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第六章-朔日-
第6章 第121話
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「大丈夫なのですか?」
飛び出した雪風が一太刀、二太刀と斬り結んだのを見て、オーガストが、ユモに聞く。
「何が?」
雪風の動きを目で追ったまま、ユモが聞き返す。
「攻めあぐねているように見えるのですが」
雪風の強さを知っているオーガストには、何事か叫びつつも初太刀で決められなかった雪風の動きが、精彩を欠いているようにも思えてしまう。
「……決め手に欠いてるのは事実だわね」
ユモも、認める。
「あの子、優しすぎるのよ」
「?」
ポロリと呟いたユモの一言の真意を、オーガストは測りかねた。
「ケシュカルを傷つけないように三味線弾いてる。あの子が本気の本気なら、最初の一発で貴き宝珠、真っ二つになってるわ」
「ああ……」
オーガストは、納得する。何某か言い合いながら斬り付ける雪風の木刀は、さっきから貴き宝珠に受け止められ続けている。
「ケシュカルを傷つけず、貴き宝珠だけを切り離す。そんな離れ業を狙ってるのよ、あの子は……」
それがどんなに難しいか、剣術は素人のオーガストにも、よく分かる。何しろ、相手は、自在に体を変形させて急所を移動させられるのだから。
「……何故、貴き宝珠は、頭部だけ変形しないのでしょう?」
ニーマントが、唐突に呟く。
「頭部を変形させれば、よりたやすくユキカゼさんの剣を避けられるでしょうに」
「……どういう事?」
「恐らく、ですが」
ユモに促され、ニーマントが答える。
「放射閃の様子から見て、頭部についてのみ、ケシュカル少年の意思が支配的であるのだと思えます。体についてはケシュカル少年のものよりも、貴き宝珠の支配率の方が圧倒的に高いのですが」
「つまり、ケシュカル少年が、それを拒んでいる、と?」
「そう考えて、間違いは無いでしょう」
オーガストの推察に、ニーマントが同意する。
「……ニーマント、今、ケシュカルの体がどうなってるか、詳細に分かる?」
「詳細に、とは?」
ユモの質問の意味を図りかね、ニーマントは聞き返す。
「あんなに」
雪風の木刀を受け止め、受け流す為に人ではあり得ないような形に変形するその体――主に上半身だが、下半身も足の長さは変化している、腰の形がはっきりしているので下履きが落ちる事はないようだが――を顎で示して、ユモが言う。
「しっちゃかめっちゃかに変形しといて、肺とか心臓とかちゃんと機能してるのかって話よ」
「ああ、そういう事でしたら。詳細は分かりかねますが、もはや人としてのまともな機能は果たしていないでしょう。具体的には、呼吸も血流も全く感じ取れません」
「……だとしたら」
何かを考えついたユモが、ニーマントに確認する。
「例えば、よ?首を刎ねたって、死なないって事にならない?」
「そもそも『奉仕種族』とやらの組織に置き換わっている、というお話しですから」
ニーマントは、同意する。
「人間の常識では計り知れない生命体である、という意味で、充分に考えられます」
「なるほど……」
オーガストは、顎に手を当てて考え込む。
「……先ほど、ケシュカル少年がユキカゼさんに殴り倒された時に見えたのです。貴き宝珠の脊髄は、ケシュカル少年の後頭部、盆の窪でケシュカル少年の中に入っています」
ユモの視線が、ケシュカルの体の後頭部に向く。
