかったな」


 ヘリオスが俺の肩に手を置く。敵意の無い、信頼感に溢れたその手を黙って受け入れる。


「……これは!?」


 体の奥、俺自身の星が力を増したのを感じる。


「『王星レガリア』、他者の星の力を増幅させる事が出来る星。だから、僕は誰かが居ないと何も出来ない。自分一人では戦えない」

「それでも……凄い力じゃないか」

「そう……だね。それでも、星神を鎮める話、信じてくれていなかったからね。だから教えた、力を与えた」

「俺にも戦えってことか?」

「そんなことは言ってないだろ? ただ、アイルには何も失って欲しく無いんだ。その力で、大切な人を守ってやってくれ」


 信頼の証。自分に得など何も無い、俺のことが大切だからこそ力を与えてくれた。

 ヘリオスが俺の体を抱き締める。背丈も違う俺は彼の胸の中に小さく収まる。


「元気でな」

「……ああ、ありがとう」


 ヘリオスが去って行く。俺はもう少しこの景色を見ていたくて、暫くぼうっとして街並みを見下ろす。



――――

「アイル君?」

「セルベリア様?」

「どうしたの? こんな所で。一人?」


 気が付けば日が落ち、月が空に上がっている。


「さっきまでヘリオスが居ました……」

「そう……あの子から何か言われた?」


 城の屋根に上がってきたセルベリアは俺の隣で腰を落とす。


「……力を、貰いました」

「まぁ、珍しいわね。アイル君で三人目ね」

「……三人?」

「そう、私と、ジューダスと、そしてアイル君。本当に心の底から信頼している証なの」

「そう……ですか」


 それが少し心地良く、誇らしい。それでも、俺の方から信頼の気持ちを素直に述べられないのが歯痒い。


「……どうすれば、素直に人と向き合えるんでしょうか」

「そうね……難しいわよね……特にアイル君みたいな子には……」

「俺みたいな……?」

「マリナちゃんから聞いたの。貴方の事を、色々と」


 優しく微笑みセルベリアは自身の膝を優しく叩いて見せる。


「いらっしゃい?」

「えっ?」

「ほぉら! いいから、甘えてきなさい!」

「うわっ!?」


 少し強引に俺の体は捕まえられる。セルベリアに膝に頭を乗せ、膝枕の形に持ち込まれる。


「……あの……恥ずかしいです」

「まだまだ子供なんだもの、もっと大人に甘えてもいいのよ?」


 優しく頭を撫で付けられる。こんな経験、転生前の本当の子供時代にしか経験した事が無い。

 両親に甘えた記憶は無いし、ましてや近所の大人になんて甘えた事は一度も無い。何せ、精神はとっくに二十歳を超えているのだ。気恥ずかしさから全て断ってきた。


「……………………」


 何だろう、温かくて、懐かしくて、心と体を守られている様な錯覚を覚える。


「貴方がどれ程、勝利という物に特別な感情を抱いているのかは分からない。それでも、積み重ねた勝利の重さは、分かるつもりよ」

「……銀閃の乙女……」

「あっ、あはは、そんな名前で呼ばれていた頃もあったわね。乙女なんて、今思うと恥ずかしいわ」


 少し照れた様に笑い、俺の頭を撫でてくれる。


「いつか敗北して、今まで積み重ねた物が壊れても。勝利の重みに潰されても、自分を守る、とても簡単な方法があるの」

「……それは?」


 俺は逸らした目を彼女の顔へ向ける。こちらを見下ろす銀の瞳と目が合った。


「自分を――――許して上げること」

「…………許す?」

「そう。幾多の勝利に疲れ、敗北しても。足を止めても。逃げ出してしまっても、自分が自分を許して上げさえすれば、人間というものはどうとでもなる物よ?」

「……それが……出来れば苦労しませんよ」


 自分を許す。そんな事が簡単に出来るものか。今までの行いは全て俺の責任だ。

 何より、ケルベロスが死んだのだって、元はと言えば――――。


「こぉら、そうやって自分を責めないの」


 暗い顔に気が付いたのか、セルベリアの手が俺の両の頬を優しく触れる。


「自分で自分を許せない罪を犯しても、周りから見れば本当に些細な事だったり、それは貴方のせいじゃないと言ってくれたり。それでも自分を責め立てて、潰れてしまう前に自分を許してあげるの。他の人から見れば何て事の無い事。その罪は、ただ貴方が許せないだけで……」

「――――ッ!?」


 自分自身が絶対的な自分の味方で居て上げて。ただ、それだけの事なのだと、セルベリアは語る。


「……そんな事が……出来るかな……」

「出来るわよ。貴方の周りには味方がたくさんいるじゃない。まずは、その人達の真似からでもしていけばいいわ」


 本当に久しぶりに、俺の瞳から涙が零れる。辛い訳でも、悲しい訳でも無い。

 この優しい人が味方で居てくれて、自分の事を思っていてくれている。誇らしさと温かさが心の隅々まで行き渡る。

 泣いた、声を上げて泣き続けた。俺の今までの事を優しく全てを聞いてくれた。この世界に転生してきた事も話した。こんな事まで話したのはセルベリアが初めてだ。

 優しくて、強くて、温かい。

 俺は、この方に仕えてみたいと、心の中で僅かに思った。

 セルベリアに仕え、ヘリオスと共に星神に挑む。そうすれば、大切な人々も安心して暮らせる日々が訪れるのだろうか。

 優しい気持ちのまま、俺はキリュウ邸への帰路に就く。



――――

 閃光が弾けた。

 星神が争った。

 このアステリオの上空で。


「兄さんッ! 兄さんッ!」

「大丈夫だッ! ここに居ろッ! 俺が守るからッ!」


 降り注ぐは火の落涙。地上を滅ぼし、家屋を焼き払う。

 キリュウ邸に降り注ぐ全てを撃ち落とす。その周囲に落ちる物にも手を付け、少しでも被害を減らす為に奮闘する。

 爆音が、嘆きの声が、天を呪う呪詛の言葉が、耳に付いて離れない。

 やがて全てが収まると、呆気無い程の静寂が辺りを包む。

 家屋が焼け、パチパチと弾ける火花の音と、その後には人が嘆く負の絶叫が轟いた。

 アステリオ王国は半壊し、残された者はひたすらに嘆いた。

 ああ――――それでも、仕方が無い事なのだ。何も変わりはしない。ここはそういう世界なのだから。
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