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「かんにんな八重垣さん、鍵、探させてもらうで」
11階建てのマンションの10階でエレベーターを降りた銀子は、エレベーターの中でおんぶから降ろし、改めて正面から自分にもたれさせて支えている八重垣環にそう声をかけると、スカートのポケットに手を入れる……ハンカチしかない。あれ?と小さく呟きながら、続いてブレザーのポケットを探り、あれ?ともう一度呟いて、一瞬ためらってから環のブレザーの胸元のボタンを外し、内ポケットを探る……あった。セキュリティの高そうな最新型のそのキーをドアノブのキーホールに差し込み、ドアロックを解錠する。気を利かせた浩子がドアを開き、ホールドしてくれる。
「おおきに……おじゃましますー」
一言断って、環を抱えたまま銀子は玄関に入った。
「え?ワンルーム?」
銀子の後から部屋に入った浩子が、部屋の中を一目見て、言った。
「……ちゃう、けど……」
浩子より少し奥に居る銀子は、目の前のLDKの右奥にもう一部屋あるのを見て取っていた。だが、環が一人っ子だとしても、家族が住むには手狭だし、第一……
「……一人暮らし、してはるんやろか……」
LDKには、家族の存在を思わせる家具、複数の人数分のテーブルやソファがない。あるのは、小さなテーブルと、スツールが一つ、あとは折り畳みの小さなパイプ椅子が一つだけ。
「……とにかく、八重垣さん横にしたらんと。山田さん、すまんけどタオルか何か探してくれへん?このままやと多分、スカートとか汚してしまいそうやし……」
「……スカート?……あ!」
その時になって、浩子も気付いた。女子として、微かだが、その匂いで。
「……かんにんやで、八重垣さん」
もう一度、銀子はそう言うと、寝室と思われる隣の部屋のドアを開けた。
「……あれ……ここ……うち……」
八重垣環が目を開けたのは、それから三十分ほどしてからだった。
「あ、八重垣さん、大丈夫?」
ベッドサイドに居る山田浩子が、ほっとした顔で環に微笑むと、
「昴さん、八重垣さん、起きたよ」
振り向いて、自分の鞄から何か出そうとしていた昴銀子に声をかけた。
「お、目ぇさめはったんか、良かった……八重垣さん、起きられるか?」
片手に水を汲んだコップを、もう片方に何やら粉薬らしきオブラートの包みをつまんだ銀子が、安心した顔でベットに近付き、環に声をかけた。
「へえ、起きれますけれど……そや、うち、気分悪なって……あ」
ゆっくりと半身を起こした環は、制服のブレザーとスカートを脱いだ状態でベッドに横になっていたことに気付く。
「そしたら、これ飲んで」
銀子が、包みと水を差し出す。
「これ……何どすの?」
受け取った環が、怪訝そうな顔で銀子を見上げる。
「それな、ウチの田舎の婆ちゃん特製の万能煎じ薬やねん。めっさニガいねんけど、何にでもよう効くねんで」
得意そうな銀子に笑顔でそう言われて、環はしばらく逡巡したが、覚悟を決めたらしく、ぽいと包みを小さな口に放り込むと、コップの水で一気に流し込み、そして。
「……いやぁ、ほんま、えらいニガおすなぁ……」
本当に苦かったのだろう、顔をしかめてそう言った環をみて、緊張が解けたのか、銀子と浩子は吹き出した。
「そうどすか……昴さんがうちを運んでくらはって……お二人にはえらいお世話になってしもて」
秘伝の薬とやらを飲み、一息ついた環は事情を銀子と浩子から聞き、二人に礼を言う。
「ええねん、気にせんといてな」
「うん」
即座に言い切る銀子に、浩子も同意する。
「そやけど、二人とも、あんまり寄り道したはったら、お家の人に怒られたりしやはらへん?」
環が、そんな二人を心配して、聞いた。
「あー、うん、今日は真っ直ぐ帰るって言っちゃってあったから……」
浩子が、ちょっと困った顔で答える。その浩子の肩を軽く叩いて、銀子が言う。
「せやったら、山田さんは先に帰りはって。八重垣さんの様子、ウチがもう少し見てるさかい」
「え?でも……」
「ええねん、ウチ、お父ちゃんもお母ちゃんも仕事で出ててな、家帰っても誰も居れへんねん」
「あ……うん、じゃあ……」
「何かあったら電話するさかい」
「うん。じゃあ、また明日。八重垣さんも、お大事にね」
「はい、おおきに」
