【R18】Gentle rain

日下奈緒

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初めての夜

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何か面白い物を見つけたかのように、俺はエレベーターの前で、彼女に手招きをした。

「来た。早く乗って。」

戸惑っている彼女の手を握り、エレベーターの最上階のボタンを押した。

花火が終わってしまう前に、早く、早く、彼女をその場所に連れて行きたかった。

ちらっと見た彼女は、ずっとエレベーターが昇っていく様子を見ていた。

何気なく繋いだ手。

振り払うでもなく、握り返すわけでもなく。

ただただ、今の状況に自分を合わせて。




ねえ。

君は、ホントのところ……



その時、エレベーターがチンッと鳴った。

最上階に着いた合図だ。

「どうぞ。」

繋いだ手を引いて、彼女を先にエレベーターから、降ろさせた。

部屋へと通じるドアを目の前にして、彼女は一瞬躊躇した。

そんな彼女に、後ろから囁いた。

「もう少し待ってて。今、君へのプレゼントの鍵を、開けてあげるよ。」

そう言って彼女の両腕を上から下へ撫でると、目の前でドアの鍵をカチャッと開けた。


「どうぞ。お嬢様。」

俺がドアを開けると、ゆっくりと部屋の中に入る彼女。

「ほら、見てごらん。」

窓を指さすと、ちょうど目の前に、大パノラマの花火が浮かび上がった。

「うわぁ……」

両手を口元に当てて、感動でそれ以上の言葉も、出てこないようだった。

「どう?驚いた?」

「はい!」

彼女の、本当に心から嬉しそうな返事。

わざわざ、最上階の部屋まで来た甲斐があった。


「実は俺もさ、人に連れてきてもらったんだ。」

「階堂さんも?」

俺の顔を覗き込む彼女の顔が、まともに見れない。

「ちょうどさっきのお店で接待しててさ。帰りがけ、美雨ちゃんと同じように、花火に釘付け。」

「あら。」

「そうしたら、接待相手のお客さんに、『俺の部屋からは、もっと綺麗に見えるぞ。』って言われて、連れて来られたのがこのホテルの最上階!」

少年に戻ったみたいに、この部屋を指さすと、彼女はそんな俺をクスクス笑ってる。


そんな彼女を、ずっと見つめていた。

誰もいない、たった二人だけの世界で、彼女は俺だけに笑ってくれている。

ふと彼女は笑うのを止めて、だんだんと俺に顔を向ける。


「階堂さん?」

暗闇の部屋の中、打ちあがる花火が、彼女の美しい顔を照らし続けていた。

初めて夏目の家で彼女を見た時、そのマシュマロのような白くて柔らかそうな肌に、瞳を奪われた。

「あの…こんなに近い場所で見つめられると、困ります……」

「どうして?」

すると彼女は、本当に恥ずかしそうに、顔を両手で覆った。

「だって、階堂さんに今日会えると思ったら緊張しちゃって…あまり眠れてないから、目の下にクマとかできて……」

「どこに?」

スッと彼女の顎に右手を添えて、少しだけ上に上げる。

「階……堂……さん」

花火が上がる度に、彼女の瞳に俺が映っているのが、見える。

彼女との距離が、少しずつ少しずつ近づく。

そして大きな花火が上がった瞬間、俺達は唇を重ね合わせていた。


貪るようなくちづけ。

彼女の腕が、俺の背中に回ったのを合図に、二人でベッドに倒れ込んだ。

彼女の、チョコレートブラウンの髪の間から、白い首筋が見える。

自分のモノにしたい衝動を抑えきれなくて、その白い首筋に舌の先をなぞるように這わせた。

彼女の口元から洩れる甘い吐息。

もう彼女に溺れる準備は、できていた。

その言葉を聞くまでは。


「階堂さんっ!」



助けを請うような、彼女の呼び声。

そこでハッと我に返った。

慌てて彼女から、自分の身体を離す。

俺の下にいた彼女は、小さく身体を丸めていた。


「ごめん、美雨ちゃん。」

彼女の気持ちも考えずに、何やってんだ、俺は。

「これ以上は何もしないから。本当にごめん。」

