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第5章 契約の最後
《前》
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あれから毎日にように、本田さんの車を会社の前で、見かけるようになった。
でも、私の方も毎日無視していた。
本田さんも、車を降りるでもなく、私も足を止めるでもなく。
そんな事が、一週間も続いた頃だった。
「相手、見つかったわよ。」
三宅先輩が、ランチを一緒にしている時に、教えてくれた。
「今度は、どんな人ですか?」
「雑誌の編集部の部長している人。何でも、若い子と話したいんですって。」
若い子?
それは、私でもいいのかしら。
「それと話をするだけだから、報酬は少ないって言ってたわ。」
三宅先輩は、お金の事も心配してくれた。
「大丈夫です。泰介の退院の目途はつきましたし。」
私は、笑顔で応えた。
あんな終わり方をしたのに、また紹介してくれたんだもの。
贅沢なんて、言ってられない。
それに、話をするだけなんて。
普通のバイトよりも簡単だ。
「今度の日曜日に、会いたいって言ってきてるんだけど。」
「はい。分かりました。」
私は、目に前にあるサンドイッチをほおばった。
「ねえ、本当にいいの?」
「何がです?」
そして、サンドイッチと一緒に頼んだコーヒーを、一口含んだ。
「本田さん以外の人と、契約して。」
その時、一瞬手が止まった。
本田さん、以外の人。
「……いいんです。もうあの人とは、終わりましたから。」
「そう……」
そうよ。
自分が大事にしている人の娘と愛人契約だなんて。
普通の人だったら、できないもの。
「それにしても。」
三宅先輩は、こうも続けた。
「強くなったわね、日満理。」
「そうですか?」
私は、食べていたサンドイッチを置いて、ガッツポーズをした。
「これからは泰介の為に、生きていかなきゃ。」
「そうじゃなくて。」
「えっ?」
三宅先輩は、私を見て微笑んだ。
「女はやっぱり、愛されると強くなるのよ。」
胸の奥に、何かが落ちた。
「女としての自信が生まれるって言うのかな。それはもしかして、本田さんから貰ったものなんじゃないの?」
私は慌てて、三宅先輩の腕をつついた。
「止めて下さいよ。もう、あの人の話は。」
もう、終わりにするって、私は決めたのだ。
そして、約束の日曜日が来た。
私は少し長めのスカートを履いて来た。
雑誌の編集さんをやっている人だから、今流行りの物に敏感だと思って。
待ち合わせの場所は、例のホテルのロビーを指定された。
本田さんと初めて会った、あのホテルのロビーで。
- いいホテルだろ? ロビーが素敵なんだ。 -
本田さんの、あの言葉が浮かぶ。
ホテルの入り口をくぐった時には、相手の人はもう来ていた。
私は急いで、待ち合わせのソファに向かった。
「すみません、お待たせしました。」
振り向いた人は、お洒落なおじ様と言った感じの人だった。
「もしかして、春日さん?」
「はい、春日です。」
私はその人に、一礼をした。
その人も立ち上がって、頭を下げた。
「初めまして。矢部篤四郎と言います。」
「矢部さん……」
掛けている眼鏡も、素敵だった。
「どうだろう。立って話すにもなんだから、お茶でも。」
「はい。」
そして私達は、その場にあるソファに座った。
「何を飲みます?」
「じゃあ、紅茶をお願いします。」
矢部さんは、ホテルの人を呼んで、私の分の紅茶を頼んでくれた。
「お洒落な人が来てくれて、よかった。」
「そうですか?」
「ファッション誌の仕事をしているからね。ファッションに疎い人とは、どうも合わなくて。」
私は、少しだけ笑った。
よかった。
どうにか、気に入られたみたいだ。
「ところで?なぜ君みたいな人が、愛人契約を?」
「はい。弟の大学進学の費用に充てたくて。」
「へえ。」
すると矢部さんは、辺りをキョロキョロと見回し始めた。
「あのさぁ。」
「はい?」
矢部さんは、私の近くに寄ると、こう呟いた。
「本当は、もっと割のいい方がいいんじゃないの?」
「えっ?」
矢部さんを見ると、イヤらしい顔をしている。
「や、矢部さん?」
私が少し離れると、矢部さんは途端に、太ももをさすりつけてきた。
「一目で気に入っちゃったんだよね。君とだったら、一晩5万は出すよ。」
「ちょっと!話が違います!」
私は矢部さんを、引き離そうとしたけれど、無理だった。
逆に、腕を取られた。
「だって、話するだけで2万円って、少ないでしょ?」
「放して下さい!」
矢部さんは、どんどん顔を近づけてくる。
「いいねぇ。逃げようとするとこ見てると、萌えてくるよ。」
どうしよう。
こんなところで、大騒ぎしたら皆に、変に思われるし。
その時だった。
誰かが矢部さんの腕を掴んだ。
「止めろ。彼女、嫌がってるだろ。」
顔を上げたら、そこには……
「本田さん!」
「えっ?知り合い?」
そこでやっと矢部さんは、私から手を放してくれた。
「確か、一晩5万って言ってたな。」
本田さんは財布から5万円を出して、テーブルに置いた。
「これで彼女から、引いてくれ。」
でも、私の方も毎日無視していた。
本田さんも、車を降りるでもなく、私も足を止めるでもなく。
そんな事が、一週間も続いた頃だった。
「相手、見つかったわよ。」
三宅先輩が、ランチを一緒にしている時に、教えてくれた。
「今度は、どんな人ですか?」
「雑誌の編集部の部長している人。何でも、若い子と話したいんですって。」
若い子?
