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第3章 拾われた妃 ③
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昨夜。
「そんな男の元になんか、行くな。」
そう言ってくれた、あの言葉だけで――私は、もう救われていた。
だからこそ。
「……ありがとう。私を救ってくれて。」
そう言って、私は膳の前から立ち上がった。
そのとき――
「待て。」
腕を掴まれた。
振り返ると、景文がまっすぐにこちらを見つめていた。
その瞳には、迷いも、ためらいもなかった。
真剣なまなざしそのものだった。
「……あなたを巻き込むわけにはいかないの。」
「巻き込んでほしいと思ってる。」
「……え?」
私は立ち尽くす。
景文の目が、優しさでも同情でもなく――
“本気”で、私と生きようとしていることを語っていた。
「私は……戻っても、どうにでもなるわ。」
自分でも、震える声だった。
けれど景文は、静かに、はっきりと言った。
「――いや、ならない。」
その声があまりにも落ち着いていて、逆に、胸に冷たいものが走る。
「どういうこと……?」
「一度、宮殿を抜け出した妃は、他の男に抱かれたものとして処理される。形式上でも、実際がどうであっても――関係ない。」
「……っ!」
「もし戻れば、そなたは冷宮行きだ。」
「冷宮……⁉」
私は思わず、息を呑んだ。
冷宮――
それは表向きには“静養”や“謹慎”とされる場所。
だが、実際には使い古された妃たちや処分対象となった女たちが送り込まれ、**宦官や役人たちに弄ばれる“生きた地獄”**だと噂されていた。
「そんな……」
脚から力が抜けた。
けれど、そんな私の肩をそっと抱いて、景文が言った。
「だったら――このまま俺と一緒に生きないか。」
「……!」
その言葉は、優しくも重く、まるで世界から許しを乞うことなく差し出された光のようだった。
胸が、きゅんと痛んだ。
怖い。でも、あたたかい。
景文は、それ以上何も言わず、身を離した。
「今日は、ゆっくりしていろ。屋敷の者には、そなたのことを“親戚の娘”と伝えてある。」
そう言って、軽く羽織を整える。
「……仕事って、まさか……宮殿に⁉」
私が声を上げると、景文は口の端だけを少し上げて答えた。
「ああ。何事もなかった顔で、な。」
そう言い残し、彼は扉の向こうへと消えていった。
日中。
景文の屋敷の中庭に出て、私はぼんやりと花を眺めていた。
水面に揺れる睡蓮。
梅と桃の花が並ぶように咲く、手入れの行き届いた木々。
控えめながら、どこか優雅な庭だった。
宮殿の庭園とは、規模も格式も違う。
けれど。
「……まるで、生きた桃源郷ね。」
風が優しく髪を撫でる。
ここで生きる。
それは、後宮の妃として生きることを捨て、ひとりの女として歩むということ。
もし、そうだとしたら――
「弟たちの仕送りは……どうしよう。」
現実が胸をよぎる。
私がここにいるだけでは、金子は生まれない。
誰かの“妃”をしていたからこそ得られた役得も、もうない。
だったら。
「侍女でも、女中でも、下働きでも……」
私の手で、私自身の居場所を作るしかない。
「やってやろうじゃないの。」
そう口にした自分の声が、どこか誇らしかった。
ただ守られるだけの妃ではなく――
景文の元で生きる女として、この屋敷で、生き抜いてみせる。
庭に吹いた春風が、まるで背中を押してくれるように感じた。
そして夜。
何食わぬ顔で帰って来た景文に、私は伝えた。
「景文。私をこの屋敷に置いて下さい。」
それは、覚悟を決めた女の生き様だった。
「そんな男の元になんか、行くな。」
そう言ってくれた、あの言葉だけで――私は、もう救われていた。
だからこそ。
「……ありがとう。私を救ってくれて。」
そう言って、私は膳の前から立ち上がった。
そのとき――
「待て。」
腕を掴まれた。
振り返ると、景文がまっすぐにこちらを見つめていた。
その瞳には、迷いも、ためらいもなかった。
真剣なまなざしそのものだった。
「……あなたを巻き込むわけにはいかないの。」
「巻き込んでほしいと思ってる。」
「……え?」
私は立ち尽くす。
景文の目が、優しさでも同情でもなく――
“本気”で、私と生きようとしていることを語っていた。
「私は……戻っても、どうにでもなるわ。」
自分でも、震える声だった。
けれど景文は、静かに、はっきりと言った。
「――いや、ならない。」
その声があまりにも落ち着いていて、逆に、胸に冷たいものが走る。
「どういうこと……?」
「一度、宮殿を抜け出した妃は、他の男に抱かれたものとして処理される。形式上でも、実際がどうであっても――関係ない。」
「……っ!」
「もし戻れば、そなたは冷宮行きだ。」
「冷宮……⁉」
私は思わず、息を呑んだ。
冷宮――
それは表向きには“静養”や“謹慎”とされる場所。
だが、実際には使い古された妃たちや処分対象となった女たちが送り込まれ、**宦官や役人たちに弄ばれる“生きた地獄”**だと噂されていた。
「そんな……」
脚から力が抜けた。
けれど、そんな私の肩をそっと抱いて、景文が言った。
「だったら――このまま俺と一緒に生きないか。」
「……!」
その言葉は、優しくも重く、まるで世界から許しを乞うことなく差し出された光のようだった。
胸が、きゅんと痛んだ。
怖い。でも、あたたかい。
景文は、それ以上何も言わず、身を離した。
「今日は、ゆっくりしていろ。屋敷の者には、そなたのことを“親戚の娘”と伝えてある。」
そう言って、軽く羽織を整える。
「……仕事って、まさか……宮殿に⁉」
私が声を上げると、景文は口の端だけを少し上げて答えた。
「ああ。何事もなかった顔で、な。」
そう言い残し、彼は扉の向こうへと消えていった。
日中。
景文の屋敷の中庭に出て、私はぼんやりと花を眺めていた。
水面に揺れる睡蓮。
梅と桃の花が並ぶように咲く、手入れの行き届いた木々。
控えめながら、どこか優雅な庭だった。
宮殿の庭園とは、規模も格式も違う。
けれど。
「……まるで、生きた桃源郷ね。」
風が優しく髪を撫でる。
ここで生きる。
それは、後宮の妃として生きることを捨て、ひとりの女として歩むということ。
もし、そうだとしたら――
「弟たちの仕送りは……どうしよう。」
現実が胸をよぎる。
私がここにいるだけでは、金子は生まれない。
誰かの“妃”をしていたからこそ得られた役得も、もうない。
だったら。
「侍女でも、女中でも、下働きでも……」
私の手で、私自身の居場所を作るしかない。
「やってやろうじゃないの。」
そう口にした自分の声が、どこか誇らしかった。
ただ守られるだけの妃ではなく――
景文の元で生きる女として、この屋敷で、生き抜いてみせる。
庭に吹いた春風が、まるで背中を押してくれるように感じた。
そして夜。
何食わぬ顔で帰って来た景文に、私は伝えた。
「景文。私をこの屋敷に置いて下さい。」
それは、覚悟を決めた女の生き様だった。
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