「ケシュカル少年の脊髄がそこで切断されているのかどうかは分かりませんが、そこから下の体の機能の大半を貴き宝珠が乗っ取っている事は疑いありません。また、会話が出来るという事は表情筋を支配する顔面神経も同様でしょう。恐らくは、貴き宝珠の頭部とケシュカル少年の頭部を繋ぐ紐状のもののうちの何本かが、顔面神経の枝を受け持っているのでしょう」
「ってことは」
医者の目で言うオーガストの言葉に頷いてから、
「ケシュカルの首から上は、いろんな意味で体から独立してるって事よね?」
ユモは呟き、そのまま雪風に指示する。
「ユキ!ケシュカルの首、刎ねちゃいなさい!」
「けやぁ!」
ユモの横から跳び出すなり、雪風は横様に木刀で斬り付ける。
斬る剣ではない、殴り、止める剣。
だがそれは、ケシュカルの体が、腕が、受ける。
――念が、流れない?――
加減しているとは言え、常人なら昏倒するレベルの念が、食い止められている。
「なるほど!」
貴き宝珠は、嬉しそうに、言う。
「その力、分かってしまえば受け流せます!」
ケシュカルの体の、コールタールのような艶のある黒い肌の表面を、純粋な源始力でもある雪風の念が流れ、四散する。
「何がぁっ!」
叫ぶように言い返しつつ、雪風も、おおよその所が理解出来てくる。
――やっかいだわ!――
この黒い皮膚、『奉仕種族』とやら、これまでドルマと二回、ケシュカルと一回やりあって、分かったこと。それはつまり。
自分達人狼を上回る耐久力と回復力を持っているらしいこと。そして。
念が、通りづらいこと。
表皮の硬い、それこそ甲羅のような相手の場合、そういう事はたまに起こる。あるいは、相手も同様の念のようなもので自分をコーティングしている場合も。
この『奉仕種族』というのは、その両方を同時にやっていると言って良い、雪風は、そう判断した。
それくらい、皮膚は硬いし、念の通りも悪い。
――妖怪変化、魑魅魍魎、あたしがやり合った事のある相手は知れてるけど、こいつ、そのどれにも似てない――
『協会』で稽古を付けてくれる妖のもの、『経験値稼ぎ』と称して父母に、あるいは身内に連れ出されて手伝わされた、協会の仕事。
そのいずれにおいても、これほどやりづらい相手は居なかった。
――根本的に、こいつ、『奉仕種族』ってやつは、何か違う――
やり合った事のある相手、話に聞いたことのある連中とは、決定的に、何かが違う。雪風は、雪風の本能的な部分は、それを理解する。
――……でも、斬れない相手じゃない……――
意識を強く持てば。あるいは、相手の油断を誘えば。ドルマにしろケシュカルにしろ、最初のうちは間違いなく念は通っていた。今は、あっちも相当警戒しているから、同じ力では通らない。単純に、そういう事だ。
ましてや。斬るつもりであたれば、間違いなく、斬れる。その自信は、あった。
しかし。
――……斬れるけど、斬っちゃったら、ケシュカル君が……――
雪風は、その最後の部分で、決心がついていなかった。
「ですが、その力、私の求めるものとは違うようです」
雪風の剣戟を避けるでもなく、受け流し、あるいはまともに受けながら、貴き宝珠がうそぶく。
「さあ、もっともっと、本当の力で、私を打擲してください」
「だあっもう!うっとうしい!」
心底嫌そうに、雪風は吐き捨てて、勢いで何も考えずに木刀を振り下ろす。
それを左腕で受け止めた貴き宝珠が、ケシュカルの声で、言う。
「さもなくば、ユモさん共々、少々心外ですがとりおさえさせていただくことになるかも知れません」
「んだと?」
「ユモさんのあの力も、大変に面白い。是非、秘密を教えていただきたいのです」
「秘密もクソも!」
剣を引いて、自分も一歩引いて、雪風は答えつつ、打ち込む。
「お断りだって言ってんのよ!」
「それは残念です」
――早く、俺を、殺してくれ――
「だから!お断りだってのよ!」