それは、私でもいいのかしら。
「それと話をするだけだから、報酬は少ないって言ってたわ。」
三宅先輩は、お金の事も心配してくれた。
「大丈夫です。泰介の退院の目途はつきましたし。」
私は、笑顔で応えた。
あんな終わり方をしたのに、また紹介してくれたんだもの。
贅沢なんて、言ってられない。
それに、話をするだけなんて。
普通のバイトよりも簡単だ。
「今度の日曜日に、会いたいって言ってきてるんだけど。」
「はい。分かりました。」
私は、目に前にあるサンドイッチをほおばった。
「ねえ、本当にいいの?」
「何がです?」
そして、サンドイッチと一緒に頼んだコーヒーを、一口含んだ。
「本田さん以外の人と、契約して。」
その時、一瞬手が止まった。
本田さん、以外の人。
「……いいんです。もうあの人とは、終わりましたから。」
「そう……」
そうよ。
自分が大事にしている人の娘と愛人契約だなんて。
普通の人だったら、できないもの。
「それにしても。」
三宅先輩は、こうも続けた。
「強くなったわね、日満理。」
「そうですか?」
私は、食べていたサンドイッチを置いて、ガッツポーズをした。
「これからは泰介の為に、生きていかなきゃ。」
「そうじゃなくて。」
「えっ?」
三宅先輩は、私を見て微笑んだ。
「女はやっぱり、愛されると強くなるのよ。」
胸の奥に、何かが落ちた。
「女としての自信が生まれるって言うのかな。それはもしかして、本田さんから貰ったものなんじゃないの?」
私は慌てて、三宅先輩の腕をつついた。
「止めて下さいよ。もう、あの人の話は。」
もう、終わりにするって、私は決めたのだ。
そして、約束の日曜日が来た。
私は少し長めのスカートを履いて来た。
雑誌の編集さんをやっている人だから、今流行りの物に敏感だと思って。
待ち合わせの場所は、例のホテルのロビーを指定された。
本田さんと初めて会った、あのホテルのロビーで。
- いいホテルだろ? ロビーが素敵なんだ。 -
本田さんの、あの言葉が浮かぶ。
ホテルの入り口をくぐった時には、相手の人はもう来ていた。
私は急いで、待ち合わせのソファに向かった。
「すみません、お待たせしました。」
振り向いた人は、お洒落なおじ様と言った感じの人だった。
「もしかして、春日さん?」
「はい、春日です。」
私はその人に、一礼をした。
その人も立ち上がって、頭を下げた。
「初めまして。矢部篤四郎と言います。」
「矢部さん……」
掛けている眼鏡も、素敵だった。
「どうだろう。立って話すにもなんだから、お茶でも。」
「はい。」
そして私達は、その場にあるソファに座った。
「何を飲みます?」
「じゃあ、紅茶をお願いします。」
矢部さんは、ホテルの人を呼んで、私の分の紅茶を頼んでくれた。
「お洒落な人が来てくれて、よかった。」
「そうですか?」
「ファッション誌の仕事をしているからね。ファッションに疎い人とは、どうも合わなくて。」
私は、少しだけ笑った。
よかった。
どうにか、気に入られたみたいだ。
「ところで?なぜ君みたいな人が、愛人契約を?」
「はい。弟の大学進学の費用に充てたくて。」
「へえ。」
すると矢部さんは、辺りをキョロキョロと見回し始めた。
「あのさぁ。」
「はい?」
矢部さんは、私の近くに寄ると、こう呟いた。
「本当は、もっと割のいい方がいいんじゃないの?」
「えっ?」
矢部さんを見ると、イヤらしい顔をしている。
「や、矢部さん?」
私が少し離れると、矢部さんは途端に、太ももをさすりつけてきた。
「一目で気に入っちゃったんだよね。君とだったら、一晩5万は出すよ。」
「ちょっと!話が違います!」
私は矢部さんを、引き離そうとしたけれど、無理だった。
逆に、腕を取られた。
「だって、話するだけで2万円って、少ないでしょ?」
「放して下さい!」
矢部さんは、どんどん顔を近づけてくる。
「いいねぇ。逃げようとするとこ見てると、萌えてくるよ。」
どうしよう。
こんなところで、大騒ぎしたら皆に、変に思われるし。
その時だった。
誰かが矢部さんの腕を掴んだ。
「止めろ。彼女、嫌がってるだろ。」
顔を上げたら、そこには……
「本田さん!」
「えっ?知り合い?」
そこでやっと矢部さんは、私から手を放してくれた。
「確か、一晩5万って言ってたな。」
本田さんは財布から5万円を出して、テーブルに置いた。
「これで彼女から、引いてくれ。」
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