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「……あんた達、本っ当にイカレてるわね」
 ヤクザ衆の貸し工場から少し離れた所で、あたしは前を行く二人にそう声をかける、かなり押し殺した声で。
「いやぁ、照れるなぁ」
 歩を緩めた信仁しんじが、振り向いて答える。
「褒めてないわよ!」
 即座に否定したあたしに、寿三郎じゅざぶろうが突っ込む。
「でも解決はしたぜ?なあ?」
「そうっすよ?ま、交渉に乗ってくるかどうかは賭けだったってのは否定しませんが」
「ったく……」
 あたしは、正直な話、内心はビクビクものだった。あの連中が怖いという事ではない、何ならあたし一人でも全員せた自信はある。そうではなく、復讐の連鎖、連中が上部組織に連絡し、本格的に反社集団が動き出す事を恐れたのだ。そうなると、いかにあたしが人狼だとはいえ、腕っ節だけでどうにかなる話ではなくなるから。
「まあ、利に聡そうな連中だってのは期待してましたがね。腕っ節だけの武闘派ヤクザだったら、そもそもあんなヤサ構えないでしょうから」
「連中もメンツがあるから、まさか高校生にやり込められたとは言えないだろうし、手下の手前、不承不承認めたって体を作ってやれば好条件も飲みやすいだろうしな」
「お願いして聞く相手じゃあないし。何より、連中が一番怖いのは俺たちじゃなくて、一連の失態が上に知れる事でしょうからね」
「……まあ、そりゃそうだけど……」
 あたしも、そこんところは認めざるをえない。
「連中はこっちに手出ししない限り商売はそのまんま、こっちは手が切れて、本当にWin-Winって奴でさ」
「そうだけど……こんなの、生徒会にどう報告しろってのよ」
「しらばっくれてりゃいいじゃないすか。半年もすりゃ自然消滅で」
「そうそう、その頃にゃ別の問題が起きてるだろうしな」
「一番問題起こしそうな奴らが言って良いセリフじゃないわよ……ところであんた、何してんのよ?」
 言いながら、あたしは少し早足で二人に追いつく。信仁が、歩きながら手元で何かいじってるのに気付いたからだ。
「え?いや、いただいたお土産を組み立ててるんすけど……」
 その手元を見て、あたしはギョッとした。
「え、ちょっと待って、それ、バラバラにしてぶっ壊したんじゃ……」
「しましたよ?通常分解フィールドストリッピングの限界まで」
「え?」
 あたしの疑問をよそに、信仁はズタ袋――ダンプポーチって言うらしい――から出して組み立て直した拳銃を、革ジャンの下のホルスターに仕舞う。
「これくらい、迷惑料っすよ。なあ?」
「ああ」
 何でもない事のように信仁は寿三郎に聞き、当然の事のように寿三郎も信仁に答える。
「……待って。寿三郎、あんたも、もしかして何か分捕ってきたんじゃ……」
「俺が知らなかった裏サイトのアドレスやらIDパスワード一式、コピーしてきたぜ?」
 USBメモリをひらひらさせながら、寿三郎も軽く答える。
「ま、当面は見るだけにしとくがな」
「たりめーだ!つか見るな!んな危ないもん!あーもう!分かった!あんた達は当分あたしの預かりだ!こんな危ない奴ら、首輪つけないで放っとけるわけないわ!」
「そりゃいい、俺は願ったりですぜ」
「やかましい!」
「ま、いいぜ。俺も、あんたの言うことなら聞いてやる」
「……へ?」
 正直、勢いで言った事だったが、寿三郎がそう返すのは予想外だった。
「さっき、二回はあんたに助けられてるからな」
「二回?」
 あたしは、イマイチ記憶がない。
「あのチンピラが銃を出した時と、信仁のセリフを拾った時さ」
「あ、ああ」
「腕も立つし機転も利く。確かに信仁おめーが言うとおり、大したタマだ」
「な?言ったとおりだろ。けど言っとくけどな、あねさんの尻は俺のだからな」
「んなわけないだろ!どうしてあたしの尻があんたのだ!」
「えー。だって俺、こんなに姐さん好きなのに。一目惚れなんすよマジで」
「……いやそれどういう理屈よ、つか理屈間違ってるだろ」
「よし分かった。じゃあ姐さん、俺が姐さんの全部をもらうってのは?」
「……はい?」
 話が明後日の方向に吹っ飛んで、あたしは思わず立ち止まる。
「……そうだな、十年くらいか。よし、十年後を目処に、働いて姐さんを喰わせていけるようになって見せるから、そしたら姐さんを嫁に貰う、これでどうです?」
「はあ?」
「……っは、ははは!」
 横で聞いていた寿三郎が、爆笑した。
「いいぜそれ!気にいったぜ!そしたら俺、スピーチでも何でもしてやるよ」
「な、何よそれ!勝手に話進めんじゃないわよ!」
「姐さん、俺は本気だぜ」
「だから!」
「諦めな、こいつは言いだしたら引かないぜ。ま、言った事はやるヤツだってのは俺が保証するよ、姐さん」
「ってちょっと、寿三郎あんたまでなんでそう呼ぶのよ!」
 面倒くさいので、「姐さん」って信仁が呼ぶのをなし崩しに否定してこなかったが、別にあたしはそれを公式に認めたわけじゃない。
「だって、なあ?」
「ああ、一番しっくりくるし」
「あーもう!」
 あたしは、腹を決める。
「わかったわよ!だったらあんた達、覚悟しときなさいよ、こき使ってやるから!」
「合点だ」
 二人の返事がハモる。その瞬間、あたしは直感した。こいつら、根の性格が同じ、似たもの同士、同じ穴の狢なんだと。
 そう、多分、この瞬間が、学校史に残る、学校史上最低の、悪の二人羽織が結成された瞬間だった。

 後日談。
結奈ゆな!お願いだからあいつらの首に紐つけて!物理的に!」
「無理。あいつら言うことは一応聞くけどやる事斜め上だし。それに、あたしの夢には欠かせない人材だわ」
「……あんたの夢って?」
「世界征服」
「……いや待て」

 かくしてこれ以降、あたしの高校生活のかなりの部分は、こいつらのお守りに費やされる事になったのだった……
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