ざわり。雪風は、服の下の全身が、総毛立つのを感じる。怖さや恐れではない。憤りが、文字通りに、雪風の全身の体毛を逆立てているのだ。
「軽々しく殺すとか言いやがって!」
雪風は、無意識に獣人化しかけていることに、気付いてすらいなかった。
「死んだらそれで終わりなんだよ!分かってんのかよ!」
「何を、そんなに憤るのですか?」
――だから、終わりにして欲しいんだ――
「うるせえ!」
叫ぶ雪風の目が、檜皮色の瞳が、金色の光りを宿す。
「あたしは、嫌いなんだよ!そういうの!」
鋭さを増した木刀を振り抜きつつ、雪風が吠える。
「勝手に終わらせようとしてんじゃねぇよ!」
「終わらせる?何をですか?」
唯一、ここに居る者の中でケシュカルの心の声が届いていない貴き宝珠は、雪風が何に憤っているのか、全く理解出来ず、訝しむ。
――お願いだ、俺は、もういやだ――
しかし、ケシュカルは、ケシュカルの心は、自分の声が届いているにもかかわらず、意を汲んでくれない雪風にいらだち、哀しみ、叫ぶ。
――俺は、家族を殺したんだぞ!父ちゃんも母ちゃんも、兄弟も!もう、こんな哀しいの、辛いの、嫌なんだよ!楽にしてくれよ!終わらせてくれよ!――
「逃げてんじゃねぇよ!」
――逃げて何が悪いんだよ!――
「逃げて、終わらせて、それじゃ何にも無いって言ってんだよ!」
雪風の強烈な突きが、貴き宝珠を、ケシュカルの体を襲う。避けること無く胸の真ん中でそれを受けた貴き宝珠は、しかし、念は受け流せても勢いを受けきれず、後ろに吹き飛ぶ。
「いいのかよ!なんにも無しで!あんたは!」
木刀を一度引き、雪風は中段の霞に構え直す。
「生きた証をなんにも残さなくて!」
「ユキ!」
雪風の後ろから、ユモの声が飛ぶ。
「ケシュカルの首、刎ねちゃいなさい!」
雪風自身がびっくりするくらい自然に、雪風の体はその声に従って動いた。
間合いを詰める。
ユモの声に、その意味する所に気付いた貴き宝珠が木刀を絡め取り、抑え込もうとする動きを、腕と触手を一太刀で、中段の右の霞から剣先で跳ね上げるようにしていなす。
木刀が、返る。
「衛!」
右前に踏み出すと同時に、絵に描いたような抜き胴がケシュカルの体の右に入る。
実体があるはずの、どう見ても実体があるとしか見えない木刀が、鈍色を纏ってケシュカルの体をすり抜ける。
貴き宝珠が、ケシュカルの体が、雷に打たれたかのように、硬直する、腕と幾本かの触手を前に、わずかに上に向けたまま。
「哈!」
雪風が、踏み込んだ右足を軸に、切り返す。
木刀が、鈍色の斬撃が右から左に一閃し、ケシュカルの首を後ろから前に横断する。
「耶!」。
切り返し、踏み込んだ左足を軸に、もう一度雪風が切り返す。
驚愕なのか、単なる反射か。見開かれた貴き宝珠の目の下、ケシュカルの頭部と貴き宝珠の頭頂部との接合点に木刀の切っ先が迫る。
鈍色の斬撃が、三度、奔る。
振り抜いた雪風の動きが、停まる。
漆黒のスカートが、鴉の濡れ羽色の髪が、そして、本人も気付かないうちに伸びた尾が、さらりと落ち着く。
残心。
振り返り、雪風は木刀を納刀する。
バランスのおかしい姿勢で固まっていたケシュカルの体が、ゆっくりと前に傾ぐ。
重い頭部が、体の動きに追従出来ず、仰向くように体から離れる。
のけぞるようにゆっくり回転するケシュカルの頭から、さらに貴き宝珠の頭頂部が切り離れ、墜ちる。
「ッチェイ!」
納刀した姿勢から、わずかに腰を落とした雪風が居合抜きのごとくに抜き付ける。
鈍色の刃は、違わず、貴き宝珠の頭頂部を正中で唐竹割りにする。
「……っと」
振り抜いた木刀を右手に残し、雪風は、床に落ちる直前で、左手でケシュカルの頭を受け止める。