少し後ろ髪を引かれつつ、浩子は部屋を出た。
11階建てのマンションの10階でエレベーターを降りた銀子は、エレベーターの中でおんぶから降ろし、改めて正面から自分にもたれさせて支えている八重垣環にそう声をかけると、スカートのポケットに手を入れる……ハンカチしかない。あれ?と小さく呟きながら、続いてブレザーのポケットを探り、あれ?ともう一度呟いて、一瞬ためらってから環のブレザーの胸元のボタンを外し、内ポケットを探る……あった。セキュリティの高そうな最新型のそのキーをドアノブのキーホールに差し込み、ドアロックを解錠する。気を利かせた浩子がドアを開き、ホールドしてくれる。
「おおきに……おじゃましますー」
一言断って、環を抱えたまま銀子は玄関に入った。
「え?ワンルーム?」
銀子の後から部屋に入った浩子が、部屋の中を一目見て、言った。
「……ちゃう、けど……」
浩子より少し奥に居る銀子は、目の前のLDKの右奥にもう一部屋あるのを見て取っていた。だが、環が一人っ子だとしても、家族が住むには手狭だし、第一……
「……一人暮らし、してはるんやろか……」
LDKには、家族の存在を思わせる家具、複数の人数分のテーブルやソファがない。あるのは、小さなテーブルと、スツールが一つ、あとは折り畳みの小さなパイプ椅子が一つだけ。
「……とにかく、八重垣さん横にしたらんと。山田さん、すまんけどタオルか何か探してくれへん?このままやと多分、スカートとか汚してしまいそうやし……」
「……スカート?……あ!」
その時になって、浩子も気付いた。女子として、微かだが、その匂いで。
「……かんにんやで、八重垣さん」
もう一度、銀子はそう言うと、寝室と思われる隣の部屋のドアを開けた。
「……あれ……ここ……うち……」
八重垣環が目を開けたのは、それから三十分ほどしてからだった。
「あ、八重垣さん、大丈夫?」
ベッドサイドに居る山田浩子が、ほっとした顔で環に微笑むと、
「昴さん、八重垣さん、起きたよ」
振り向いて、自分の鞄から何か出そうとしていた昴銀子に声をかけた。
「お、目ぇさめはったんか、良かった……八重垣さん、起きられるか?」
片手に水を汲んだコップを、もう片方に何やら粉薬らしきオブラートの包みをつまんだ銀子が、安心した顔でベットに近付き、環に声をかけた。
「へえ、起きれますけれど……そや、うち、気分悪なって……あ」
ゆっくりと半身を起こした環は、制服のブレザーとスカートを脱いだ状態でベッドに横になっていたことに気付く。
「そしたら、これ飲んで」
銀子が、包みと水を差し出す。
「これ……何どすの?」
受け取った環が、怪訝そうな顔で銀子を見上げる。
「それな、ウチの田舎の婆ちゃん特製の万能煎じ薬やねん。めっさニガいねんけど、何にでもよう効くねんで」
得意そうな銀子に笑顔でそう言われて、環はしばらく逡巡したが、覚悟を決めたらしく、ぽいと包みを小さな口に放り込むと、コップの水で一気に流し込み、そして。
「……いやぁ、ほんま、えらいニガおすなぁ……」
本当に苦かったのだろう、顔をしかめてそう言った環をみて、緊張が解けたのか、銀子と浩子は吹き出した。
「そうどすか……昴さんがうちを運んでくらはって……お二人にはえらいお世話になってしもて」
秘伝の薬とやらを飲み、一息ついた環は事情を銀子と浩子から聞き、二人に礼を言う。
「ええねん、気にせんといてな」
「うん」
即座に言い切る銀子に、浩子も同意する。
「そやけど、二人とも、あんまり寄り道したはったら、お家の人に怒られたりしやはらへん?」
環が、そんな二人を心配して、聞いた。
「あー、うん、今日は真っ直ぐ帰るって言っちゃってあったから……」
浩子が、ちょっと困った顔で答える。その浩子の肩を軽く叩いて、銀子が言う。
「せやったら、山田さんは先に帰りはって。八重垣さんの様子、ウチがもう少し見てるさかい」
「え?でも……」
「ええねん、ウチ、お父ちゃんもお母ちゃんも仕事で出ててな、家帰っても誰も居れへんねん」
「あ……うん、じゃあ……」
「何かあったら電話するさかい」
「うん。じゃあ、また明日。八重垣さんも、お大事にね」
「はい、おおきに」
少し後ろ髪を引かれつつ、浩子は部屋を出た。
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