上 下
18 / 39

18

しおりを挟む
「何しに来たのよ!」
 教室棟から特別教室棟の脇を抜け、北側グラウンドを突っ切って学校敷地の北西の端にある道場に転がり込んだところで、あたしは、頭ごなしに信仁しんじをどやしつけた。
 まさか、この場に信仁が来ることは、全く想定していなかった。
 そもそも、どうやってこの結果、夢時空の中に入り込んだのか。
 おまけに、その拳銃。いや、出所は知っているけれども。
「あんたを助けるために決まってんだろ!」
 びしょ濡れで、道場――弓道場、剣道場に空手と柔道場が一体化した、板張りと畳の床の両方がある体育館――の床に両手をついて息を整えていた信仁が、顔を上げて真っ直ぐにあたしの目を見返して語気鋭く言い返す。
「助けるって……あんたバカなの!かなう相手じゃないんだ!あんたみたいな普通の人間が、敵う相手じゃないんだよ!」
 あたし自身、相当に色々と頭にきていて、それが信仁というはけ口に向かったのは、半分以上八つ当たりなのは頭の隅で自覚していた。でも、感情が停まらなかった。それに、怒りやら憎悪やらだけで言っているのでもないことも、自覚はあった。
「うるせえ!」
 信仁が、真正面からあたしに向かって、怒鳴った。真剣な目で。その目に、つい、あたしは気圧される。思えば、信仁にこうやって、面と向かって間近から怒鳴り返されたのは、これが初めてだった。
 ちょっと身が退けたあたしの肩を、信仁は掴む。
「普通とか知るかよ!今だって、俺が来なけりゃヤバかっただろうが!助けられてて大口叩くんじゃねぇよ!」
 言われて、あたしは返す言葉につまる。顔をそむける。実際、さっきはその通りだったのだから。分かってる、頭では。でも、気持ちは、それを認めてくれない。
「でも!」
「分かってんだよ!」
 向き直り、脊髄反射的に言い返そうとしたあたしの機先を制して、信仁が語気はそのままに、でも、怒鳴ることなく、言葉を続けた。
「あれが相当ヤバいって事くらい。俺なんかじゃ、歯が立たないかもって事くらい」
 あたしの腕から手を離し、少し体を引いて、ちょっと俯いて、すぐに顔を上げて無理に笑顔を作って、信仁は続けた。
「俺なんか、あねさんが本気出したら、屁みたいなもんだって、わかっちゃいるんすよ。でもね、だからって、何もしないってのも、出来ねぇ話だって」
――そうよ――
 あたしは、心の中で答えた。
――あたしが本気出したら、人狼ひとおおかみのあたしが本気になったら、巻き込まれたら、信仁、あんた、ただじゃ済まない、きっと――
 そして、そう心の中で答えながら、あたしは、自分の言葉に違和感を持った。
――本気出したら?――
 それは、言葉のあやだっただけ、かも知れない。けど、あたしは、ひっかかってしまった。ひっかかって、違和感の正体に、気付いた。
――あたしは、本気を、出してないの?――

 あたしは、半端者だ。
 人狼の血を継いでいるのに、獣の姿になれない、半端者。
 それが、あたしの血の半分が人間のものであり、混血であるが故に力を、人狼としての全力を出せないのかと、自分が混血である事を知った時はそう思った。けど、同じように混血の妹が、鰍が、最初から力を使いこなしているのを見て、それは違うとすぐに気付いた。
 原因は、婆ちゃんにも分からないらしい。いや、分からないフリをしているだけかも知れない。でも、教えてくれないなら同じ事だ。つまり、教えたところで、知ったところで解決出来ない問題だ、という事だ。
 そんなあたしだから、折角せっかくの「ゆぐどらしる」の力の、ほんの1割もあたしが引き出せていないのは、あたし自身がよく分かっていた。あたしは、それは自分の未熟が故、半端者であるが故だと思っていた。
 いや、未熟が故、というのは確かだろうけれど。でも、もしかして。
 あたしが、無意識に、本気を出していないだけだとしたら。
 あたしに、まだ、伸びしろがあるんだとしたら。