どう、と、首を失った体が前のめりに倒れ、べしゃり、と、真っ二つになった頭皮と頭蓋と脳髄が床に落ちた。
飛び出した雪風が一太刀、二太刀と斬り結んだのを見て、オーガストが、ユモに聞く。
「何が?」
雪風の動きを目で追ったまま、ユモが聞き返す。
「攻めあぐねているように見えるのですが」
雪風の強さを知っているオーガストには、何事か叫びつつも初太刀で決められなかった雪風の動きが、精彩を欠いているようにも思えてしまう。
「……決め手に欠いてるのは事実だわね」
ユモも、認める。
「あの子、優しすぎるのよ」
「?」
ポロリと呟いたユモの一言の真意を、オーガストは測りかねた。
「ケシュカルを傷つけないように三味線弾いてる。あの子が本気の本気なら、最初の一発で貴き宝珠、真っ二つになってるわ」
「ああ……」
オーガストは、納得する。何某か言い合いながら斬り付ける雪風の木刀は、さっきから貴き宝珠に受け止められ続けている。
「ケシュカルを傷つけず、貴き宝珠だけを切り離す。そんな離れ業を狙ってるのよ、あの子は……」
それがどんなに難しいか、剣術は素人のオーガストにも、よく分かる。何しろ、相手は、自在に体を変形させて急所を移動させられるのだから。
「……何故、貴き宝珠は、頭部だけ変形しないのでしょう?」
ニーマントが、唐突に呟く。
「頭部を変形させれば、よりたやすくユキカゼさんの剣を避けられるでしょうに」
「……どういう事?」
「恐らく、ですが」
ユモに促され、ニーマントが答える。
「放射閃の様子から見て、頭部についてのみ、ケシュカル少年の意思が支配的であるのだと思えます。体についてはケシュカル少年のものよりも、貴き宝珠の支配率の方が圧倒的に高いのですが」
「つまり、ケシュカル少年が、それを拒んでいる、と?」
「そう考えて、間違いは無いでしょう」
オーガストの推察に、ニーマントが同意する。
「……ニーマント、今、ケシュカルの体がどうなってるか、詳細に分かる?」
「詳細に、とは?」
ユモの質問の意味を図りかね、ニーマントは聞き返す。
「あんなに」
雪風の木刀を受け止め、受け流す為に人ではあり得ないような形に変形するその体――主に上半身だが、下半身も足の長さは変化している、腰の形がはっきりしているので下履きが落ちる事はないようだが――を顎で示して、ユモが言う。
「しっちゃかめっちゃかに変形しといて、肺とか心臓とかちゃんと機能してるのかって話よ」
「ああ、そういう事でしたら。詳細は分かりかねますが、もはや人としてのまともな機能は果たしていないでしょう。具体的には、呼吸も血流も全く感じ取れません」
「……だとしたら」
何かを考えついたユモが、ニーマントに確認する。
「例えば、よ?首を刎ねたって、死なないって事にならない?」
「そもそも『奉仕種族』とやらの組織に置き換わっている、というお話しですから」
ニーマントは、同意する。
「人間の常識では計り知れない生命体である、という意味で、充分に考えられます」
「なるほど……」
オーガストは、顎に手を当てて考え込む。
「……先ほど、ケシュカル少年がユキカゼさんに殴り倒された時に見えたのです。貴き宝珠の脊髄は、ケシュカル少年の後頭部、盆の窪でケシュカル少年の中に入っています」
ユモの視線が、ケシュカルの体の後頭部に向く。
「ケシュカル少年の脊髄がそこで切断されているのかどうかは分かりませんが、そこから下の体の機能の大半を貴き宝珠が乗っ取っている事は疑いありません。また、会話が出来るという事は表情筋を支配する顔面神経も同様でしょう。恐らくは、貴き宝珠の頭部とケシュカル少年の頭部を繋ぐ紐状のもののうちの何本かが、顔面神経の枝を受け持っているのでしょう」
