【R18】愛人契約

日下奈緒

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第5章 契約の最後

《後》

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「ちっ!」

矢部さんは立ち上がると、本田さんと向き合った。

「知り合いだかなんだか知らないが、こっちは大事な話をしてるんだ。退くのはそっちだろ。」

「嫌がる人間を、無理に押し倒そうとするのが、大事な話か?」

すると矢部さんは、私の方を向いた。

「……分かった。」

私はハッとして、下を向いた。

「あんた、そんな事を言うって事は、彼女の前の契約の男か?」

本田さんは、ポケットに手を入れて、黙っている。

「ああ、そうか。自分の女が、他の男に取られると思ってんだな。だが、残念だったね。」

私は急に、矢部さんに立たせられた。

「きゃああ。」

「彼女はな、望んで俺のところに来てるんだよ。あんなとはもう、おさらばしてな。」

それでも本田さんは、黙って私達を見ている。


もう見ないで。

他の男に襲われようとして、泣きべそかきそうになっている私なんて、見ないで!


「君の言う通りだ。僕と彼女は、もう関係ない。」

「そら見ろ。」

「だから、一人の男として言っている。彼女は嫌がっているんだ。その手を放せ。」

「くっ!」

矢部さんは、私を本田さんの方を投げ捨てると、上着を持ってどこかに行ってしまった。


肝心なのは、その後で。

今、関係ないと言った本田さんの胸の中に、私はいる。


「ありがとう……ございました。」

取り合えずお礼を言って、離れようとした時だ。

本田さんに、後ろから捕まった。

「……放さない。」

そんなこの場しのぎの言葉でも、私は嬉しかった。

でも、この手を放したのは、私だ。


「放して下さい。」

「放さないって、言ったろ。」

本田さんは、本当に放してくれる気がないみたいで、もっときつく抱きしめてくれた。

「言いましたよね。あなたが大事にしている女性の、私は娘だって。」

「だから?」

甘い声が、私の耳元でざわつく。

「関係ないよ。あの女とは、当に終わっているんだ。」


それでも、納得いかない。

私には。

母親が知らぬ顔で、あの家に来た事が。


「信用できない。」

「なぜ?」

ここまで来ると、自分が悲劇のヒロインぶって、嫌になる。

「……他の女にも、同じような事を言っていた。」

「今は、日満理だけだよ。」

そんな嘘ばっかり……

私は、その場に崩れ落ちた。


「お願いだから、どこかへ行って!」

「嫌だ。」

本田さんは崩れ落ちた私を、抱え込むように抱いてくれた。

「今離れれば、日満理は二度と、戻って来なくなる。」

そんな本当の事、耳元で言わないで。

私は泣くのを、必死に堪えた。

「でも、駄目なの……」

「どうして?」

「あなたは、母を……私達から奪った……」


そう言った次の瞬間だった。

本田さんが、私の目の前で、土下座をした。

「ほ、本田さん。」

「すまなかった。こんな事して、許される訳じゃないって、分かっている。」

びっくりしすぎて、私の涙も引いてしまった。


「俺も若かった。あの人の包容力に自分が包まれているような気がして……それが結果的に、君達の家族を崩壊させる事になってしまった。謝っても、謝りきれない。」

私は、本田さんに手を伸ばした。

「どうか、顔を上げて下さい。」

あんなに自信家で、紳士的な本田さんに、こんな事をさせて。

胸が痛くなってくる。

「その代り、約束する。君を幸せにするって。」


どうしよう。

涙が出そうになる。


「月並みの言い方しかできないが、今は君しかいないんだ。信じてくれ。」

これは真実だって、受け止めていいのかな。

「本田さん……」

その時だった。

私のスマートフォンに、着信があった。

見ると、知らない番号だ。


誰だろう。

私は鳴りやまない電話に、思い切って出た。

『日満理?私よ。』

「お母さん……」

それは、母の声だった。

『この間はごめんね。実はもうお母さん、その人とは終わっているのよ。』

「えっ……」

目の前の土下座している本田さんを、私は見つめた。


『でも、家族を捨てて来た分、やりきれなくてね。一方的に付きまとっていたの。』

そんな事を言われても、一言も返せない私は、心が狭いんだろうか。

『勇介から聞いたわ。あなたを失いたくないって。』

私は、息が止まった。

『あなたも、勇介が好きなのでしょう。悪いのは、私だけよ。勇介は何も悪くない。』

「お母さん。わざわざ、それを言いに?」


『ええ。勇介から番号を聞いたわ。勝手にごめんなさいね。』

「ううん……」

電話はそれで、一方的に切れた。

まるでお母さんが、どこかで見ていてくれているような。


「本田さん。顔を上げて下さい。」

私は、本田さんの肩に手を置いた。

「日満理……」

「今すぐ、許せるとか思えないけれど……側にいたいのは、私も同じです。」

「日満理!!」

本田さんは、私を抱きしめてキスをくれた。


「もう、我慢できないよ。」

「本田さん……」

「今すぐ、日満理を抱きたい。」

「うん……」


それからは、夢のような時間だった。

本田さんが取ってくれた部屋で、私達は何度も何度も、愛し合った。


「最初から、君を気に入ってたって、言っただろう?」

情事が終わった本田さんは、私の頭を撫でながらそう言ってくれた。

「また、もう……そんな事、いろんな女に言っているんでしょう?」

「ははは……日満理だけだよ。」


嘘か本当かは分からないけれど、今は信じよう。

だって愛は、信じる事から始まるから。


「これからどうしようか?」

「どうしようかって?」

私は、少しだけ起き上がって、本田さんを見降ろした。


「愛人契約じゃなくて、結婚契約でもしようか。」

「結婚!?」

思いの他、結婚に関しても、契約内容は多そうです。



「料理は上手である事。いつも綺麗でいること。」

「なんか、歌の歌詞にあったよね、それ。」




- Fin -
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