「姐さんも、その木刀も、ただもんじゃねぇ事くらいは俺だって分かってる」
 考え込んでいたのは、一瞬だったのだと思う。信仁のその一言が聞こえた時、あたしは、ハッとして我に帰った。
「どこの世界に、練習すれば木刀でコインが切断できるなんて真に受ける馬鹿がいるよ?何か秘密がある、でもそれは誰にも話せない、それくらいは俺だって察したさ……けどよ。察したけどよ、足手まといかもだけど、だからって、姐さん一人をヤクザどもの中にほっとくなんて、どうしても我慢出来なかったんだよ」
 いやまあ、ヤクザどころの話じゃなかったけどな。呟くように、信仁はそう付け足す。
 我に帰ったあたしは、真顔で信仁が、あたしを見つめていたことに、改めて気付いた。
「惚れた女のピンチを指くわえてみてるだけ、なんて、出来るわけ、ねぇだろ」

 それは、こういう状況じゃなければ、ちょっとは嬉しい一言だったと思う。信仁は、何かにつけてこういうことを言うけど、あたしだって、それが嫌という事は、好きだと言われて嬉しくないって事は、ない。
 ただ、この時は、それよりもその前の一言が、あたしの事も、木刀ゆぐどらしるの事も気付いていた、って方が、あたしには衝撃だった。
 考えてみれば、あたしは以前、コイツの目の前で、木刀でコインを斬ったのを見られているんだから、そりゃ不思議に思わない方がどうかしてる。でも、それっきり信仁はその事は聞いてこなかったし、何度か人前で木刀を抜いた時も、むしろ「姐さんの手品っすよ、手品」で周りをごまかしてくれていた。だから、安心してた……ちがう、安心したフリをしてたんだ、あたしは。
 自分は、ここに居ていいんだって。まだ、居ていいんだって、思うために。
 正体を知られたら、多分、ここには居られなくなるから。ずっと、心のどこかで、その心配をして来ていたから。

「学校のセキュリティが落ちたって寿三郎のマシンからアラートが来て、落ちる直前の記録再生したら、正門と守衛所にヤクザ四人が来たのが写ってましてね。寿三郎にセキュリティの復旧任せて、大急ぎで俺だけバイクでこっちに飛んできたら、西門前に部長が居て。姐さん一人中に残ってるって聞いて、迷ったんだけど、部長を雨の中ほっとくわけにも行かねぇし、一旦部長を寮に戻して、ついでに装備調えてまた来たってわけでさ」
 あたしが黙ってしまったのを気にしたのか、怒鳴ったのが気が引けたのか、信仁は、ちょっとバツが悪そうに、そう説明を始めた。
 確かに、信仁の格好は登校規則の制服ではなく、サバゲーの真っ最中といわれても不思議は無い格好、黒の上下に、あたしはよく名前を知らないけど、装備のいっぱいつけられるみたいなベストを着込んでいた。
「相手がヤーさんだから、万一を考えてトカレフ持って来たんだけど。いやぁ、我ながら大正解!だったんだけど。姐さん」
 一瞬だけ、いつもの調子に戻った信仁だったけど、すぐにまた声をひそめて、あたしに聞いた。
「ありゃ、一体何です?」