「ってことは」
医者の目で言うオーガストの言葉に頷いてから、
「ケシュカルの首から上は、いろんな意味で体から独立してるって事よね?」
ユモは呟き、そのまま雪風に指示する。
「ユキ!ケシュカルの首、刎ねちゃいなさい!」
「けやぁ!」
ユモの横から跳び出すなり、雪風は横様に木刀で斬り付ける。
斬る剣ではない、殴り、止める剣。
だがそれは、ケシュカルの体が、腕が、受ける。
――念が、流れない?――
加減しているとは言え、常人なら昏倒するレベルの念が、食い止められている。
「なるほど!」
貴き宝珠は、嬉しそうに、言う。
「その力、分かってしまえば受け流せます!」
ケシュカルの体の、コールタールのような艶のある黒い肌の表面を、純粋な源始力でもある雪風の念が流れ、四散する。
「何がぁっ!」
叫ぶように言い返しつつ、雪風も、おおよその所が理解出来てくる。
――やっかいだわ!――
この黒い皮膚、『奉仕種族』とやら、これまでドルマと二回、ケシュカルと一回やりあって、分かったこと。それはつまり。
自分達人狼を上回る耐久力と回復力を持っているらしいこと。そして。
念が、通りづらいこと。
表皮の硬い、それこそ甲羅のような相手の場合、そういう事はたまに起こる。あるいは、相手も同様の念のようなもので自分をコーティングしている場合も。
この『奉仕種族』というのは、その両方を同時にやっていると言って良い、雪風は、そう判断した。
それくらい、皮膚は硬いし、念の通りも悪い。
――妖怪変化、魑魅魍魎、あたしがやり合った事のある相手は知れてるけど、こいつ、そのどれにも似てない――
『協会』で稽古を付けてくれる妖のもの、『経験値稼ぎ』と称して父母に、あるいは身内に連れ出されて手伝わされた、協会の仕事。
そのいずれにおいても、これほどやりづらい相手は居なかった。
――根本的に、こいつ、『奉仕種族』ってやつは、何か違う――
やり合った事のある相手、話に聞いたことのある連中とは、決定的に、何かが違う。雪風は、雪風の本能的な部分は、それを理解する。
――……でも、斬れない相手じゃない……――
意識を強く持てば。あるいは、相手の油断を誘えば。ドルマにしろケシュカルにしろ、最初のうちは間違いなく念は通っていた。今は、あっちも相当警戒しているから、同じ力では通らない。単純に、そういう事だ。
ましてや。斬るつもりであたれば、間違いなく、斬れる。その自信は、あった。
しかし。
――……斬れるけど、斬っちゃったら、ケシュカル君が……――
雪風は、その最後の部分で、決心がついていなかった。
「ですが、その力、私の求めるものとは違うようです」
雪風の剣戟を避けるでもなく、受け流し、あるいはまともに受けながら、貴き宝珠がうそぶく。
「さあ、もっともっと、本当の力で、私を打擲してください」
「だあっもう!うっとうしい!」
心底嫌そうに、雪風は吐き捨てて、勢いで何も考えずに木刀を振り下ろす。
それを左腕で受け止めた貴き宝珠が、ケシュカルの声で、言う。
「さもなくば、ユモさん共々、少々心外ですがとりおさえさせていただくことになるかも知れません」
「んだと?」
「ユモさんのあの力も、大変に面白い。是非、秘密を教えていただきたいのです」
「秘密もクソも!」
剣を引いて、自分も一歩引いて、雪風は答えつつ、打ち込む。
「お断りだって言ってんのよ!」
「それは残念です」
――早く、俺を、殺してくれ――
「だから!お断りだってのよ!」
ざわり。雪風は、服の下の全身が、総毛立つのを感じる。怖さや恐れではない。憤りが、文字通りに、雪風の全身の体毛を逆立てているのだ。
「軽々しく殺すとか言いやがって!」
雪風は、無意識に獣人化しかけていることに、気付いてすらいなかった。