謝っても彼女は、少しも動いてくれない。

迂闊だった。

まだ大学生の彼女が、突然こんな事をされて、黙って受け入れられるはずがない。

「許してくれるわけがないか……」


彼女に気づかれないように、そっとベッドから降りようとした時だった。

「待って……」

小さく丸まった彼女から、手が伸びてきた。

「行かないで……」

思いがけない彼女の言葉に、小さく丸まった彼女を、正面に向かせた。

白い頬が赤く染まっている。


「美雨ちゃん?」

「ご、ごめんなさい。」

そう言った彼女の目に、涙が溜まっていた。

「私、こんな時、どうしたらいいのか、わからなくてっ!」

心なしか美雨ちゃんの体が、小刻みに震えているような気がした。

「どうしたらいいのかって、嫌なら嫌だって、」

「嫌じゃないの……」

頭が真っ白になる。

「嫌じゃないの。階堂さんに抱かれるの、嫌じゃないんです。」


ああ、何なんだよ!

俺は彼女の体を、息が止まる程、強く抱きしめた。

「もう、止められないけれど覚悟はいい?」

俺の腕の中で、彼女がコクンと頷く。

そこからは無我夢中だった。


彼女を抱くのに邪魔な布を一枚一枚、剥いでいく。

少しずつ少しずつ現れていく白い肌へ、吸いつくようにキスをした。

その度に、彼女からは吐息が漏れる。

それがまた尚一層、俺の気持ちを掻き立てていった。

余計な物を取り払った彼女の身体は、頭の上から足の先まで、見とれてしまう程、美しいラインを描いている。

「綺麗な身体だね……」

その言葉に彼女は、身体をくねらせて、恥ずかしそうに横を向く。


たまらない。

彼女が欲しくてたまらない。


そして俺は、自分の手と舌を使って、彼女の全身をくまなく愛撫する。

甘い声。

普段の彼女からは想像できないくらいの甘い声。


ああ、今。

彼女の甘い声を聞けるのは、自分だけなのだという優越感。

その優越感と、彼女の甘い声で、俺の身体はいつの間にか、昂ぶっていた。


「階堂…さ……ん」

トロンとした目で俺を見つめる美雨ちゃんの額に、チュっとキスをした。

「美雨ちゃん…君を本気で抱いてもいい?」

俺の首元に手を回して、コクンと頷く彼女。


そして俺は、彼女の身体に、激しく情熱を打ち付けた。

今まで、女性経験が少なかったわけじゃない。

恋愛経験だって、人並にはあった。


それでも、彼女を自分の身体で、女性としての悦びを味あわせてあげたい。

彼女の身体も心も、自分のモノにしたい。

そんな歳甲斐もない純粋な気持ちが、何度も果てそうになる自分を抑えていた。


そう言えば、昔世話になった女性の上司が言ってたっけ。

『男は歳を取ると、自分の快楽よりも、相手を満足させたい気持ちの方が勝るのよ。』と。

だとしたら、俺は30半ばになって、彼女と出会えたことに、心から感謝したかった。

それでも、彼女の口から出た『もう、だめぇ……』という言葉には勝てなかった。

お互いの感情が、最高潮に達すると、荒い息使いと共に、俺は彼女の身体から離れた。

すると今度は、彼女の方から、俺の体に寄り添ってきた。

まだ続く荒い息使い。

汗ばんだ彼女の素肌は、俺の身体半分まで、潤しているかのようだった。


「階堂さん……」

「ん?」

「私、今日は階堂さんに抱かれて、嬉しかった。」


何だろう。

心の中が何かで満ちていくのが、わかった。


「私、一生忘れません。今日の夜のこと。」

思わず彼女の肩を抱きよせた。

愛おしい。

そんな感情が、何度も何度も彼女の身体を、息もできないくらいに抱き締めさせた。


俺が彼女との時間で、心が満たされている間。

肝心の彼女の方は、どうだったのだろう。

少なくてもこの夜が、彼女に何かを決心させたのだろうと思う。

それは決して、俺の思うような幸せな結末ではなかった。




この夜を境に、彼女と連絡が取れなくなってしまったんだ。
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