「……その前に……」
 あたしは、複雑にぐるぐる回ってる心の中を押し殺して、信仁に聞いた。
「信仁……あんた、あたしの事……」
「……ああ、大好きだぜ、姐さん」
「じゃなくて!」
「うわっと!」
 気が立っているあたしは、あやうく信仁をぶん殴りそうになる。
 道場の床を殴った拳を引っ込めながら、あたしは聞き直す。
「あんた、あたしの事とか、「ゆぐどらしる」の事とか……」
「ゆぐどらしる?……あ、その木刀の事か、そんな名前あるんだ。そりゃあ、目の前で何度もタネなし手品見せられりゃ、気になるってもんさ。俺、手品のタネ明かししないと気が済まないタチなんでね」
 顔をゆるめて、信仁は続けた。
「結局、タネはまだ分からないんだが、その木刀も姐さんも、そんじょそこらの居合いの使い手、ってわけじゃないって事くらいはわかる。それに、さっきのアレと、それからこれだ」
 言いながら、信仁は生徒手帳を胸ポケットから出して、開いて見せる。
「部長が、姐さんがそれ渡してくれたから出られた、って言ってたから。カバラのタリズマン、ってヤツでしょ、これ」
 そこには、あたしが脱出する結奈ゆなに渡した、鰍が作った護符が挟んである。
「あんた……知ってるの?」
「俺の雑学舐めんなよ?そりゃ本物かどうかの見分けはつかねぇけど、これ持っててここに入れたんだ、コイツはつまり本物だって事だろう。全部総合して考えると、だ。つまり俺たちは今、こういう言い方は好きじゃないんだが、超常現象的な何かのまっただ中に居て、そして姐さん、あんたはそれに対抗する手段なり力なりを持ってる、と。どうだ?」
 気付くべきだった。「奴」が閉じたこの結界、「夢時空」に入って来ているのだから、信仁は何かしらの結界破りに相当するものを持っていなければおかしい、と。あたしが脱出用に結奈に渡した護符、それを使って入ってくるくらい、コイツなら思いつき、知識を総動員して成功するまで色々試すだろうと。
 そして。コイツなら、信仁なら、遅かれ早かれその結論に、あたしが、何かしらの人外の力を身につけている事に気付くだろうと。今のこの状況が決定打になったとは言え、そうでなくても、いずれ気付いた、いや、もしかしたらもっと早い段階から気付いていたかも知れない、と。
「俺じゃ、大した役には立たないかも知れないけどな。1と100でも、足しゃあ101だが、掛けりゃ……掛けちゃダメか。とにかく、俺とハサミは使いようだってところ、なんかの役には立って見せてやるよ」
 歯を見せて、信仁は笑ってみせる。
 あたしの感情は、それで、さらに乱れた。
 なんとしてでもコイツを無事に外に出さないと、という使命感。そして、自分から面倒に巻き込まれやがって、ふざけんなこのバカ!というかなり強い怒り。
 そして、助けに来てくれる友達、仲間がいるという嬉しさ。それだけじゃない、それ以上の、コイツのこの根拠のない自信、それが今傍に居るという安心感……
 でも、あたしは、それを認めちゃいけないと、自分の心を縛り続けてもいた。