「死んだらそれで終わりなんだよ!分かってんのかよ!」
「何を、そんなに憤るのですか?」
――だから、終わりにして欲しいんだ――
「うるせえ!」
叫ぶ雪風の目が、檜皮色の瞳が、金色の光りを宿す。
「あたしは、嫌いなんだよ!そういうの!」
鋭さを増した木刀を振り抜きつつ、雪風が吠える。
「勝手に終わらせようとしてんじゃねぇよ!」
「終わらせる?何をですか?」
唯一、ここに居る者の中でケシュカルの心の声が届いていない貴き宝珠は、雪風が何に憤っているのか、全く理解出来ず、訝しむ。
――お願いだ、俺は、もういやだ――
しかし、ケシュカルは、ケシュカルの心は、自分の声が届いているにもかかわらず、意を汲んでくれない雪風にいらだち、哀しみ、叫ぶ。
――俺は、家族を殺したんだぞ!父ちゃんも母ちゃんも、兄弟も!もう、こんな哀しいの、辛いの、嫌なんだよ!楽にしてくれよ!終わらせてくれよ!――
「逃げてんじゃねぇよ!」
――逃げて何が悪いんだよ!――
「逃げて、終わらせて、それじゃ何にも無いって言ってんだよ!」
雪風の強烈な突きが、貴き宝珠を、ケシュカルの体を襲う。避けること無く胸の真ん中でそれを受けた貴き宝珠は、しかし、念は受け流せても勢いを受けきれず、後ろに吹き飛ぶ。
「いいのかよ!なんにも無しで!あんたは!」
木刀を一度引き、雪風は中段の霞に構え直す。
「生きた証をなんにも残さなくて!」
「ユキ!」
雪風の後ろから、ユモの声が飛ぶ。
「ケシュカルの首、刎ねちゃいなさい!」
雪風自身がびっくりするくらい自然に、雪風の体はその声に従って動いた。
間合いを詰める。
ユモの声に、その意味する所に気付いた貴き宝珠が木刀を絡め取り、抑え込もうとする動きを、腕と触手を一太刀で、中段の右の霞から剣先で跳ね上げるようにしていなす。
木刀が、返る。
「衛!」
右前に踏み出すと同時に、絵に描いたような抜き胴がケシュカルの体の右に入る。
実体があるはずの、どう見ても実体があるとしか見えない木刀が、鈍色を纏ってケシュカルの体をすり抜ける。
貴き宝珠が、ケシュカルの体が、雷に打たれたかのように、硬直する、腕と幾本かの触手を前に、わずかに上に向けたまま。
「哈!」
雪風が、踏み込んだ右足を軸に、切り返す。
木刀が、鈍色の斬撃が右から左に一閃し、ケシュカルの首を後ろから前に横断する。
「耶!」。
切り返し、踏み込んだ左足を軸に、もう一度雪風が切り返す。
驚愕なのか、単なる反射か。見開かれた貴き宝珠の目の下、ケシュカルの頭部と貴き宝珠の頭頂部との接合点に木刀の切っ先が迫る。
鈍色の斬撃が、三度、奔る。
振り抜いた雪風の動きが、停まる。
漆黒のスカートが、鴉の濡れ羽色の髪が、そして、本人も気付かないうちに伸びた尾が、さらりと落ち着く。
残心。
振り返り、雪風は木刀を納刀する。
バランスのおかしい姿勢で固まっていたケシュカルの体が、ゆっくりと前に傾ぐ。
重い頭部が、体の動きに追従出来ず、仰向くように体から離れる。
のけぞるようにゆっくり回転するケシュカルの頭から、さらに貴き宝珠の頭頂部が切り離れ、墜ちる。
「ッチェイ!」
納刀した姿勢から、わずかに腰を落とした雪風が居合抜きのごとくに抜き付ける。
鈍色の刃は、違わず、貴き宝珠の頭頂部を正中で唐竹割りにする。
「……っと」
振り抜いた木刀を右手に残し、雪風は、床に落ちる直前で、左手でケシュカルの頭を受け止める。
どう、と、首を失った体が前のめりに倒れ、べしゃり、と、真っ二つになった頭皮と頭蓋と脳髄が床に落ちた。
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