 小さい頃から、あたしは、周りの子供とは違うってのは、感じていた。妹達も含めて、あたし達には、ある程度の歳になるまで、人狼の力が発現しないように封印がされていた。それをしたのは婆ちゃんで、街で暮らす人狼が増えてから、そうやって問題が起きないようにケアするのも婆ちゃんの仕事なんだって言ってた。
 それでも、あたし達は、周りの子供とは何かが違う事は感じていたし、まわりも何かを感じていたんだと思う。いじめられるってのとはちょっと違うけど、もう一つ、誰とも仲良くなりきれない、そんな感じはあった。
 あの一件・・・・をきっかけに封を解かれて、あたし達は本来の自分になった。その代償に、それまで黒く偽装していた髪は本来の栗色に戻り、学校の先生は酷くびっくりしていたのを覚えてる。婆ちゃんが学校に、本来生まれつきはこっちで、今まで染めてたんだって説明してくれたけど、学校で悪目立ちするのは避けられなかった。
 それまで以上に周りとの壁みたいなものを感じて、あたしは長女として、妹達を護らなきゃって思った。今まで以上に、姉らしくしなきゃって思ったし、そう行動した、つもり。物理的な暴力からも、精神的なそれからも。ちょっかい出してくる奴は片っ端から伸して回ったし、陰口たたく奴は、大人だって食ってかかった。
 ただ、封を解かれてから、力関係で言えばあたしが一番弱いってのもはっきりしてた。理由は簡単で、あたしだけが獣の姿になれなかったから。その理由は、婆ちゃんはわからないって言ってた。妹達も、封が解けてから最初にケンカした時以降は、本気であたしに突っかかってくる事はなくなった。一応は、姉であるあたしを尊重してくれてたんだと思う。あたしだって、素手じゃ敵わないけど、「ゆぐどらしる」を使えば引き分け以上に出来る事は分かってた。けど、それも最初の一回で止めた。それは、フェアじゃないから。
 決して姉妹の仲が悪くなったわけじゃないけど、その頃はちょっと、お互いに遠慮し合っているところはあった。だから、あたしは高校に入る時、全寮制のここを選んだ。婆ちゃんには経済的に申し訳なかったけど、それでも笑って許してくれた。そして、三年間の仮住まいだけど、あたしは、居場所を得た。
 あたしの髪の色も、親が居ない事も、一切合切、ここでは誰も気にしなかった。入試して入る学校ってのはそういうもんだって、婆ちゃんが言ってた。良くも悪くも、似たものが集まるって。髪のこととか、話題になる事はあった、けど、それで付き合いが変わる、って事は無かった。そうだ、あたしは、ここに居るのが、楽しかったんだ。
 だから、ここを護りたいって思った。だから、率先して生徒会執行部風紀委員長になった。あたしの得意な、物理的に、護る役目として。
 そうだ。だから、あたしは、本気を出していなかったんだ、きっと。
 本気を出したら、本気を出すって事は、本性を晒すって事だから、そうしたら、今の関係が必ず壊れてしまう。それを恐れていたんだ、本能的に、無意識に。
 多分、この力の封が解かれた時から、そう感じていたんだ。漠然と、本性を人前にさらす怖さを感じていたんだ。封を解かれた時、妹達が、何も恐れず、ただ本能に従って獣の姿になった時、一瞬遅れたあたしは、無意識にそれを感じてしまったんだと思う。それは、あの娘達の姉として、妹達より大人びて、子供がてらに外面を気にしてそれまで生きてきたせいかもしれない。あたしが混血、血筋的には半端者だってのは関係ないんだと思う。だって、同じ混血の妹が、鰍が、最初から獣の姿に変われていたから。
 だから、あたしは今、決心しなきゃいけないんだ。
 「奴」を倒し、学校を護り、何よりも、目の前のコイツを護る為に、今の生活を捨てる決心をしなきゃいけないんだ。
 本気を出すってのは、つまり、そういう事なんだ。

「これ、返しとかねぇとな」
 そう言って、信仁は生徒手帳をあたしに差し出す。
「あんた……これの使い方、知ってたの?」
 あたしは、受け取ったその生徒手帳を握りしめて、聞く。
「いや、使い方なんか分からなかったから、そりゃもう神頼み、神様仏様バラモン様、頼みます拝みます一生恩に着ますってなもんで必死に祈ったすよ?そんで目をつぶってあの変な壁に突っ込んで、そしたらスルッと抜けられて。いや、大したもんっすね、それ」
 あたしは、挟まれた護符にあたしのものではない念の痕跡を残す、その生徒手帳の温もりを手のひらに感じながら、確信した。
 コイツが、信仁がたまに見せる、あたしでも感付けない程の気配の消し方とか、異様な勘の鋭さとか、さっき見た――実弾で見たのは初めてだけど、エアガンとかではよく見てる――射撃の腕とか。
 あれやこれやの全てが、結局、この一つの特技に集約されているんだって。
 その特技とはつまり、人並み外れた集中力。普段はヘラヘラしてるくせに、ここ一番の時は、爆発的な精神力を一点に、一瞬に集中させる。それがこの場合、ストレートに護符に集中したんだ。
 本当に、とんでもないバカなんだから。あたしは、場違いだけど、何かほっとしてしまった。
 安心して、内心は複雑に混乱しつつも、ちょっとだけ、気が緩んだ。
「まったく……あんたって……」

「居たぞ!」
 突然に、道場の入り口から声がした。
 うかつだった。気付けたはずだった。
 そこに居たのは、見覚えのある顔。三年ぶり近くになる、あの時・・・の、アニキと呼ばれていたチンピラの幹部だった。
「おう、桐崎を呼んでこい」
「へい!」
 アニキは、すぐ後ろに控えていたチンピラに声をかける。その手には、銀色に光る拳銃が、こちらを向いている。
「おっと、その木刀から手を離しな。両手を上げろ、開いてな。余計な事をするんじゃねぇぞ」
 ニヤニヤしながら、アニキはあたし達に命令する。あたしの指弾を受けたことを、覚えているのかも知れない。あたし達を制圧したつもりで、土足のまま――まあ、あたしたちもだけど――道場の板張りの床に上がってくる。
「あんた……」
「ずいぶんと、懐かしい顔だな、え?」
 あたしの呟きに、アニキも反応する。
「……何だよ。お互いにもう手ぇ切ったはずじゃねぇか。今更意趣返し、約束を反故にするってかい?」
 信仁が、両手をゆっくり肩のあたりまで上げながら言った。
「俺も忘れたはずだったんだがな。あの桐崎って野郎がどうにもお前らに会いてえんだとよ。立ちな」
「……俺たちとの約束を破ると、後が怖いぜ?」
 信仁が、手を上げたままゆっくり立ち上がりつつ、言う。
「ああ、テメェらガキのくせに蛇頭の連中よりタチ悪いからな。後腐れ無いように、キッチリ絞めさせてもらうぜ」
 アニキも、ニタニタ笑いながら間を詰めてくる。銃口を信仁の胸元に突きつけるくらいに。
 いくらあたしでも、ここから木刀ゆぐどらしるを掴み直してアニキの拳銃をはたき落とすよりは、アニキが引き金を引く方が遥かに速い。第一、どうやっても剣の軌道上に信仁の体が入る。
 それが明らかだから、あたしは、万に一つも信仁を傷つけたくないから、動くことが出来なかった。
 
 次の瞬間に起こったことは、人狼であるあたしの目でさえ、追うので精いっぱいだった。
 信仁の両手が、予備動作無しに動いた。肩の高さから、アニキの右手に持つ拳銃に向かって。
 左手が銃を握り、右手がアニキの右前腕を弾く。拍手のような音が一つ、雨音に包まれた道場に響く。いともあっさりとアニキの右手は銃から離され、気が付けばその銃は信仁の左手から右手に移っている。
 アニキのニタニタ笑いは、自分が持っていたはずの拳銃が信仁の胸元にあり、その拳銃の銃口が自分に向いているのに気付いた時に、消えた。その間、一秒もかかっていない。
「……え?な?」
「両手を上げたまま床に伏せろ。ゆっくりとだ」
 まだ事情が掴めていないらしいアニキに、二歩後じさって間合いを空けた信仁が、抑揚のない声で命じる。胸の前の銃を、目の高さ、自分の顔のすぐ前に持ち上げながら。
 あたしは、思い出した。射撃部のメンツが、一時期、何かの映画を観て以降、取り憑かれたようにこの練習してたのを。信仁の属する射撃部の射場は、あたしの属する剣道部の道場――要するに今居るここだ――と弓道場を挟んで隣だから、何バカやってんだろうって、剣道部員総出で呆れて見てたっけ。そういえば、信仁が今やってる変な銃の構え方――目の高さで、妙に銃が顔に近い――も、その時真剣に練習してたやつだ。銃による無刀取り、そんな感じの近接格闘術だったんだ、あたしは、やっとこの時理解した。
「姐さん、コイツが妙な動きしたら構わず撃ってくれ。俺はボディチェックする」
 信仁は、自分のホルスターから左手で黒い拳銃を抜いてあたしに渡す。あたしは頷いてその銃を受け取り、構える。銃なんか撃ったこと無いけど、持ち方くらいは知っている。
「……有り難てえ、スペアマグか。そのまま使えるのが何とも助かるね……すぐにアイツが来るだろう、時間がねぇ。アニキさんとやら、丁度いいからあんたにも一働きしてもらうぜ」
 ボディチェックして、アニキの上着の下から匕首やら予備弾倉やらを抜き取りながら、信仁はアニキに言った。
しおりを挟む

処理中です...